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14−3 ハンターA「やるからには、やるさ」
冒険協会という場所は、なかなかアルにとっては居心地の良い場所だった。
タイルの床、レンガの壁。ロビーは広いが、そこから延びる廊下は細く雑多な印象。
部屋の数も多く、廊下を行き交う人は多い。ロビーで話をする冒険者は、もっと多い。

尤も、冒険者と言っても帝都で言う所のソレとは、少し違う。
粗暴そうな者は少なく、いかつい男に至っては片手で数えて3本指が余る。
加えて亜人も多い。獣人族、ケット・シー、それらのハーフ、色々な人種が見られる。
冒険の為の場と言うより、学術院の様な場所なのだ。だからアルは過ごしやすいが、GGGはどうにも居心地悪そうだった。

「フーヴァー氏から話は伺ってます。銀の庭園探索を手伝って下さる、帝都の方ですね」

場は、そんな冒険協会の一室。
棚、本棚が壁を覆い、窓が1つある狭い部屋。
中央に長机があり、それが唯一の机だ。それ程に狭い。奥行き6m、幅5mといった部屋だ。
棚や本棚の関係で、6人もいればいっぱいいっぱいになる様な部屋だが、ここに6人がいる。

アルとGGGが、扉のすぐ前の席に座り。ライドが棚の前の席に座り、ターナはライドの膝の上。
アルとGGGの正面、即ち窓のすぐ前には、にこやかな笑みを浮かべた中年の紳士が座る。
ライドの横には、身長100cmばかしのケット・シー。この様な位置関係だった。

「噂は聞いていますよ。何でも、帝都では相当有名な冒険者であるとか。
 ザナディアの冒険と帝都の冒険とでは少し色合いが違いますが、何、数日もすれば慣れるでしょう」

一方的に話し始めたのは、中年の紳士だ。
マッソン・オブライアンという名の男だった。年齢は43。
黒髪を下ろし、チョビヒゲを蓄えている。体格は良くも悪くも中庸ちゅうよう、悪くないし良くもない。
ただ顔立ちは整っており、間違いなく、冒険者ではなく学者だった。

「マッソン、少し饒舌じょうぜつに過ぎるな」

驚く程にダンディーな声色。それが場に響いた。
マッソンの声色はかすれ気味であったし、アルもGGGもライドもそんな声色ではない。ターナなど論外だ。

言葉を発したのは、ケット・シーだった。二足歩行する猫である。
宝石かと見紛う程の青の瞳。黒い瞳孔。青みを帯びた灰色の短毛はビロードが如き毛並み。体格は人間で言うところの6、7歳の子供レベル。
気品すら漂わせるそのケット・シーの名は、オウトロス・ルファン・カッツと言う。年齢、26歳。
26歳と言うが、ケット・シーとしては中年も良い所だった。

「君は無邪気過ぎるのが玉にきずだ。
 大人なのだから、もう少し落ち着いた対応をしたまえよ」

「これは申し訳ありません、ルファン卿」

歳は16もマッソンの方が上な筈なのだが、流石に精神年齢は大分と違う様である。
種族も異なるのだから、それも当然だ。

しかし、卿。貴族などに対する尊称であった。

「あぁ、こちらのルファン卿はケット・シーの”剣聖けんせい”であられるんですよ。
 何でもケット・シーの世界には12の剣聖がいるだとかで、ルファン卿はその一角を占められておられるんです」

「へぇ。話にゃ聞いてたが、本物かよ?」

アルは話にすら聞いた事が無いのだが、どうやらGGGは知っているらしい。
ライドの方を見てみると、ライドもターナも首を横に振っていた。ターナですら、知らないらしい。

「あまり威張れるモノではない。
 ケット・シー自体が元々、戦士としての能力は高くないのだ。
 帝国軍の部隊長クラスと実力は変わらないだろう。人とケット・シーの差は凄まじい」

