ある朝、タンスの向こうに(61/75)PDFで表示縦書き表示RDF


お待たせしました。
いよいよ、滝での騒動、最終編です。

ある朝、タンスの向こうに
作:文樹妃



61.白水晶


 流れ落ちるのが、汗なのか、血なのか、既にわからなくなっていた。
 歩いても、歩いても先の見えないままの、薄暗い道の中、エシュタンドは視界がぼやけてくるのを感じていた。
 岩につまずいて、足がふらつくのを、なんとか壁に手をついて、その場に留まる。
「ソラ……」
 先ほどから、もう何度目かもわからないほどに呼び続けた名前を、無意識のように口にする。
 ただそれだけで、少し力がわいてくるような気がするのだった。
 意識が遠のきかけたあの瞬間、胸元に潜ませた想緑珠が熱を帯びた。
 確かにあの時、空の声が聞こえたような気がしたのだ。
 この先で、きっと彼女は待っている。そんな根拠のない思いが、エシュタンドの足を進ませていた。

 どうしようもない氷の壁に苛立って、何かのきっかけにでもなればと、覚悟の上で、力を揮った。
 その瞬間、いきなり薄暗いこの空間へと、自分一人だけが引き込まれたことを思っても、これは絶対に空につながる道だと思えるのだった。
 自らの放った力が、まるで凍りついた滝に撥ね返されでもしたかのように、阻まれ、返ってきたことはわかった。
 滝の意思なのか、それすらもはっきりしないものの、何かの力が、自分を阻止しようと働いたことだけは確かなのだ。
 空から遠ざけるのなら、滝の外に撥ね返してしまえばいいところを、こうして洞窟のような内部へ引き入れたということは、完全に阻まれたわけではない。
 二つの相反する力が、自分を拒み、また、引き寄せてもいる――そんな不思議な感覚に導かれているように思えた。
「それにしても――時間の問題だな」
 我ながら苦しげに響いた声は、一人きりの暗闇に飲み込まれていく。
 痛みは感じないものの、体のあちこちから流れる血が、ゆっくりとエシュタンドの体力を奪っていた。
 自分の力で、傷つけられるとは――なんとも皮肉な状況だと、エシュタンドは眉をひそめて、知らず笑みさえ浮かべていた。
 呼吸の乱れすら、はっきりと聞こえるほどの静かな空気。
 確実なのは、魔の力ではあり得ないほどの清浄な場所だということ。それを思っても、この状況を招いた相手が、一体どういう存在なのか、確信できるような気がした。
「滝の精であろうと、何であろうと――ソラを傷つけでもしたら、絶対に許しはしない」
 低く、呟かれたその言葉で、なぜだか一瞬空気が震えるような、奇妙な感覚が彼を包む。
 まるで誰かが、取り返してみろ、と笑ってでもいるような、そんな空耳にすら襲われて、エシュタンドは頭を振った。
 そして上げた藍色の瞳は、傷ついた体とは反するように、ますます、強く、深い想いに燃えていた。
 彼の想いに応えるように、胸元の宝玉が、呼吸でもするかのように、ひときわ大きく脈打った。
 熱い、強い、緑の輝きが、膨らんでいく。
「自分を使え、と……そう言ってるのか?」
 思わず、問いかけた彼の前で、想緑珠は、ますます輝きを強めていく。
 以前、空を捜して入り込んだあの森で、強い光が、二つの石を呼び寄せるように放たれたことを思い出す。
 あの時も、彼女の無事を願って、ただひたすらに、捜していた。
 それを助けるかのように、輝いたあの石――それは決して、偶然ではなかったのだ。
 頭の中で符号が合っていく。何も確実なことなどない。
 それでも、エシュタンドは、既に何か確信に似た思いを抱いていた。
「石よ――私を、ソラの元に導いてくれ……!」
 流れてきた血を乱暴に払って、エシュタンドは叫んでいた。
 その声に応えるかのように、緑の光が、岩に囲まれた道をまっすぐに照らし出した。
 手のひらの中で、脈打つ石の熱が、彼の中にも伝わってくる。
 不思議な温かさに包まれながら、必死で願ったエシュタンドは、大きく揺れた地面に、倒れそうになるのをなんとか堪えた。
 まるで、爆音にも似た音が、彼のいる空間を轟かせる。反響する音の方向を探した、エシュタンドの目に、濃い緑色の光が映る。
 その光が指し示す方角を振り返ったエシュタンドは、強く巻き起こった風に思わず腕を上げ、瞳を閉じた。
 小石のようなものが、風と共に吹きつけた後、ゆっくりと開けられた彼の瞳は、大きく見開かれる。
「……ソラ――!」
 彼の叫びに、同じように瞳を大きく見開いて、空は、自らの目にしているものを確かめるように、何度も瞬きをした。
 手にしていた、大ぶりの剣を下ろして、目の前に開けた空間を、もう一度信じられないように見つめてから、空はゆっくりと口を開く。
「エシュタンド――!」
 泣きそうにゆがんだ顔で、こちらへ駆けてくる黒髪の少女を、エシュタンドは心から湧き上がる安堵と共に、見つめ返した。
 周りに飛び散った石を避けながら、走り寄ってくる空の体を、受け止めようと伸ばした手は、ずきりと疼いて、思わずその場に膝をつく。
「エッ、エシュタンド! 大丈夫?」
 途端に心配そうに、そっと彼の体を支えた空に、エシュタンドは精一杯の微笑みを向けた。
「大丈夫だ。まったく……これくらいの傷で、情けないな――」
 作ったつもりの笑顔は、今更感じ始めた痛みで、ゆがんでしまったようだった。
 それでも、無事な彼女を抱きしめようと、起こしかけた体は、またしても傾いだ。
「エシュタンド、しっかりして……!」
 力を失った彼の体を、空が抱きとめたその瞬間、突然どこからか、軽やかな音が響いた。

