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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
353/443

第258:当然の結果

 時は、ランリエル艦隊と皇国艦隊との決戦前に遡る。


 ランリエル艦隊とバルバール艦隊との戦いは、サルヴァ王子の命令により回避され、バルバールとの交渉が続けられていた。その間、サルヴァ王子はそれ以外の命令は出さず陸戦はムーリなど部下に任せて部屋に引き篭もっている。そう見られていた。


 尤も、部屋に篭っていたのは、実はバルバールの裏切りは策略。という事を己の態度から悟られぬ為だった。強い精神力を持つサルヴァ王子だが、才覚ある者の持病である自己顕示欲というものも人一倍備えている。それを抜きにしてもバルバールが裏切ったと信じる将兵の動揺は激しく軍勢崩壊の危機であったのも事実。


「どうしたものか」

「いっその事、逃げ出そうか」


「いや。大丈夫だ。実はバルバールの裏切りは、ディアス殿と打ち合わせての演技なのだ」


 動揺する者達の姿を目にすれば、そうはっきり言ってしまわないまでも多少は態度に出かねない。部屋に篭って耳目を塞ぐという事が必要だったのだ。


 無論、兵士達の前に姿を見せなくても本当に何もせず遊んでいたのではない。


 リンブルクへ兵の救援を約束したものの、その約束を反故にする結果となったルキノと改めて会談の場を持った。コスティラ軍が敗退し、リンブルク兵を助ける為にデル・レイまで助けに行くのはとてもではないが出来なくなったと伝えると、ルキノは絶望の表情を浮かべ諦めたような顔となった。椅子に座っていた彼は崩れ落ちそうになる上半身を膝に置いた腕で支えたが、不意にその膝を強く握り締め顔を上げた。


「それはランリエルの事情。一度、約束頂いた事は、必ずや守って頂く」


 決意の表情。彼はリンブルク王。他国に不利益をもたらそうともリンブルク人を守るのがリンブルク王。物分りの良い、いい人になる訳には行かないのだ。だが、自国の民の為に、いい人になる訳にはいかないのはサルヴァ王子も同様。


「前提条件が変われば、結論も変わるのはやむを得ないではないか。リンブルク兵を助けるのはコスティラ軍の支援になると思えばこそ。そのコスティラ軍が既に敗退し、支援どころではなくなったのだ」

「そのコスティラ軍の敗退に、我らに何の非がありましょうか」


「確かにコスティラ軍敗退にリンブルクの非はない。だが、誰の責かが問題なのではなく、現実、コスティラ軍がケルディラから後退した今、デル・レイ深くに軍勢を派遣するのは困難なのだ」

「責ないリンブルク兵に、結果のみを押し付けるのは納得出来ませぬ」


 サルヴァ王子の言い分にも一理あるが、ルキノの主張にも道理がある。双方、一歩も引かないが、一度交わした約束を反故にする分、サルヴァ王子には負い目があり口勢が鈍い。


 だが、政略、軍略の才を比較すれば、本来はルキノとは比べものにならないサルヴァ王子だ。内心、後ろめたさを感じながらも追い詰めにかかった。


「確かに、貴公はリンブルク王。私も、その積りで居る。だが、我が副官であったのも事実。その貴公の兵を救う為に多くの被害を出せば、他の国々の兵が、やはり、自分の部下が可愛いのかと不満に思うだろう。知っての通り、我が軍は多国からなり、皇国のように一枚岩ではない。しかも、兵力すら劣勢。その我が軍に不信の種を撒く訳には行かぬのだ」

「ですが、それも、我がリンブルクに非のない話ではないですか」


「リンブルク王の言いようは、大雨で橋が落ちたのは自分の非ではないと、川の上を歩けというのと同じではないか。御自分が、如何に無茶を言っているか、分からぬのか?」

「い、いえ。決して、そういう訳では……」


「川の向こう岸に貴公の欲しい物がある。確かに、我らはそれを取って来ると約束したが、それを取るに必要な橋が落ちたのだ。それを取りに行けとは、我らに溺れ死ねというに等しい」

「ですが、それでも、それでも救って頂けなくては、1万のリンブルク兵が命を失うのです」


 勿論、サルヴァ王子の言い分は詭弁である。この例でいうならば、ランリエル側が橋の管理を怠り陥落させた。という状況なのだが、ルキノはそれに気付いていない。生来の無骨さで、王子の論戦に乗ってしまっている。


「橋が落ちたのなら、新たな橋をリンブルクが対岸まで繋げて頂きたい」

「新たな橋、で御座いますか? そうはいっても、リンブルク兵は動けませぬ。だからこそ、ランリエルの助力を乞うているのです」


「ならば、川の途中まででも、己の力で来て頂けぬか。リンブルク兵が、そこまで来るならば、我らもお迎えに参ろう」


 デル・レイ軍による包囲をリンブルク兵が自力で突破し、コスティラ国境近くにまで来たのならば、そこで軍勢を迎えに出し収容しようというのだ。


「無茶を……。デル・レイ兵の包囲を突破出来るならば、苦労はありませぬ」

「しかし、リンブルク軍の問題は、デル・レイの包囲を越えられたとしてもゴルシュタット軍が行く手を阻み、国内に戻るのが困難という話ではなかったか。リンブルク兵を受け入れるだけでも、貴公にとって状況は好転しているはずだ」


