純華の誓い 〜グリーン サイド ストーリー〜(22/28)PDFで表示縦書き表示RDF


純華の誓い 〜グリーン サイド ストーリー〜
作:翠月 那奈



第22章 真の姿



 割れていた筈の窓ガラスは枠に収まり、そこから朝日が降り注ぐ。並ぶベッドにはフレアが横向きに眠っていて、小さな寝息を立てる。私が眠りに就くまで傍に居てくれたラウドの姿は、この部屋には無かった。私が眠っている間に一人で何処かへ行ってしまった事なんて、今までは無かったのに。
 彼の顔を見たい。そんな感情が心の底からムクムクと膨れ上がってくる。衝動を抑え切れずに部屋を飛び出してしまった。
 まず最初に向かったのは向かい側の部屋だ。本来なら、そこにいる筈なのだから。
 躊躇う事も無く、金色の丸いドアノブに手を掛けて思い切り引く。正面に広がる窓から差し込む光が眩しい。手でひさしを作りながら部屋を見回してみたけれど、そこにもまたラウドの姿は無い。大の字にベッドに寝転がるアレクがいびきをかいているだけだ。
 何故か嫌な予感がする。早く彼を見つけ出さなくては。
 アレクを起こしてしまわないよう静かにドアを閉め、階段を駆け降りる。通りがけに一階の居間も覗いてみたけれど、そこに居る筈が無かった。用事なんて無いだろう。
 こうなったら、行きそうな場所なんて一つしかない。外だ。慌てて両手を前へと突き出し、玄関の扉を開け放つ。
 その瞬間、目に飛び込んできたものは──




 昨日は確かに十軒程の民家が崩れていたのに、今は五軒に減っている。家を形成する木が折り重なっていた場所に新築の家が建っているのだ。こんな事が出来るのなんて、私たち魔導師しか居ない。
 呆然と村を見回していると、崩れ去った家の一つが光り出したのだ。その傍に佇む人物に自然と目がいく。

「……ラウドっ! 何してるのっ?!」

 見つけた途端、彼に向かって駆け出していた。こんな事、早く止めさせなくては。
 魔法を使うのを途中で止め、私を見て目を丸くする彼に無我夢中で飛び付いた。

「……ミユっ」

「もう止めてっ! 一人でこんな事したら倒れちゃうよ〜っ!」

 鏡やドアなどの小さな物を直すのとは訳が違う。桁違いの体力が必要だろう。事実、いつもよりも顔色が悪いし、大量の汗だって流している。
 必死に見詰める私に、ラウドは苦笑いをして片手で頭を掻いてみせる。

「心配掛けちゃったかな……。大丈夫だよ」

 声にだって、あまり元気は無い。息が上がっているのか掠れてもいる。これの何処が大丈夫なのだろう。

「バカぁ〜っ! 大丈夫じゃないよっ!」

「ごめんごめん。もうしないから」

 口ではそう言うけれど、きっと反省していない。
 何故、私の方が泣きそうになっているのだろう。こんなの絶対に間違っている。と心の中で文句を言ってみる。
 これまでの経験や聞いた話から、彼が無茶ばかりする性格なのは知っていた。でも、まさかこんな事をするなんて。彼の口から『もうしない』と言われても信用し切れないのだ。
 心配する私を余所にヘラヘラと笑い続ける彼の手を取り、村の脇に生えている木の下へと移動する。そこへ無理やり座らせた。すると
「はぁー……」と大きく息を吐き、ぐったりと身体を木の幹へ預ける。
 そんな彼に思い切り溜め息を吐き、隣りにペタンと腰を下ろした。


「何でこんな事したの……?」

 気怠そうに手で額の汗を拭うラウドに、しかめっ面を向けた。それでも尚、彼は私に笑顔を返す。

「……お世話になった恩返し」

 いかにも、それらしい答えだ。でも完全には納得出来ない。
 村の人たちに感謝したいのは分かる。それにしても、たった一人で此処までする必要があるのだろうか。相談してさえくれれば、四人で協力する事だって出来るのに。
 どうしても疑念が浮かんでしまう。

