1−3 ハンターB「海の上の剣士は無力だよね」
先日の事件で、村の人間達からの絶対的な信頼を勝ち取ったアル達は、円滑に情報収集を行う事ができた。
ついでに、海辺に今後近付かない様に、という注意も円滑に行き届いて、これから先村人に被害が出る事は無いだろう。
村人からの情報を受け取ったカティが下した判断は、妖魔化したイッカククジラで間違いない、という事だった。
イッカククジラは名の通り、頭頂部に1本の角が生えたクジラだそうだ。
本来の体長は5m程で、角も2m程であるという。だが聞いてきた話では、体長は20mは下らないそうで、角も3mを超えていたそうだ。
北の海の更に果てに棲んでいるイッカククジラは、北方の民には神聖視されており、ユニコーンよりも崇拝される存在であるという。
だがそれ故に妖魔の持つ悪性の魔力”バロール”に憑かれやすく、南下したイッカククジラが及ぼす被害は何年かに1度報告されるのだ。
「無事な姿での捕獲例が無いからわからないけど、討伐した冒険者の話によると、角を折れば死ぬみたいね。
多分角に魔力循環を促す回路があるんでしょう、そこにバロールが溜まって暴走する訳」
「成る程な、それだとわかりやすい」
午後になり、3人は桟橋の上で作戦会議を行っていた。
海上戦を円滑に進める為、漁船を連結してもらっており、その様子を確かめる意味もあった。
何より、沖の方の雲行きが妖しくなってきたので、船の連結作業中に妖魔が出た時の為の備えとして、村人達に同伴しているのである。
比較的浅瀬で行ってもらっているから、心配は無いとは思うが。
カティからの説明を受けたアルは、小さく頷いた。
「それじゃあ、作戦を練るか」
コツコツ、と鏃で桟橋を小突く。
アルは一切れの紙を、矢のシャフトに巻き付けていた。
作業をしながらの話は流石に、アルでも難しいのか、そう言うとサナの方に視線をやってきた。
「仕方ないわね」
諦めた様に目を伏せて、サナはアルの代わりに作戦を練った。
今回は海上での戦闘になるし、相手の規模も半端無いので、サナは戦闘で役立たずになる事間違い無いのだ。
主力とも言えるアルの下準備なのだから、それは尊重しなければならなかった。
その日の夕方に、作戦は実行に移された。
とうとう村に雨が降り出したから、イッカククジラが近付いているかも知れない、という事で出港を決意したのである。
連結作業は1時間程で終了していた。
4つの船を連結したモノだ。内1つは、イッカククジラとの戦闘に移った際に、すぐさま切り離す。
イッカククジラの所まで送ってくれる人間達を、戦闘から離脱させる為だった。
イッカククジラがいる所までは、左右両端の船に船を操る村人が1人ずつ乗る。
カティが1つの船を占領して、アルとサナは同じ船に乗った。
沖合10km地点まで、凡そ1時間程度の船旅だ。しかし、この日は40分で終わった。
沖合5km程の所で、いよいよ嵐が激しくなり、雷光が閃いた時、確かに3人が海の中に突き出る1本の角を見たからである。
すぐさま、村人達を切り離す船に集めて、離脱させた。
「健闘を祈るぞ!」
「絶対に帰って来いよ、3人ともな!」
2人が離れ際、3人を鼓舞する言葉を贈る。
ありがたくアルはそれを受け取って、腕を掲げる事で答えた。
離脱した船がちゃんと海域を抜けるのを見てから、アルは隣にいるカティを小突いた。
中央の船にカティ、左の船がアルで、右の船にサナが乗っていた。
小突かれると、カティはコクリと頷いて、口を開く。
「ローバル・ターケン・クレッテイタイム・トルンスト……」
何の意味も見いだせない言葉達を、カティは次々に紡ぎ出していく。
これが、魔術を行使する為に必要な手順だった。
魔術とは、己の持つ魔力を使って発動するモノと、空間に散漫している魔力を使って発動するモノの2種類がある。
前者は紋章術と呼ばれる手段によって行使する。術式を用いて、内部魔力を外部に発する必要があるからだ。
対して後者は、詠唱術によって行使される。音という媒体に魔力を集め、言霊という触媒を使って事象を引き起こすのだ。
カティが使っている魔術は、後者である。
制限が比較的緩く、また発動速度も紋章術よりもかなり速い為、戦闘では主にこちらが使われる。
ただし、1度詠唱を始めれば待機状態に導く事ができないという欠点を持つ。
故に、詠唱を始めれば迅速に行動しなければならなかった。
「リズェー!」
カティの詠唱の語気が強くなってくる。
詠唱術の完了が近付いている証拠だ。3小節前に語気を強める様、打ち合わせをしていたのだ。
「アムブルカム!」
特に、最後の詠唱は強める様に言っておいた。
この嵐の中では、どれほど声が聞き取れるか、わからなかったからだ。
幸いな事に、今の段階でも聞き漏らしていないので、心配は要らなかった。
「ワドンッ!!」
一際大きく、カティが吼えた。
次の瞬間、空気がピンと張りつめ、辺りは無音に包まれた。
サッ、とアルとサナの2人は目の前を手で覆った。カティは船底に伏せる。
――ドオォォォンッ!!
