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追加話 おっさん達と!

 本日は義父の牧場友達と酒盛りの約束をしていた。義父は数日前から楽しみにしていたのか、特別な燻製肉やお酒を準備して待ち構えている。自分は先日近くの川で釣った魚を酢漬けにしたものを用意。これはジークが一番酒の肴になると言ってくれたものだ。


 宴の会場は義父の牧場の物置小屋。義母や義姉にバレないようにひっそりと行われる。ただし、焼き物をするというので窓は全開だ。


 集まった牧場経営者達は全員で三名ほど。皆、義父と同じくらいの年齢で、この辺りの男は寡黙な人が多いが、やって来たおっさん達はもう出来上がっているのではと疑うほど陽気な気質をしていた。


 机の上は持ち寄った料理や食材でいっぱいになる。

 ソーセージにハム、麦酒に果実酒、炒った木の実に干した魚。どれも美味しそうだ。


 そんな中で、一人大きな革袋を持っていたおっさんが自慢げにどんと地面に置いた。


「ほら、さっき仕留めたばかりだ」


 中から出てきたのは見たことのない小型の獣。少しだけ顔がクズリに似ている気がする。


「これはなんですか?」

「おう、穴熊ダックスだ。うちの畑を荒らすものだから、春先なのにこんなに肥えてらあ」

「へえ~」


 確かに、袋の中の二匹の穴熊は冬眠後の個体であるにも関わらず、全身むっちりしていて、毛皮も艶々と輝いていた。


「これは美味いぞ」


 おお、なんだかすごく気になる。

 何となく解体も出来そうだったので、外で捌いて来ますと言ったら驚かれた。義父が「義息は狩猟民族だ」と紹介すれば更に驚かれてしまった。


「そんな線が細いのに、過酷な生活をしてんだなあ。大したこって」


 そんなことはないと薄ら笑いを浮かべながら手を振りつつ、小屋を後にした。


 自分のあまり太くない腕をみてがっかりしてしまう。

 この国の人は背も高いし、筋肉も付きやすいのか全体的にがっしりとしていた。一方の自分は背もあまり伸びなかったし、筋肉も申し訳程度だ。牧場のおっさん達のように逞しい体つきをしていたら、ジークからも「なんて頼りになる人なの、素敵、抱いて!」なんて言われていただろうか。そんなしようもない妄想をしつつ、屠畜部屋まで歩いて行った。


 解体しやすいように穴熊ダックスの左右の足に曲がった針を刺し、二か所から紐で吊るす。しっかり血抜きをしてくれていたようで、作業も簡単に終わりそうだ。


 まずは吊るした穴熊の真下に桶を置き、足先から皮を剥いでいく。

 穴熊の皮は想定していたよりも固かった。ぐっと力を込めてないと、なかなか刃が通らない。食べていたものが良いものだったからか、毛皮はふわふわで上等なものが取れる。申し訳程度にある短い尻尾を飾りにした帽子なんかを作ったら素敵なものが仕上がるかもしれない。あとで加工しようと、板に皮を打ちつけた状態にして冷暗所に放置。