「……それだけ?」

「うん」

 考える事も無く頷かれてしまった。言葉が続かず、顔をしかめたまま彼を見詰める。すると彼の顔から段々と笑みが消えていき、最後には俯いてしまった。
 そんな風にされると、私の方が申し訳無い気持ちになってくる。悪い事なんてしていないのに。
 しばらくの間、気まずい雰囲気が続いた。そんな時、ふとラウドがゴソゴソと手を動かし始めたのだ。どうやら、服の中にしまってある何かを探しているらしい。
 あまり間を置かず、彼の口から
「あっ」と声が漏れた。見つけ出した物を手に取り、すっとこちらに差し出す。何やら銀色の針のような物が光を反射して輝いている。
 疲れを見せながらも彼は無邪気に笑い、目を細める。

「あのさ。これ、持ってきちゃった」

「へっ?」

 言葉の意味がよく分からず、素頓狂な声を上げてしまった。それと同時に、彼の手の平の上で小さく光っていた物が大きく──ううん、元の大きさに戻っていく。
 それはダイヤの机の上に置いてきた筈のフルートだった。


 いつの間に持ち出したのだろう。
 驚いてしまって声が出ない。そんな私に、彼はにっこりと微笑む。

「これ、吹いて?」

「……えっ?! 今っ?!」

「うん。ミユの笛の音、聞きたい」

 そんなに急に言われても焦ってしまう。それに心の準備が出来ていない。好きな人の前で演奏するなんて初めてなのだ。

「……でも、村の人に迷惑掛かるよ?」

 今は早朝だ。アレクやフレアと同じように、村の人たちは皆眠っているだろう。と、もっともらしい言い訳を思い付き、自分の気持ちをはぐらかせてみる。
 それなのに。

「大丈夫だよ」

 私の気持ちを知ってか知らずか、彼はサラリと即答した。
 何を根拠に大丈夫だと言っているのだろう。こんな風に返されては、本当の理由を言うしか無くなってしまった。

「他にもあるのっ。それに……」

「何?」

「恥ずかしい……」

 口にした途端、顔の温度が上昇する。きっと赤くなっているのだろう。
 そんな私を見て、彼は笑いを堪え切れなかったのか
「ぷっ……」と吹き出した。

「今更、恥ずかしがる事無いじゃん」

「む〜……」

 この台詞は以前、フレアにも言われたような気がする。
 何だか腹が立ってきて、頬を脹らませてみた。それでも彼は引き下がるつもりは無いらしい。口元は笑っているけれど、目が真剣なのだ。
 仕方が無く、渡されたフルートを手にし、木を挟んでラウドに背を向ける。顔を真面に見られた状態で吹くなんて、絶対に無理だ。

「吹くから、見ないでっ」

 釘をさすように、口を尖らせながら声を低くしてみる。すると、背後から
「分かった」と笑い混じりの返事が返ってきた。


 気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸をする。それでも心臓のドキドキは収まらない。
 朝の外気に当たったフルートは、すっかり冷えきっている。キーを押さえる指も、吹き口に当てた下唇も冷たくなってしまった。
 緊張と冷えに耐えて必死に音を出してみるものの、指はしっかりと動いてくれないし吐き出す息は震えている。天然ビブラートだ。お世辞にも上手いなんて言えない演奏だろう。
 恥ずかしくて、益々塞ぎがちになっていく音楽をラウドは文句一つ言わず、静かに聞いていた。
 何とか一曲吹き終わり、安心から
「ぷはぁ……」と一気に息を吐き出した。すると、背後からまた笑い声が聞こえてきたのだ。恐る恐る元居た彼の隣りに座り込み、顔を見上げてみる。