「いやあ、お見事! ご苦労さま。君ならできるって、信じてたよ」
 拍手しながら、笑顔を浮かべた少年の姿に、エシュタンドは遠のきかけた意識を必死でつなぎとめた。
「貴様、か……ソラをこんな目に合わせたのは――ただで済まされると思っ……」
 言いかけた言葉は、またしても疼いた体中の傷によって阻まれる。
 それでも彼の意図を飲み込んだように、少年は高らかに笑った。
「まだそんな口が聞けるんだ。もうふらふらのくせに、強気だね」
「彼を笑うのはやめて! もういいでしょう? あなたが言った通り、彼と出会えた。この岩の壁も、砕いた。
 これで、満足でしょ? 早く、あたしたちを外に出して!」
 怒りを込めた空の叫びに、少年の笑顔がゆっくりと消える。
「あれ? この剣はいいの? ご褒美にあげるって言ったじゃない」
 滑らかな白い手で、優雅に指し示された、その剣は、先ほど空が手にしていたもの――目を凝らしたエシュタンドは、ようやくそれが、ハルトの聖剣であることに気づいた。
「そんな、剣なんかいらない! 力なんて、いらない……あたしが望むのは、ただエシュタンドの無事だけ。
 早く彼の手当てが必要なの! だから、お願い――外に出してよ!」
 傷だらけのエシュタンドの体を悲しげに見て、空は搾り出すように、少年に向かって叫び返した。
 その声を、ただ黙って聞いていた少年は、ゆっくりと、美しい笑みを浮かべた。
「いいだろう……合格だよ。まあ、無意識の結果みたいだけど、剣は君を拒まなかったし。選ばれたかどうかは、試してみればわかることだ。
 二人の想いの強さは、いやってほど、見せてもらったしね。まったく、そんな男より、僕のほうがよっぽどいい男なのになぁ……」
 軽い調子で、呟かれた言葉に、空はただ眉をひそめた。
 エシュタンドが目つきを鋭くしたことに、すぐに気づいたように、少年はいたずらっぽく舌を出した。
「冗談だよ、そんな怖い顔しないでよね。大体、僕は精霊なんだから、そんなに恐ろしい真似、するわけないだろ?
 もう少し、信じてくれたっていいのにさ――僕が本当に、永遠にでも閉じ込めるとか、思った?」
 拗ねたように問われた質問で、空は何とも言えないような顔で、ただ少年を見返していた。
 空が口を開くより前に、少年は両手を合わせて、明るい瞳で二人を映した。
「確かめたかっただけだよ、君たち二人が本当に、力を手にすべき存在なのかをね」
「力、だと――?」
 飲み込めない話を、なんとか頭に理解させようと、エシュタンドが問い返す。同じ疑問を持ったように、空も少年を見やった。
「そうさ。石にも選ばれ、剣も認めたとしても、万が一、道を踏み外すような者だったら、困るからね。
 その力を得るにふさわしい二人なのか、ただこの目で見たかっただけ」
「あたしたちを、試したってこと――?」
 複雑な瞳で、問い返した空をちらりと見て、少年は笑顔で肩をすくめてみせた。
「ま、そういうこと。僕って、本当は親切なんだよ? だって、口数の少ない、森の奴らに代わって、身をもって、その石の使い方も教えてあげたんだからね」
 今は先ほどまでの輝きも熱も失った、ただの石を、空もエシュタンドも握り締める。
 その様子を笑って眺めて、少年は大きく伸びをした。
「もうわかったと思うけど、その石は、二つの石を手にする者――想い合う二人を、つなぐ石。その想いが強ければ、強いほど、その力も強くなる。
 どんな風に働くかは、さっき見た通り、二人を引き寄せることもするし、他にも、色々と役に立つ。
 まあ、堅苦しい森の奴らの宝玉にしたら、良く出来てると思うよ。大事にするんだね」
「じゃ、じゃあ……あたしたちは、この石のおかげで、引き寄せられたってこと?」
 おそるおそるそう訊ねた空に、少年は頷いてみせる。
「それだけじゃなく、君は白水晶の剣も使っただろ? 滝そのものの意思を司る、この剣に、君は命を下した――道を開け、と。
 無意識にしろ、何にしろ、その強い想いに、剣は応えた。その意味は、君は、この剣に見事選ばれたってこと」
「剣に、選ばれた……?」
 まるで予想もしなかったような言葉に、ひたすら驚いているように、空は呟いた。
 黙って見ているエシュタンドの服を、そっと握ってくる。その手を取ろうとしたエシュタンドは、思ったよりも言うことを聞かない体に、小さなうめきを上げた。
「エシュタンド! 大丈夫?」
 たちまち覗き込んでくる空に、唇だけで微笑んだものの、既に声も出せないほどの痛みを、隠すことで精一杯だった。
