ある朝、タンスの向こうに(1/75)PDFで表示縦書き表示RDF


他の小説サイトさんでも連載させてもらっている作品です。
より多くの方々のご批評、ご感想をいただきたいと思い、多少の修正を加え、
こちらでも連載を開始させていただきました。
どうぞよろしくお願いいたします。

ある朝、タンスの向こうに
作:文樹妃



1.プロローグ


 ある朝、すべてが始まった。
 世の学生が浮かれる夏休みも、バスケ部員の涼原空すずはらそらにとってはただ授業のない普通の学校生活と同じようなものだった。
 毎日体育館で必死に汗を流して、帰宅する。
 何の変哲もない日々。
 の、はずだった。
 今、この瞬間までは。

 朝に弱い空を起こそうと懸命に鳴り続けた目覚まし時計をやっとの思いで止めて、大きな伸びを一つ。
 ベッドから滑りでて、パジャマ姿でタンスの前に立つ。
 まったくここまでいつもの動作。
 寝ぼけ眼をこすりながら、タンスの扉に手をかけて、制服を出そうと手を伸ばした時、思いがけずに空振りをした。いつもある服の感触が何もなく、体勢を崩しかけて初めて目を開けた。
 そしてソレを見た。
 タンスの中で満開に咲く花々を。

「……へっ?」
 信じられないことが起こった時、人間の反応というのはどうにも間抜けなものらしい。目を凝らしてから、何度もまばたきして目をこすり、開く。
 それでも目の前から消えない花々。
 次にはなぜかふっと笑って、タンスを閉める。
「あ、あたしってば寝ぼけてるのかな。まだ夢の続きだったりして。は、はは……」
 誰も聞いてないのになんだかその場を取り繕ったりして。
 いつもと変わりない部屋の中をもう一度見渡してから、深呼吸を一度して、思い切ってタンスの扉を再び開いた。

 こんなに何度も確認しても、まだタンスの中はいつもと違っていた。
「え、ええーっ? どうなってんの、一体!」

 そう、タンスの中、正確にはタンスの輪郭だけ残して、その奥の空間は、満開の花畑になっていた。
 しばらく口を開いたままただその光景を呆然と見ていた空は、何かに導かれるように、タンスの中に手を入れた。
 ただ確かめたかっただけだった。
 その花が手の届くところにあるように見えるので、どうなってるのか、確認しようと手を伸ばした、その瞬間。
 まるですぐそばのように見えたその花畑は、思いがけず遠くて、身を乗り出した空はバランスを崩して、落ちたのだった。
 ――え、お、落ちたって、タンスの中に?
 ってどういうことーっ?
 頭の中で自分の叫びがこだまする。それでも体は落ちる、落ちる。
 タンスの中に入ったとは思えないほど大きな空間、暗いような、狭いような、それでいて広いような不思議な空間を、長いような、一瞬のような、奇妙な感覚に包まれた体は落ちていった。




どんなことでもご感想いただけるとありがたいです。











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