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ある朝、タンスの向こうに
作:文樹妃



22.密話


 体が心地よく揺れている。
 それが一定のリズム、そう、車輪が刻むそれだと思い出すまで少し時間がかかった。
 まだ気持ちの良いまどろみの中から抜け出せないでいる空の耳に、ぼそぼそと話し声が聞こえてきた。
「それにしてもよくお休みでいらっしゃいますね」
「ああ、昨夜は興奮していたようで、遅くまで起きていたからな」
 ああ、自分の話だ、と意識が少しずつ向いていく。
 そんな空には気づかないように、談笑する三人の声は続く。

「コルトスへ着いたらまたはしゃいでまわるだろう。それまで寝かせておいてやれ」
 まるで子供みたいな言い方だと半分眠りの中でも思う空だったが、まだ頭がぼんやりして、目を開けられなかった。
「……兄上は、本当に姫君を大切にされておられるのですね」
 静かに、エカルドがそう言うのが聞こえる。
 それに対して小さく笑うだけにとどめたエシュタンドに、エカルドが重ねて言う。
「姫君には勉強だなどと仰って自室にこもらせ、できるだけ外の騒ぎを耳に入れず、まるで誰の目にも触れさせないように、ご自分で守られていらっしゃるのだから」
 その内容に空の眠りは妨げられた。
 もう一度意味を反芻しようとする空の意識より先に、エシュタンドの声が皮肉げに響く。
「さあ、どうかな。勉強させようというのも本心だ」
 本音を悟らせないような口ぶりに、クガルの苦笑がもれる。
「殿下は素直でいらっしゃらないのですよ、本当に」
「まったくだ」
 笑いあう二人に咳払いをするエシュタンド。
 空までもなんだか気恥ずかしくなって、そろそろ起きようとした、その時、馬車が揺れて、窓枠にもたれていた空の体は、自然と隣のエシュタンドのほうへ傾いた。
 すぐさま受け止められて、あっという間に肩を抱かれ、エシュタンドの胸にもたれさせられた形になる。
 手馴れた仕草でそうしておいて、平然と話を続けるエシュタンド。
「それで、原書の行方はまだわからないのか」
「はい、殿下の仰った通り、高位の術士をそれとなく探らせてはおりますが……」
「まあ、簡単に尻尾を出す奴もおらんだろうしな」
 低く話す声が間近で響いて、密着した体温に空の心臓が騒ぎ始める。
 あせる空が起きるきっかけを逃している間に、エシュタンドの低く、落とした声が発せられる。
 
「それでソラのことは」
「ええ。陛下付きの侍女たちの話では、どうやら儀式の準備をされているらしいと」
 急に引き締まった空気に、目を開けることをためらっている空の周りで、話は続く。
「儀式とは、一体どのようなものです?」
「それが、ハルトの剣を用意させておられると」
「ハルトの剣、というと例の剣舞に使われる?」
「そう、収穫祭の剣舞のものだと思うのですが……」
「それが姫君とどういう関係が?」
 エカルドのいぶかしげな声に、空は固く目を閉じる。
 迷っていたものの、これはまだ眠ったふりを続けていたほうがよさそうだった。
 話の流れからして、空をめぐる動きはまだ穏やかでないらしい。
 沈黙が少しだけ広がったかと思うと、エシュタンドの声が低く響いた。
「剣舞をさせる気なのかもしらん――ソラにハルトの剣で切らせる気なんだ、白水晶の滝を」
「ま、まさか!」
「それは巫女にしか許されていないことではありませんか!」
「そうです、巫女以外の者が行えば、滝の精の怒りを招くと昔から……」
 興奮した二人にエシュタンドが静かにするよう促して、それからつぶやいた。
「それで試す気なんだろう。ソラが暁の娘かどうかを――」
 そんな、そう声にならないクガルの呟きが聞こえ、我慢できずに目を開けようとする空の動きの一歩前に、馬車は静かに歩みを止めた。
 それと同時に自然を装って目を開けた空に、目の前の二人の表情が一瞬固くなる。
 胸の嫌な鼓動を抑えて、空はあたりを見回して、伸びをしてみせた。
「寝ちゃってたんだ、あたし。もう着いたの?」
 自分でも不思議なほど平静な声が出て、ほっとしたように寄せられる視線にも空は気づかないふりをした。
「ああ、着いたようだな、コルトスに」
 エシュタンドが代表して答える。
 つい先ほどまで触れていた温かな胸の感触を振り切るように、空は一瞬目を閉じて、クガルの開けてくれた扉から、コルトスの地に降り立ったのだった。














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