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1−2 ハンターA「仕事に厄介事は付き物だな」
陽蒼樹を探しに帝都を出て、凡そ5日。
イーファン帝国の国土が面する唯一の海、メリディアナ海にある漁村に、アル一行は到着していた。
何とも辺鄙へんぴな漁村で、海と船以外は何も無いという村だった。

まず、家屋は8軒しか無い。男手が近くの港町に出払っているので、いるのは女子供と老人だけだ。
村の漁船はその中の老人が出しており、水産資源が豊富なので、男達の出稼ぎと相まって村はそこそこ裕福な様だ。
倉庫の数が結構多いのだ。一般的な家屋と村長宅とで、あまり大きさに差が無いのも良い例だった。
いずれの建物も、各々が好き勝手に建てたらしく、密集したり離れたりしている。

ただ、気になる所はあった。
アルの様な冒険者は、煙たがられる事はあっても、歓迎される事はあまり無い。
特に今回は、アル、サナ、カティの3人パーティーで男1人女2人という旅なので、白い目で見られる事は間違いない。
にも関わらず、アル一行は訪れた村長宅で熱烈な歓迎を受けたのだった。

「なんと、皇女様の使いの方々でしたかッ」

一頻り歓迎を受けた後、本題を切り出すと、村長は驚きを隠さなかった。
独り言を呟き、これは僥倖ぎょうこう、と嬉しがっていた程だ。

「でしたら、お三方にお話がございます。
 陽蒼樹の事にも、関係する話なのです」

村長がそう切り出した時、アルの悪い予感が当たった気がした。
厄介事になるぞー、という視線を他の2人に投げかける。

サナは先日着ていたセピア調の服の上から、体にフィットするタイプの皮鎧を身につけている。
腰にはブロードソードを1振り携えており、中々軽装である。
対し、カティはローブ姿だ。青髪が映える白と黒の両極端な色調のモノだ。
旅装束なのに、研究室にいた頃より重装になっているのは、気のせいではあるまい。
それに眼鏡も外している。元々眼鏡は、本を読む時にしか使わない、特別な魔術を施したモノなのだと言う。

アルの方は、鉄の胸当てと籠手とを付けただけで、他は普段着と変わらない。
得物の関係で、それ以上の装備はできないのである。

「今から2週間ほど前の事です。
 この村の沖に、巨大なクジラが現れたのです。
 そのクジラが現れると突然、海上は荒れ始めて、嵐が吹き荒れ漁どころではなくなります。
 いなくなったと思い、その隙を突いて漁に出てみても、見計らった様に戻ってきて……」

成る程。よくある話だった。

例えば山では、雷雲鳥らいうんちょうという鳥の妖魔がいる。
雷雲鳥は体に特殊な魔力を持ち、それが身の回りに雷雲を発生させ、雷を発生させるのである。
平地だとそれ程強力とも言えないのだが、これが山に入ると、山の天候を自由自在に操る強力な妖魔となるのだ。

恐らくはそれと似た様な話だろう、とアルは見当を付けた。
試しに、カティを見やってみる。

「多分、イッカククジラだろうね」

すると彼女は一言で断じて見せた。
イッカククジラ、という名を聞いた村長は、詳細をカティに求める。

「元々は北の海の果てに棲む、聖獣だよ。
 ただしこれが悪性の魔力に当てられて、南下すると、その神性と悪性との状態がかなりカオスになる。
 元々小型のクジラだったイッカククジラは、カオスによって肥大し、また周囲に自らのカオスの源たる魔力を発散する様になる。
 大抵、海面を凍らせるか、嵐を呼び起こすかの被害が報告されているね」

中性的な物言いをするカティは、相手が誰であろうがその態度を改めない。
魔術師ギルドの総帥に対してもそうなのだから、恐らくはリエンデール辺りにも同じ態度を取るだろう。
機会さえあれば、皇帝陛下にもこんな態度を取りそうだ。

しかし、言う事はいずれにせよ尤もな事である。
彼女の博識ぶりは、貴族出身の冒険者であるアルが足下にも及ばぬ程なのだ。

「できれば捕獲したいなぁ。
 きっと体内に魔力循環まりょくじゅんかんを促す極上の魔力装置があるに違いない。
 もしも生きたまま捕獲できれば、うん、魔術史史上最大の発見になるかも知れない……」

「判断は実物を見てからだな。
 めてかかって海の藻屑もくず、なんてのは御免だ」

研究者の目になったカティを咎めつつ、アルは村長との交渉に移った。
カティは、頭が良くて知識に秀でているが、あまり切れる頭の持ち主ではない。
つまり、機転を利かせるとか、戦術や戦略を練る、という事が得意でないのだ。
だから彼女の立案は、殆ど却下する事が多かった。

交渉の結果、仕事期間中の宿泊と食事を世話してもらい、村人の全面協力を取り付ける事ができた。
成功報酬は陽蒼樹で済ませておいた。一応、リエンデールの名を語っているのだから、温情ある処置は必要だろう、と思ったのだ。
それに、必要経費は皇女の方に請求すれば良い。あちらの方が小さな漁村の村長より、どう考えたって金を持っている。

