7.休息
そのままエシュタンドに半ば無理やりエスコートされた状態で部屋に戻ってきてから、早速抗議をはじめようといきり立つ空を残して、エシュタンドはまた部屋を出て行ってしまった。
――まったく……なんだっていうのよ。
出鼻をくじかれ、すっかり興奮がおさまってしまい、変な気分だ。
手持ち無沙汰でベッドから立ち上がり、ふと気づいて大きな窓のほうへ歩み寄る。
――そういえば、ここって王宮なんだよね。一体どんな場所なのか、外から見たこともないんだ。
昨日落ちたあの場所は見渡す限りの花畑で、周りに建物なんかは見えなかった。
そのまま倒れて気づいた時にはもう王宮の中だったのだから、観察のしようもないわけで。
今更ながら好奇心がわいてきて、窓の向こうを覗いた。
空の目に映ったのは、緑の庭園。
色とりどりの花が咲き乱れ、噴水のようなものも遠くに見える。
綺麗に刈りそろえられた庭木が並ぶ。
「わぁ、綺麗!」
庭園の向こう側にはいくつかの建物も見えた。
あの中にさっきの王族みたいな人たちが住んでいるのかな。
行ったことないけど、雰囲気はヨーロッパみたいな感じかも。
昨日から落ち着けなかった心が、なんだか少し癒されていく。
白を基調にした王宮の中、そういえば王族の人たちはみんな白い服を着ていた気がする。なんか決まっているんだろうか。
家来のような人々は皆、薄い地味な色の服を着ていた。
まだ脱いでいない自分の藍色の服を見て、先ほど間近に見た藍色の瞳を思い出す。
途端にまた胸が高鳴りだした。
――わ――! ちょっとやめてよ、どうなってんの、あたしの胸!
そりゃあいきなりあんなことされたからどきどきするのは仕方ないけど!
……っていうかあれ、あたしのファーストキスじゃん!
冗談じゃないよー!
頭の中を忙しく駆け巡る色々な叫び。
あまりの疲労に、一旦考えることを放棄して、空がため息をついた、その時、また扉を叩く音がした。
「失礼します。朝食をお持ちしました」
――……朝食?
そうだ、あたし昨日から何にも食べてないよ!
次から次に起こる出来事にすっかりと忘れられていた本能が、
その単語を聞いて怒りを示すように空腹を訴える。
それだけに頭をとらわれて、扉を開けるまで、声の主が男性だということにも気づかなかった。
扉を開けた場所にいたのは、優しそうな笑みを浮かべた青年。
エシュタンドより少し年下に見える。
よく似た金髪は、彼のとは違って、やわらかいカールがかかっていて、瞳は薄い水色だった。
「あの……?」
手にはフルーツやパンのようなものが盛られたお盆を持っていたが、
その雰囲気はとても召使のようではない。
目を見張る空を見て、くっと楽しそうに笑う青年。
そしてその衣装は白だった。
「ああ、これは失礼。兄上がついに求愛の儀をなさったという噂を聞いて、
どうしても噂の姫君の顔が見たくなってしまってね。侍女から取り上げて来てしまったんです」
「あ、兄上?」
「そうそう、僕は末の王子のエカルド。東の聖殿へ赴いていたので、朝の謁見に間に合わなくて、貴女を見逃してしまうところだった。侍女の噂話がなかったらね」
楽しそうな声音でくるくると回る舌。
あのえらそうなエシュタンドの弟、ということだろうか。
全然雰囲気は違うが、王族の気品のようなものは似通っている気がした。
ぼんやりと聞いていた空に、エカルドは微笑んでお盆を目で示す。
「ところで、お邪魔してもよろしいですか?」
あ、とようやく促されるままに部屋に通す。
窓のそばのテーブルに置かれた朝食に知らず知らず目を奪われる。
そんな空に気づいたように、エカルドは笑った。
「ああ、どうぞ」
「……どうも、いただきます」
どれも空が知っているのとは多少形や色が違うものの、似たようなフルーツとパンの味で、ほっとした空の食はどんどん進んだ。
――よかったぁ、食べられないようなものじゃなくて。
一安心で、黄色いスープに口をつけた空は、向かいの椅子に腰掛けて、まじまじと自分を見るエカルドの視線にようやく気づいた。
「え、えーと、何か?」
「あ、いえいえ。いい食べっぷりだな、と思いまして」
「あ……」
言われてからなんだか恥ずかしくなって手を止めると、あわててエカルドが勧める。
「あ、いや悪い意味じゃないんですよ。遠慮なさらずに、どうぞ」
――どうぞって言われても、そんなまじまじと見られちゃ食べにくいってば。
まだ手をつけない空に、エカルドは申し訳なさそうに続けた。
「すみません、僕が知っている女性たちは、男性の前でそんなにおいしそうにたくさん食べたりしないもので。思わず見惚れてしまった」
「えっ、そうなんですか?」
どうやらまたこの世界の常識とやらを覆す行動だったようだ。
なんだか面倒くさい世界に来てしまったものだ、なんてため息をもらす空の口元に、エカルドの指が触れた。
「えっ、あの……」
「ほら、パンのくずがついてますよ」
思わず真っ赤になったところに、ついに楽しそうに声を出してエカルドが笑った。
そこに聞こえてきたのは、笑いを含んだ低い声。
「めずらしいな、エカルド。お前がそんなに笑うなんて」
扉に手をついて、口元に笑みを浮かべるのは、いつの間にか戻ってきたらしい、エシュタンドだった。
「ああ、兄上。いや、さすがに女性を見る目がおありですね。素敵な方だ」
笑いを残した目でエシュタンドのほうを振り向くエカルド。
思わず食べていたものを吹き出しそうになるのを寸前で堪えた。
自慢ではないが、男の人にそんなことを言われたことはない。
いい食べっぷりだと褒められただけなのに、何が素敵なのかはわからないが、どこか気恥ずかしい。
空がくすぐったい気分でいると、言われたエシュタンドは満足げにうなづいた。
「そうだろう。いくらお前でも横取りは許さんぞ?」
そう冗談めかして言いながら、空の肩を抱く。
――ま、また……!
鼓動が激しくなる空の前で、エカルドは、承知していますよ、と微笑んで言う。
――ちょ、ちょっと待ってよ〜なんかあたしを取り残して話を進めてないか?
先ほどのことといい、どういう話なのか、さっぱり理解がついていってないというのに。
「では兄上、また後ほど」
「ああ、そうだな」
軽く会釈したエカルドが扉の向こうへ消えてから、空はようやく我にかえった。
「エ、エシュタンド! あたし、聞きたいことがいっぱいあるんだけど!」
いよいよ問い詰めようと切り出した空の視線を受け止めて、エシュタンドはわかっていたかのように頷く。
「私もお前と話したい。ゆっくりとな」
そう意味ありげに答えて、藍色の瞳をきらめかせる。
そして言うなり、空の手を引いて、いきなり歩き出したのだった。
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