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ある朝、タンスの向こうに
作:文樹妃



2.遭遇


 気がついたら、倒れていた。
 目を開けてすぐに飛び込んできたのは青い空。
 ――……外?
 また夢でも見てるのかと、まばたきをしてから、体の痛さに気づく。
 ――そうだ、落ちたんだ……タンスの中へ。
 その思考がまだ信じられない空だったが、それでもこの痛みは、確かに現実だった。
 落ちてきたっていってもどのぐらいの高さなのか、あのタンスからどこをどうやってここへ落ちたのか、まったくわからないけれど、少し打ち身のように痛む体を除いては、無事のようだった。

「なんか……寒い」
 さっきまで汗ばんでいたはずが、まるで秋のような肌寒い風に吹かれ、体が冷えていく。自然と身震いする体を抱きしめて、空は起き上った。
 目を見張るほど一面の花畑、風が優しく満開の花を揺らして、まるで普通の外の世界かと勘違いするほど、平和な空気。
 それを否定したのは、その花だった。
 今まで見たこともない不思議な色、あえて表現するなら虹色とでもいうべきか。色よりも驚くのはその形、まるでダイヤモンドのような角張った形をしていたのだ。
「……宝石みたい」
 夢見心地で触れようとした空の手をとどまらせたのは、一陣の風だった。
 強い、一瞬の風の後、動物のひづめのような音がして、空は振り向いた。

「何者だ?」
 上から降ってきたその声は、凛として、低く、その場を支配するように響いた。
 あわてて見上げた空の目に映ったのは金色の髪。
 ――が、外人?
 思わず自分が外国にいるのかと周りを見渡して、考える。
 
 ――あたし、タンスの中から外国へ来ちゃったの?
 っていうか、今、言葉がわかったよね。
 ってことは日本?
 でもこんな不思議な花は見たこともなくて、そもそもタンスの中からなんでこんなところへ出ちゃうのかもわからなくて……。

 何がどうなってるのかと混乱していた空は、ただその人物を見上げていた。
 白い馬に乗って、空を見下ろす男。逆光で顔はよく見えない。
 太陽の光に淡い金色の短髪がきらきらと輝いて、ぼんやりと、綺麗だな、なんて思ってしまった。
 空の沈黙に痺れを切らしたのか、男はいきなり馬を降り、空に向かって歩いてくる。
 まっすぐに歩いてきた男は、値踏みするような目で空を上から下まで眺めている。
 なんだか剣呑なその目つきより、瞳の色に驚いた。
 男の瞳は深い、深い藍色をしていたのだ。
 ――こ、こんな色、見たことない……。
 空がただその瞳に釘付けになっている間に、観察は終わったのか、腕組みをしていた手をほどき、男がつぶやいた。

「……敵ではなさそうだな」
「へ?」
 “敵”という日常に聞きなれない単語を耳にして、出た間抜けな声。
 かすれるような空の第一声も男には聞こえなかったらしい。
 空の反応など気にもかけぬ調子で、男は続ける。
「それにしても不思議な色の髪と瞳だな。クルスの者ともビバスの者とも違うようだし、森の部族たちの中にもこんな色見たことないが……」
 すらすらと独り言のように話す男より、その言葉の内容に空は首をかしげる。
 ――髪と瞳って、あたしの?
 黒なんて珍しくもなんともないと思うんだけど……。
 それより藍色のほうがよっぽど珍しいよね?
 やっぱりここは日本じゃないのだろうか、と辺りを見回してみる。
 空のそんな行動には目もくれず、男は独り言を続ける。
「それに妙な服を着ている。見たことない生地だな」
 男に言われて、まだパジャマのままだったことを思い出した。
 パジャマといっても、部屋着で通るグレーの半そで短パンのスウェット上下の自分と、目の前の男をひそかに見比べて、心の中で反論する。
 ――言ってるあなたの方がよっぽど妙だと思うんですけど?

 豪華な刺繍がされた、白いマントの下にぴったりとした白いズボン。
 そして白い皮のブーツのような靴。
 改めて観察してみるとまるで物語に出てくる騎士のようなファッションだ。
 ――馬に乗って、王子様ファッションって……こ、コスプレ?
 も、もしかして瞳の色はカラーコンタクトだったりして。
 何なの、一体この人……。

 実はテレビの企画か何かなんじゃないか、とどこか故障しかけた頭で疑いだした空にはおかまいなしに、男はいきなり空の方へ手を伸ばした。
「この季節にずいぶん薄っぺらい生地のようだが……」
 観察ついでのように、さらっと手を伸ばしてきた男に拍子を抜かれ、避けるのを忘れた空は、一瞬の後、ようやく忘れかけていた声を出した。
 大絶叫を。
 その悲鳴にきらりと虹色に輝く花々が揺れた。















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