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ある朝、タンスの向こうに
作:文樹妃



12.追及


 王族の間、という名のこの部屋は王族の人々が食事や団欒をするための場所であるらしい。
 といっても普段の日の食事は各自の宮で個別にとる場合も多いらしいけれど。
 何か特別な時などに集まるのだと、先ほどエシュタンドから聞かされていた。
 やたらに豪華な金の彫刻が光っている柱や屋根、ずらっと並んだ召使。
 代々の王族の人々らしい肖像画が壁に並んでいる。
 まさか自分が、異世界とはいえ、どこかの王国の王様や王家の人たちと一緒に食事をするなんて、とどこか人事のように思いながらも、いつの間にか食に夢中になっていた。

 先ほど広間に入る前に感じていた緊張は、美味しそうな料理を目にして、どこかへ消えてしまったのだから、我ながら現金な性格だと空は思った。
 異世界の料理といっても、王宮の最高級の食事だけあって、味は格別だった。
 食材の色や形、微妙な風味なんかは多少違うものの、基本的な味も似ていて、肉、魚、野菜などの素材が同じだから、安心して食べられて、食が進んだのだった。
 どうやら食生活に関してはこの世界も似たようなものであるらしい。
 もちろん味噌汁とか醤油とかはなさそうだけれど。
 何かのハーブティーのようなお茶を飲みながら、一息つく頃には、すっかり開き直って、周りを観察する余裕が出ている空だった。

 隣を用意しようというエシュタンドの申し出を断って、広すぎる食卓の一番末席に座ったことは落ち着いて食事をするためには正解だった。
 あんなところに座っていたらもっと緊張していただろう、と空は目の前の人々をそれとなく見つめる。

 一番奥の席には王、隣に王妃、王の側の列には王子たち、向かい側には王女たちが並んでいる。
 三番目の席に座るエシュタンドに視線を向けた時、こちらに気づいた藍色の瞳が素早く微笑んで、持っていたティーカップを軽く持ち上げ、空の方に乾杯のような仕草をしてみせた。
 あくまで余裕ある態度に、ゆるみかけた空の表情は、再び引き締まることとなった。
「エシュタンド」
 奥の台座から、低く、落ち着いた調子で、王が話を切り出したのだ。
「そろそろ本題に入るとしよう」
「はい、父上」
 そう言われることを見越していたように、エシュタンドは静かに答える。
 空の心臓だけがうるさく音をたてている気がした。

「今朝の求愛の儀については、皆も知っておるな」
 いっせいに頷く面々を見渡して、王の威厳あふれる声は続く。
「王族の名前というものは、権威と高貴なる血筋の証明とされている。よって、王家の者が愛を示す相手に名前を呼ぶ権利を与えるということは、
最高の求愛の行為であり、それを受けた相手が名前を呼ぶことで、愛を誓い合う意思を見せることとなる。
そして両者の愛の確認として、王の前で口付けをすることで、求愛の儀は成立し、婚約の運びとなるのだ」
「し、しかし陛下! このように急に、しかもどこの誰かもわからないような相手との婚約など前例がございませんわ!」
 あせったように声を上げた王妃に、王は眼差しだけで話を続けることを告げる。
 その態度に王妃も仕方なく黙り込む。

「王妃の言うとおり、いくら両者の愛の証明とはいえ、王家との縁談にふさわしい家柄の娘たちの中から、ある程度の時間をかけて選ぶことが今までの慣わしであった。
しかしエシュタンド、お前は既にその娘を選び、娘のほうもそれに応えた」
 そこで空の戸惑う心を見透かしたように、エシュタンドが目だけで黙っているようにと告げてくる。

 ――だ、だって……。
 そんな空の気持ちは知らない王は、そのまま言葉を繰り出す。
「既に成立した求愛の儀をくつがえすことは、好ましくなく、王家に災いをもたらすと言われておる」
「陛下……!」
 話の流れに顔色を変えるのは空も同じなのだが、王妃はそれ以上に取り乱して見えた。
 派手な宝石がたくさんはめられた両手を握り締め、王にとりすがるような眼差しを向ける。

「まあ、待て。だからといって、このミディスの行く末を左右するかもしれぬ、大事な縁談だ。相手となる娘は、このエシュタンドに、そして王家にふさわしい者でなければならぬ。そこで調べさせたのだが、この娘、昨日お前が王宮の外れで拾ってきたそうではないか。兵の言うには、その時の娘の格好は汚らしい奴隷のような、しかも男のなりであったらしいな。今も見るに、男かと見紛うほどの短い髪、そして不思議な黒曜石のような髪と瞳、異国の者にしても怪しく思うのは自然であろう。
突然現れた娘と求愛の儀を結ぶほどの愛情が芽生えたというのも疑わしい。
もしも皆をたばかるようなことあれば、王国伝統の儀にも、この私の顔にも泥を塗ることとなる。
一体どういうことなのか、説明してもらおう、エシュタンド!」