「セリル、さん――お願い、彼を助けられないの? このままじゃ、エシュタンドが……」
 セリル、と呼ばれた少年は、嬉しそうに空を見た。
「やっと、僕の名前呼んでくれたね。さん、はなくてもいいのに」
「そっ、そんなこと言ってる場合じゃ……」
 苛立ったような空の声に、セリルはまあまあ、というように片手を上げてみせた。
「大丈夫。そんなこと、君が手にした剣の力を持ってすれば、わけないよ。あとで、彼の体にのせて、願ってごらん。
 癒しと浄化の力を持った、白水晶の剣なら、そんな傷ぐらい、たちどころに治してくれるさ。
 ただし、その想いが、純粋で、強いものでなければ、だめだけどね」
「癒しと、浄化の力――?」
 不思議そうに問い返した空に向かって、セリルは剣を差し出した。
「もう、抜けるよ。君は、この剣の、持ち主だからね」
 ハルトの聖剣と呼ばれたものと、全く別の物のように、古びていた剣の鞘も、柄も、全てが輝きを取り戻していた。
 錆びていた色が、鮮やかな水色に変わっていく。その表面に刻まれたのは、白い模様――まるで、流れ落ちる水の姿を現したような。
 その剣をためらったように見つめていた空が、おそるおそる受け取った瞬間、内側から、まばゆいほどの光が放たれた。
「その剣は、必ずこれから君たちの役に立つ。力の発動には、想緑珠と同じように、二人の想いが必要だ。
 魔をはらい、清める剣――正しい想いで、使うように」
 そう言い放ったセリルは、先ほどまでの気楽な少年の姿には見えなかった。
 外見はそのままでも、あふれるほどの力と、威厳に、神々しいほどにも美しい、まぎれもない精霊の姿だった。
「さあ、そろそろ、滝たちも退屈してくる頃だ。いつまでも凍らせてるわけにはいかないからね。
 行きなさい。君たちを、心配してる者のところへ――」
 優しい瞳で二人を見つめたセリルは、そっと手を広げた。
 その動作と共に、大きな音が響き出す。
 滝が流れ出したのだと、見えぬままにも感じながら、立ち上がろうとしたエシュタンドを支えて、空はセリルを見やった。
「待って! あの、ラウレカさんのこと、知ってるって本当なの?」
 突然出てきた母の名前に、エシュタンドも視線を上げた、その時、セリルは水色の不思議な瞳を揺らめかせて、微笑んだ。
「ああ、知ってるよ。清らかな力にあふれた、可哀相な、巫女――彼女も、君の大切な恋人も、泉の力を受け継いだ者。
 彼女の場合は、聖なる力に、彼の場合は、魔の力として現れた……でも、どちらにしろ、大きすぎる力は、人間には凶器になる。
 君も、気をつけたほうがいいよ。でないと、さっきみたいに、自分の力に傷つけられるだけでは済まなくなるかも――」
 エシュタンドの藍色の瞳に向けて、静かに呟かれたその声は、今までのような、ふざけた調子のものではなかった。
 それだけに、空が隣で息を呑むのが聞こえた。
「どっ、どういうこと――?」
 心配そうに問いかけた空に微笑んで、セリルは静かな瞳で周囲を見渡した。
「ああ、血の匂いに、そろそろ滝が嫌がり始めてる……もう、限界かな。
 とにかく、お互いを助け合うことさ。二人の想いが、一番大切なんだから。そのためには、ソラ――」
 思いがけなく名を呼ばれたことに動揺したのか、口をつぐんだ空の隣に、いつの間にか近寄ったセリルは、何事かをそっと囁いた。
 大きな滝の音にも阻まれ、エシュタンドには聞こえなかったその言葉で、空の顔色がわずかに変わる。
 そんな空の頬を優しく撫でて、セリルは愛らしいまでの微笑を浮かべた。
「さあ、お行き。またいつでも、遊びにおいで、歓迎するよ――」
 少年の姿には似つかわしくないほどの、優しい声音で、そう言って、セリルは素早く空の頬に口付けた。
 一瞬何が起こったのかわからないような空を、楽しそうに見つめた後、セリルは何もない空間に、溶けるように姿を消してしまった。
 胸に湧いてくる複雑な思いを、とりあえず隠して、エシュタンドはしっかりと空の手を握った。
 振り返った黒い瞳が、エシュタンドの姿を映したのが見えた、その瞬間、突如まぶしい光が二人を襲い、怒涛のような音と水飛沫に囲まれていく。
「たっ、滝――?」
 辺りを見渡した空と、エシュタンドがあわてて抱き合った次の瞬間、周りを占めていた岩肌がなくなり、突然水の中へと、放り出されていた。
 激流ともいえるぐらいの、水の中、飲み込まれた体を、必死で空と抱き合いながら、エシュタンドは意識が遠のくのを感じていた。
 頭の中に、自分を呼ぶ空の声だけが、こだましていくようだった。