 とはいえ、断頭台に吊るされた縄が、2本から1本に’好転’しようとも、首を吊られる事に変わりない。しかし、ルキノには反論の言葉が見つからず、強く己の膝を握り締め歯軋りが鳴った。


 ここまでか。王子はそう判断した。


 交渉とは、実現不可能な無理難題をぶつけてから、実現可能な難題をぶつけるべき。今のルキノならば、かなりの無茶な要求も飲むだろう。


「リンブルク兵が動けぬならば、リンブルクに動いて頂くしかないが」

「リンブルクに?」


 それはどう違うのか? ルキノは困惑した。


「奥方であるリンブルク女王に動いて頂く。そもそも、リンブルク兵の救出前に奥方と連絡を取り、リンブルク国内で貴族勢力を扇動する手筈だった。その前にコスティラが敗退し、その計画も宙に浮いていたが、今こそ、その計画を動かす」


 確かにその計画だった。だが、計画を立案した当時とは状況が違う。コスティラ軍の敗退はランリエルの敗退とも言え、ゴルシュタット軍に破れたランリエルをリンブルクの世論が支持するだろうか。


 勿論、現実にはリンブルク兵がデル・レイで孤立している。その責任が実はゴルシュタットにあるとベルトラムの娘が訴えれば説得力はあるが、人は信じたいものを信じる生き物だ。ゴルシュタットの武力に怯えて知性の耳を塞ぎ、クリスティーネの言葉を拒絶する可能性もある。


 そして、ルキノ自身、己の知性の耳を塞いで居た。それは、妻が本当に自分について来てくれるかをだ。


 妻を愛している。妻から愛されている。それを確信している。問題は、愛している事と信用するという事が、必ずしも一対ではない事だ。愛しているが信用していない。嫌いだが信用は出来る。それが現実には珍しくは無い。


 妻は父ベルトラムを崇拝する事、神の如し。自分を愛してくれてはいても、父の言葉を信じる。という可能性は低くはないのだ。


「問題は、リンブルク女王。貴公の奥方の気持ちだ。以前にもお聞きしたが、間違いなく貴公に味方してくれると考えて良いのだな?」

「はい。間違いありません」


 ルキノは、内心の不安を押し殺し答えた。



 ルキノとその部下達は、人数を増やして今度はリンブルクへと向かった。増えた分はカーサス伯爵の部下である。ベルトラムの部下に負け続けている感のあるカーサス伯爵の部下達だが、それだけに今回は失敗は出来ぬと精鋭を集めた。今回の任務に賭ける彼等の決意は固い。


 彼等を束ねるのはルーペルトというカルデイ風の名を持つ男で、カーサス伯爵の甥であるという。ただ、年齢を聞くとカーサス伯爵とは12、3才しか離れていないらしい。常識的に考えれば庶子の兄の息子という事だろうが、庶子とはいえ、このような危険な任務を自身の甥に任せるのは普通ではない。意外とは思ったが、他人の家庭問題に口を挟むべきでないとルキノもそれ以上は深くは聞かなかった。


 尤も、そのルーペルトも、ルキノが同行するのには意外だったようだ。


「リンブルク王が直々に動かなくても良かったのでは?」

「いや、手紙などで伝えたとして、それが本当に私からの物であるか。信用出来ないという事で揉めれば面倒だからな」


 無論、筆跡で愛する夫からの物かはクリスティーネも判断出来る。しかし、今回は時間をかけてはいられず、万一にもそれが疑われれば面倒だ。それに、状況に寄れば、彼女を連れ出すという事もありえる。その時、夫以外の男性には指一本触れさせぬ彼女には、ルキノが必要なのだ。


 リンブルクへの道中でもルーペルトらは、精鋭の名に恥じぬ活躍した。


「先行させた者達によると、この先でゴルシュタット兵が検問を行っております」


 そう言って、ルーペルトは一行を先導し、ルキノ達は敵の占領地域を通過しているとは思えないほど易々とリンブルク国内に入ったのである。だが、問題はここからだ。


「以前、我らがリンブルク王たる貴方に連絡を取る者を向かわせましたが、ベルトラムの部下に見つかり、それは叶いませんでした。リンブルク女王の部屋も同じように、ベルトラムの部下が――」