その日は休み、翌日からアルは調査を始めた。
3人の中で1番冒険の経験があるのは、アルだ。であるからパーティーのリーダーとして、2人に指示を下す。

「サナはオレと一緒に、クジラに関して村人から話を聞く。
 カティは村長宅で待機して、必要と思われる装備を調達しておいて欲しい。
 暇なら、思いつく限りの心当たりを何かに書き記しておいてくれ」

「了解」

「りょーかいッ」

カティ、サナの応答をもらって、アル達は行動を開始した。
カティは研究室に籠もりきりな事が多いから、体力的に不安で、歩きっぱなし立ちっぱなしになる事の多い情報収集には不向きだ、と判断したのである。
それに作戦立案を任せられない以上、サナと一緒に作戦を考える必要がある。情報を聞きながら、一緒に考える方が良いだろう。

サナと一緒に村長宅を出発し、アルはまず海岸へと足を向けた。
砂浜だが、リゾート地として有名なノフォットの街の様な白い砂浜と違い、この漁村の砂浜は漁船を置く為の砂場である。
流木や海草の類が多く流れ着いており、観光客が訪れて泳ぐ様なところではない。
ただ、そんな場所だからか村人が集まる傾向が強かった。
女は内陸の方にある水場に集まる事が多い様だが、老人や子供達は舟場に集まっている事が多いのだ。

「でもどうせなら泳ぎたかったなー……。
 ウチ、海ってあんまり来た事無いからさ」

歩きながら残念そうにサナが言う。
GGGとサナは山村の出身らしく、湖や川では泳いだ事があるそうだが、海はあまり知らないのだそうだ。
今日は気持ち良く空が澄み渡り、よく晴れているから、絶好の海水浴日和と言えるだろう。

「海上戦になるからな、幾らでも泳ぐ機会はあるさ。
 嫌でもな」

「別に泳ぎたいんじゃなくて、バカンスしたいって事だよ。
 水着も着てみたいし」

アルは何とはない返答をしたが、流石に色気が無さ過ぎたらしい。
指摘を受けて、アルはジロリとサナの体を見やった。

サナは引き締まった体をしている。
GGGやモーガンは、筋骨隆々とした体つきで、腕も足も太く、胸板も厚いが、サナからはそんな印象を受けない。
ただし、貧相だったり華奢だったりという訳ではない。筋肉はついているのだが、膨らんでいないだけなのだ。
女性として魅力的な体つきだと、アルは思う。胸は、無いけれども。限り無く無だけれども。

「――アル。今、なんか失礼な事考えてなかった?」

そんなアルの内心を察したのか、サナが恨めしそうな目つきでアルを睨み付けてきた。
言いながら、サッと胸を隠している辺り、何ともいじらしい。

「だがそれが良い、と思っただけだ」

「思ったんじゃないの!」

恥ずかしそうに訴えるサナに、ハッハッハッと笑い声で答えてやる。
こうしてみると、やはり冒険者である前に1人の少女なのだ、と感じさせられる。
そういうところは、女性としての魅力どうこう以前に、人間としての魅力だろうと思った。

そうして、砂浜に出る。
砂浜から海へ7m程突き出た桟橋が合計で3つあり、それぞれに船が4つずつ着けられている。
老人達はその桟橋で雑談に興じている。
対して子供達は、狭い砂浜を駆け回ったり、藍色の海に入ったりして遊んでいた。

「危ないな。
 強力な妖魔がいる海は、他の妖魔も繁殖し易いのに」

その様子を見て、アルがボソリと呟いた。
妖魔に繁殖期は無く、年中いつでも繁殖している。
妖魔が姿を現さない時には、味方を増やしている時だ、と言っても過言ではない程だ。

特に、強力な妖魔がいると繁殖速度は加速する。
それが暴れ回るお陰で、妖魔達は脅威を感じなくなり、繁殖に集中する様になるのである。
そうなると妖魔の数は劇的に増加し、普段現れない様な場所にまで出没するのだ。
後は、妖魔の出現には場の魔力が関わっているという話があり、強力な妖魔が放つ魔力が関係するらしいが、アルの専門でないので詳しい事は知らない。

「注意しておく?」

「そうせざるを得ないだろうなぁ。
 事が起きてからじゃ遅過ぎ……」

サナの質問に答えを返していた、その時だった。
何事も無かった筈の海で、突然黒い何かが突き出したのである。
一見するとそれは魚の背びれの様だ。

が、砂浜に入ってすぐの所に立っているアルからでも、ハッキリと見える程に巨大だ。ただの魚ではないだろう。
アルの態度を察して、サナもすぐに視線を向けており、その背びれには気付いていた。

「サナッ、子供達の避難誘導を頼む!」

「わかってる!」

言うと、サナは駆け出す。遅れてアルも後ろに続いた。
サナは走りながら、身につけていた皮鎧を脱ぎ捨て、普段着へと変わる。
そして1番近い桟橋を思い切り駆けて、勢いよく海へと飛び込んだ。

アルもその桟橋に到着し、飛び込まずに、すぐ近くで雑談に興じていた老人を捕まえる。

「船、出せるかッ!? 妖魔が来てるんだ!」

「よ、妖魔だって?」

言われてようやく、老人達は海を見やった。
丁度その時だった。背びれの主が、海上へと飛び出たのである。

獰猛な牙が、太陽の光を受けて、白く浮き上がる。
骨の様な口周りと、頭部。それは殻だ。殻の奥には深紅の瞳がギョロついている。
魚の胴体、胸びれ背びれ尾びれとがあるが、体つきは太く、全長は80cm程もある。
明らかに、妖魔だった。

「オラの船に乗れ、冒険者さんよ!」

それを見て、事態を察した老人の1人が申し出た。
老人はすぐに船に飛び乗り、パドル(船を進ませる為の木の板)を引っ掴んだ。
アルも同じ船に飛び乗ると、老人がパドルを漕ぎ始める。

それから、アルは自らの得物を背中から取り出した。
アルの得物は、弓矢だ。弓は背中に掛けておき、矢束は腰の辺りに吊していたのだ。

すぐさま矢を装填して、弦を引き絞り、背びれに向かって放つ。
距離は30m程。船体が揺れる上に、距離も開いているから、矢は外れた。

「へたくそだなぁ、冒険者さん!」

「うるせェッ! 百発百中の化け物と一緒にすんな!」

村の子供達の危機に慌てふためく老人のヤジに愚痴りながら、アルは矢を放ち続けた。
相手はそこまで早くない。精々、秒速4m程度だ。人の走る速度とそう変わらない。

「おっさん、左だ!」

「あいあい!」

当たらない分は、子供達の所へ妖魔が向かわない様に誘導する事でカバーしていた。
そして、既に数矢放っている。もうそろそろ慣れてくる頃合いだった。
今度はシッカリと狙いを定めて、アルは矢を放った。

ドシュッ、と鋭い音と共に、矢は背びれの根元に深く突き刺さった。
完璧に貫いた。苦痛に悶える妖魔が海上へ飛び出たが、そこへ更に矢を放った。
ヒュンッ、と鋭い風切り音を上げて飛んだ矢は、頭部の殻を撃ち抜いた。
しばらく痙攣けいれんしていたが、それで妖魔は息絶えた。海中へ沈んでいったのである。

「アル!」

丁度仕留めた事を確かめた時、声を掛けられた。
サナだ。海から顔を出して、脇に1人の少女を抱えている。
8歳ぐらいのその少女を差し出してきたから、アルは受け取り、船の上に引き上げてやる。

「見える所は、この子で最後!」

「そうか! おっさん、海辺で遊んでた子供はコレで最後か?」

少女を見やってから、老人は20m向こうにある砂浜を見やった。
事態を聞きつけた女達が集まり、それぞれの子供を集めている。
4人程の女に5人の子供だ。この子も含めれば6人。

「おう、村のモンは全員集まっとる!」

「よし、じゃあサナ、お前も早くあがれ!」

手を伸ばし、サナを引き上げようとする。
漁船なのでそれなりの広さがあり、大の大人3人と子供が乗っても、多分は大丈夫だろう。

だが。そこでアルは気が付いた。
サナの下に、魚影がある事に。

「サナァ、下だッ!!」

声を張り上げ、すぐにアルは弓を再び構えた。
サナが気付いて、船の縁に手を掛ける。もしも下手に飛び乗ろうとすれば、転覆して全滅しかねないが……。
そんな事はサナもわかっていた。だから、逆に顔面を思い切り海に叩き付けた。

ギリリ、と弓を引き絞る音と、バシャッ、と水のはねる音とが重なった。
するとサナが、まるで何かに引っ張り上げられる様に、海面から飛び上がった。
何故か。次の瞬間、わかった。魚型の妖魔が、同じ様に飛び出てきたからだ。
その妖魔の殻の頭部に足を乗せて、勢いを利用して飛び上がったのである。

踏み台にされた妖魔は、僅かに海面に頭部の殻が出ただけだ。
だが十分だった。見逃さず、アルは矢を放った。
ズドッ、という眉間を貫く音と一緒に、妖魔は呻く暇も無く海中へと消えていった。
代わりにサナが、ドサリと船に落ちた。

「ったく、危ねぇ……ッ。
 お前にもしもの事があったら、GGGに顔向けできないからなッ」

「とか言っといて、ウチを助けるより敵を倒す事を選んだじゃん?」

「そっちの方が確実だからだ」

アルが鼻息を鳴らすと、ニッ、と2人が同時に笑みを浮かべた。
2人のやりとりを、船に乗っている他の2人、老人と少女は、不思議そうに見守っていた。

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