23.コルトス
石造りの四角い家々。その間の狭い道で走り回って遊ぶ子供たち。広い通りを歩く人々。買い物袋を抱えて談笑する女たち。道の端で物を並べて売る商売人に、値切っているようなお客たち。様々な人々が、皆一様に明るい表情をしていた。
目の前に広がるたくさんの家々に、店が連なる通り。
それらをどこか圧倒されたように眺めていた空の肩をエシュタンドが叩く。
「どうだ、初めて見る外の街は」
その声に我に返って、空は笑った。
「うん、すごくいい! なんだか生きてるって感じ」
王宮でのどこか緊張感のある暮らしと、自然に人々が笑い合う場所との差に驚いていた心が、懐かしさでいっぱいになる。
雰囲気は違っても、空がいた世界とはここの方が似通っていた。
空の答えに苦笑して、それでもエシュタンドもどこか嬉しそうに言った。
「確かに、ここに比べると王宮は死んだようなものだからな」
その言葉で、先ほどの馬車での会話を思い出す。
空を試す、そう言っていた。
王は空のことをただ放っておいたりしていなかったのだ。
巫女以外許されない剣舞とかいうものをやらされるという。
それは、巫女でも何でもない空が行えば一体どうなってしまうというのか。
滝の精の怒りとは、どんなものなのか。
段々足元から渦巻いてくるような不安に、空は思わず両腕を抱える。
背筋が寒くなる想像が膨らんでくる。
「どうした、ソラ」
笑顔が消えた空に気づいたように、覗き込んでくる藍色の瞳。
いつもこうして気遣って、空を守ってくれるエシュタンド。
それでも、それだけではいけない気がした。
この世界にやってきてからいつも助けてくれる彼の存在に、知らず頼りきっていた空。
しかしそれだけでは自分で何もできないままなんだと、改めて思い知らされたような気がしていた。
「う、ううん。何でもない。馬車でちょっと疲れたみたい」
ソラの答えに黙っていたエシュタンドだったが、いつものように笑みを浮かべた。
「あれだけぐっすり眠っておきながら、よく言うものだ。重い頭でもたれられて、私のほうが疲れたぞ」
そのエシュタンドの皮肉に、空はいつも通りふくれてみせる。
「別に、好きでもたれたんじゃないもん」
空のしかめ面に、エシュタンドは楽しそうに笑った。
――ともかく、今はこの街を楽しもう。これから先のことは、それから考えよう。
頭の隅に不安も恐怖心も追いやって、空はエシュタンドに微笑んだ。
「殿下、そろそろコルトス領主の屋敷へ向かいましょうか」
クガルの声が背後から聞こえてきて、エシュタンドが頷く。
「ああ、そうだな」
そしてまた馬車へと逆戻りしようとする三人に空は思わず声をかける。
「えっ、もう行くの?」
通りの食堂や屋台から流れてくる香ばしい匂いを吸い込んでいた空としては、てっきりここで昼食をとるのだとばかり思っていたのだった。
その顔に吹き出したのはエカルドだった。
「大丈夫、領主が美味しい昼食を用意して待っているはずですよ」
「そうですよ、姫君。屋敷で少し休まれてから、また街の見物に出てもいいですし」
すっかり空の扱いを承知したような二人の言葉に、恥ずかしくなりつつも安心して、空は馬車へと戻ることにした。
しかし、三人の背を追いかけようと踏み出した空の足は、一歩で止まった。
突然衣服を後ろから掴まれて、つんのめりそうになったのだ。
「な、何っ?」
あせって振り返るが、何も異常はなく、首をかしげながら再び歩き出そうとするが、またしても同じことが起こる。
「何なの、一体!」
気持ち悪くなってもう一度振り返った空の目が、ようやく足元の人物をとらえた。
「……え?」
何も言わずに突っ立っているのは、小さな子供だった。
綺麗に二つに結われた薄緑色の巻き髪、同じ色の大きな瞳を嬉しそうに瞬かせたその少女は、年相応には見えない大人びた仕草で、髪の色より濃い緑のふわりとしたスカートを持ち上げておじぎをしてみせた。
一体こんな子供が何の用かと不思議に思いつつも、しゃがみこんで少女の目線と合わせるようにする。
同じ高さで目が合った途端、少女は空に鮮やかに微笑んでみせた。
「やっと、見つけた」
透明感のある声でそう言って、少女は両手を胸の前で広げてみせる。
その手の上には、緑の葉っぱがのせられている。
風がどこかから吹いた、そう思った途端、いつの間にか一枚の葉っぱが数枚に増え、風にさらわれるように舞い上がっていく。
何かが、おかしい。
空がそう感じたその時、エシュタンドが自分の名を呼ぶ声が遠くに聞こえた気がした。
それに答えようとするも、体が言うことをきかず、ぐらりと傾いでいく。
「大丈夫、心配しないで」
倒れていく先で、不思議なほどしっかりと空の体を受け止めた少女が、耳元でささやく。
うふふ、と甘い蜜のような笑いをもらす少女のまわりを一瞬で覆う葉の数々。
緑の葉は音もなく風に舞い散り、空間ごと消えるように、空と少女を包みこんだ。
「エシュ、タンド……」
むせるような緑の香りの向こうで、走りよって来るエシュタンドの姿が薄らいでいった。
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