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2−3 ハンターA「人は話術ではめるモノ」
「交友関係ッスか。
 それは確かに、下っ端の仕事として調べてありますけど……」

「殺されたトーニは実直な性格で、好む人間が多い反面、嫌う人間もいたと聞く。
 主に、誰が嫌っていたか」

指摘すると、カージナはすぐにしゃべり出した。

「同じ侍女達からは、どうやら評価は高かったみたいッス。
 だからどちらかと言えば、男連中、それも執事達から嫌われてたみたいで」

「執事、か」

「えぇ。コック統括のドーベンさんや、食器担当のヨッツェルさん、掃除統括のフィアマントさん辺りと仲が悪かったそうッス。
 特にドーベンさんとヨッツェルさんは、ビッドラント公の昔からの部下ッスから。
 ドーベンさんは、よく主人の料理をつまみに来るのを、ヨッツェルさんは食器室に来て食器選びを手伝いたがるのを、嫌ってたそうッス」

執事とは家事使用人の中でも、上位に当たる人間達だ。
コック、メイド、従僕、侍女や侍従といった人間を統括する立場にあるのだ。

宮殿という広大な敷地故に、維持する人間も多くなり、それを統括する人間もまた多くなっている。
アルが調査した所、現在宮殿に存在する執事は8名である。
宮殿に元々所属している者が5名で、滞在するビッドラント公に付き従う者が1名、リエンデールに付き従う者が2名だ。
辺境では2人しかいなかったのだが、帝都に近くまた宮殿という事もあって、8名もの執事を抱えられる。

何とも贅沢な話だ、とアルは思った。

「トーニは真っ直ぐな性格なんで、流儀を強要されるのを嫌ったみたいッス。
 執事達は自己流を磨いた人間が多いッスから、どうしても衝突する事が多くて」

「だが、オーディス・コールデンとは親しかったらしいな」

「いやあ、どうもそうじゃないっぽいッスよ」

「何?」

アルはリエンデールが見ているアリバイ記録を集め、その中でオーディスやフェンの事も知っていた。
であるから当然、仲が良いのだと思っていたが、カージナはそうでないと言う。

「オーディス側もトーニに突っかかる事が多くて、口喧嘩が絶えなかったそうッスから。
 だからこそ、事件当日に会っていたのは怪しい、っていう話になってるんッス」

「フェン・ルゥリィの方は?」

「そっちは元々親しかったみたいッスよ、歳も同じぐらいでしたから。
 でも最近、特に会う回数が多かったって聞いてます」

「ふぅむ……」

フェンの方は、アルとて国元からの使者だと思っている。
そのフェンが何故、トーニと会っていたのか。問題はそこなのだ。

トーニは、フェンがそうである、と気付いていたのか。
そうだとして、オーディスに対しても同じ様に気付いていたから、敵対したのか。
敵対したから殺されたのか。それとも両者は結託していて、油断した所を殺されたのか。

しばしアルは無言で考えたが、やがて再び口を開いた。

「わかった。もう良いぞ」

「へ?」

沈黙の後に発せられた言葉は、もう良い、という一言だった。
カージナは驚いていた様だが、アルの目を見ると、すぐに頷きを返してきた。
代わりに、物欲しげな瞳で、見上げてくる。

昔と何ら変わらない、子犬の様に愛を求める目だった。

「――甘えるな」

「あうッ」

苦笑し、アルはカージナの鼻頭を指で弾いた。
大して強くなかった為に、カージナは右手で弾かれた場所を押さえて、尚もまん丸な瞳でアルを見つめる。
何で、何で、と言いたげだ。

「お前の主人は、お前の騎士様だろう?
 オレの様な冒険者風情に、褒美を求めるな、もう」

「あ、あう……」

昔は、カージナが良い事をやった時に頭を撫でてやっていたのだ。
だが今はそうではない。平民風情に頭を差し出して、撫でてもらう程に、その頭は軽くないのだ。

物欲しげな顔でキューンキューンと喉を鳴らすカージナを見れば、思わず頭を撫でたくなる。
しかしカージナの為を思えば、夢を思えば、簡単に手を差し出す訳にはいかないのである。
アルは必死に欲求を抑え、きびすを返した。

「それじゃあな、カージナ。
 今日は助かったよ、お前のご主人にもそう伝えておいてやるから。
 元気でやるんだぞ」

せめてもそう言って、アルはその場を立ち去ったのだった。



約束の午後8時、客間、大理石の間。
大理石の間というのは、大理石の壁、床、机、椅子で占められた、純白の空間である。
カップから何まで白いモノ尽くしであり、精神衛生上あまりよろしくない客間として、実質的に封印されている部屋だった。

