『剣と弓の世界に転生して公爵家三男坊になったんだけど、明日の朝日を拝める気がまったくしない』シリーズ
大河ドラマ「爪牙と聖女」第十二話『ラウジッツ攻防戦~火竜の誓い~』(短編『剣と弓の世界に転生して公爵家三男坊になったんだけど、もう二ヵ月ぐらいおっさんしか見てない』おまけ)
※本作は拙作『剣と弓の世界に転生して公爵家三男坊になったんだけど、もう二ヵ月ぐらいおっさんしか見てない』のオマケであり、そちらを読了していることが前提となっております。
要衝ラウジッツ城を包囲して二ヵ月が経とうとしている。
今日もまた、不毛な軍議が繰り広げられていた。
「で、ありますからして――」
「はっきり申せ。我が方不利である、と」
上座に座る少年の言葉に、場が凍る。
ただ一人平然としている例外は、その少年の一の忠臣にして守り役である老人だけであった。
「司令官、そのような――」
「ただの事実確認に、これ以上適切な言葉があるか?」
不謹慎だと諌めようとした男も、これには黙るしかない。
自分たちは敵城を攻め落とすきっかけすら得られず、彼らの王が率いる軍勢も、お世辞にも戦況が良いとは言えないことは誰もが分かっていたからだ。
「よし、撤退しよう」
しかし、この言葉まではすんなり受け入れられない。
「この状況で撤退だと!? 司令官、何を考えておられるのか!」
「そうだ! 本隊とて決着はついていないのだぞ!? なぜ、まだ戦える我々が撤退なのだ!?」
「もしや、我々の実力をお疑いか!?」
次々とあふれ出る怒号に、司令官と呼ばれている少年は動じない。
ただ、一言を投げ入れる。
「ほう。では、その『実力』とやらを見せてもらおう。この若造に、眼前の城を攻め落とす策をご教授願えるかな?」
一気に場が静まり返る。
当然だ。そのようなものがあれば、とっくに披露している。
そう、披露しているのだ。
「司令官、私はすでに十以上もの献策を行っております。そのことをお忘れか?」
怒号を送る各指揮官たちにも同調せず、ただ沈黙を貫いていた壮年の男。
それが口を開いたことに、場の視線が集まる。
「聞き間違いかな、シャールモント子爵? あなたが、献策を行ったと?」
「な!? この一ヵ月、何度も行ったではありませんか! 昨夜も行いましたぞ!」
「ふむ。私は、『城を攻め落とす策』をご教授願うと言ったのだ。決して、味方の血を流してまでする敵への嫌がらせを考えろとは言った覚えがないぞ?」
「なんですと!? それは私への侮辱だ!」
シャールモント子爵は、立ち上がると駆け出し、若き司令官の首元に掴みかかる。
あまりの剣幕に誰も動けぬ中、主君を守ろうと動こうとした自らの守り役を手で制し、若き司令官は平然と言葉を紡ぐ。
「侮辱なものか。嫌がらせとしては上出来の部類だった。称賛に値しよう」
「貴様ァッ! 実家が公爵家であることを良いことに、好き放題言うな、七光りめ! 戦争が、物語のように華麗なものだとでも思っているのか!? 現実は――」
「子爵」
若者の放ったその短い一言は、激昂していた壮年の男の動きを止める。
感情の籠らぬ呼びかけは、冷たい視線は、それだけの力を持っていた。
「私が先頭を進もう。我が連隊の左右及び後方に部隊を並べ、一番後ろにお主がつけ。後は任せる。良いな?」
何を言い出すかと思えば、撤退の段取り。
この状況でどこまでもふざけているように見える言葉に再び激高しそうになって――頭が冷える。
「今、私の部隊が最後尾と申しましたか?」
「言ったな」
「後は私に任せると?」
「左様」
周囲の人間にすれば、なぜこの子爵がこのようなことを聞き返すかが分からない。
撤退の可否で荒れていたはずで、その撤退の段取りを任されたからと、それがどうしたと言うのか。
「司令官、私にお任せください。必ずやその策、成功させてみせます」
「うん、そうか。『分かって』くれたか」
そう言って上機嫌に去る司令官と続く守り役の老人。気合の入った表情で去っていくシャールモント子爵。
残された男たちは、何が何だか分からぬままに取り残された。
撤退が決まった軍議の日の夜。
その準備に忙しいシャールモント子爵の下へ、一人の来客があった。
「遅くに突然の来訪、誠に申し訳ありませぬ」
「いや、歓迎しよう、ミルナー殿」
やってきたのは、若き司令官の守り役の老人。
その顔を見た子爵には、すぐに要件が分かった。
