5−1 ハンターA「ピクニックは至高」
先日、帝都は雨季に入った。
雨季は5月の中旬から7月の初旬まで、1ヶ月と少し続くので、帝都に住む民はこの間、ジメジメした日々を送らなければならない。
先日の仕事で、アルはその内の2週間程を別の場所で過ごしていたが、内の1週間程はジメジメした場所にいたので、気分的には帝都にいるのと同じだった。
ただ、雨季に入ると良い事もある。
帝都の郊外は平原が広がっていて、また森も多いから、とにかくキノコがよく採れるのだ。
アルは辺境育ちだから、このキノコを使った料理が特に好みで、この時期になるとキノコ採集の為に森に出掛ける事が多かった。
薬用キノコも一緒に採集すると、良い小遣い稼ぎになった。
「ててててーてーてーてっててー」
特に今日は大量だった。食用キノコの数より、薬用キノコの数の方が多い。
鼻歌も自然と口ずさむという様なモノだ。
勝利のファンファーレを口ずさみながら、アルは満足げに帰路につく。
帝都近辺の森は、遭難する様な鬱蒼とした森ではないから、往復3時間程の距離で済む。
付け加え、帝都に駐留する皇帝軍の演習として、妖魔も数多く駆逐されているので、妖魔と鉢合わせる危険もかなり少ない。
いたとしても、バットやレッドマウスといった小型の妖魔で、5、6歳の子供ですら撃退可能な妖魔だから、アルが恐れる事は無かった。
「なーんて油断してたら、ゴブリンやコボルトに後ろからポクリ、ってな。
ちゃんと気は張りつめておかないとな」
後ろを振り向いたり、両脇を確認したりと、警戒を怠らない。
木々の間隔はやや密接だが、幾ら湿気ていても霧が出る事は無いから、見通しも利くのだ。
そうして再び正面に向き直った、その時だった。
突然、フッ、と影が差したのである。
何かと思い見上げてみた。
「は?」
思わず声が出た。それもそのはず。
見上げてみれば、巨大な物体が凄まじいスピードでアルに迫っていたからだ。
直径2mはありそうなそれに、アルは虚を突かれ、慌てて横っ飛びで回避した。
ドスーン、と重々しい音を立て、地面を揺らし、それは着地する。
飛び退いたアルの着地と、地震とが殆ど同じタイミングだったので、バランスを崩してしまう程だった。
それでもすぐに体勢を立て直し、落ちてきた物体を見やった。
「か、カエル?」
そこにいたのは、巨大なカエルだった。
体高2mはありそうな土色の巨大カエルで、180近い身長を持つアルが、大きく見上げる程だ。
体高でそれなのだが、幅は更に凄まじい。2m60はありそうだ。
カエル特有のギョロリとした黄金色と黒色の目。そのまぶたの上に、角の様な突起を持つカエルだった。
凄まじい巨大さに、面くらい、アルは呆然とそのカエルを見つめていた。
油断である。ギョロリとした目がアルの方を向き、重く閉じていた口がパカリと開いた。
それと気付いた時には、長い舌が弧を描いてアルの周囲を取り巻き、逃げ道を奪っていた。
「え、ちょ、待っ……」
パシッ、と舌はアルを絡め取った。ぷっくりと膨らんだ舌先のお陰で、素早く絡みつき、腕の上から締め付けられる。
満足な反撃もできないまま捕らえられたアルは、そうカエルに嘆願してみるものの……。
『ゲーコッ』
鳴くだけで、勿論カエルは言葉を返してくれないし、放してもくれない。
一気に締め付けが強くなり、気付いた時には、アルの視界は暗転していた……。
それから、3日が経って。
サナ、カティ、テティ、ニーニェの4人はサナの冒険宿に集まっていた。
4つあるテーブルの1つに集まり、3つの椅子にはサナ、カティ、テティの3人が座り、ニーニェはその巨躯故に椅子には座らなかった。
ダークエルフであるニーニェは、190半ばという屈指の体格の良さを誇るのである。
「重大事件です」
ドンッ、とサナが拳をテーブルに殴りつけた。
その拳は血に濡れている。誰の血か。
多分、カウンターの向こうで崩れている、GGGのモノだろう。
重大事件とは、そのGGGに関する事だろうか。
「ウチとニーニェがいない間に、アルが行方不明になりました」
が、サナの言う重大事件とは、アルの行方不明に関する事だった。
ではGGGの骸は何なんだろうか、とテティはカウンターの方に視線を走らせる。
「アレは、アルがいない事に3日も気付かなかった上に、見苦しい言い訳をした大馬鹿の末路です。
気にしないでやって下さい」
成る程。テティは軽く頷いて、サナに向き直った。
「そのアルなんですが、この時期になると週に2度ぐらいキノコ採集に出掛けるんです。
GGGの話によると、アルを最後に見たのは、そのキノコ採集に出掛けると言った時だそうで」
「キノコ採集って、どこぐらいまで?」
「帝都郊外のすぐのトコ、1時間ぐらいかな。
森にはバットとかレッドマウスぐらいの妖魔しかいない、かなり安全なトコだよ」
カティの質問に、サナは答える。
それなら、とテティは突っ込んだ。
「アルほどの冒険者でしたら、その程度の妖魔相手に負ける事は無いと思うのですけど……」
「そうです。ですから、重大な問題なんです。
キノコの種類分けを間違えて、毒喰らって倒れてるかも知れないんだから」
「で、私が呼ばれたって訳だ。
キノコの同定の為に」
「そういう事」
ビシッ、とサナはカティを指さした。
アルはキノコが好きで、その見分けもよくするそうだが、サナは専門外である。
対し、アルのキノコの知識はカティと共有しているらしいという話なので、カティさえいれば毒の同定はできそうだった。
同定さえできれば、カティほどの魔術師であれば、簡単に解毒薬を調合できるだろう。
3日という時間の経過は極めて危機的だが、一応見つけた時の対処を考えているらしい。
「じゃあ、私は戦闘要員だね。
もしかしたら物凄く強い妖魔に襲われたのかも知れないし」
「わたくしもですわね」
「その通りです」
ニーニェの言葉に、テティが続く。
サナは2人の言葉を肯定した。
アルは弓使い、それも魔術も併用できる程の腕前の持ち主である。
間接距離での戦いはほぼ彼の独壇場で、アルが不覚を取るとすれば、それは近接戦闘以外には無いだろう。
その点からして、サナ、テティ、ニーニェの3人は近接戦闘のスペシャリストだ。
サナとテティは剣を使うし、ニーニェはメイスという1m程の長さの鉄棍棒を使うからだ。
強敵と遭遇し、連れ去られたと考えると、3日の行方不明は説明がつく。
故にサナはこの説を最も有力視していて、カティを呼んだのだって、魔術を用いた強大な火力を当てにしての事だった。
「でも、それならアレは良いんですの?