凄まじい光が、辺りを包み込んだ。
それから1秒ほど遅れて、腹が殴られたかと錯覚する程の音の波が、飛んできた。
必死に堪え、アルとサナは光が晴れるのを確認し、手を腰に伸ばした。
雷光と、雷鳴だった。
周囲をグルリと囲む様に放たれた、サンダーフォール(雷の壁)の魔術である。
直径10mを超える雷撃が海に複数突き刺さり、電撃はこの辺りの海域を駆けめぐる。
そうして、潜水しているイッカククジラを炙り出す作戦だった。
「――魔術なんて、自然を破壊するだけなんだがな」
ボソリ、とアルは呟いた。今の一撃で、海に棲むどれだけの生物の命が潰えたのか、と考えたのだ。
嵐の中なので、その呟きは他の2人には聞こえなかっただろう。
周囲へと視線を走らせ、どこにイッカククジラが浮いてくるのか、目を光らせる。
数秒して、50m程向こうに光が見えた。
雷光ではない。もっと常態的に光っている、灯りだ。
それは魔力を帯びて光る、イッカククジラの角だった。
――オォォォォォンッ……!!
その方角から、凄まじい咆哮が飛んできた。
ビリビリと肌が痺れる様な咆哮を受け止め、アルは弓を握りしめた。
どうやら相手は、死んではいないが、しかしまだまだ攻撃の意思が強いらしい。
「ダメだッ、カティ! ヤツにはちっとも効いてない!!
生け捕りは、失敗だ!!」
声を張り上げながら、アルは矢束から矢を取り出した。
50m程度ならば、弓は十分届く。有効射程範囲内だ。雷光で遠近感も掴んでいるので、この距離は間違い無い。
ただし、相手は大きい。事前情報通り、50mの距離を置いてもその巨大さを確認できる程だ。
アルの放つ矢で、一体どれほどのダメージを与えられるのか。
もしもただ矢を放つだけなら、大したダメージは与えられない。相手にとっては、棘が刺さる程度の話に過ぎないだろう。
射手であるアルからしてみたって、大岩に矢を射る様な気分だった。
だから、アルは特殊な矢を選んでいた。
「オレのとっておきだッ。
とっておきの術式に、オレの魔力だッ」
矢を強く、握りしめる。
それで、矢にポウッと青白い光が点った。
点った光はやがて、炸裂する。そうして矢全体に、迸る様に光が広がった。
その矢は、術式を描いた紙を巻き付け、ロウで防水処理を施した、特製の矢だったのだ。
紋章術は詠唱術と異なり、魔力を込めなければ発動しないという特性を持ち、故に作り溜めができる魔術だった。
未熟な弓術を補う為の術として、アルはこの魔術を修めていた。
こっちも半端で、カティの様に強力な魔術を操る事は、できないが。
「人間ってのは、絶対の実力者じゃない。
だから何かを守るのに、相手を傷付ける必要がある。
実力者じゃない守護者は、破壊でしか守る事ができないんだよな」
呟きながら、矢を弦に添え、ゆっくりと狙いを定める。
引き絞るのには、時間を掛ける訳にはいかない。そうすればした分だけ、弦が伸びて威力が低くなるからだ。
だから覚悟は、引き絞るまでに決めておきたかった。
「悪いな」
一言謝り、アルは弓を引き絞る。
魔力を帯びて光る矢が目に入った。その時、手を離した。
光の矢はスゥと真っ直ぐ、灯りの様な角に向かって、飛んでいく。
それはさながら流星の様だった。流星が流れ、そして地上に落下する時。
蒼白の爆炎を巻き起こして、点っていた灯りを打ち砕いた。
折られた灯りは、深い黒の中に消え去り、地面もほの暗い海の底へと沈んでいった。
イッカククジラが海中へと沈んでいくと、嵐はまるで蜘蛛の子を散らす様に過ぎ去ってしまった。
やはり、嵐を引き起こしていたのはイッカククジラだった。
そう思わされると、今し方自分が倒した相手が、どれほど強大な敵だったのか、痛感させられる。
嵐が過ぎ去って30分もすると、海域から離脱していた2人の村人が、アル達を迎えに戻ってきてくれた。