「やっぱり下手だったよね……」

 溜め息を吐いてしまいたいけれど、どうにか我慢した。彼の期待を裏切ってしまったかもしれないのだから。
 しかし、彼の口から出た言葉は温かなものだった。

「そんな事無いよ。綺麗な音だった」

 まだ掠れてはいるけれど、その表情と変わらず柔らかな声だ。
 そんな筈が無い。ダイヤで吹いた時の方がずっと良かったのに。
 恥ずかしくて、涙の出てきそうな目を見られてしまわないように瞼を伏せる。

「……嘘っ」

 言いながら、スカートをギュッと握り締めた。
 それでも彼の微笑みは消えない。

「嘘じゃないよ」

 何故、私が求めている言葉をくれるのだろう。
 言葉だけではない。優しく、頭も撫でてくれた。モヤモヤした心がすっと穏やかになっていく。

 あまりの心地良さに、足音が迫ってきている事に全く気付かなかった。


「オマエら、こんな所に居たのか?!」

 突如として投げ掛けられた声に驚いて顔を上げた。腰に手を当てたアレクと、腕組みをしているフレアが呆れ顔で私たちを見下ろしている。

「出発するぞ! オマエらの荷物は持ってきてやったからよー」

 まだ朝早いのに。なんて文句を言う暇は無かった。
 アレクはラウドに小さくした袋を放り投げる。それは段々と大きくなっていき、彼の腕の中へ収まった時にはすっかり元の大きさへと戻っていた。対照的に、フレアは小さくなったままの荷物をそっと私の左手の中へ収めてくれた。もう片方の手に持っていたフルートを慌てて小さくする。
 家の中であまり荷物を袋の外には出さなかったから、忘れ物は無いだろう。それでも、念の為に袋を元の大きさに戻して中身を確認する。
 やはり、不足は無い。手を袋に翳し、すぐに小さくした。しかし、ラウドは違ったらしい。

「ありがと……あれっ? 足りない……」

 袋の中を弄る彼の手がピタッと止まる。

「ぁあっ?」

「……取りに行ってくる」

 まだ体力が回復し切っていないのだろう。フラフラと立ち上がると、おぼつかない足取りで宿泊した家へ向かって歩いていってしまった。
 そんな彼の様子に、アレクとフレアは顔をしかめる。

「アイツ、具合悪そうじゃねーか?」

 『悪そう』ではなく、確実に『悪い』のだ。
 こうなった理由を言ってしまえば、きっと彼は後でアレクに怒鳴られてしまう。それでも言わない訳にはいかないだろう。
 仕方無く、重たい口を開く。

「あのね? 実は──」

「いや、言わなくても予想は付く」

 アレクはラウドが消えていった家に目を向けたまま、片手をこちらに翳して言葉を制する。嫌そうに大きく溜め息まで吐いた。

「オマエら、此処で待ってろ」

 小さいけれど、重厚感のある声だ。
 アレクはこちらを見る事も、私たちの返事を待つ事もせず、頭を掻きながらラウドの後を追う。その背中をフレアと二人で静かに見送った。




 フレアは
「ふぅ……」と溜め息を吐くと静かに移動し、ラウドが置いていった荷物の前に腰を下ろした。虚ろな瞳で頬杖を付く。そのまま黙り込んでしまった。
 静かな時間が続くと、嫌でも頭が働いてしまう。不安ばかりが心の中を渦巻いている。

「ラウド、大丈夫かなぁ……」

 とうとう不安を抑え切れなくなってしまい、ボソッと呟いた。
 フレアからの返事は無い。

「アレクに怒られてるのかなぁ……」

 言葉と共に、小さな溜め息を吐く。
 彼が悪いにしても、あんなに疲れた状態で悪態を吐かれるなんて可哀想だ。
 フレアの返事は期待してなかったのだけれど、とんでもない答えが返ってきたのだ。

