プロローグ2
アル、アリガン・F・フォーは辺境の出身だった。
それもその筈、イーファン帝国の東の果てである、ウェノタールの辺境伯を勤め上げていた父、ジョーム・F・フォー=ウェノタールの次男として生まれた為だ。
出自だけを見れば、間違いなく貴族のソレであるアルだったが、ウェノタールという土地は蛮族の侵攻が激しい土地である。
貴族としての教養や礼儀を身につける前に、それらと戦う術を覚え、また教養や礼儀も必要とはされず、貴族らしいのは出自しか無いという身だった。
幼い頃は山に遊びに出掛ける事の方が多く、少年時代に入ると軍の人間から戦い方を習い、そして14歳の頃に師匠である冒険者のモーガン・ホーガンと出会った。
冒険者であったモーガンとの出会いは、当時のアルには強烈なモノで、すぐに弟子入りを志願するに至った。
モーガンには既にGGG、ガラハド=ゲルバイト=グゼンターラン・ディード(ディード以外全部ファーストネームなので、略してGGG)がいた。
GGGはアルより3つ年上なので、当時は17歳だった。
アルはモーガンの弟子となった翌年に、正式に兄が次期当主の座に着いたので、アルは安心して家を出る事ができた。
そうして帝都に流れて、冒険者となったのである。
今はアルも、19になっていた。
「お初にお目に掛かります、アリガン・F・フォー様。
イーファン帝国皇室第三皇女、リエンデール・K・F・G・イーファニアと申します」
そんなアルの目の前に、イーファン皇室の皇女、リエンデールがいた。
貴族を辞めた時に全く無縁となった社交界の、最上に位置する少女であった。
メッシュの入った黒髪を足下まで伸ばした、流麗な美少女である。
金色の瞳がやや浮いた印象をしているが、漂う気品から、それは神秘性という魅力として受け取る事ができた。
フワフワとした純白のドレスを纏ったその姿は、あらゆる男を虜にする事もできるであろう美貌を兼ね備えている。
ただし、体格は小柄だ。座っていても小さいとハッキリ感じる程で、立っても身長は140cm少ししか無いだろう。
アルは最低限身につけた礼儀作法を駆使して、自己紹介を行った。
「今日、私めはどの様な御用で召し出されたのでしょうか?」
それから、本題を問う。
一応礼儀作法に反さない様に話したつもりだったが、リエンデールの隣に侍る騎士が、厳しい視線を投げかけてきた。
その騎士とは裏腹に、リエンデールは金色の瞳をキラキラと輝かせる。
「商人のフーヴァー様はご存じですね?」
「はい、私の様な者に大変良くして下さる方です」
商人のフーヴァーという男とは、お得意先という間柄だった。
フーヴァーが依頼する品をアルが調達してきて、それに対しフーヴァーが代価を支払う、協力関係にあった。
これは対等な関係であるが、冒険者という職業が蔑まれる世間においては、対等なだけで優遇してくれていると言って良かった。
「私、あの方のお持ちする品々をほとほと気に入っていまして。
先日、どの様に調達してくるのか、お聞きした事があったのです。
そこで出てきたのが、貴方のお名前でしたの」
「先日、と言いますと、夜光鳥の羽根帽子の件でしょうか?」
「えぇえぇ、そうです」
深く、それでいて淑やかにリエンデールは頷いた。
その様子を見て、アルも納得する。
アルデバラン大陸には、まだまだ未開の地が多い。
と言うのも、”妖魔”と呼ばれる化け物の類がいるからで、これの勢力が人間よりも強いからだった。
イーファンが強大な軍事力を以て、この妖魔を駆逐し人間の勢力を拡大させているが、まだまだアルデバラン大陸の5分の1を手中に収めただけだった。
そんな未開の地で採取できる品々は、しばしば人の目を惹き付けるのだった。
夜光鳥もそんなモノの一種だ。妖魔であり、突然上空に飛来して人を丸飲みする、巨大な鳥である。
ただその羽根は妖しく光り、夜になると月の魔力を帯びてまるで流星の様に煌めく、伝説的な生き物だ。
自らの目で見たアルでさえ、最初に遭遇した時は見とれて身動きができなかった程であった。
「そこで、お願いがあるのですけれど。
聞いていただけるでしょうか?」
「――何でしょうか」