「待て。ランリエルからの連絡という者なら、ちゃんと私の元に来ていたぞ?」


 ルキノは不思議そうに問いかけたが、ルーペルトは苦々しげな表情を浮かべた。


「その者は、我らの名を語ったベルトラムの部下だったのでしょう。失礼ながら、陛下は、その時から既にベルトラムに騙されているのです」


 ルキノは絶句した。そうなると、やはり、お主を信用するといった義父の言葉は全て偽りだったというのか。


「ベルトラムは、貴方が思うより遥かに曲者です。いや、それすらも生ぬるい。こちらが何をしても全て奴の手の平の上ではないのか。そう思えてなりません」


 ルーペルトは、まるで身体が震えるのを押さえつけるように拳を強く握りしめた。実際、ルキノの部屋に忍び込もうとして失敗した者から、ベルトラムの部下の恐ろしさを聞いている。


 その者が潜入に失敗して捕まった時、それ以上の関係悪化を防ぐ為、洗いざらい喋っても良いと命ぜられていたから助かったものの、それがなくば、どれ程の拷問が待っていたか。


 人を足元からじっくりコトコト煮る。どれ程の苦痛で、どれくらいで’死ねる’のか。どれ程の間、苦痛を感じていなければならないのか。ベルトラムの部下達が言っていた拷問の数々が、我が身に降りかかるかと思えば、訓練されたカーサス伯爵の精鋭達ですら戦慄を覚えた。


「心しよう」


 義父は初めから最後まで全く自分を信用していなかった。という事実に衝撃を受け、ルキノも、それだけ答えるのが精一杯だった。


 一旦、国境を越えてしまえば、リンブルク国内の移動は危険ではなかった。この時代の国軍は、王家の軍勢と貴族の私兵の混成軍である以上、リンブルク軍が裏切った。という事は貴族達の私兵、ひいては、それを率いる当主や嫡子などが裏切った事になるが、王家の権威が失墜したリンブルクでは、王家の命に応じず兵を動員しない貴族も多い。


 一行はリンブルク東部に実在する、その動員しない貴族の部下に成りすましている。この情勢に不安を覚えた当主が情報を得ようと人を王家に遣わした。という態を取っている。


 幾度か軍が行っている検問で取調べを受けたが、リンブルク軍が出払っている為、それを行っているのはゴルシュタット軍の将校だ。隣国とはいえ国が違えば文化も違う。偉そうにあれこれ問いただす割には詰めが甘く、カーサス伯爵の部下達にとっては、どうという事のない相手だ。


 ルキノ達一行は、問題なく王都に入った。無論、ベルトラムの部下に泳がされている危険を考慮しなければだが、そこまで考えては何も出来ない。


「問題はこれからです。王宮には、必ずベルトラムの部下も張っています。忍び込むのは不可能と考えて下さい」

「ならどうする? ここまで来てからそう言われても、どうしようのないではないか」


 ルキノが憮然とし、リンブルク騎士の纏め役であるハイトマンも呆れ顔だ。


「失礼。言葉足らずでした。忍び込むのは不可能ですので、むしろ正面から会いに行きます。我らは地方貴族の部下という身分。その身分のまま、主人の求めで女王陛下にお取り成しを願いに来た。と、面会を求めるのです」


 国王や女王の主な仕事は、貴族達の陳情を聞き、それを調整する事。それはクリスティーネも例外ではない。実際の裁量は、傍で聞いている大臣や官僚達が行うとしても、王宮の仕来りとして、女王が陳情を聞くという体裁は整えられるのだ


 現在、このままではリンブルクはゴルシュタットに併呑されんとする情勢だ。リンブルク貴族が、ベルトラムの娘であるクリスティーネに取り入ろうとするのは自然だ。


「それで、妻、いや、女王に会う伝手はあるのか?」

「はい。女王陛下の侍女長に以前より接触し、信頼を得ております」


「なるほど」


 ルキノが感心したように頷いた。本来、女王に会うならもっと上の者達に渡りを受けるものだが、クリスティーネは世間知らずな上に、普段は夫以外の男性を寄せ付けない。つまり、女王と官僚達の橋渡しをしているのは、日常的にその侍女長。陳情をねじ込むくらいは朝飯前だ。


「ならば、さっそく会いに行くぞ」

「いえ。遠方から来た我らが、すぐに女王陛下に謁見すれば怪しまれますので、まずは、女王陛下に謁見を申し込みますが、現在は謁見の申し込む貴族も多く、当然、後回しにされます。1ヶ月、2ヶ月先といわれてもおかしくはありません。それを早くして欲しいと頼み込み、断られた後、何とかしようと右往左往した挙句、伝手を得て謁見が叶う。という態をとります」


 やはり、以前の失敗が堪えているのかルーペルトはルキノ達が迂遠と感じるほど慎重だ。ルキノは、まるで他人事のように、大変だな。と考え言葉無く、ハイトマンは、先ほどとは違った意味で呆れ顔だ。


 旅の埃を落としてから王宮に向かおうと、まずは宿を目指した。そこに、リンブルク王宮に潜み情報収集を行っていたラスコンという者がやって来て思わぬ情報をもたらした。


「クリスティーネ女王は、最近では心労を理由に謁見を行っておらず、これでは、伝手を使うどころではありませぬ」

「まあ、そりゃそうだわな」


 ハイトマンが、呆れたように言った。

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