「また、殴ってなきゃ良いけど……」

「えっ?!」

 フレアの言葉で、頭の中に十日程前の彼の腫れ上がった頬がみるみると甦ってきた。
 また、あんなに痛々しい顔にされるなんて。絶対に嫌だ。此処でじっと待っている事なんて出来ない。

「私、見てくるっ!」

 勢い良く立ち上がり、足を前へと出しかけた。
 すると、

「駄目よ!」

 フレアに思い切り手首を掴まれてしまった。
 驚いて振り返り、フレアの顔を見てみると、眉をひそめて目を横に流す。
 いつもならこんなに大きな声なんて出さないのに。一体、どうしたのだろう。

「フレア?」

「……あっ。戻ってきたわよ」

 私の言葉を無視するかのように、フレアは声を発する。気にはなるけれど、これ以上聞いても答えてはくれないだろう。


 二人が出てくるであろう場所に目を向けると、確かにその姿を確認する事が出来た。会話も無く、こちらに近付いてくる。
 心配していたラウドの顔は綺麗なままだ。どうやら、殴られずに済んだらしい。

「忘れ物、見つかった?」

「うん」

 私の前でピタッと立ち止まった彼に首を傾げてみせる。すると、彼は頷きながらにっこりと微笑んで自分の荷物に手を翳したのだ。
 魔法を使うつもりなのだろうか。こんなに体力を消耗しているのに、何を考えているのだろう。

「駄目だよっ」

 咄嗟に彼の手を跳ね除け、代わりに荷物を小さくしてあげた。
 そんな私に、彼はまた苦笑いをする。

「また、ミユに心配掛けちゃった」

 笑っている場合では無い。もっと自分の身体の事を考えて欲しい。
 そんな事を考えながら頬を脹らませていると、申し訳無さそうな表情でアレクが話し掛けてきた。

「オマエらに最終確認するけどよー、これで……良いんだな?」

 腰に手を当て、私とラウドの顔を交互に見比べる。
 良いも悪いも、これ以外に選択肢は無い。

「……うん」

「俺は……ミユが良いなら」

 沈んだ声で、そう答える。

「そーか……。じゃ、行くぞ」

 くるりと身を翻すと、昨日教えてもらった家のある方向へと歩み始めた。そんなアレクに、フレアが駆け寄り手を添える。

「私たちも……行こう?」

 自分に言い聞かせるかのように、ラウドに語り掛けた。言葉とは裏腹に、足が震えて前に進まない。そんな自分が嫌で拳を握り締める。
 心から湧き上がる恐怖が伝わってしまったのだろうか。震える私の手を彼は両手で優しく包み込んでくれた。段々と緊張が薄らいでいき、足も動き始める。

 こうして私たちは村を後にした。




 村の人に道を教えてもらったのだろう。迷う事無く、アレクは先を歩き続ける。
 砂利道の上に木の葉が覆い被さり、とても歩きにくい。一歩一歩、確実に地を踏み締める。それがまた、私に緊張感を与える。自分から誰かに話し掛けるなんて出来る状態ではなかった。
 握られている手を両手でガッチリと握り返す。
 そんな事をしていたからだろう。

