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Pure Love

作者:raki &竜司
 Pure Love


 女に腕をつかまれて食堂を出ていく男を、今しがた食堂に進入した男は知っていた。
 すれ違いざまに視線を送ったが、男はそれどころではなかったらしく、結局は気付かなかったようだ。
「はは、うまくいったようだな。あいつめ」
 微笑ましい後ろ姿に視線を送りながら、男は呟いた。
 この大学には食堂が全部で七つある。その中でもここは一番規模が小さい。落ち着いた雰囲気をまとっているにも拘わらず、とても開放的であり全体的に明るいから好きだった。
 今日、水曜日の四限の授業が始まる直前、この食堂に人があまり来ないのは知っていた。
「誰?」
「知り合いさ」
 二人の男女は、食堂で向き合って座った。
 男は四百円のチャーシューメン、女は三百円の醤油ラーメンをすする。
「知り合いなんかいたんだ」
「おいおい。いくらおれといえども、知り合いくらいはいるさ」
「ふふ」
 やはり周りに人は少なく――数えてみたら、見える範囲で二組しかいなかった――悪くないと男は思った。
「……あのさ」
「ん」
「この前の」
 二人は食事を終え、食器を返却口に置いてきて、元いた席に戻った。
 実は、女は先日、男に好きだと告白したのである。
 そして男は自分も好きだと白状した。
 女は付き合おうと提案したのだが、男は少し考えさせてくれと言い、今日ここで落ち合う約束をしたのである。
「色々考えたよ。君と付き合うべきかどうか」
「う、うん」
 二人の間に僅かな沈黙が生まれた。
 男は下の方に向けていた視線をあげ、はっきりと女の瞳を捉え、言った。
「君に確認したいことがある」
「え」
 女は拍子抜けした。
 来るか来るかと身構えていたのに、ここにきて確認したいこととは何か。
 十分、互いのことは分かっているつもりである。
 週一回は二人でに飲みに行くし、大学でも一緒に受ける講義ばかりなので二人でいることは多い。今まで、本当にたくさんのことを語り合ってきた。これ以上に何か分かち合うべきものがあるならば、それは二人に芽生えた恋愛感情についてではないか。
 女は、何が男を踏み止まらせているのか解からなかった。
「付き合うという行為についての君の認識を教えてくれ」
「はぁ?」
 何言ってんのあんた、と女の顔に文字が浮き出た。
「君は、おれに付き合おうと提案したな。しかし、おれは知らない。君にとって付き合うという行為が何を意味しているのか」
「は? 付き合うって意味わかんないの?」
「あぁ」
「……あ? ふふ」
 女は笑ってしまった。
 男はじっと女の顔辺りを見据えている。気恥ずかしいのか、顔の前で手を組んでいるから、表情が見えにくい。
「いや、あのさ。付き合うっていうのは、こう、愛し合うってことじゃない?」
「愛し合う?」
 男は妙にゆっくりと、吟味するようにして繰り返した。
「愛し合う……って何だろうな。やはり判らない。君にとって、愛し合うとは何なんだ」
「……」
 女は言葉を出す代わりに溜め息を吐いた。
「これだから理系は」
「いや、おれも君のことは好きだ。人間的に好きとかいう意味ではなく、異性として好いている。だからこそ、慎重にいきたい」
「でしょ? 好きなんでしょ? あたしも好きだよっ! 付き合うのには十分な理由じゃないの」
 男はちょっと待てと言いたげに手を翳した。ストップを意味するジェスチャーだ。
「互いが好きであるから、付き合うということか?」
「そうだよ」
 女は当然のように言い放つ。
「おれが聞きたいのは、付き合うことと、付き合わないことでどんな違いが生じるかということだ」
 またも女は、ハトが豆鉄砲でも喰らったかのような顔を作った。
「え、なに。どゆこと?」
「付き合ったら、おれたちの関係はこれまでとどう変化するのか。それを君が明確に意識しているなら、聞かせてくれ」
 女は少し考え込むような仕草を見せてから、上目遣いに男を見据えた。