あんなのでも、帝都では屈指の冒険者の筈ですが」
それなら、テティには思う所があるらしい。
カウンターの方を指さしていた。GGGの事だろう。
GGGは、極めて優れた戦士だった。槍を使わせれば、帝都でも有数の使い手なのである。
頭のキレは悪く、冒険者としての腕前はアルに大きく劣るが、戦士として見た場合はアルよりも遙かに上だった。
勿論、戦士として半人前であるサナよりも、優れた戦士だろう。アルとGGGが組めば、2人の師匠であるモーガンすらも圧倒できる程なのだ。
強大な妖魔に立ち向かう、と言うのであれば、確かに是非とも欲しい人材の筈だ。
「独断行動が多いヤツですから、ストッパー役がいない限り連れてかない方が良いんです。
モーガンさんは仕事で出払ってますし、アルがいない今、戦力を当てにして連れてってもかき回すだけですよ」
そんなのは、GGGの幼馴染みであるサナも重々承知していた。
その上で今回の探索には、いらない、と思ったのだ。
サナの話を聞いてテティも納得した様で、サナは話を続ける。
「今回、アルが行った森は、この森みたいです」
机の上に、帝都周辺の地図を引っ張りだした。
帝都周辺は、なだらかな平原地帯が広がっており、ぽつりぽつりと森がある。
その中でサナが指さしたのは、1番大きな森だった。スイードベルト宮殿の裏手にまで続く森だ。
スイードベルト宮殿は、皇帝軍が常時1個大隊駐屯しているという厳重な場所であり、その裏手に位置するこの森は、周囲の森に比べ幾らも安全な筈だった。
「こんな森だから、入るには許可が要って、アルは皇帝軍の軍人に許可をもらって入ったんだそうです。
それが、アルを見た最後らしくって」
「森で行方不明者が出たのに、皇帝軍は動いてないの?」
「一応動いてはくれてるみたい。
ただ手掛かりが無いから、ウチらも手伝ってくれるとありがたい、っては言ってた」
「これだけ広い森ですから、皇帝軍と連携しなければ捜索は難しいでしょうね」
言うと、テティは考え込む様に顎をさすった。
テティも、実はと言うとおかしな話だが、帝都では有名な冒険者だったりする。
アルやGGGと比べても遜色が無い程だから、本来であればこの集まりを取り仕切っていてもおかしくない筈だ。
そうでないのは、サナがとりあえずアル探しに奔走した、というアドバンテージを持っているからだ。
サナの方が情報量を多く持っている今、自分は口出しすべきではない。それがわかっているのだろう。
サナとしても、カティやニーニェが頼りにならない中、彼女がいるのは随分と支えになっていた。
悩んでいる事を相談する事ができるのだ。
「で、ウチは二手に分かれるべきだと思うんですけど……。
ティアさんはどう思います?」
「妖魔が相手でしたら、固まっていた方が良いのですけれど。
ですが未確定なのでしたら、やはり二手に分かれた方が良いでしょうね」
テティのお墨付きももらえたので、サナは組み合わせを考えた。
サナとテティは、分かれた方が良いだろう。カティとニーニェの組み合わせは、戦力的に見ればバランスが良いが、2人の性格を考えると恐ろしくてできない。
カティはあっけらかんとしているし、また知識サポートはできても、作戦の立案やらは不得意だからだ。
ニーニェもニーニェで、元々単独行動の多いダークエルフだから、人を指揮する事には不慣れで誰かによるサポートが必要だった。
とすれば、ニーニェとは組み慣れているサナが組んで、カティはテティに面倒を見てもらったら良いだろう。
「それで良いですわ」
そう提案すると、すぐにテティは了承してくれた。
こうなれば後は話が早かった。サナとニーニェはすぐに出発し、テティとカティは魔術の準備をしてから出発する、という事で落ち着いた。
アル捜索、1日目の始まりだった。
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