 








 村人たちに案内された先の、小さな洞窟の入り口には、またしても氷の壁が立ちはだかっていた。
 王によって下された命で、王宮軍が氷の壁を砕こうとした、その瞬間、突如洞窟をも揺るがすような音が響き、一瞬にして、融けた氷の激流が兵たちを襲った。
 近づこうとしていたクガルたち私兵隊は、あわてて飛びのき、水の渦を避けた。
「皆の者、無事か!」
 叫んだ王の声に、洞窟から続く、小川の中ほどまで流された兵たちは、なんとか立ち上がり、無事を示す。
 その様子にクガルもほっとした、その瞬間、少し離れて見ていた村人たちが、にわかに歓声を上げるのが聞こえた。
「巫女様だ! 巫女様が現れたぞ!」
「王子様もご一緒じゃないか!」
 口々に喜びの言葉を叫ぶ、村人たちの声で、すぐさま振り返ったクガルの瞳に映ったのは、水が滴り落ちる洞窟の中、座り込んだまま、まぶしそうに瞳を細めた、空の姿であったのだ。
 顔を輝かせたクガルは、空の膝に抱えられた、傷だらけのエシュタンドを目にして、顔色を変えた。
「殿下! 殿下、一体どうされて――」
 小川の浅瀬を走りぬけ、駆け寄ってきたクガルの姿を見て、空はほっとしたように息を付いた。
「クガルさん――よかったぁ……ちゃんと外へ出られたんだ」
 辺りを見渡して、心から安心したようにそう呟いた空に、クガルも力強く頷く。
「はい! 姫君、よくぞご無事で……しかし、殿下は、一体どういうことなのですか?」
 瞳を閉じたまま、ぐったりと力を失っている主の様子に、クガルは心配の色を隠せずに訊ねた。
 クガルの問いに、空も疲労の色濃い顔を引き締めて、エシュタンドの体と、自らの膝の間に挟まっていた大ぶりの剣を見やった。
「姫君、その剣は――?」
 訊ねかけたクガルの周りに、兵たちも集まり、そして、王までも空とエシュタンドを見下ろすように、洞窟の入り口へと降り立った。
「ソラとやら、よく無事であった! エシュタンドはどうしたのだ、傷ついているようだが……」
 直接訊ねられ、空はゆっくりとエシュタンドの体を膝から下ろし、岩の上に寝かせた。
「あ、あの――説明は、あとでゆっくりしますから……今は、とにかくエシュタンドの傷を治さないと」
「傷を、治すだと?」
 訝しげに問い返す王に、空は頷いた後、先ほどの剣を手に取った。
「何をする気だ、その剣は――?」
「滝の精霊が言うには、癒しと浄化の力を持つ剣だそうです。これなら、エシュタンドの傷が治せるって……」
 質問に答えるのももどかしそうに、空は剣を片手にかまえ、ゆっくりとその鞘に触れた。
「滝の、精霊……」
 口々に信じられないような呟きをもらす兵たちをものともせず、空は一呼吸すると、鮮やかな水色をしたその鞘から、静かに剣を抜き放った。