 最後の方は厳しく、弾劾するかのように声を大きくし、王はエシュタンドを見、そして空のほうに目をやった。
「そして娘、異国の者が、どこから現れて、このミディス王国の王子たるものに近づいた? 事情によってはただでは……」
 王の目線に射抜かれたようにすくんでいた空の肩に、いつの間にか席を立ったエシュタンドが手をかけた。
 そして見上げた空を安心させるように少し自分の後ろに下がらせて、正面の王を見る。
「父上、説明もなく、求愛の儀を行ったことはお詫び申し上げます。
そうご心配されても致し方ないこと。すべて先に申し上げてからにすべきでした」
 鮮やかに膝を折って礼をして、自分に向き直るエシュタンドに、王は勢いをそがれたように黙った。
 そこに切り込むように、エシュタンドが少し鋭い目を向けた。

「しかし、ソラに関してのお言葉が過ぎるかと。事情はさておき、このミディス王国、第三王子である私と、求愛の儀を結んだ大事な婚約者ですよ。
私はソラに名前を呼ぶ権利を与えた、その気持ちに偽りも謀りもありません」
「そ、それは……」
 王さえも恐れぬようなエシュタンドのまっすぐな瞳。
 藍色のその輝きに圧倒されたその場の全員をゆっくりと見渡して、堂々と微笑んだエシュタンドは、どの王子より、ひいては王よりも威厳にあふれて見えた。

「とはいえ、父上の疑問も最もなこと。母上のご心配も当然でしょう」
 そこで皮肉げに王妃を見てから、エシュタンドは空の方を視線で示した。
「確かにこの娘は、昨日宝玉花原で私が拾った娘です。
見つけた時にはまさか女であるとは思いもしなかったほど、髪はもちろん、衣装も不思議なものでした」
 
 そのくだりで嫌な出来事を思い出し、空が赤くなるのを承知の上のようにエシュタンドは意味ありげに空にだけ笑いかけてから、王に目線を戻す。
 その目はもう真剣な色を宿していた。

「しかし、父上、この娘が何者であるのか、聞かれたらもう先ほどのようなご発言はなさらぬはずです」
「どういうことだ」
「この娘は、空から落ちてきたと申しました」
「な、何? 空からだと?」
 騒ぎ出した面々を静かに見つめて、エシュタンドがはっきりと声を上げた。

「この娘は、暁の娘! 暁の世界からやってきた、いえ、我々のために遣わされた娘なのです!」

 暁の娘だと、そんな、まさか、ついに、そんな声が飛ぶ中で、空だけが呆然としていた。
 ――暁の世界? どういうこと?
 そんな空はさておき、ますます高ぶった声でエシュタンドが告げる。

「父上もご存知でしょう。このミディスを、更にはエスタリア大陸を救うとも言われる、古代からの伝説の娘です。王を守る剣士であり、愛を与えてくれる姫でもあると言われる伝承の通り、不思議な短髪に、美しい外見、そして暁の世界を表すともいえる闇の色をした髪と瞳、それが事実をあらわしているといえましょう。
そして何よりも、娘が落ちてきたあの時、宝玉花は満開だった。
夜明け前のわずかな時しか咲かないあの花々が満開であったことが、暁の世界と空間を共有していた何よりの証拠ではありませんか。
疑われるのなら、詮議にかけても、もう一度お調べになっても結構。
この世界のどこかに、この娘のような闇の色をした髪や瞳を持つ者がいる国があるのか、また娘が空から落ちてくる以外にどうやってあの王宮の土地へ入り込めたのか、いくらお調べになっても出てこないはずです」

 そこまで一気に言って、エシュタンドは一息つくと、静まり返ったその場の中で、後ろにいた空の手を優しく取った。

「そして、私はそんな不思議な娘に魅入られたのです。このミディスのどこにもこの私を魅了できる娘はいなかった。
相手が暁の娘であれば、相手にとって不足はないはず、それどころか、王家が栄える幸運の娘です。婚約を賛成する理由には十分のはずですね」

 沈黙をただ承認ととったように、空の手を引いて、エシュタンドは丁寧に礼をすると、その場を後にしたのだった。












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