「それにしても、アレクって敬語使えたんだね」

 ラウドの方から話し掛けてきてくれた。いつもとは違い、何処か意地悪そうな笑顔だ。

「普段のアレクがあれじゃん」

 言いながら、アレクの背中をほんの少し遠慮がちに指差す。
 その行動がやはり子供みたいなので、思わず笑ってしまった。

「私もビックリしちゃった」

 驚いたのは事実だ。あの時のアレクしか知らない人は、紳士的な印象を受けるのだろう。でも、いつものアレクを知ってる私たちにとっては物凄い違和感だ。

「敬語使うアレクって、絶対おかしいよ……」

 未だに指を差し続ける彼に、思わず頷いた。すると、アレクが鬼のような形相で振り返ったのだ。


「オマエら、聞こえてるぞっ?!」

 あまりの怒りように、ビクンと心臓が飛び跳ねる。

「ひゃっ! ごめんなさいっ!」

 とてもじゃないけれど、謝らずにはいられない。
 それでも、やはりラウドだ。

「謝んなくても良いよ。アレクだし」

 顔を真っ赤に染めるアレクを気にも留めず、しらっと言って退けた。

「オマエ、どーいう意味だっ?!」

「そのまんまの意味だよ」

「何ー!?」

「もう、一々喧嘩しないで。ホントにバカなんだから……」

 フレアが仲裁しようと、大袈裟に溜め息を吐く。それでもアレクの怒りは収まらないのだろう。眉をひそめてラウドを睨み付けている。
 うんざりとしながらフレアが前に向き直る。すると、小さな声を上げたのだ。

「あっ……」

 前方に見える、木の影で暗くなった物を指差している。
 色がはっきりと分からなくても、形だけで何なのかは理解出来る。それは、

「家だ……」

 一回り小さいけれど、今朝まで居た村に建てられていた家とそっくりな建物だ。
 とうとう此処まできてしまった。もう後戻りは出来ない。
 目の前に佇む小屋を睨み付け、覚悟を決める。握る手にも益々力が加わる。そんな私の手をラウドもしっかりと握り返してくれた。
 さっき喧嘩をしていた事などすっかり忘れ、四人の心を一つに目標物へと突き進む。




「誰か居ますかっ?!」

 壊れるのではないかという程の力で、アレクは小屋のドアを震わせる。間を置かず、その入口が音を立てて押し開けられた。
 しかし、ドアを開けたのはお爺さんなんかではない。向こう側に立っていた人物に絶句してしまった。

「どうしたの?」

 異変に気付いたのか、ラウドが私の顔を覗き込んでくる。でも、それに答えられる余裕なんて無い。
 だって、この人が此処に居る筈が無いのだ。訳が分からない。

「やっと来たね。ミユ、久し振り」

 低く太い、小さな声が空気を振動させる。

「ミユの知ってる人……?」

 首をゆっくりと振る。それはラウドに対してではない。今のこの状況が信じられないからだ。

「何で……私の名前、知ってるの……?」

 そう。この人は私の名前を知らない筈なのだ。以前会った時は、きちんと名乗っていないのだから。
 ただ事ではないのを感じ取ったのだろう。ラウドが庇うように私の前に立ち塞がる。それを見て、此処に居る筈の無い人は真っ黒な目を細めた。

「フッ……。君だけじゃない。僕はこの場に居る全員の名前を知っている」

 一層、その人物の声が低くなる。

「オマエ、何デタラメ言って──」

「そこで虚勢を張っているのがアレク、僕を見て呆然としているのがフレア、後ろでミユを庇おうとしているのがラウド」

 一人一人を確認するかのように、名前を言い挙げながら睨み付けていく。それが終わると、その人はアレクにツカツカと歩み寄り、蔑むように見下ろした。

「それに、僕は『オマエ』じゃない。『ルイス』だ」

 あまりの威圧的な態度に、アレクですら言い返す事が出来ないようだ。
 そんなアレクの様子に満足したのか、ルイスは鼻で笑う。

「まあ、立ち話もなんだし、家に入ったら?」

 興味も無さそうに冷たく言い放つと、ルイスは一人で家の中へと消えていった。
 逆らう事も出来ず、無言のまま私たちもその後を追う。




 とても殺風景な部屋だった。家具と言って良い物はテーブルと椅子しかない。こんな家で、果たして生活していけるのだろうか。
 座れ。とでも言いたそうに、腕を組むルイスは私たちを見回し、次に椅子へと視線を落とす。又しても逆らう事が出来ず、嫌々腰を下ろした。アレクなんて、今にも叫び出しそうな表情をしている。
 私たちが座ったのを確認すると、ルイスは壁に寄り掛かって足を組んだ。