 男はこの視線が苦手で、目を逸らした。それでも女は視線を送り続ける。男はチラリと様子を伺うが、またも視圧に負け逸らした。この繰り返しだ。
「ふふ」
 女は笑いながら、もう許してやるか、といった感じに目線を窓ガラスの外に向けた。
 男は安堵する。
「そのずっと見るやつやめろよ」
「だって面白いんだもん」
 女は「えー」とか「うーん」とか唸りだした。
「あまり考えたことはなかったのか。付き合うということがどういうことなのか」
「うー……ん」
 今度は男が口を開いた。
「たとえばさ、カップルってあるじゃん」
「え? あ、うん」
 男は小難しい顔で斜め上やら真横やらに視線を動かしながら語り始めた。
「大抵のカップルは、付き合おうという言葉を機に成立するものだろう。特殊な場合を除いてな。そこでおれは思うんだ。カップルになるための条件とは何だろうと。恐らく、付き合おうという言葉で十分だろ。違うか? というか、お互い好きである状態でも、付き合おうと言わなければ、周りに自分たちはカップルだと豪語できない筈。ここまで異論はないな? ここからは、付き合うという行為はカップルが成立することとほぼ同義であるとして話を進めるぞ」
「うん」
「おれの経験上、カップルになった二人は、互いのことを彼氏とか彼女とか呼ぶ。呼称としてではなく、おれの彼女が、とかそういう意味だ」
「それが普通じゃん」
「ま、まぁな。でもさ、それだけならば、付き合わなくても可能だ」
「あぁ?」
 男は笑った。
「付き合っていなくても、互いに、彼氏、彼女と呼び合おうという約束さえ交わせれば、問題はない」
「いや、問題あるでしょう。他の人が、えっ付き合ったの!? ってなっちゃうじゃん」
「大丈夫だ。具体的にどんな問題があるのか言ってみてくれ」
 女は男の言いたいことの意味が判らず、そして同時に不安に駆られ始めた。
 これは遠まわしに、フラれているのではないのかと。
「……あたしのこと、やっぱ……やだ?」
「!」
 男は大きく目を見開いた。
「いやそんなことは断じてないぞ。違う。さっきも言ったが、おれは君のことが好きだ。でも、だからこそ、君の恋愛観念を深く知りたいんだ」
「それって、あたしとの恋愛の定義が一致しなかったら、付き合いたくないってことでしょ?」
「いや、そういうことではない。予め知っておきたいと思ったんだ。何事も事前に情報を入手しなければ、痛い目を見るんだ。おれは――」
「情報って、なんなの。人の気持ちを、情報って。なんか、テンション下がったし」
「いや、すまん。違うんだ」
 男は笑ったが、女は一切、笑みを見せない。
 男を危機感が襲う。
 ――そうじゃないんだ。おれが言いたいのは……
「あたしとはヤレればよかったんでしょ? とりあえず都合の良い女だし保留しておこうみたいな?」
 そう言って、女は席を立った。
「待て! おれの話を聞いてくれ」
 女は声を無視してスタスタと出口に向かう。
 男はなりふり構わず早口でまくしたてた。
「いいか。カップルともなれば、当然のようにデートにも行くし、キスもすればセックスもする。見つめ合って愛してるだなんて口ずさむ。でもな、それはカップルでなくとも可能だろう。本当に愛し合っているならば、付き合おうだなんていう口約束は必要ない!」
 女は食堂を出てしまった。男も慌てて後を追う。周りから痛いほどの視線を感じたが、関係なかった。
「おれは君のことが好きだ! 恐らく、誰よりも」
 涼しき春風が二人を包む。
 どこからか桜の花びらが二人の間に舞い落ちる。
 男の予想以上に大きな声に、女は一瞬だけ動きを止めた。
 それでも、またすぐに歩き出した。
「いつだったろうな。君と出会ったのは。一年ほど前か。一目見て奇麗だと思った。次第に仲良くなって、一緒にいることが多くなった。今じゃあ君が一番おれのことを知っているだろう。おれも君についてはそこそこ詳しい。君のことは親友だと思っていた」
 男は早歩きで女の背中に向かって突き進みながら喚いていた。
 幸い授業中なので出歩いている学生の数は少なく、注目されても大したことはなかった。