 そして、現れたものに、その場の全員が息を呑んだ。
 抜かれた剣の刀身は、光り輝く、白水晶そのもの――剣の形に磨き上げられた、白水晶の結晶だったのだ。
 皆が声を出せずに見守る中、空は一瞬だけ洞窟の奥を見やると、心を静めるように、瞳を閉じ、そしてエシュタンドの胸の上に、そっと水晶の剣をのせる。
「剣よ――どうか、エシュタンドの傷を治して……!」
 固く目を閉じて、祈りを込めて呟かれた空の声――その言葉が届いたかのように、白水晶の剣が、ほのかな光を宿し、一瞬にして、それは辺りの空気をも染めるほどの、強い光に変わった。
 空自身も、そして、周りの誰もが眩しさに瞳を閉じ、そして再び開く時には、既にその光はおさまり、何事もなかったかのように、剣は静かにそこにあるのみだった。
 全ての視線を集めていたエシュタンドの瞳が、そっと瞬き、しっかりと開かれる。藍色の強い輝きが、彼の意識が戻っていくことを示していた。
「エシュタンド――!」
 空の呼び声に答えるかのように、エシュタンドはゆっくりと上半身を起こし、そして信じられないようにその体を見つめた。
 そう、彼の体のあちこちにあった、切り裂かれたような傷跡は、全て綺麗になくなっていたのである。
「ソラ……」
 ほっとしたように瞳を合わせたエシュタンドに、空はすぐに抱きついた。
 二人の抱擁を見つめていたその場の兵たち、そして村人たちからも、ゆっくりと歓声がわきあがる。今、起こった出来事が、信じられないままに、クガルもようやくその表情に安堵の色を浮かべた。
「エシュタンド……一体、どうなっているのだ」
 ただ、呆然と、事態を見守っていた王が、ようやく言葉を発した頃には、エシュタンドはいつもの表情を取り戻し、笑顔すら浮かべて、王を見上げた。
「道すがら――ゆっくりとご説明いたしますよ、父上。その前に……」
 藍色の瞳を腕の中の少女に向けて、エシュタンドは微笑んだ。
「ソラの、着替えと、休息が必要なようです。メセル殿――お願いしても、よろしいでしょうか?」
 エシュタンドの胸に、力尽きたように体を預けて、子供のような顔で眠る空の姿に気づいたメセルは、優しい笑顔で頷いてみせた。
 馬車に運ばれる空を見送って、エシュタンドもクガルに渡された着替えに袖を通す。
 そして、王宮のある方向を強い瞳で見つめた彼の背中を、既に暮れはじめた夕日が照らすのだった。


今回、かなり長くなりました。
いつもながら、すみません。
もう少し気をつけたいとは思うのですが、区切りがいいところだと、短いか、長いかになってしまって……。
これからの展開も、どうぞお楽しみに!











ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう