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春夏秋冬
作:東堂要



道化師・2


「へぇ、ソラさんは古代の事には詳しいんですねぇ」
 ソラと話をしていたシンカは歓心した様に呟く。
 その呟きは街の雑音に紛れる事もなくソラに届く。
「はい。家の中はそういう本で埋め尽くされているんですよ」
「それはちょっと行って見たいですねぇ」
 二人は今、街に買出しに来ている。
 街は先程と変わらず活気に満ちている。その風景をソラは忙しない動きで見ている。
 なぜ、ソラとシンカが街に買出しにきているかと言うとそれは、他の二人のどちらかとソラが買出しに来たらあのトラブルメーカーの二人の事だ、絶対に一悶着や二悶着ぐらい平気で起こしてしまうからである。
 そう考えて、あの二人組みは部屋に閉じ込めている。
「………あ、アレなんですか?」
 ソラが指差す先をシンカは眼で追っていく。
 その先には鎧を身に纏い周囲を監視するような兵士が多数いる。
「あぁ、アレは騎兵隊と言ってですねこの街を治めている領主の近衛兵なんですよ」
「このえへい?」
「えっと、ボディーガードの様なものでしょうか」
「ぼでぃ……がーど……」
「あの……わかりました?」
「………はい」
 いまいち良く分かってない様な反応をするソラを見て苦笑するシンカだが、あまり余裕に構える暇もなくすぐさま足早に歩き出す。
「シンカさん!?」
「………ソラさん、あの人達から離れましょうか? 見つかると色々と面倒なので」
 爽やかに笑いながらシンカはソラの手を取って歩き出していった。

 目指すは、安くて質の良い品物を手に入れられる市場。

「そう言えば、ソラさんは嫌いな食べ物ってありますか?」
「う〜ん、一応ないと思います。けど、色々とは食べていないので」
 少しだけ考え込んでソラは答える。
 人通りはそれなりに多い道だが、段々と人々の喧騒が大きくなってくる。それは、その場所に人が一杯いるという証拠。シンカの目的地に着いたのだ。
「多分、ソラさんが見た事のない食べ物が此処には一杯ありますよ。楽しみですね」
 そのシンカの言葉には答えず、ソラは満面の笑みで応える。
「…………」
 一瞬、その反応が以外だったのか言葉を失ってしまったが、すぐさまいつもの調子で微笑みを浮かべる。傍から見たら仲の良い兄妹のようだ。少なくとも、市場の人々からはそう見えたのだろう。シンカ達が何かを買うと口々に
「兄妹で仲が良いな」
と声を掛けてくる。その声が掛かる度に二人は笑みを浮かべてしまう。
 少し大きめの荷物を二人で抱えながら帰りの道を歩く。宿と市場は反対方向なので街を一周しようと思いシンカは先程来た道とは違う道を歩き出した。
「……さっきと道が違いますよ?」
「その方がこの街を色々と見て回れるでしょう?」
 小さな気遣い。それがソラにはとても嬉しかったのだろう。また、顔を幾分緩ませながら周りを観察し始める。それを眺めながらシンカが歩いていくとある物が眼に入る。
「ソラさん。クレープって食べた事がありますか?」
「はい?」
 そのソラの反応を見てシンカは今まで真っ直ぐ歩いていた道を横にそれて道の端に出店のようなスタイルで営業をしているクレープ屋の前に立つ。
「えっと、そうですね、これを二つ」
「はい。可愛い妹さんですね」
 店員はシンカにクレープを渡しながら微笑みを浮かべる。それにシンカも曖昧な笑いを浮かべて答える。

「えぇ、自慢の妹なんですよ」

 その言葉を残してシンカはソラのいる場所に向かって歩き出していく。手には二つのクレープ。どうやら、自分とソラの分のようだ。
「ソラさん、どうぞ。甘くて美味しいですよ」
 そう言ってシンカはソラにクレープを差し出す。
「えっ……これって……」
 ソラは差し出されたクレープを見て固まる。ソラの脳裏には先程リョウから聞いた言葉が流れ出す。

『いや、不味い。クソ不味い。人間の食い物じゃねぇ』

(これは………どっ……どうすれば)
「どうかしました? ソラさん」
 シンカは突然固まってしまったソラを見て心底心配するような声を出す。
「………これは……リョウさんが不味いと言っていました」
 その言葉にシンカは微妙な困った様な顔をする。それはなぜか。簡単だ。リョウは激が付く程の甘党だからだ。
「………リョウはまた下らん事を吹き込んで」
 そこで、シンカはある事を思いつく。
「ソラさん。リョウはですね甘い物が嫌いなんですよ。だからクレープが嫌いなんです。

………そうだ、今日の晩御飯は辛い物にしましょうか」

 その時のシンカの表情は周りを歩く人々がドン引きするような恐ろしい笑顔だったそうだ。
「いいですね。辛い物ですか」
 しかし、そんな事にソラは気づかない。鈍感と言うか天然と言うか……。
 そして、ソラは自分の手元にあるクレープに恐る恐る口を付けてみる。
「………美味しいです」
「でしょう?」
 ソラのその言葉に満足したのかシンカも自分の手元のクレープに口を付ける。
 歩く途中でソラはまた、あの公園の前を通り過ぎる。そこにはまだあのピエロがジャグリングをしていた。
「ピエロですか。見ましょうか?」
 そのピエロに熱心な視線を送るソラに気付き、シンカは提案する。
「えっ……でも……」
「良いんですよ。ほら、休憩とでも思えば」
 そう言ってシンカはその足を公園のピエロの下へと向けていく。そのシンカを見てソラも足をピエロへと向けて歩き出していく。
 どうやら、最初に見た時よりも人の数は少なくなっている様だがそれでも人は多い様だ。
 それでも何とか人垣を割ってピエロが良く見える位置に二人はやって来た。
 そのピエロは凄かった。
 まるで、ボールが体の一部かと見間違うような扱い方だった。
 ボールが一つの場合は手の平でそれがくっついていると思ってしまうような扱いをして、ボールが二つならその二つを駆使して単調な動きを複雑な動きにみせる。ボールが三つに増えたならそれをいともたやすく片手で投げ、時にはわざと失敗し観客を笑わせる。
 そのピエロの一挙手一投足に観客は心を躍らせ、歓声を上げた。
「凄いです。あのピエロ」
「あぁ、これは驚きだね……この街にこんな凄いピエロが居るなんて」
 シンカも心底驚いたように声を上げる。まぁ、それも無理はないだろう。この街の近くにもっと大きな街があるのだ。普通ならこの街じゃなくてそっちに行く物であろう。何か理由がある場合じゃない限り。
 もともと終わる時間に近かったのだろう。その公演はソラ達が来てすぐに終了した。しかし、その芸の素晴らしさから観客の熱気は収まらない。
 ソラ達もその一人だ。………いや、ソラも、と言った方がいいか。
「ソラさん、そろそろ帰りましょうか?」
 そこにいる人の数も疎らに成ってきた頃にシンカはソラに声をかける。しかし、ソラの眼は未だにピエロに向いている。
 やれやれ、と言いたそうに肩を竦めて見せてシンカは黙ってピエロの方を見てみる。
 そのピエロはもう、ペイントを落とし素顔を晒していた。
 見た所三十代後半の男性のようだ。口に煙草を咥えて何処か淋しそうな雰囲気を漂わせている。空を赤く染める夕日が更にその雰囲気に拍車をかけ先程まで芸をしていた人物とは同一人物とは思えない程にまで変化させていた。
「………淋しそうですね」
「えぇ、きっと訳ありなんでしょう。この街で公演をするのですから。それに……ピエロ一人で、旅をすると言うのも不思議ですし」
 シンカの言葉に何かを考え込むような仕草をした後、ソラはそのピエロの下へと歩いて行った。
「ピエロさん。凄かったですよあの………ボールでの芸」
 ソラの言葉にピエロはハッとした様に顔をあげる。そして、何かを言いたそうに苦笑しながらソラを見る。
「嬢ちゃん……あの芸はなジャグリングってんだ。覚えときな」
 低く、そして深みのある声。その声はとても先程まで人を笑わせていた人物だとは思えないような声だった。
「なにか……淋しそうですね」
 ソラは唐突に言葉を切り出す。
 その言葉に更に男は苦笑を浮かべる。
「………駄目だなぁ、俺は。………もうちょい感情を隠すのが巧くなけりゃぁなぁ。顔に出てたかい?」
 男の言葉にソラは頷く。
「なんで、淋しそうな顔をしているんですか?」
「はっ、三十過ぎたおっさんの面白くもねぇ過去の話さ……気にするな」
 気にするな。と、再度呟いて男は哀しい笑顔作る。その表情が本当に辛いのだと告げている様でもある。
「………いまから十八年前、俺には一人女がいた」
 男は唐突に語りだす。ソラが困惑した表情を浮かべても、男は視線で『最後まで聞いてくれ』と訴えていた。
「そいつはなずっと世界が見たいと言っていてな、俺は芸人になりたいと夢見ていた若輩者だったんだ。この街は俺の生まれ故郷でな、それはアイツも同じだった。もし、俺が一人前になったら旅に出よう。それがアイツとの約束だった」
 ポツリポツリと男は語りだす。
「俺は独学で自分の芸を磨いていった。たとえ、他のサーカス団に入れなくても自分一人で路上パフォーマンスが出来るように……必死で、アイツと二人三脚でよう」
 ふっと、穏やかな笑顔を男は浮かべたがすぐにその笑顔は消えうせる。
「だけどな、アイツは死んじまったんだ。旅に出よう決意したその日の晩に……」
 声色からも感情が消え失せているかのようである。
「まぁ、病弱な奴だったし、そうなっても不思議じゃねえんだけどなぁ。………今日がそいつの命日なんだ」
 そこまで言ってゆっくりと男は眼を伏せる。そして、首からぶら下げていた銀盤に小さな石を散りばめたペンダントを触る。
「これが、アイツの形見なんだ。………出発を決めた日に俺にくれてよ。それから肌身離さず持っている」
「それで、年に一度此処に来て芸をするんですか?」
 ソラが言った言葉に男はゆっくりと首を横に振る。
「俺が芸をするのは今日だけだ。そして俺は旅芸人じゃねぇ。今日だけしか、あいつの命日にしか芸はしねぇようにしてる」
「どうしてですか?」
 ソラの言葉に男は考え込むような仕草をしてから、口を開く。
「……怖くなったんだな。俺は」
「怖い?」
「あぁ、俺は怖くなったんだと思う。外の世界が………そして、アイツとの思い出が詰った此処を忘れたくないから居座ってるんだと思う」
 そう言いつつ、男は形見のペンダントを触る。どうやら、無意識の内にそうしてしまうようだ。
「そうですか……でも」
「ん?」

「彼女さんはそんなの望んでいないと思います。私には彼女さんの気持ちは分からないけど、望んでいた物なら分かります」

 そっと、噴水の淵に座り込む男と視線が合うようにソラはしゃがみ込む。
 男の前に現われたのは穢れを知らない純粋な空色の瞳。
「そのペンダント……彼女さんの贈り物ですよね?」
「あぁ………旅に出ようと決める数日前にアイツに貰ったんだ」
「では、貴方は知っていますか? そのペンダントに使われた石の宝石言葉」
 男はきょとんとした顔をしているのを見たあと、ソラは口を開く。
「“追憶”と“旅立ち”そしてですね……」
 一回口を閉じて、微笑みをソラは浮かべる。

「“貴方と共に”なんですよ?」

 男はその言葉に眼を見開く。
「きっと、彼女さんは自分の死期を悟ってたんじゃないでしょうか? そして、もう旅が出来ない事も。だから、私の変わりに貴方が世界を見て欲しいって言う願いを込めてそのペンダントを贈ったんじゃないでしょうか?」
 男はそのままそのペンダントを見つめて固まってしまう。
 深く、何かを考え込んでいるようだ。
「………“旅立ち”と“貴方と共に”か…………アイツにしちゃ粋な計らいじゃねえか」
 暫らく沈黙した後、男は口を開き微笑を浮かべる。
「嬢ちゃん。確かにアンタの言う通りかも知れねぇな。こんなのはあいつは望んじゃいねえだろうな」
 小さく呟いた後、男は立ち上がる。
「まだ、どうするかはわからねぇ。悩んだ末にまた、動けずにいるかも知れねぇし、もしかしたら旅を始めるかも知れねぇ。それはまだ未定だ」
 幾分すっきりした様に男の声は響いている。
「でもな、悩んでみるわ。最後まで………自分自身が納得のいくように」
「……はい」
「ありがとよ。嬢ちゃん………」
「いえ、気にしないで下さい。あっ、ピエロさんの芸は世界一ですよ。自信持ってください」
 その言葉に男は笑い声を上げる。
「世界一か……そりゃありがてぇ。嬢ちゃんが言うと自信が出てくらぁ。………それじゃぁな」
 そう言って、男はソラに背を向けて歩き出す。それをソラは手を振って見送る。
「あぁ、そうだ」
 男が振り返り声を上げる。
「俺の名前はピエロじゃねぇ。モリガン………モリガン=ケイラスだ」
 そういった後、男は手大きく振って、帰っていった。
 モリガンと話をした後、後ろでずっと待っていてくれたシンカの下へと歩いて行く。
「あの人と、何を話していたんですか?」
「へへっ、秘密です」
 そう言って、二人は歩き出す。
 すると突然ソラは思い出したように呟いた。
「………またリョウさんに騙されました」
 酷く悔しそうにソラは呟く。
「……どうかしました? ソラさん」
 シンカも心配するような声を出す。その言葉を聞いた後ソラは口を開く。

「あの人の名前はピエロさんじゃないんですよ。モリガンさんなんです」

「…………」
 突っ込んだら負けだ。
 その言葉をシンカは頭の中で反芻する。そして搾り出した一言は
「……許せませんね。リョウは」
の一言だった。
 その言葉に満足したのかソラは大きな空を見上げる。
 そして思う。

 モリガンも自分も同じなのだと。

 そして、どちらも歩き始めたのだと。

 そこまで考えて、ソラは空に向かって微笑みを浮かべる。
「シンカさん」
「はい?」
 ソラは空に向けていた視線をシンカへと向ける。

「空は大きいですね。立ち眩みがするぐらい」

「えぇ、そうですね」
 そのソラの姿を見て、シンカも微笑みを浮かべた。そして歩き始める。仲間がいる場所へと。





・おまけ・

「……なっ……なんだこれ」
 リョウはその日食卓に並んだ晩御飯を眼の前にして、驚愕の声を上げた。
「ん? 最高じゃん、この食卓」
 逆にクーは大喜びのようだ。
 その食卓に並ぶのは………

 取り敢えず辛い物。

 食卓を彩るのは鮮やかな赤・赤・赤の大群だ。
 リョウはそれを見て失神寸前になる。
「リョウ………残すのは許しませんよ? “クレープが大嫌いな”リョウ君?」
 シンカが眼が笑っていない微笑みをリョウに向ける。それにリョウは乾いた笑みを浮かべるので精一杯だった。
「………なっ、何を言ってるのかぁ? 俺は甘い物が死ぬほど好きで逆に辛い物が死ぬほど嫌いなんだけど………」
 リョウの必死の弁明を聞きシンカはリョウの耳元で呟く。

「これさぁ、お前がクレープを不味いって言ったのをソラさん真に受けてお前が辛党だと思って、こんなの用意してくれたんだぞ? それをお前は食わねぇっていうんじゃねえよな」

 呟きの後のスマイル攻撃。
 どうやら無言の圧力で、攻撃しているようだ。
「………食べます」
 泣きながら一口スープに口を付ける。感想は――
「辛い」
 普通だった。しかし、辛い物には弱いらしく額から汗が流れ落ちている。
 そのリョウの姿を見た後、シンカは食事に手を付ける。
「うんめぇ〜。ソラ、お前料理うめぇぞ」
 ガツガツガツと手当たり次第に近くにある食べ物に手を伸ばす。このままだと皿まで食べてしまいそうだ。
「ありがとうございます」
 クーの食べっぷりにソラは嬉しそうにニコニコしながら自分も食べ物を口に運ぶ。
「おいっ、犬っ!! こっちにまで食べかすを飛び散らかすな」
「うっせぇゴキッ!! 辛ぇのが嫌いな甘党ゴッキーは土に還れやっ!!」
「あぁ? 躾がなってねぇ犬は調教すっぞコラ」
「調教とか言うなボケっ!! お前が言うと卑猥だエロゴキッ!!」
「エロゴキだと……てめぇ、犬は辛ぇ物くったらだめなんだぜ。なに食ってんだお前は」
「俺は犬じゃねぇっ!!」
「俺だってゴッキーじゃねぇっ!!」
「おい……お前等」
「やんのか、エロ黒!!」
「乗ってやろうじゃねぇかチビ!!」

「黙らねえと鼻と目にスープ(唐辛子入り)ぶち込むぞ」
「「すみませんでした」」

 それを見ながらソラは一つ思った。





   平和だなぁ。





一人だけほのぼのとした雰囲気でした。



はい。今回と前回の二作を合わせて春夏秋冬のプロローグの終了です。
最初に出てきたのはピエロのモリガンさんですね。
彼はある意味ソラの位置付けキャラですね。
リョウがソラに手を差し伸べてくれたように、今度はソラがモリガンに手を差し伸べる。
見たいな感じです。
次回からちゃんとした旅に出ます。きっと、多分、……ね?
はっきり言ってまだ未定です。
でも、今回はリョウとシンカはピックアップされてるけどクーの出番が少なかったような………。次回は増やそう。

では、次回もまた見てくださいね〜。












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