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1−1 皇女様「陽蒼樹の葉っぱが切れてるそうですよ」
見事、イーファン帝国第三皇女の使いっ走りとなったアルは、翌日の昼過ぎに早速の命令を下される事となった。
陽蒼樹ようそうじゅの葉っぱが切れているので、調達してきてもらえませんか?」
そう書かれた手紙を、騎士が持ってきたのである。

「早速お姫様から依頼って訳だ」

ヘンッ、とふて腐れた様にGGGが吐き捨てる。
手紙の内容を確認し終えたアルは、苦笑を浮かべてGGGを見やる。

「ちゃんと事情は説明しただろ、GGG。
 オレは貴族家出身だから、皇女相手に下手な真似はできないんだって」

「へーへーそうかいそうかい。
 でもオレは手伝わないぜ、皇女様のパシリなんかにゃーな」

言って、GGGはさっさと自分の部屋へと戻っていってしまった。
カウンターの方を見ると、モーガンが何とも言えない表情でアルを見やっていた。

「師匠も、これには不服ですか?」

「家族の為なら、致し方無いと思うがな。
 ワシは奴隷階級出身じゃから、家族なんぞ知らんし、偉そうには言えんわい。
 拙い事にならん様には協力するつもりじゃから、気にせんで良いぞ」

「――ありがとうございます」

そのモーガンの言葉には、少し救われた。
アルとしても、冒険者仲間から孤立する様な事態は避けたかったのだ。
年長者であるモーガンが協力してくれるなら、最悪でも孤立する事は無いだろう。

そう思い、アルは周囲を気遣うのをやめて、手紙の内容に意識を傾ける。

「それにしても、この陽蒼樹って何ですかね?
 オレは聞いた事無いんですけど」

「ワシも聞いた事が無いな。
 多分薬草の類の何かだとは思うが」

アルデバラン大陸では、薬草の需要が高い。
と言うのも、”魔術まじゅつ”を使った調合によって、薬の精製が容易で、尚かつその薬の効用が非常に強力なのだ。
市場に出回っている薬の中にも、ポーションと言う薬は非常に強力な事で知られており、軽い傷であったら瞬く間に治癒してしまう程の効用を誇る。
他にも妖魔由来の毒に対する解毒薬や、妖魔が及ぼすあらゆる攻撃に対応し得る薬などもある。

冒険者はポーションを常備するのが常識だし、駆け出しの冒険者の最初の仕事は、薬草を調達してくる仕事であると言っても過言ではない程であった。
アルとモーガンの2人は薬草に関する知識が一般人よりかは秀でているのだが、その2人でも全く関知しない程の薬草という事になる。
アルは首を傾げて、どうしたモノか、と思案する。

「おや」

そこで、モーガンが突然声を上げた。
何かと思い顔を上げてみると、2階から1人の少女が下りてくるところだった。

黒髪を肩まで伸ばし、パッチリとした大きな黒い瞳が少女だ。
首には赤のチョーカーを着けており、身長は160前後である。
セピア調の服とスカート姿だから、まるで町娘の様に見えるが、彼女は冒険者だった。
腰に差した剣を見れば、それは明らかだ。

「何じゃサナ、いたのか」

「今日はお休みだからね」

モーガンの言葉に、彼女は軽く肩を竦める。
サナシィ・スレンツという名の、アルの冒険者仲間だった。
GGGの幼馴染みだそうで、モーガンに師事していた訳ではないが、一緒に冒険をする事の多い間柄である。
だからか、モーガンやアル、GGGの間では愛称のサナで呼ばれていた。
アルよりも1つ下の18歳と、身内では最年少となる事も、愛称で呼ばれる事の多い所以だ。

「なぁサナ、陽蒼樹って言う木、知ってるか?」

「よーそーじゅー? 何、お姫様からの頼み事が早速来たの?」

サナはアルに近付くと、サッと手紙を引ったくった。
しばし吟味してから、首を僅かに傾げた。

「いや、知らないけどなぁ……。
 でもこれ見る限りじゃ、茶葉の様にも見えるけどね」

「茶葉かぁ」

「本人に聞いてきたら?」

「第三皇女様に、そうそう会える訳無いじゃないか」

軽快に言葉を交わして、アルはサナから手紙を取り返す。

薬草に、茶葉。
どちらにせよ、幅が広すぎる。

そう思ったアルは、手紙をたたみ、懐に直した。

「ちょっとカティに聞いてみるか」

「カティに?」

呟いたアルの言葉に、サナが反応を示す。
カティは、カテレーン・ノーマッドという、アルの知り合いである。
GGGもモーガンもサナも、アルが辺境にいた頃からの知り合いだったが、カティは帝都に来てからできた知り合いだ。

”魔術師ギルド”に所属して、魔術を研究する魔術師であり、普段は魔術師ギルドの総本山である”智慧ちえの塔”に籠もっている事が多い。
しかし、時々魔術の実践をしたがるので、冒険に連れて行ってやる事があり、知識面でサポートしてもらう事が多かった。

「ねえねえ、それって手伝ったら報酬の分け前貰えるの?」

サナは、そう言ってアルに付いてくる。

「――カティが付いてくるとわかったら、それか」

「だってGGGは不機嫌だし、そしたらここに居づらいんだもの。
 ねー、報酬は貰えるの?」

「わかったよ、やる。やるから、ちゃんと最後まで手伝えよ」

「おっけ! 商談成立!」

自分との2人旅は嫌だが、カティ付きなら良いのか。
内心でアルはそう呟きながら、口にする事は無く、智慧の塔へと向かった。

昼過ぎなので、人通りは一旦落ち着いている。
が、落ち着くという事は人が散るという事であり、通りから外れた商店街には人通りが最も活発になる時間帯だった。
それでも高が知れているのが、商店街の悲しいところか。ジワジワと衰退し、やがては廃業するしか無いのである。
冒険者という職業が繁盛する代わりに、繁盛した分だけ表の業界だけが儲かるのは中々気分の悪い話だった。

思いながら、アルは商店街を北に抜けた。
すると、大通りに出る。道幅30mを誇り、帝都入り口から真っ直ぐ王城まで伸びるメインストリートである。
露店からちゃんとした店、教会、詰め所など、ありとあらゆる施設が密集する帝都の中心地だった。

智慧の塔はその大通りから、北西に少しずれた所にある。
高さ100m近い智慧の塔は、王城よりも遙かに高い建築物なので、大通りからでも良く見えた。
最初の方が樹木でできていて、20mを超えた辺りから煉瓦造りになり、上層部の方は大理石でできているのが最大の特徴である。
ちょっとしたダンジョンなのではないか、と冒険者達から言われる様に、度々ダンジョン化している施設でもある。
あまりに広すぎて個々の研究室が監督できないので、魔法生物が自然発生していたり、捕獲していた妖魔が逃げ出したりするのだ。

カティと知り合ったのも、年に数度のダンジョン化という時だった。
カティの研究室がある階がダンジョン化したので、その研究室の防衛の為に雇われ、出会ったのだ。
であるから、最初から割と強い信頼関係で結ばれていて、この様にちょっとした事を聞きに行く程度の用事は多かった。

「カティー、いるかー?」

そのカティの研究室の前まで来ると、声を掛けながら扉をノックする。
煉瓦部分の研究室なので、扉は木製のソレだった。

「開いてるよ、入ってきな」

中から、女性の声でぶっきらぼうな返事が返ってくる。
それを聞いて、アルは扉を開けた。

中は、魔術を使った灯りで満たされていた。
窓が無いので、そうする事でしか光を求められないのだ。
光源無き魔術の光で満たされる研究室は、太陽の光よりも若干白んでいた。
この魔術の光は同時に、夏は熱を吸収し、冬は熱を放ち、室温を保つのである。

研究室の壁は、ビッシリと本棚で埋め尽くされている。
尚かつ、研究室の中央にも本棚が背中合わせに2つずつ、縦に3列、横に2列並んでおり、本棚が部屋の面積の殆どを占めている事は明らかだった。
その本棚の向こうに、1つだけ机がある。2つの仕切りで3つに分けられている机だ。
机の上には本が散乱している部分と、書類が散乱している部分、それから何も置かれていない部分がある。
椅子の周りをグルリと囲む様なその机。そして椅子に座り、本に視線を落としている人物。

「よ、久しいな。アル、サナ」

その女性こそが、カティだった。
澄み渡った青い髪をストレートに腰元まで伸ばし、眼鏡を掛けたジト目が特徴的な女性だ。
身長は170cm近くあり、女性としては長身な部類に入るだろう。
オーバーオールにジャケットを羽織ったその姿は、魔術師とはとても思えないのだが。

視線を持ち上げもせず、挨拶したカティに、一応アルは手を上げて挨拶した。

「今度は何の研究をしてるんだ?」

「いや、恋愛小説を読んでた」

「――そうか」

背表紙を向けてくるカティに、アルは何とも言えない表情を浮かべた。
よくよく見れば、壁にある本棚の方は魔術に関する書物だが、部屋の中央にある本棚のソレは殆どが小説だった。
たまに絵本がある様だ。

アルとサナはカティの机の何もない部分に回り込んで、カティに向き直る。

「あのな、カティ。
 陽蒼樹っていう木を知ってるか?」

「陽蒼樹?」

そんな相手だから、世間話もそこそこに、スッパリと本題を切り出した。
ようやくカティは恋愛小説から視線を持ち上げて、ジト目でアルを見やる。

「アルったら皇女様と契約結んだらしくってね。
 昨日の今日で、陽蒼樹の葉っぱを調達して来い、って指令が来たのよ」

「ふーん、おめでと」

「あぁ、どうも」

あまりにもぶっきらぼうな返答は、先日リエンデールと会話したばかりのアルにはどうにも対応しづらかった。
何よりも中性的な喋り口があまり好きでないのだ、アルは。
であるから、ここはサナに任せる事にする。

「カティ、陽蒼樹ってどんなのか知ってる?」

「知ってるよ」

「ホント? 何々?」

何ともアッサリと答えが返ってきて、アルは驚いた。
やはり、聞くべき所に聞けば答えは出てくるらしい。

「”海洋樹”っていうヤツだよ」

「かいようじゅ?」

しかし、返ってきた答えには首を傾げざるを得なかった。
海洋樹など、聞いた事も無い単語が飛び出したからである。

そこでようやく、カティは小説を閉じて2人に向き直った。

「正確には海草なんだけど、特に茎の部分が太いモノを海洋樹なんて呼ぶんだよ。
 だから、陽蒼樹もそんな海洋樹の一種。
 葉は肉厚でみずみずしくて、珍味として需要があるみたいだけど」

「はあ、海草か」

薬草、茶葉ともまた違い、実は海草でした、というオチはアルとても予想していなかった。
という事は、食材を調達して来いという依頼なのか。

「ちなみにだけど、何でそんなに詳しいの?」

「小さい頃に食べた事があるからさ。
 うん、話してたらまた食べたくなったな。
 私も一緒に行くから、頑張って採ろう」

「――あぁ、頼む」

どうにもなし崩し的に動機が不純になっていく気がするが、「旅は道連れ」と割り切るしか無いだろう。
アルの目を全く気にせずに、外出の準備の為着替えを漁り始めたカティを見て、アルは諦めた様に研究室を退室するのだった。

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