そんな場に、フェンとオーディスの2人は呼び出された。
理由は、フェンはハウスキーパー(メイド達の長)からの呼び出しで、オーディスは、執事であるフィアマントからの呼び出しという事だった。
5分程のズレがあり、2人は顔を合わす事無く、この大理石の間へと集まった。

そうして出迎えたのは、リエンデール、レイドルフ、そしてビッドラント公の3人だった。

「やあ、今日はよく来てくれたね」

家令という、宮殿内の使用人の全てを束ねる立場に在るビッドラント公が、最初にそう声を掛けた。
ビッドラント公は、現皇帝の異母弟というだけあり、歳は30代後半である。
前髪を下ろした姿は若々しく、20代と言っても恐らくは通用するだろう容貌の持ち主だが、今はやつれて目の下に隈が浮かんでいる。
元々華奢だった体も、今では折れそうな程に弱々しい、やせ細った体となっていた。

2人はそのビッドラント公から掛けられた言葉に、顔を歪めて、僅かに頭を下げる。

「こちらは、第三皇女殿下のリエンデール殿下だ。
 知っているね。わざわざ私の見舞いの為に、来て下さったんだ」

「承知しております」

「その彼女の身辺を警護している近衛騎士、サー・ジレッツェンヘイトだ。
 今回、私の侍女であるトーニが、何者かに毒殺された事件について、調査している方だ」

ビッドラント公が視線を向けると、リエンデールはしずしずと頭を下げ、レイドルフは厳しい視線を2人に投げかけ、腰に差している剣を僅かにガチャつかせた。
ビクリ、とフェンが肩を震わせ、オーディスはきつく口を真一文字に結んだ。

ビッドラント公は、リエンデールに頷いて、再び2人に向き直る。

率直そっちょくに訊ねたい自分がいる。
 けれど、まずはこれから訊かせてもらいたい。
 君達2人は、何か私に言いたい事があるのではないかな?」

尋問は、ビッドラント公自身によって行われた。
これはビッドラント公が、リエンデールには任せられないし、自分がやるべき事だから、と言い出した事だった。
リエンデールに任せられないというのは、決して能力を疑っているのではなく、危険な事を彼女にさせたくないという優しさから来る所のモノである。
だから、リエンデールは自らが立ち合う事を条件にそれを了承し、ビッドラント公も了解したのだった。

真っ直ぐと見据えたビッドラント公の視線は、2人の心を揺れ動かした。
まず先に口を開いたのは、意外な事にオーディスの方だった。

「その通りであります、閣下。
 私は閣下の領地に住まう商人達から、口添えを頼む様にせがまれ、宮殿へと参りました」

「――商人達から、という事は、最低賃金条項創設案を、公爵権限で否決せよと言いたいのかな」

「その通りです」

オーディスの方は、初めから覚悟を決めてやってきた人間だから、もう言い逃れはできないと思ったのだろう。
だから思い切り良く、言わなければならない事は全て言ってのけた。

ただ、フェンは相変わらず、びくびくと震えているだけだ。
なのでビッドラント公は、優しく声を掛けてやる。

「根拠は無いのだけれど、多分、君達2人は結託していないね?
 という事は、フェン。君が来た当時はまだこの事案に関して、話題にも出ていなかった時期だから……。
 君の実家の方から、私に口利きをしてくれ、と頼まれたんじゃないのかな」

「は、はい……! その、通りですッ」

「君の実家は確か、そう、馬車作りの職人だった。
 となると私に言いたいのは、今回の事案が可決できる様に後押ししてくれ、という事かな」

「はいッ」

フェンは怯えているから、いちいちビッドラント公は彼女の言い分を指摘してやって、ようやく答えを返して来る。
しかし、そうした判断を下して、ピタリと言い当ててしまう所は、流石だ、とリエンデールは思った。
リエンデールは2人が容疑者であるという所までしか考えておらず、2人がどちらの派閥なのかなど、大した問題ではない、と思っていたのだ。
そんな事は、後で軍が調べるべき事だから。

ビッドラント公は、2人の話を聞き終えて、パンパンと軽く手を叩いた。
自分を叱咤するかの様な仕草だ。

「では、本題に移ろう。
 君達はトーニが殺された日に、個別に、トーニと会っているね?
 休憩時間の事だから、何かしらの理由があってトーニと会っていたんだろう」

「はッ。私は、なんとしても閣下に、できるだけ穏健な方法でお会いし、お伝えしなければなりませんでしたから。
 閣下の侍女であるトーニに、何とか口利きができないものか、と常々相談しておりました。
 事件当日は丁度トーニ本人から呼び出しがあって、今日話をしてみるから、と告げられたのです」

「わ、私も、です」

「では君達は、こういう言い方はおかしいのかも知れないが、二叉を掛けられた訳だ。
 相反する意見を通すと言われて、それでは目的を完遂できないから、トーニを殺したんじゃないのかな?」

「ち、違います!」

「私以外の内通者がいるという事は、今日初めて知りました」

ビッドラント公の声が、震えていた。
論理飛躍。端から聞いていて、リエンデールはそう思った。
しかし、それはビッドラント公の推理において、論理が飛躍しただけで、自分の推理に間違いがある訳ではない。
そう言い聞かせたが、リエンデールはどこかで不安を覚えていた。

その時。

「失礼します」

ノックもせず、大理石の間の扉が開け放たれた。
入ってきたのは執事だった。食器担当の、ヨッツェルである。

開け放たれた事で、部屋にいた殆どの人間が驚いたが、入ってきたヨッツェルも目を見開いて驚いた。

「閣下がお呼びという事ですので、参上した次第であります」

互いが驚く中、誰かが詰問するよりも早くに、ヨッツェルは恭しく頭を下げて、用件を言ってのけた。
しかし、その言葉にリエンデールとビッドラント公は顔を見合わせる。

「私は、君を呼んでいないが」

「はて? しかし、アリガン様はハッキリとそう……」

「アリガン様が?」

リエンデールが声を上げると、バタン、と扉が閉められた。
アルだった。入ってきて早々に扉を閉め、リエンデールの方へ進み出る。

当惑したリエンデールは、慌てて立ち上がり、アルに訊ねる。

「どういう事ですか、アリガン様?
 今晩の事はお伝えしていない筈ですが……」

「私が伝えておきました」

そのリエンデールの問いに答えたのは、場で唯一平静を崩さなかった、レイドルフだった。
リエンデールは、レイドルフをしばし睨み付けていたが、平然として態度を崩さないので、仕方なくアルの方に向き直った。

「アリガン様、何故ヨッツェル殿をこの場にお連れしたのですか?」

「それについては、ヨッツェル氏当人がよく理解している筈……」

チラリ、とアリガンはヨッツェルに視線を走らせた。
ヨッツェルという執事は、40代後半の中年の執事である。
白髪交じりの紫色の髪を程良く整えた、紳士風の姿は、やはり執事のソレである。
片眼鏡を右目にしており、着用している制服も燕尾服の様に長い丈をしているのが特徴的なぐらいか。

ヨッツェルは、アルの態度で全てを理解した様だった。
それでも平静を崩さず、堂々とヨッツェルは背筋を正した。

「ヨッツェル氏は、食器担当の執事であります」

ヨッツェルの態度を見たアルが、説明を始める。
この場にヨッツェルは突然の訪問者でしかないのだから、彼を誘ったアルが事情を説明するのは、当然の事だった。
皆、アルの言葉に耳を傾け、ヨッツェルに視線を集めている。

「また事件当日、アリバイ不成立時間が多く、同時に事件前後にそれが当てはまります。
 十分に容疑者たり得る、と思ったのです」

「そうですね。その通りだと思います」

リエンデールが答える。
この推理の場を用意したのはリエンデールなのだから、それを統括するのはやはり彼女なのだ。

そのリエンデールの言葉を聞いて、アルは満足げに頷き、ヨッツェルの前に立って彼を強く睨み付けた。

「では訊きます。貴方は、事件当日の事件直前、直後に一体何をしてらしたんですか?」

「事件が起きたのは6時10分頃であったと記憶しています。
 その時であれば、7時丁度より開始されます閣下のお食事の準備の為、食器を選んでいる所でした」

「それは1人だけで、ですね?
 食器室の鍵を持っているのは、食器担当の執事である貴方だけであり、磨くのは別の人間な上に。
 食器という非常に高価、かつデリケートな代物を数多く並べている場所に、従僕を入れる訳にはいかないのですから」

「如何にもその通りです」

「成る程。では質問を変えます」

アッサリとアルは質問を変えたが、今ここで、ヨッツェルは十分に犯行が可能である事を自白させられた様なモノだった。
トーニが死んだのは、コックが料理の仕込みをしている最中だった。
トーニは侍女であるから、当然その味見(毒見)もするし、コックから茶を差し出される事もある。
そうやって茶を差し出され、飲んだ瞬間に、血を吐いて倒れ、そのまま死亡したのである。

宮殿では、侍女達まで使うカップがあらかじめ決められている。
差し出されたカップすらも管理下に収めている人間が、食器室に1人でいた、など怪しい話でしかない。
多くの貴族の屋敷の様に、食器室が主人の執務室と繋がっていれば問題は無いのだが、宮殿の場合はそうもいかないのが、災いしていた。
食器室は宮殿の端の方にあり、誰も通りがからない様な場所なのだ。家令であるビッドラント公ですら、1週間に1度赴くか赴かないかという程度である。

「メイド、フェンがトーニと会っていたのは午前10時5分です。
 執事、オーディスがトーニと会っていたのは、午後3時12分……。
 そのどちらにも貴方は、貴方が何処にいたのかを証明する人間がいない、そうですね?」

「10時5分頃は、洗い終わり、乾いた食器を食器室に戻している頃。
 3時12分頃には、ティータイムの為、カップを用意しておりましたので」

「そしてそれは20分から30分程度に及ぶ、と」

「如何にもその通りです」

そこで、ようやくリエンデールはアルが何を言いたいのか理解した。
ビッドラント公も理解したらしく、隣で息を呑む音が聞こえた。

「では訊きます。
 貴方は、聞いたんじゃないんですか。
 トーニが、閣下に口利きをする、と約束している話を」

事態を見守っていたフェンとオーディスの2人に、動揺の色が走った。
息を呑んでいたビッドラント公も、眉間にいっぱいのシワを寄せ、ヨッツェルを睨み付けている。
ただ、ヨッツェルはそれでも平然と直立していた。

「何の事やら。フェンやオーディスが、どこでトーニと話していたのかも知らないのに」

「本当に? 及びもつかないと?
 ならば私が代わりに言いましょう」

アルはまくし立て、自ら説明を始めた。

「食器室という所は、宮殿の端にあり人通りが極めて少ない。
 それは貴方が良く知っているでしょう。静かで、人目も少ない場所だと」

「如何にも」

「即ちそれは、密会にもってこいの場所という事なのですよ。
 トーニは当然それを知っていた。だから利用していたんです。
 でもあまりに唐突にそこを利用すれば、不審がられる事は間違いない。
 ですから、トーニはこううそぶいたんです。
 ”自分も食器選びを手伝いたい”、と」

「推論に過ぎないでしょう」

ヨッツェルの反論に、オーディスが唸った。
容疑者であるオーディスが今、どこに呼び出されたかを言っても、信用されない、と思ったのだろう。
事前に、素性を隠さなければならなかった事が災いし、どこに呼び出されたのかも証言していない。

しかしそのオーディスの代わりに、アルは次々と言葉を紡いでいく。

「周囲はそう思っていません。
 貴方がトーニを嫌っていた、という証言も取れていますから。
 となれば貴方は、トーニが食器室に近付かないか、周囲を警戒するクセがついている筈。
 例えば入る時、或いは出る時にでも。その時に貴方は、見たんじゃないんですか。
 丁度トーニが、フェンと話している所を」

「それもまた推論に過ぎません」

「そうです推論です。が、有力な推論は指針たり得ます。
 私の推論が有力となれば、後から軍が立証の為に動き出します。
 否、事が事ですから状況証拠だけでも逮捕されかねません」

「状況証拠でしたら、フェンとオーディスの2人も怪しいモノです」

そのヨッツェルの言葉に。
アルはニヤリ、と笑みを浮かべた。
罠に掛かったウサギを、見たと言わんばかりの笑みだった。

「何故、2人が怪しい、と?」

「――この場に呼び出されているではありませんか」

しまった、とヨッツェルの顔に明らかに動揺の色が浮かぶ。
だがそれでも、ヨッツェルは踏みとどまり、言い返す。

「呼び出されているから、即ち怪しい、と?」

「事件当日に2人はトーニと会っているのでしょう。
 それを、この場の方々に疑われているのですから、私の様な人間は有力な状況証拠を押さえてあるのだと錯覚してしまいます」

「弱い。ただそれだけの理由で、何故貴方が彼女達を疑わなければならないのですか」

「――それは」

そこで、ヨッツェルは言葉に詰まった。
汗が額ににじみ出ている。
アルは何とも誇らしげな笑顔をリエンデールに向けて見せた。

しかしそれは一瞬の事で、リエンデールがその笑顔に顔をしかめた時には、既にヨッツェルに向き直っていた。

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