30.クガル
「まだ、殿下は見つからないのか!」
クガルの叱責が辺りに響いた。馬上から栗色の厳しい瞳で見下ろされ、兵たちはただうなだれるのみである。
突如消えた王子の捜索は、夕日が森を染める頃になっても一向に進まなかった。
兵たちに慕われる優しい私兵隊長も、さすがに苛立ちを抑えきれなくなった結果の叱責である。しかし、頭では誰に非もないことを承知していた。
叫んでしまってから、色濃い疲労が見える兵たちの表情に胸が痛む。
「声を荒げてすまない。暗くなると捜すのは不可能に近い。日が沈むまで、もう一度範囲を広げて捜索にあたってくれ」
すぐにいつもの穏やかな口調を取り戻し、告げるクガルに、ミディス王国第三王子付き私兵隊は、すみやかに捜索に戻っていった。
既にコルトス領軍隊で、森全域をあたった後である。これ以上どう捜そうと見つかるはずもないのだが、一縷の望みをかけて、私兵隊に捜索を命じているのだった。
今頃コルトス領軍隊が、コルトスの領地をくまなく捜してくれている頃であろう。
しかし、クガルには、どうしてもこの森の付近に王子がいるような気がしてならなかった。
――やはり、魔の力なのだろうか。
ため息をついたクガルが思い出すのは、今朝の光景。
突然夜中に王宮へと馬を走らせた主について、彼の私室へと入った時。
藍色の瞳を強い色に染めて、彼が差し出したのは、濃い緑色の宝石のようなものだった。
姫君が姿を消してから、苛立ちと不安、焦燥とが影を落としていたエシュタンドの表情には、光が戻ろうとしていた。
『ソラを捜す手がかりになるかもしれん』
それは何かと問うたクガルに対しての、彼の答え。
ほぼ何かの確信を得たように、エシュタンドは再びコルトスへと舞い戻り、朝日が昇るなり、森の捜索を始めたのだ。
私兵隊長として付き従うクガルも、ようやくの吉報に嬉しさを抑えられないでいた。
彼女が現れてからというもの、今までにないほどの感情を見せるエシュタンドに、驚きつつも喜んでいたから。
彼の笑顔を見られることが、純粋に嬉しくて、そして何より、クガル自身も、空の無垢な魅力に好感を持たずにはいられなかったのだから。
張り詰めた王宮の空気をやわらかく照らすような、素直な微笑み、明るさ、屈託のなさ、全てが新鮮で、そんな彼女がエシュタンドの心の奥の氷を溶かしてくれることを期待してやまなかったのは、クガルだけではない。エシュタンドを慕い、敬愛する私兵隊全員の願いだった。
そんな矢先に消えてしまった彼の光ともいえる少女。彼女を見つけ出せるかもしれない、そんな期待はクガルに疲労も感じさせぬほどだった。
しかし、森深く立ち入った頃、突如としてエシュタンドは消えた。彼の乗る白い愛馬とともに。
彼らを照らしていた太陽の薄い光が一瞬遮られ、暗い影に包まれた、そう感じた一瞬の出来事だった。
木々の枝に邪魔をされたように、前を行くエシュタンドの姿が見えなくなったかと思うと、かき消されたように、その場から忽然と姿を消してしまったのだった。
――あの不可思議な現象は、魔の力の介入を思わせる。
しかし、それにしては何かが違う、とクガルの勘は訴えるものの、何がと問われると説明できない。
魔に対する攻撃や保護の術なら使えるクガルであったが、魔の力に関する感知力は王子の比にも及ばないのだ。
それでも自分の能力は、私兵隊の中では最上級のものだ。他の兵たちにはこの現象についての見解は望めずに、クガルは頭を抱えていた。
――やはり、王宮に緊急を知らせるべきでは。
いやむしろ、この状態で王宮に隠し通すことは無理に近い。
一国の王子が、しかもこの国を将来背負って立ち得る王位継承者が姿を消したのだから。
先に消息を絶った彼の婚約者もまだ見つかっていないうちに。
昨夜王宮へ戻った際には、おそらく王や王妃の耳にまでは入っていなかったはずだが、聖殿へもまだ辿り着いておらず、いつ不審の目が向けられるかは時間の問題だった。
それに何よりもまず、二人が無事でいるのか。
もしも魔のモノが関わっているとするならなおさらだが、それ以外であっても心配は尽きない。
王子の魔の力の強さは誰にも劣らぬとはいえ、どんな事態が起こりうるともかぎらない。
王宮に知らせ、王宮軍と守護龍の出動を要請するのが二人の安全のためには一番の手立てなのだが、そうすることによって、エシュタンドの立場が悪くなる。
――……一体、どうすればいいのだろう。
クガルが眉間に皺を刻み、深くため息をついた、その時だった。
「隊長! あれを――」
考えに没頭していたクガルがあわてて振り返ったその先には、木陰からいつの間にか姿を見せた、上等な毛並みの、白い馬――そう、彼の敬愛してやまない主の愛馬がいた。
「あれは殿下の――」
クガルが思わず目を輝かせた瞬間、不意に空が暗くなった。
曇ったのかと見上げたクガルの栗色の瞳が驚愕に見張られた。
遠い頭上に、目が覚めるような青色の、大きな翼が見えた。
体のバランスから見ると異常に長く、幅の広い翼で空をかき、浮かんでいるのは、半身が人の姿、半身が獣の奇妙な生き物であったのだ。
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