「子爵、昼間は坊ちゃまが失礼をしまして、申し訳ありませぬ」
「いや、あのお方には必要なことなのであろう。気にしてはおらぬ」
思いもよらぬ返答に、深々と頭を下げていた老人は驚いて上半身を跳ね上げる。
なおも、子爵の言葉は続いた。
「あの方は、初陣からわずか一年の若者。私を含め、侮るものは多い。それに負けまいと気を張った結果なのでしょう」
「……ご理解、痛み入りまする」
「逆撃の準備を整えた上で背を見せ、つられて出てきたところを叩く。城攻めとの枠に捕らわれた我々の誰もが考えもしなかった。『城攻めでダメなら、野戦に持ち込む』。言うのは簡単だが、良くも思いつくものだ。彼の者は、間違いなく天才であろう」
思った以上の賛辞に、老人の顔が緩む。
もしかすると、この男は自らの主君の理解者として並び立てるかもしれない。
「坊ちゃまは、間違いなく天才であると思います。しかし、若さ故に、実績と経験が不足していることから、十分にその手腕を発揮できない。色々なものが見えすぎているからこそ、理解もしてもらえない」
「だからこそ、私を試した。あのように遠回しに策の手掛かりを与えたのも、私が『話の通じる』相手なのかを見極めるため。陣形は突撃陣形をひっくり返しただけ、殿は攻勢しか能のない我が部隊。おそらく、あの場も誰もが、その場では気付けなかったでしょう」
「……本当に、あなたは坊ちゃまのことを真に理解しているのでしょう。この老体には出来なかったことだ」
「今の陛下は、政略や戦略には目を見張るものがあるが、戦術は並み以上という程度。帝国側にも『聖女』などと呼ばれる若き才が現れた以上、陛下の戦術面を支える人材が必要でしょう」
「ま、まさか!?」
「私は、若き天才の下で力を振るおう。ただ攻めるしか能のない私が王国に最も貢献できる道は、それであると信じるからこそ」
「おお!」
「ここに誓いを。私は、彼の天才の刃となりて、その敵のことごとくを打ち破ろうぞ」
この日、この時。
『爪牙』の攻勢における切り札。最強の刃。『火竜のエドワード』が、月下に産声を上げた。
翌朝のことである。
帝国側籠城部隊は、一つの決断を迫られていた。
「撤退していく?」
その報告に、城主ラウジッツ辺境伯以下、幕僚たちは困惑する。
「戦況は五分と五分。なぜ、今なのだ?」
「分からぬ。だが、これは好機であろう」
「罠かもしれぬぞ?」
「しかし、王国軍の本隊の動きも気になる。叩けるうちに叩いておくべきだ」
「そうだな。案外、皇女エレーナさまが、敵の本隊を打ち破ったのかもしれませぬぞ」
「『聖女』さま、か。いや、確かに、お若いが、実力は本物。ありえぬ話ではありますまい」
ラウジッツ辺境伯は、決断を迫られていた。
包囲されていて情報はないが、囲んでいたのが別働隊に過ぎぬことは分かっている。
全体のことを考えれば、二万の敵軍を、黙って見逃す理由はない。
だが、不可解なのも事実。罠も十分に考えられる。
城の守りを預かる老将は、不十分な情報での判断を下しかねていた。
「どうか、ご決断を」
側近の言葉に、辺境伯は腕を組んで言葉を返さない。
その緊張感に誰もが黙り込む中、ふと口が開かれる。
「……追撃だ」
その言葉に、ざわめきが広がる。
「追撃だ! すぐに出るぞ!」
「「「「「「おうっ!」」」」」」
その掛け声に、その場の諸将は興奮を隠しもせずにそれぞれの部隊をまとめようと駆け出すのだった。
「進めぇ! 一人も生かして帰すな!」
ラウジッツ辺境伯の号令に、兵士たちは逃げる敵に向けて坂を駆けあがる。
勝利を確信した彼らの表情は、明るい。
我先にと突き進む一団を遮るものは、何もない。
目の前に広がるは、追いすがる帝国兵を見て慌てるも、大混乱で全く進まぬ王国兵。
そして、その槍先が、撤退する王国軍の最後尾に届こうとしたその時だった――
「今だ! 全軍、反転せよ!」
「「「「「「うおぉぉぉぉおおおおお!」」」」」」
シャールモント子爵の号令の下、それまでの混乱が嘘のように、整然と隊列を組んで駆け上がる帝国兵を待ち受ける王国兵たち。
坂の上から槍先を整えて攻め下る王国兵に、慢心した上に隊列を乱した帝国兵が勝てる道理はなかった。
「お味方は総崩れです! どうか、お早く城へ!」
「うむ」
側近の言葉に、ラウジッツ辺境伯はすぐさま兵をまとめて後退を開始する。
その巧みな手腕の前に、シャールモント子爵も、思うほどには損害を与えられなかった。