「ちょっと間違えば、親友ではなくなってしまう。悲しいかなこれが男と女の宿命だ。おれは気が付いていなかった。君にいつの間にか、恋愛感情のようなものを抱いていたんだろう」
 女の背中しか見えない男には知る由もないが、女は堪えきれず、にやにやしていた。
 男の方が歩く幅が大きく、二人の距離は、徐々に、徐々に……――
「でも、怖かった。君もよく言っていたな。付き合ってしまえば、いずれ来る終わりの予感に身が震えると。だけど覚悟して君は告白した。男として、それを格好よく受け止めるべきかとも思った」
 近づいていく。
「でもな。違うんだよ。おれはそんな薄っぺらい言葉が嫌いだ」
 女の歩くスピードはどんどん速くなっていった。縮まっていた距離も、少しずつ、開いていく。
「こんなこと声を大にして言うことではないが、おれと君は付き合ってもいないのにたまにキスしたりするだろう。それどころかセックスだってする。二人きりで夢の国にも行くじゃあないか。誕生日はちゃんと祝うし、クリスマスも二人で過ごした。これならカップルのしていることと内容的にはさほど変わらんぞ」
「何が言いたいの?」
 突然、女は振り返りもせずに言い放った。
 男はひるまずに返す。
「おれが他に好きな人ができたとしたらどうだ。その女とセックスしたり、愛を表現したりしたら。君はそれを浮気と言うか?」
「――言う!」
「なっ! 言わないだろう。それはただの嫉妬だ。そもそも君だって実は他の男と淫らなことをしているじゃないか。しかしこれは個人のセックスに対する価値観が絡んでくるから面倒だが、おれは別にそんなことはどうだっていいと思ってる」
 女は振り返らない。
「だったら、彼女が他の男と寝てもいいの!?」
「さぁな。寝たとしたら、その程度の女だったと判断するだけだ」
「じゃあ嫌なんじゃないの、ふふふ」
「君だって嫌なんだろう。そうさ。まだおれたちは付き合ってない。だからこんな状態でも、こういう関係を続けていられるんだ。だがもし付き合っていたとしたら、浮気だなんだと言ってくるに違いない」
「そりゃそうでしょうが! 彼氏が他の女と寝たり愛情を表現してたりしたら、浮気以外のナニモンでもないじゃん」
 男は小走りになった。女も駆ける音を聞いてか、小走りになる。
「浮気が発覚すると二人は別れる可能性が高くなる。そこに付き合うという言葉の魔力が隠されている。即ち、付き合うという言葉の意味は、互いに他の異性に対し、恋愛感情を抱かないようにしようという口約束のようなものだ。つまり嫉妬することを恐れているためにする、なんとも脆弱な依存表現である」
「あーもうっ! 付き合ってるっていう実感がただただ嬉しいの。彼氏がいるってだけで幸せな気分になるの。そう。いつかは終わっちゃう。けれど、だからこそ楽しいんじゃないの?」
「そうだな。それも一理ある」
 二人はいつしか大学の敷地から出ていた。
 横断歩道を逃げるようにして渡る女。そしてその後を追う男。
「あんたの言い分じゃあ、あたしをキープしておきたいだけに聞こえてくるんだけど?」
「そうではない。そこまで言うならハッキリ言おう」
 男はようやく女に追いついた。横断歩道の真ん中で、肩をつかみ、立ち止まる。女は振り返って、背の高い男の顔を見つめる。
 クラクションが鳴り響いた。
「恋愛に、付き合おうだとか、君だけに決めたとか、君が一番だとか、そんな言葉は必要ないんだ。ただ一言でいい」
「なによ」

「君のことが好きだ」

「――あたしも」

 二人は、はた迷惑な路上キスで、付き合おうなどという言葉は必要とせずに、その愛を確かめ合った。





 お久しぶりです。竜司のほうです。
 短時間で書いたので微妙な感じです。
 しかしまぁ、付き合うという言葉に妙な違和感を覚えていたので、今回、小説としてそれを表現できたという点では、そこそこすっきりしたかなと。
 それではまたいつの日か。


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