「何処から話せば良い?」

 嫌な笑みを浮かべ、感情の籠っていない言葉を投げ掛ける。

「爺さんは何処にやった……?!」

 アレクは両手をテーブルに叩き付け、立ち上がった。ルイスを思い切り睨み付ける。
 それなのに、

「そんなモノ、最初から居ない」

 ルイスはアレクの必死な叫びをバッサリと斬り捨てた。

「何言って──」

「僕が偽の人影を創り、村人に見せた。それじゃ、不満かい?」

 クスリと笑いながらアレクを見下ろす。
 ルイスは何を言っているのだろう。嫌だ。信じたくない。
 心は震え、目には涙が溜まっていく。

「ルイスが教えてくれた話、全部……嘘?」

 涙声で話す私をルイスは鼻で笑い、口元を吊り上げた。

「今更気付いたのかい? 素直で助かる……」

 残酷な言葉が胸へと突き刺さる。堪え切れず、とうとう泣き出してしまった。
 そんな私の頭を隣りに座っているラウドが抱き抱えてくれた。それに縋り、彼の胸に顔を埋める。

「ふざけんな! オレらが、どんだけ必死に探したと思ってんだ?!」

「そんなモノ、知らない」

 人はこんなに冷酷になれるのだろうか。人としての感情を持っているのだろうか。
 エメラルドで会った時は、こんな人だとは思わなかった。知っていたら、信じて旅なんてしなかったのに。
 ひたすら涙を流す私を抱きながら、ラウドは静かに口を開く。

「……待って。『人影を創った』って、どういう事?」

「フッ……。流石、君は勘が鋭いな……。こうすれば分かるかい?」

 ルイスの声と同時に、指を鳴らす音が聞こえてきた。次の瞬間、信じられない出来事が起こったのだ。


「きゃあっ!」

 気付いた時には草原に尻餅をついていた。その衝撃で、涙まで止まってしまった。
 それまで私たちが座っていた椅子は何処にも見当たらない。それどころか、家そのものが消えて無くなっている。
 何も無い森の中、ルイスの笑い声だけが響き渡る。

「大丈夫っ?!」

「……うん」

 傍で同じように尻餅をついていたラウドが慌てて私の様子を確認する。怪我をしていないのを見ると、彼はほっと胸を撫で下ろした。

「家が……消えたっ?!」

「ハハッ! まだ分からないのか? 良い物を見せてやる」

 目を丸くするアレクを馬鹿にしているかのようだ。
 ルイスは再び指を鳴らす。すると、とんでもないモノが私たちの前に現れたのだ。

「いやぁっ!」

「ミユっ!」

 エメラルドに現れた影がルイスの隣りに佇んでいる。赤黒く光る目も、はっきりとしない口も、あの時と何も変わらない。
 恐怖で影から目を離せなくなってしまった私の視界を遮るように、ラウドが覆い被さってきた。

「心配する事はない。これも偽物だ」

 いかにも面白がっている声だ。
 笑いながら、更に続ける。

「こんな事が出来るのは誰だと思う?」

「まさかっ……!」

 反応出来たのはラウドだけだった。叫び声と共に、また視界が広がる。
 嫌味に笑う、ルイスの冷たい瞳が目に映った。

「……そうだ」

 それまでとは比べ物にならない程、低い声だ。

 私たちとルイスの間を冷たい風が通り抜ける。

「さっきの家も、人影も、前のミユの高熱も、エメラルドに現れた影も、地震も、ミユを村におびき寄せたのも……全て僕の魔法」

 その風がルイスの前髪を靡かせる。

「生まれ変わったのは君たちだけじゃない。僕が現世での──」

 そして見てしまった。それまで髪で隠れていたルイスの額には、

「黒の魔導師だ」

 影と同じ、黒色の魔導石が付いていた。














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