「とにかく、城に戻って早々に籠城の準備をせねば。敵が勢いに任せて攻め寄せてくるかもしれませぬ」
「いや、籠城は無理だな。兵たちの心が折られた。もはや、戦いにはならぬ」
「そんな……。では、どうしましょう?」
沈む側近に、難しい表情で辺境伯は応える。
「あちらの誘いに乗った時点で、我が方の負けだ。戦えぬ以上、時間を稼ぐしかあるまい。兵の収容後、城門を開け放ったままにせよ。ここまであからさまな誘惑ならば、無理をする必要がない王国軍は、罠を疑って様子を見ざるを得まい。こちらが受けた策を、こちらも利用してやるのだ。その間に、抜け道から撤退するぞ」
そのような相談が帝国側でなされているころ、王国軍を指揮する若者が、この作戦の責任者の下を訪れていた。
「子爵、良くやった」
「司令官が道を示してくれたお蔭です」
「謙遜するな。それを一晩で実現した手腕は、間違いなく誇るべきものだ」
「はっ、ありがたき幸せ」
両者の間に柔らかな空気が広がるも、すぐに引き締められる。
戦いは、まだ終わっていないのだ。
「司令官。敵は、兵の収容を終えたのに、城門を閉じませぬ」
「そうか。ならば、城を落として参ろう」
その発言に、子爵は慌てる。
当然だ。どう見ても罠なのであるから。
「司令官! それは――」
「あれは、我が策の猿まねだ。帝国にその人ありと言われる老将に模倣されるのは名誉なことだが、当の私にその真意が読み解けないと思うか?」
やはり、この若者は凄い。
自らの及びもつかぬ部分まで見透かす天才に、これ以上反対することはできない。
「では、指揮権をお返しします。一気に攻め落としましょう」
「不要だ。我が直属の連隊、一千名で十分」
「いや、それは……」
この人が言うならば、そうなのかもしれない。
だが、城兵八千のうち、討ち取った数はそう多くない。
士気は崩壊しているだろうが、少数の兵で送り出すのも心配だ。
「城を落とすならば、士気が回復していない今しかない。だが、このまま進めば、我が連隊以外は略奪に走るだろう。だから、酒も食料も金も十分に出すから略奪を禁ずることを全軍に周知してからついて来い。前もって言っても、忘れ去られるだけだろうからな。事ここに至ってから言い聞かせるしかないのだ。――敵であっても、少しでも苦しむ者を減らしたいと言うのは、甘いかな?」
「ええ。――ですが、叶うならば、いつまでも浸っていたいほどに魅力的な甘さだ」
両者が笑みをかわすと、子爵は上官の命を果たしに動き、若き司令官は、自らの兵士一千を率いて進撃する。
そんな動きに、帝国軍は大混乱に陥った。
「お、王国軍だ!」
「門を閉じろぉ!」
「い、いや、門は開けておけって命令だぞ!」
「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」
「勇敢なる帝国兵諸君! そなたらは十分に戦った! その戦いぶりに敬意を表し、武器を捨て投降するならば、我が王国の客人として民間人も含めて厚く遇することを約束しよう!」
その日、難攻不落を謳われたラウジッツ城は陥落し、城主であるラウジッツ辺境伯も王国軍の手に落ちることとなった。
なお、その際、王国軍は略奪を禁じ、代わりに兵たちに厚く報償を出した。そして、にもかかわらず略奪を行った者を厳罰に処したことから、ラウジッツの民たちにすぐに受け入れられることとなった。
次回予告
その知らせは、ラウジッツに留まる王国諸将に激震をもたらした。
「そうか。『聖女』の前に、国王陛下は大敗か」
時は待ってくれぬ。
若き司令官は、決断を行った。
「陛下の首と、ラウジッツ城。比べるまでもない。城は捨てよう」
「陛下を救うには、『聖女』率いる追撃部隊に打撃を与える必要がある。初陣の日の約束通り、その首、もらい受けに参ろう」
「決戦は――カンナバルだ」
次回、大河ドラマ「爪牙と聖女」第十三話『カンナバル平原急襲~爪牙と聖女、再びの邂逅~』
20016年1月23日放送予定!
誰だ、こいつ? (真顔)
たぶん、この大河ドラマの『爪牙』さんは、第一話で、
「私には、そなたたちが同じ人間にしか見えぬ。なぜ区別せねばならぬのか?」
とか言って、高貴な身分出のメイドたちにいじめられる、平民出のロリメイド(架空の人物)にフラグ建ててる。
またアイデアが降って来たら、この勘違いシリーズを書くかも。
続編出したからこそ、考えて書けるものでないと確信した。