「まあそうだよなぁ。オレも生身じゃ、精々リザードマンと引き分けが良いトコだぜ。
 装備さえ調えりゃあ、ドラゴニアとも良い勝負できそうなんだがよ」

「装備がある人間は羨ましい。我々ケット・シーの装備は、数える程しかないのだから」

「あのさ、それはもう良いから、仕事の話をしないか」

何だかそのまま雑談に移りそうな話だったので、堪らずアルが割り込んだ。
うんうんとライドも頷き、それに応じてマッソンも了解しました、と朗らかに答えてくれた。

良かった、と胸をなで下ろしつつ、マッソンが指さす、机の上に広げられた地図を見やった。

「史料からの推察によると、ザナディア周辺に広がる森の内、この2つの森のどちらかだと推定されます。
 一応、北方未開地簡略地図に示された点は探索してみたんですけど、やはり存在せず。
 目下測量中なんですよ、森内部を」

ザナディアの周辺には、森が幾つかある。
かなり広い、ザナディア市街の数倍以上の広さを誇る森もあれば、同じ程度の森もあった。
この様な地形は、帝都近くと変わらない。ただ帝都とは違い、木々が鬱蒼うっそうとしている為、生息する妖魔も強い。
アルとGGGのコンビに掛かればさほどではないが、帝都でくすぶっている冒険者程度では、話にならないだろう。

「しかし、森には特に強い妖魔が出ますから。
 別件で探索に出掛ける班に頼んで、ちょっとずつやってるのが現状です」

「――それってもしかして、しらみつぶし?
 っつかそれ、何年前からやってるんだ?」

「仕方ないんですよ。大陸北方調査報告書には偶然立ち寄ったとしか記述されてませんし……。
 それまでの経緯の記述は、遙かなる樹上都市にありますけど、現在では降雪などで地形が変わってますし。
 一応10年程前から行ってはいるんですが」

成る程、それは難しい。難度Aランク指定というのも、頷ける。
正に樹海のオアシス。前人未踏の砂漠にあるオアシスを探す様なモノだった。
端々から測量していくというのは、正攻法であり、正しい判断でもある。

「学術的見地からの探索は、無理だろうな。
 生き物の生態や地形からある程度は逆算できるんだが、地形その物が変わってるとなると話にならない」

「で、測量ってのはどこまで終わってんだ? まさか全体の2、3割じゃねぇだろうな?」

「残念ながらピンポン。大正解です。
 10年前から測量が開始されていますが、当時測量技術を持っていたのは全体の1割に満たず。
 冒険者向けに測量技術の教授が開始されたのは5年前、広まったのは3年前からです」

GGGの問いに対するマッソンの答えは、絶望的だった。
ほぼ打つ手無しである。
ならば。

「OK、それじゃあ実際に行ってみるしかねぇな」

「そうだな」

アルとGGGが立ち上がった。慌ててライドとターナも続く。

「一体ドコへ?」

それを見て、マッソンが声を掛けてきた。

「あぁ、気にするな。別に探しに行くって訳じゃあないから。
 ライドとターナも今日の所は宿屋に戻って良いぞ、数日の間は仕事無しだ」

「私達もですか?」

怪訝そうに、ライドが訊ね返す。
ターナが先程から黙ったままなのは、マッソンやオウトロスがいるからだろう。
アル達と出会った当初も、黙りを決め込んでいたから、初対面の相手の前では静かにしているのだろう。
ドラゴニアドラゴンという立場を考えれば、そうしていても全く不思議は無かった。

ライドの問いには、GGGが自信満々の笑みを以て答えた。

「現状どうしよもねぇなら、とりあえず動いて外堀から埋めようってな。
 冒険者流の手段で、やってやるよ」



外堀から埋める。これはアルの常套手段だった。
正攻法で問題が解決する事態など、ほんの一握りでしかない、というのもあるが。

まず行ったのは、生態調査だ。
難しい筈の事。しかし、アルが言った難しいとは、史料に記されている生き物の生活圏から、場所を導き出すという事だ。
地形が変われば当然生態系も変わる為、アルはこれを難しいと言ったのである。

では何の生態調査か。それはズバリ、銀の庭園を生活圏に収める生き物がいないか、というモノだ。
銀の庭園には、そう呼ばれるだけの根拠がある。その根拠の部分が鮮烈であるからこそ、伝説に残った筈。
故にそれを生態に取り入れるモノはいる筈なのだ。
そういう発想の転換から、アルは生態調査の為に冒険協会の資料を読みあさった。

「こういう時、カティがいてくれれば助かるんだが……」

アルは冒険者として、生き物の生態やその土地の地形を見るタイプだ。フィールドワークに秀でる。
辺境出身であり、モーガンと出会うまでは辺境伯の次男として生きてきた為、その手の知識は豊富だ。
特に亜人関係の知識と、測量に始まり行軍関係の知識は凄まじい。

じゃあ、生き物の生態はどこで仕入れたのか、という話だ。
元々その手の知識は、アルの師匠モーガン、そしてGGG、加えてサナにも無かった。
故に他者から仕入れるしか無く、そこで頼ったのが、カティという訳だ。
魔術師ギルドに所属する彼女は、物事の知識量が凄まじく、実用的か否かを問わなければアルを遙かに凌ぐ。
そのカティから生き物の生態に関する知識を仕入れ、アルはそこそこの知識を持つ様になっていた。

アルが今いるのは、冒険協会の資料室だ。別名図書室。
席に座り、山ほどの蔵書と向かい合っている。正直、机に3つのピラミッド出来てる。
右手が図鑑。左手が風土記。正面が専門書だ。酷い量である。

「専門知識が無いから、それについても逆引きしながらなんだよなぁ畜生。
 数日とは言ったが、実際には1週間掛かるかもな……」

一方で、聞き込みはGGGが行っていた。
地道な探索協力で信頼を取り付け、ついでに情報を収集するというモノだ。
何もかもが足りなかった。人材、情報、手段。

こういう時に、貴族の権力が欲しくなるものだ。
権力があれば幾らでも人員を投入できるし、命令通りに動いてくれる。

「えぇい、愚痴っても仕方のない事だ!
 えーっと、『黄色の雪が止んだ後、我々は』……」

権力に付随してくるモノを、拒否した結果だ。
権力自体は嫌いではないし、むしろ利用しようという気もあるが、権力を維持する為に必要な仕事は嫌いだ。
だから権力を捨てた。そこに欲求はあっても、後悔は無かった。

「あれー?」

そこへ、聞き覚えのある素っ頓狂な声が聞こえてきた。
何かと思い、声のした方へと視線を走らせる。

白と黒、両極端な色調のローブを纏った、青髪の女がそこにいた。
1番青い時の空と同じ色をした青い髪は長く、腰元まであり、ストレート。
長身で身長は170近くある。

オイオイ、とその女を見て、アルは呻いた。

「ねえアル、風土記ドコにあるか知らないかな?」

更に、女は見知った風にアルに話しかけてきたので、アルは驚きを隠さなかった。
いや、確かに見知った女だったから、すぐに当然かと思い直す事ができたが。

女は、カティ。カテレーン・ノーマッド、魔術師ギルド所属の魔術師、その人だった。
スルスルとローブの裾を引きずりながら、アルの所までやってきて、アルの前にある机を覗き込む。

「あ、ここにあったんだ。
 探しても見つからないと思ったら、先にアルに取られてたのか」

「別に盗った訳じゃ……」

あまりにも平然と話を進められる為、ペースが乱れる。
いやいや、それよりも言う事があるだろ、と思い直して、慌ててアルは訊ねた。

「ってかカティ、何でここにいる?」

「私の所に依頼があってね。フーヴァー商会から、魔術師ギルド宛てに、そこから私に」

「フーヴァー商会から?」

言われて、アルは納得した。

フーヴァーだ。間違いない。
現状の手掛かりでは場所の特定に時間が掛かりそうだから、アルが取るであろう行動を先読みし、必要な人材を呼び寄せたのだ。
思わず笑みが漏れる。よくやってくれた、という称賛からくる笑みだ。

「銀の庭園については、魔術師ギルドの方でも最近論文が発表されてね。
 正直無視できなかったんだ。何年と掛かる作業なら断るつもりだったんだけど……」

カティの視線が、アルを射抜いた。

「アルなら、多分数週間程度で仕上げるだろうから」

「――随分信頼されたものだ」

 肩を竦め、笑みを苦いモノに変えるアル。
 ただ、それを見てカティの目が、幽かに笑った。

「でも、やるんでしょ?」

「やるからには、やるさ」

答え、アルはカティに席を譲る。
動ける様になれば、話は早かった。

ケット・シーの剣聖さん登場。
イーファンではケット・シーは割とポピュラーな存在です。
というのも、イーファンは猫王国と同盟関係にあるんですね。
ですから、街なんかの雑踏では結構ケット・シーがぶらついてます。
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