ある朝、タンスの向こうに(5/75)PDFで表示縦書き表示RDF


ある朝、タンスの向こうに
作:文樹妃



5.王宮


 ――なんだか、まぶしい。
 暗い底から浮上してきた空の意識は、やわらかい朝の日差しでゆっくりと覚醒していく。
 ――ここは……。
 思い出す前に、低い、ゆったりとした声が響いた。
「目を覚ましたか」
 まだぼんやりしていた目で空が声のした方向を向くと、金の髪の男が立っていた。
 それで急激に眠りに落ちる前の出来事が蘇る。
 あまりのスピードで昨日の出来事を反芻する頭とついていけない体は、起き上がろうとして、ふらついた。
 空の動作で、あわてたように近寄ってきたのは、やはり昨日の男、エシュタンドだった。
「どうした、大丈夫か?」
 昨日とは違い、白いブラウスに茶色のズボンだが、これもまた中世風のデザイン。
 どうやら部屋着のようなものらしい。
 その問いには答えずに辺りを見渡す空を見て、エシュタンドは先回りしたように答えた。
「ここは私の部屋だ。昨日倒れたお前をここへ運ばせた」
 豪華な造りではあるが、ただ広いだけ、という印象の部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドに空は寝かせられていたらしい。
 ――倒れた……そうか、あたし、あまりに色々なことが起きすぎて、気を失ったんだ。
 ため息をついて自分を見て、あわててエシュタンドを見る。
 着ていた部屋着はどこにもなく、代わりに空が着ていたのは薄い水色のシルクのような生地のネグリジェらしき服一枚。
 胸元の開いた、体にぴったりとしたデザインである。
「こっ、これ……」
 目を丸くして空がパニックに陥る前に、エシュタンドが笑いながら答える。
「心配するな。お前の服が汚れていたから、侍女に命じて着替えさせてやっただけだ」
「な、なんだ……」
 まさか、と両手で体を守るように抱きしめていた手を下ろしてほっとする空を、世にも楽しそうにエシュタンドが見ている。
「な、何よ」
「いや、まるで子供のような反応で面白い。男のなりをしていながら、女で、
威勢がいいかと思えば臆病で、ころころ変わるのだな、お前は」
 藍色の瞳を細めて、まるで猫でも見るかのような視線から逃れるように、目をそらして、それから気づいた。
 ――ん? 今、男のなりって言った、よね?
「あの、あたし、男のなりなんかしてないんだけど」
 憮然として振り返ったら、エシュタンドは何を言ってる、と笑いを崩さないまま応答する。
「ほう、そんな短い髪をして、まるで奴隷のような服を着て、あれのどこが女の格好なんだ? 女とは長い髪にドレスを着るもの。それともお前の国では違うのか?」
 ――どっ、奴隷? 何を言ってんの、こいつ……。
 言い返しかけた空の頭に、昨日の出来事が蘇る。
 あんなこと、普通ではあり得ない。
 今まで生きてきて遭遇したこともないこの現状。そして、この男が語る、知らない常識。
 ――こんなのって、こんなのって……。 
 映画などでしか見たこともないような不思議な出来事が起こるこの場所。
フィクションの世界にしかあり得ないと思っていた、異なる世界というものなのだろうか。
 理由も、確信もない。 
 わけはわからないままだ。
 それでもやっぱりここは空が知っている世界とは違っているのだ。
 信じたくはないが、空がおかしな世界に来てしまったことは確からしい。 
 そう、しかもタンスの中を通って。

 自分でもわからないことをどう説明したらいいものか、沈黙したままの空に、目の前の相手は答えを待つようにゆったりと腕組みをして壁にもたれている。
 何故なのか、ここは一体どこなのか、どうなってるのか、頭にぐるぐるとまわるたくさんの疑問には答えもでるはずもなく、頭が痛くなるばかりで、考えるのも放棄したくなった空はなげやりに口を開いた。
「……あたしの国では女も短い髪をするし、ドレスなんか着ないの」
 とりあえず聞かれたことに答えただけの短い言葉に、エシュタンドは藍の瞳を面白そうに瞬かせて、近寄ってきた。
「このエスタリア大陸にそんな国があるのか? ほぼ世界の情報は知り尽くしたと思っていたのに、興味深いことだ」

――子供みたいなのはそっちじゃない。
余裕たっぷりに見つめていたかと思えば、少年のように嬉しそうに聞いてきたりして。
 エシュタンドという男は、ただえらそうなだけではないらしい。
 思わず興味を惹かれている自分に気づいて、あわてて首を振る。
 ――こ、こんな人に興味持ってる場合じゃないって!
 こんなとんでもない世界からとにかく早く帰る方法見つけなきゃ……!

 あせる空にまだ何かエシュタンドがたずねようと口を開いた、その時。
 頑丈そうな扉の向こうで、女の人の声がした。
「殿下、朝の謁見のお時間でございます」
 エシュタンドは金色の髪をかきあげて、面倒くさそうに返事をした。
「わかった。今、行く」
 その姿を黙って見ながら、昨日の言葉が今更ながら本当だったことを実感する。
 ――なんとか王国の王となるもの、とか言ってたっけ。
 気軽に言葉を交わしていた目の前の相手が、本当にそんな偉い人だったとは。
 そう理解はしても、王国や王子などとは無縁の国で育った空にとっては現実味がないのだが。
 不思議な気持ちで白いブラウスの背中を見ていたら、急にエシュタンドが振り向いた。
「ソラ、と言ったな」
 いきなり名前を呼ばれて空は驚いた。
 一度しか言ってないのに覚えていたらしい。
「侍女に申し付けてある。湯浴みが終わったら、謁見の間に降りて来い。
特別に許可する」
「は?」
 空にちゃんと返事をする間も与えず、エシュタンドはそれだけ言って大きな扉の向こうへ消えてしまった。
 ――ゆ、湯浴み? 許可?
 何のことだか考えている間に先ほどの大きな扉が開いて、ひらひらとした衣装に身を包んだ女たちが現れる。
「失礼いたします。どうぞ、こちらへ」
 丁寧に、でも有無を言わせぬ態度で空を囲む女たち。
 ――何、一体どこに連れていかれるの?
 助けを求めようにも、あのエシュタンドはもういない。
 敵も味方もわからないこの場所で、これから一体どうなってしまうのか。
 不安いっぱいの心で、空は侍女たちに優しく連行されていくのだった。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう