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15-7 死霊術師「バロールの正体は……」
ビュリッヘル城での戦いは、終幕した。残るのは後片付けだけだった。
カーデュライの遺体の引き取り、避難した市民を再度ビュリッヘルに帰還させ、また損壊した街の復旧作業。
アル達が関わったのは精々カーデュライの異体の引き渡しだけで、後は軍に任せるだけだった。
であるからルッセラン将軍に、先に帝都へ戻って報告する様に、という命令を受けて、帝都へ戻る事となった。

「では、そろそろ説明致します」

その帰途は、50人ばかりの兵士、即ち1個小隊が護衛として付けられていた。
護衛という話だたが、それだけの意味ではないだろう。1人、厄介な男がいるからだ。
皆が馬車に揺られていた。だが1台の馬車に全員が乗り込める訳ではないので、分かれている。

厄介な男であるオーエンは、アルと同じ馬車に乗っていた。
他に、GGG、モーガン、カージナが乗っている。
馬車と言っても荷馬車のそれに近い造りで、小さな部屋程もある。
オーエンは御者を背に中央に座り、アルとGGGとモーガンは壁を背に、もたれ掛かっていた。
カージナは、そんなアルを背にもたれ掛かっていた。あれから、随分甘えたい放題で、離れないのである。

「我々ネクロマンサーについて、ですが。
 イーファン帝国国民の一般的な見解としては、バロールを操り死者を弄ぶ凶悪な魔術師、という所だと思います」

「そうだな」

まずは前提の話から入ってきた。アルが代表者として、その前提を肯定する。

「事実から申し上げますと、半分当たりで、半分外れといった所です。
 確かに我々はバロールを操りますが、決して死者を弄んでいる訳ではありません。
 ウィルオウィスプやリビングデッドなど、特に前者は、人の魂にバロールが宿ったモノ、などと言われていますが。
 全くの間違いです。ウィルオウィスプはその様な存在ではありません」

「あくまでも、魔術的な存在か?」

「はい。言ってみればバロールのたまり場の様なモノで、魔術で言う所の魔石などとあまり変わりません。
 リビングデッドも、今回ご覧いただいたマリオネット達と、そう変わりません。
 木偶人形や甲冑の代わりに、骸骨を使っているというだけです。そこに人の魂は存在しません。
 死体を弄んでいる、という言われなら甘んじて受けますが、死者を弄んでいる訳ではないのです」

カティがいれば、何と言っていただろうか。少し気になる話だった。
アルはかろうじて話がわかるが、他の3人は興味無さそうだ。
GGGとモーガンは注意深くオーエンを睨み付けているし、カージナはアルの腕を取って抱き寄せていた。

「だが、バロールを扱うという事は変わらないんだろう?
 帝国の上層部が懸念しているのは、そこだ。
 帝国はバロールが宿った妖魔やその他諸々に大分頭を痛めている」

「そう、そこなんですよ。我々と、帝国が相容れない理由は」

オーエンは、杖を握る自らの拳をグッと握りしめた。
端正な顔立ちが、歪む。

「我々ネクロマンサーは、バロールを使う事で、妖魔やその他のモノに宿る事を防いでいます。
 ですが帝国は、そんな我々をまるでバロールと同一視し、迫害するのです。
 こんな馬鹿な事はありません」

「あまり勝手を言うな。国には国の事情がある」

帝国を非難されたからか、アルは顔をしかめ、反論した。

「ネクロマンシーを認めれば、分母が増える。悪用する人間が増える恐れがあるんだ。
 国に貢献していれば良いという話でもない。今回のオートリンゲ公は、正にそうだった。
 もし今回の様な事がバロールで起こっていれば、ビュリッヘル城だけの被害では済まなかっただろうな」

「それは……。えぇ、国に携わる人間としての言い分、ですよね。
 わかっています。リスクコントロールという点で、その様な考え方も必要だという事は。
 ですが、それでは何も問題は解決しないのですよ。バロールはちゃんと浄化しなければ……」

オーエンは途中、納得しかけた様だったが、すぐに切り返した。
少し、アルは間を置かせた。どうやらオーエンは、人と話し慣れていない様だからだ。
話し続けると、そういう人間は頭が混乱して、まるで話せなくなってしまう。
議論ならそれでも良いが、今は説明してもらっているのだから、それではいけない。

しばらくして、オーエンは頭の整理が終わったのか、礼を言って再び話し始めた。

「”百都市物語”を、ご存じですか」

その言葉に、アル達は顔を見合わせた。
帝国では知らない者がいない話だ。様々な都市を世界観に、おとぎ話的に話が進行する物語である。
古くは単なるおとぎ話に過ぎないとされていたが、ザナディアで、樹上都市のモノと思われる遺跡が見つかってからは史実と位置づけられる様になった。
であるから、教養として習う者は多く、アルも貴族出身なので教養を身につける為にシッカリと学んでいた。

また、貴族でなくても知っている者は多い。
辺境で暮らしていたGGGなどは、それこそおとぎ話として聞き及んでいたし。
モーガンも、冒険者をやる上でその話をちゃんと学んでいた。

「実際に100もの数の都市があったのかは、わかりませんが。
 しかし少なくとも、その内の幾つかの都市はバロールの災禍によって滅びた。
 そう、ネクロマンサーの間には伝わっているんですよ」

「何故滅びたんだ?」

「帝国と同じです。ネクロマンサーに疑念を持った民衆によって、ネクロマンサーが迫害され。
 結果、バロールが解消されなくなり、日用品にバロールが宿る様になって、滅びたのだとか。
 実際に私もザナディアへ向かった際、”ゴーバリアン”へも足を運んでみましたが、尋常ではない量のバロールが存在しました。
 私でも浄化しきれない、しかし最早それは妖魔ですら毒でしかない、バロールでした」

アレか。アルとGGGは得心する。
少し前まで、アルとGGGはザナディアにいて、その時にゴーバリアンの跡地へと足を運んだ事がある。
巨大な、視界に広がる限りの樹木の幹。だがそれ腐り朽ち果て、根元から折れていた。
幹の中は真っ黒な闇が広がっていて、時折ある白は、カビだった。

その真っ黒な闇が、バロールだったとすれば。
確かに、納得はできる。

「ですからお願いします、アリガンさん」

オーエンは向き直り、頭を下げた。

「皇室にも近しい貴方ならば、バロールの危険性を、皇帝に訴える事もできる筈です。
 そしてどうか、あの方を止めてくださいッ!」

「あの方?」

アルは首を傾げる。
すると、オーエンは顔を上げて、神妙な面持ちで言った。

「アリガンさんのお命を狙っている方です。そして、現役で最強のネクロマンサー。
 東の果てで、ネクロマンサーの国を建国し、その国王に収まっているお方。
 イーファン帝国を滅ぼし、このアルデバラン大陸をネクロマンサーの支配下に置こうとしている、その人」

随分と、壮大な人物が出てきたモノだ。
アルは顔をしかめながらも、その人物の名前を訊ねた。

「オルゴス・ラン・ファンベルデッシュ王。
 それが、あの方の名前です」

「聞いた事は、無いな」

「当然です。あの方は生まれてからこちら、帝国に所属した事はありませんから」

それなら知らないのも道理か。
アルはそう思い、オーエンを見ていたが、オーエンも話したい事は全て話し終えた様子だった。
なので、最後にアルは訊ねた。

「1つ教えてくれ。バロールとは、何なんだ?」

悪性の魔力。ただそれしか、伝えられていないバロール。
それが実際は、何なのか。

「バロールとは、アリガンさんも実際にその目でご覧になったでしょうが、自然に中和される事の無い……」

オーエンは即答に近い形で答えたが、しかし途中で、答えを躊躇った。
視線で先を促し、ようやくオーエンは口にした。

「人の、魔力ですよ」



帝都フォードンに帰還し、すぐにアル達は登城する事になった。
最初は全員揃って、玉座の間において報告を行ったものの、1度下城し、再び呼ばれた時はアルとモーガンの2人だけだった。
オーエンはずっと城に釘付けにされていたらしく、アル達が再び登城し、今度は会議室に姿を現すと、疲れた様子で挨拶を返した。

「オートリンゲ公がバロールを発したなど、何かの見間違いではないかね?」

「単なる魔力の光であり、それが自然消滅しただけではないのか」

「大体にして、この様な男を連れてくるとは何事か」

「これだから冒険者は信用ならん」

会議室に通されるなり、その様な文言が飛び交った。
いずれも、貴族の物言いだった。所領を離れ、この帝都で執政に携わっている貴族達である。
最早、呆れるしか無かった。普段ならカッカして怒ってそうなモーガンも、ほぼ無表情だ。

 ガンッ!!

だがその中で、金属音が響いた。
見ると、アルの兄、レイベルが机に剣を叩き付けていた。
辺境から500の軍勢を率いて帝都に戻ってきたからか、身を甲冑で固めており、その姿は貴族と言うより将軍のソレに近かった。

「貴様等の様な財政と内政しかできない文官は、黙っていろ。
 これは軍事問題だ」

皇帝もいる前で、よくもそんな真似ができるモノだ、と内心でアルは苦笑した。
レイベルの威圧感は凄まじく、また場で帯剣を許されている数少ない人物であるからか、それだけで貴族達の多くは萎縮して縮こまってしまった。
それでも、ボソボソと愚痴っていて、レイベルを侮蔑ぶべつする視線を送っていた。

「意見があるならば、腹に力を入れ、余にもよおぉく聞こえる様、言うてみよ」

だがそれも、皇帝によって一言の下に断ち切られた。
場が静まりかえる。そんな中、1人咳払いをして、立ち上がる人物がいた。

「では、陛下。私めから、今後について申し上げます」

イーファン帝国宰相、ハサイン・F・ネメシィだった。
帝都近郊のグローマル領を所領に持つ侯爵であり、また歴代で唯一の侯爵宰相である。
ただ歳は、場にいる貴族達の中でも凡そ最長老だろう。

褐色の肌に刻まれたシワは深く、真っ白な髪は見事にガチガチにセットされているが、恐らくはかつらだ。
立ち上がると、その体はヒョロリと長い。190近い身長がある様に思えた。
他の貴族達が豪勢な衣服に身を包む中、ハサイン宰相だけはカッターシャツにスラックスという出で立ちでしかなかった。

「南部は未だ平定ならず、そして武勲によって領地を得た成り上がりの貴族達が多い土地。
 これを治めていたオートリンゲ公は、軍事力と政治力を併せ持った希代の政治家でありました。
 彼のオートリンゲ公の代わりを、見事に勤め上げる者を探すのは、いささか無理がございましょう。
 さすれば、ひとまずは軍事力による近隣貴族への睨みを利かせるが上策かと存じ上げます」

「良き策なり。余もそう思うておった」

何故かは知らないが、皇帝とハサイン宰相は随分と互いを信頼していた。
皇帝は内政型の政治家だという話だが、聞いている限り、ハサイン宰相は軍事に明るい様である。

「では、辺境伯から抜擢しては如何でしょうか。
 そう例えば、レイベル将軍とアリガン殿のお父上、ジョーム・F・フォー殿を」

続けて飛び出たハサイン宰相の言葉に、アルとレイベルは身を固くした。
2人の父、ジョームは、今はウェノタール辺境伯として西の辺境を治めている。
亜人達との紛争において須く勝利を収めている為、その名声は帝都にも轟いており、辺境大将軍などとも呼ばれる程だった。
以前、帝国全土に蔓延まんえんした流行病の対処策を講じた功績から、侯爵位を授爵する話も出ていた。

ハサイン宰相に比べ、ジョームはまだ54歳だ。
皇帝とも8歳差と、歳の差はそれ程離れておらず、その気になれば幾らでも出世できる地位、能力を持っている。
それでも出世しないのは、政治力が必要な帝都で出世すると、政治力に乏しいレイベルが後々苦労するからだ。
だから、ジョームは度々の帝都召還にも応じず、辺境伯の地位に留まったままだった。

アルとレイベルは顔を見合わせる。
レイベルがアゴをしゃくって促してきたので、仕方なくアルから口を開いた。

「お言葉ながら、父ジョームは辺境の地を平定する事に尽力しております。
 また、ドラゴニアは我々フォー家に対し講和を結んでおりますので、ウェノタールを他者が治めるのは困難を極めるかと」

「冒険者風情が帝国の統治政策に口を出すな!」

予想通り、貴族から一喝をもらった。
そこで再び、レイベルが剣をガチャつかせた。渋々貴族達が口を閉ざしたのを見ると、レイベルが言葉を引き継いだ。

「私はアラオルム伯爵を推します、陛下。
 あの地は辺境にほど近く、また周辺との立地的にはオートリンゲ領と似通った点があります。
 わざわざ辺境伯を招き、辺境にも穴を作るよりかは、ベターだと思いますが」

「アラオルム伯爵は、軍事はどうだったかな?」

「アラオルム伯爵とは、幾度か演習を行っております。
 我が精兵達と渡り合っておりますので、なかなかの御仁かと」

少し場がざわつく。
皇帝はしばらく目を伏せて考えにふけっていたが、やがて見開き、判断を下した。

「良かろう。レイベルの意見を採用し、オートリンゲ公にはアラオルム伯爵を取りたてる事とする。
 アラオルム伯爵には、4人の娘がいた筈。内1人は既に家を出ているらしいが、他3人の娘がいる。
 公爵として申し分無き血筋にするべく、縁組みを行えぃ」

「承知致しました」

それで、オートリンゲ領の話については終わった。
オーエンについてどうするのか。思い、アルは皇帝を見やった。

「アリガン」

その瞬間、皇帝は言葉を発した。思わずアルは肩を震わせる。

「貴様は来るべき戦いに備え、自らを鍛錬せよ。
 ネクロマンサーとは、どうやら雌雄を決せざるを得ない様なのでなぁ」

皇帝はそう言って、オーエンを見据えた。
オーエンは苦々しく顔を伏せた。一応、話はしたらしい。
それでも尚、戦う以外に道は無し、と皇帝は判断を下した様である。

ならば、アルはやはり皇帝の言う事に従うしか無かった。
丁度良い。アルはこれから先、やりたい事が幾らかあったのだ。その大義名分を得たのだから、色々やってみようと思う。

「だがぁ、その前に」

皇帝は腕を組み、言葉を続けた。

「リーンが、旅に出たいと言っておるのだ。
 少し、話をしてこい。判断は貴様に任せる」

「はっ。判断も、ですか?」

「貴様が最善と思う判断を下せぃ、余は一向に構わぬ。
 リーンが余の娘ではなく、1人の皇族としての覚悟を持つのであれば。
 余も皇帝として第三皇女リエンデールに接する、それまでの事」

その言葉を聞くと、貴族達は顔を見合わせた。
だがレイベルや皇帝は、静かにアルを見据えていた。
少なくともアルは、何故皇帝が直接リエンデールと話して決着しないのか、わかっている。
2人はそれを見抜いているのだ。

アルは、養女であるカージナをあくまで騎士見習いとして扱っている、それを2人とも知っているのだ。
それは将来、カージナがアルよりも位が上の近衛騎士となる時の事を見据えている為で、その時に平気でアルに頭を撫でてもらう騎士では、ダメだ。
だから今から慣れさせている。皇帝もまた、同じ事をするつもりなのだろう。

いやしくもリエンデールが、余と話さねば結論が出ぬなどと申せば、その時は余に報告せい。
 まだ、リーンでしかない証拠だ。貴様が判断を下すまでもない」

「承知致しました」

「では、下がれぃ」

命じられるがままに、アルは下がった。モーガンは、残されたままだった。
アルは、どうにも面倒事ばかりを押しつけられている気もするが、まあ仕方ない。
兄や父の体面を考えれば、言われるがままに従うしか無いのだ。

アルは会議室を出ると、すぐにリエンデールの部屋を訪ねた。
リエンデールの護衛である近衛騎士、レイドルフが、やはりその部屋の前で立っていた。
だが表情は以前より幾らか明るい。

「任務、ご苦労だったな。話は聞いている」

「そりゃどうも」

そのレイドルフと、アルは軽く言葉を交わした。
近衛騎士であるレイドルフは、ジルオ侯爵の息子であり、家柄も地位もアルより上だ。
だが、レイドルフの意向によって、2人はほぼ無礼講で話す間柄となっていた。

「こっちも話は聞いてる。殿下が、旅に出たいと仰っておられるとか」

「うむ。もっと世界を知りたい、そう考えておられる様だ。
 そして、強くもなりたい、と」

「強く、ねぇ」

ただ強くなるだけならば、この帝都にいても十分だろう。
父は帝国の頂点に立つ皇帝、姉であるセシアネーヌは騎士団長をしているし、他にも、帝都には将軍が常時駐屯している。
魔術師ギルドの総本山もある。学ぶという意味でも、帝都は恵まれた環境なのだ。

強くなる為だけに、旅に出る、というのは少し悪い考え方だ。
田舎者ならばそれが正しいが、都会の人間は既に環境に恵まれているのだから、旅よりも地に足付けるべきなのである。

「お前がいない間に、セシアネーヌ殿下や、辺境から戻ってきたレイベル将軍と話し合って決められた。
 お二人とも、自らが鍛錬するよりも、お前に任せた方が良いと判断されていた」

「買いかぶり過ぎだろ。オレは、そこまで立派な人間じゃない」

「お前1人ならばな。だがお前の周りには、幾人もの人間がいる。
 信頼できる仲間達だ。そうした集まりは、少なくとも騎士団や軍よりも立派な集まりの様に思える。
 そして、仲間と言うからには仕事をするばかりではないだろう? その気楽さもまた必要なのだ」

「言ってくれるな? 今回の仕事は、ちっとも気楽じゃなかったぜ」

「対し、我々近衛騎士の職務は気楽なモノだ、と言ってくれるなよ?」

軽く苦笑し、レイドルフは扉をノックした。
アルとしても、そう言われては返す言葉も無い。貴族や皇族の周辺警護が、気楽な訳がないのだから。

しばらくして、侍女が出てきた。
普段セシスが出迎えるのだが、彼女は今、カージナから報告を受けている為、リエンデールの側を離れていた。
侍女に中へと促され、アルはリエンデールと対面する。

「今すぐ旅に出る、などとは言いません」

だがリエンデールは、椅子に座らず、床に仰向けで横たわっていた。
その様子を見てアルは吃驚きっきょうし、すぐさま膝を突いてリエンデールと視線の高さを合わせた。
何をしているんだ、と思ったが、すぐにわかった。

リエンデールが、手を使わず起き上がり、そしてまた倒れる。
腹筋運動。それをしている最中なのだと、アルは理解した。
よくよく見れば、服装もいつものドレス姿ではなく、動きやすそうな長袖のシャツと半ズボンだった。
こんな質素な服を皇女であるリエンデールが持っている訳がないので、恐らくはレイベルかセシアネーヌの差し入れだろう。

「これから1年、シッカリと体力を付けます。
 そうして体力を付けてから、旅に出ようと思います。
 アリガン様が準備を整えてから冒険者となられた様に、私もそうしたいのです」

腹筋運動を続けながら、リエンデールは語る。
その考えは、やはり地に足が着いていて、間違いなく正しい判断だった。
何事も準備が大事だ。突然行動に出て、物事が上手く行けば、それは奇跡でしかないのだから。

「私はどこかで思い上がっていました。
 陛下やセシアネーヌ姉様と違い、私は体が弱いから、学問だけで良いのだと。
 心の中でそう思い、今まで努力を怠ってきたのです」

「殿下は、今までも十分な努力をされていました。
 これから先は、余剰の努力となります。それでもよろしいのですか」

アルは急いで問い返した。
随分と既にシッカリとした意見を持っている様だが、アルはまだ帰ってきたばかりで、その意見は少ししか聞いていないのだ。
事情を、確かめる必要があった。

「陛下がその努力をなさったのなら。セシアネーヌ姉様がその努力をなさったのなら。
 そして、大叔父様がその努力をなさっていたのなら……。
 それは、皇族として必要な事なのです。少なくとも、私が目指す、皇族には」

最後に、ググッ、と体を震わせながら起きあがった後、リエンデールは床に倒れ込んだ。
額には大粒の汗が浮かび、侍女がすぐにそれを拭おうとしたが、リエンデールは侍女のタオルを奪い取って、自ら汗を拭った。

「承知致しました」

アルは深く頷く事で、それに答えた。
だが、言葉は続ける。

「しかし殿下、体力を付けるだけでは完全とは言えません」

「そうなのですか?」

「実態を知らなければ、如何なる準備も無用の長物となる可能性があります。
 実際に現場へ赴き、必要な能力を取捨選択し、強くなっていく。
 それが正しい鍛錬の在り方なのです」

少なくとも、アルの周囲にいる人間は皆が皆、そういう鍛え方をしていた。
アルやレイベルなどは戦場に出て戦っていたし、GGGやサナは冒険という場で鍛え上げていた。
モーガンは幼い頃から奴隷拳闘士として戦っている。ニーニェと藤南爺の2人は、経歴が不詳でよく知らないが。

とにかく、鍛錬とはそういうモノだった。
がむしゃらではダメで、かと言って理論に終始するのもダメ。難しいモノなのである。

「しばらくは、基礎体力をお付け下さい。
 しかし、ある程度基礎体力が付いたのであれば、1度外に出る事を推奨致します」

「つまり、冒険ですね?」

「はい」

リエンデールは仰向けになったまま、問い返す。
それにアルは即座に頷いた。何せこのフォードン近郊は、駆け出しの冒険者にとって適した土地だ。
冒険者のメッカである帝国北部のザナディア地方に比べると見劣りはするが、しかし強い妖魔は少なく、いたとしてもすぐ軍によって討伐される場所である。
駆け出し冒険者にとって、これほど安全な土地は無い。帝都で鍛錬し、その後地方へ足を伸ばせば、優秀な冒険者になれるだろう。

「私も皇帝陛下よりのご命令で、しばらくは鍛錬を行う予定です。
 その期間、殿下からの登城命令に従えない可能性もありますが……」

「構いません。陛下のご命令は私の命令よりも重視されるべきモノです。
 でも……」

言いかけ、リエンデールは起き上がった。それから、真っ直ぐとアルを見据える。

「あまり遠くには行かないでくださいね?
 私、置いてきぼりは嫌ですよ」

「承知致しております」

元々閑話だったんですけど、やっぱり本編で。
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