一応、船にパドルは残しておいてもらったから、ある程度は操作できたのだが、やはり地元の漁師と一緒だという事は大きかった。
すっかり陽は沈んでいたが、夜空は綺麗だった。
三日月がぽっかりと雲の無い空に浮かんでおり、こんぺいとうを黒い布の上にばらまいたかの様な星空は、戦いの疲れを程良く癒してくれた。
カティなどは、詠唱の時の緊張や疲れからか、アルにもたれ掛かっていて、いつの間にか寝息が聞こえてきた程だった。
「見な、冒険者さんよ。
アレが陽蒼樹だ」
翌日、成功報酬である陽蒼樹の葉を手に入れる為に、また船を出してもらった。
カティは昨日の疲れでダウンし、サナは帰ってきてからの宴ですっかり酔いつぶれ、2人とも村長宅で休養中である。
だから、今回船に乗っているのはアルだけだった。
船を操るのは、先日一緒に妖魔を迎撃した老人である。
老人が指さす場所を、アルは身を乗り出してジッと見つめた。
見つめるまでもなかった。海の中で、青い光を発する何かがはためいていた。
一瞬魚影かと見紛った。だがそれは違う。この青い光を発する影こそが、陽蒼樹という海洋樹の姿だったのである。
「太陽の光を受けて、青く光るんだ、あの海草は。
だから陽蒼樹ってんだ」
「太陽の光を受けて……」
言われて、アルは太陽を見上げてみた。
強烈な光を発する太陽が、周りに雲を侍らせながら、浮かんでいた。
思えば、海の空というのはこういうモノかも知れない。昨日の様な雲1つ無い青空の海は、異様だったのだ。
「さッ、入んな!」
「え!?」
驚いて振り向いた時には、老人に思い切り背中を蹴られていた。
ただでさえ不安定な船の上。堪らずアルはバランスを崩して、頭から海へと落っこちた。
すぐに海中で体勢を整え、浮上する。
「おっさんテメェ! 軽装で来いって、こういう事か!?」
「その通りだぜ! 海ン中で見た方が、陽蒼樹はずっとすげぇんだよ!」
シャツと半ズボン姿だったアルが、海に沈む事は無い。
老人に言われてそうしたのだが、成る程、初めから落とすつもりだったと今更ながらに悟り、喚いた。
老人は答えながら、船の中に置いてあった鎌を取り、アルの横に飛び込んだ。
「オラに付いてきて、離れるなよ!」
ハァッ、と息を吸い込んで、老人が先に潜水していった。
アルも覚悟を決め、息を思い切り吸い込み、潜水する。
辺境育ちというだけあり、アルは海でも泳いだ事があるし、潜水は得意だった。
陽蒼樹が生えている海は浅瀬で、水深は5m程しか無い。
昨日カティが放った一撃からも離れた場所だから、魚たちが元気良く辺りを泳いでいた。
辺境にいる魚よりも、この海の魚は地味な色合いで、目を見張る様な箇所は無い。
そんな中で、キラキラと光る海洋樹が佇んでいた。
高さ1m程の木々から、50cm程の数十の葉が伸びている。10数本に及ぶ海洋樹の群生。
圧巻だ。海の中に森がある。その森が光っている。そう思わされる程だ。
そんな森から魚が飛び出てきたりする姿は、何とも場違いで、アルはまるで現実感を失ってしまった。
老人は、その陽蒼樹の森に近付き、慣れた手つきで葉を刈り取っていった。
葉を斬ると、断面から青白い光が漏れ出る。その光は流れに乗って、アルの所までやってきた。
急いで避けたが、横を通る時、目を奪われた。まるで人魂の様だったのだ。
そこで、アルの息が続かなくなった。
慌てて浮上し、僅かに口に入った水を吐き出してから、深呼吸をした。
見上げれば、空が広がっていた。雲と太陽とが浮かぶ、綺麗な空だった。
水の中という無重力感も手伝って、アルはしばしの間、夢の中にいる様な、不思議な心地に包まれていた。
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