全く本題が見えてこない話題に、アルは一瞬口をつぐみ掛けた。
だがリエンデールの隣にいる騎士の厳しい眼差しに、視線をそらしながらも言葉を紡ぐ。
「私のお抱えの冒険者になっていただきたいんです」
ポン、と手を合わせて、リエンデールは言い放った。
思わずアルの口が開く程に、それは突然の申し出だった。
「私は外の世界の事を、あまり知らないのです。
陛下があまり外出を許可されないので」
「は、はあ」
「陛下は外の世界の事など知る必要は無い、と仰るのですけれど。
折角社交パーティーに持って行きましても、実情を知らなければ面白くありませんわ。
ですから、冒険の実情を知るアリガン様に品々を調達していただきながら、お話もお聞かせいただければ、と」
理屈は、アルにもよーくわかった。
わかったが、かと言ってそれを承伏できるかと言えば話は別である。
お抱えの冒険者というのは、普通の冒険者よりも生活が安定する。
月給があるし、物品を調達してくれば成功報酬も与えられ、その上地位も保証される。
中にはこのお抱えの冒険者から、将軍にまで成り上がった人間もいる程だ。
悪い話ではない、と思った。
しかし、モーガンやGGGが何と言うだろうか、という思いもあった。
冒険者だから国家には与しない。そんな風に思っている節が、2人にはあるのだ。
アルだけならば、元々貴族として生まれた身という事もあって、皇室に対する忠誠心は確かなのだが。
「殿下」
アルがうんうんと唸り悩んでいると、リエンデールの隣にいた騎士が、声を上げた。
それで改めてアルは彼の容姿をよく見る事になった。
アルを連れてきた騎士とは、明らかに出で立ちが違った。
甲冑は豪勢な作りになっており、纏っているマントに施された刺繍も、国の紋章だけではなく、別の紋章が付け加えられていた。
煌びやかなブロンドの髪は整えられており、貴公子然とした装いである。
恐らくは、貴族階級出身の騎士だろう。皇室の人間の近辺を護衛する近衛騎士団には、貴族階級出身者が所属する事が殆どだった。
「僭越ながら、冒険者の中には束縛を嫌う者もおります。
アリガン殿がそうであるとは言いませんが、彼の冒険仲間はどうでしょうか。
冒険を共にする仲間との連携が上手く行かなければ、即ち冒険その物も成功を収めるは難くなります」
「あら、そうなのですか?」
「少なくとも、私の知る冒険者はそういう者が多いと思います」
どうやらその騎士は、中々事情に精通している様だ。
恐らく、単なる身辺警護というだけでなく、リエンデールのお目付役も担っているのだろう。
騎士に言われて、リエンデールはしばし逡巡する。
「わかりました」
数秒で顔を上げて、小さく頷き、リエンデールはアルに向き直る。
「ではお抱えの冒険者とまではいきませんが……。
私の依頼を優先的に承諾していただいて、またその報告にアリガン様ご自身が来る事。
それを条件とした契約、という形でどうでしょう?」
ふむ、とアルはリエンデールの言った事を反芻する。
それならば、フーヴァーとの関係にほど近い。
ただし、見返りは減るだろう。致し方ない事だが。
「わかりました。それでよろしくお願い致します」
「明晰なご判断でした」
アルが答えると、間髪挟まず傍らの騎士がリエンデールを讃えた。
やはり、お目付役の様だ。
リエンデールは目を閉じて満足げに頷き、再び目を開けると、爛々とした輝きをそこに宿していた。
「では早速、夜光鳥の羽根を取りに行った時の事を話していただけませんか?
あの様な綺麗な羽根を持つのですから、その姿もさぞかし煌びやかだったのでしょう?」
「え……」
もしや、と思いアルは騎士に視線をやる。
騎士は神妙な面持ちで、1度深く頷いた。
どうやら、リエンデールが納得するまで帰してもらえない様だ。
仕方なくアルは、自らが持つ話術の全てを使って、あの時の事を話す羽目になった。
こうして、冒険者のアルと皇女のリエンデールの、不思議な繋がりができたのである。
プロローグはこれにて終了。
以下、アリガン・F・フォーを主人公とした物語の始まりです。
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