 まさに剥き出しとなった穴熊肉はたっぷりの脂肪に包まれていた。少しだけ覗かせる赤身部分はほんのりとした薄紅色。臭みなどもない。

 爪先を切り取り、腹をナイフで裂く。中のものを取り出せば、まだ温かいことが分かった。体温がかなり高い生き物らしい。部位ごとに切り分け、皿に肉を置いて行く。

 全ての作業が終わったら手を洗い、その辺で香草を摘んでから酒盛り会場へと戻った。


「リツハルド君、ありがとうね」

「いえいえ、慣れていますから」


 中では火が焚かれ、もくもくと煙が上がる中、様々な食材が網の上で焼かれていた。


「おお、綺麗に捌いてくれたな」


 穴熊を仕留めたおっさんは嬉しそうに肉を受け取り、自分が摘んできた香草を千切って身に擦り込むように揉んでから、切り分けた肉の一部を豪快に網の上に落とす。


 ジュワっと音をたてて焼かれている穴熊肉からはやっぱり野生の獣肉から漂う独特な匂いはしない。

 焼き目の付いた肉からは脂がどんどん滴り落ち、香ばしい匂いがふわりと風に乗ってやってくる。しっかり肉に火が通れば軽く塩を振って完成となった。


「ほれよ、食ってみろ」

「ありがとうございます」


 お皿に置いてくれた肉を周囲の礼儀に習って手づかみで頂く。

 熟成をしていない、硬直している状態だったからか、肉はぷつんと弾けるような食感があってやや硬め。だが、歯ごたえがあってこれはこれでいい。噛めば肉本来の旨味が溢れ、その時になってから鼻孔をほのかに掠めるのは野性的な獣肉の風味。表面がカリっと焼かれたお肉は麦酒に良く合う。脂にも甘みがあり、味わいにしつこさもない。とても美味しい肉だった。


「一番美味いのはスープだな」

「!」


 それを聞いたら作らないわけにはいかない。さっそく作り方レシピを聞いてから、ささっと立ち上がって穴熊汁を作りに行く。


 義父の牧場にはつまみ食いがいつでも出来るように簡易台所がある。ちょっとした食材や野菜なども備蓄されていた。


 まずは穴熊の肉の付いたあばら骨などで出汁を取る。皮膚の下にたっぷりと付いていた脂も味の決め手だというので中に落した。ぐらぐらとしてきたら、匂い消しの為の香草や野菜を入れていく。沸騰してから浮かんでくる灰汁を丁寧に取り、濁っていたスープが透明になったら網目の細かい容器を使って鍋の中身を全て濾した。

 澄んだ状態になったスープに角切りにした穴熊肉を入れて、根菜やキノコなどもどっさりと追加で投入。またしても灰汁が浮かんで来るので、小マメに掬い取る。最後に香辛料で味を調えれば、穴熊ダックスのスープの完成だ。鍋ごと持って行って皆で食べることにした。


「これは美味しい!」


 義父も穴熊スープは初めてだったようで目を見張っていた。

 透明なスープには旨味が凝縮されており、野菜にもそれがしみ込んでいて豊かな風味が口の中を楽しませてくれる。あんなにも脂を入れたのに、味にしつこさはない。あっさりとしている。


 穴熊は雑食ではなく、蜜や果実、木の実などを食べているので臭みがしないらしい。この辺でよく出没する猪よりも美味しいので、狙っている猟師は多いと言う。


 二匹の穴熊はあっという間に無くなってしまった。これを熟成させて食べればどんなに美味しいだろうと考えたが、滅多に手に入る肉ではないので諦める事にする。


 それからだらだらとハムやソーセージを食べながらお酒を飲み、様々な話題で盛り上がる。


 中でもおっさん衆が興味を示したのは、辺境の地での暮らしだ。

 冬季の狩猟と極夜に備えての保存食作り。春の森の恵みに、夏の白夜と奥様方のベリー摘み戦争。作れるものは何でも作ると言えば驚かれた。


「酒まで作っているというのか」

「ええ。買った方が安いかもしれませんが、作る時間は無限にあるので」


 作れるものは手間暇掛けてでも作るというのは古くからの習慣だ。商人から買うものは必要最低限のもの。そんな考えは若い人達の間では薄れつつあったが、物作りの技術は廃れさせてはいけないと、個人的には思っている。


「はあ、びっくりだ!」


 自分の面倒な酒造りの話を聞きながら、驚くおじさん達。彼らも趣味でお酒作りをするらしい。とはいっても、材料となる透明蒸留酒は店で買い、材料を漬けるだけの簡単なものだと言っていた。


「去年作ったアプリコーゼの酒は美味かったなあ」


 なんでも干した杏を使って作るという。乾燥したものの方が甘味も濃厚になって味わいも深くなるとか。


 他にも健康の為に薬草を漬けた薬用酒も作っているらしい。


「あれは酒でねえよ。薬だ」

「違いない」

 

 香草や木の実など、なんでも漬け込んで備蓄している話は大変役に立った。


「うちの村ではベリー酒がほとんどですね。たまに商人が売りに来た果物を漬けるくらいで」

「ほう、こっちじゃベリー酒の方が高級品だよ」

「そうなんですねえ」


 自家製の酒と言えば新鮮な果物を漬け込め! という教えしか無かったので、干した果物や薬草に香草などを漬けこむ酒などは思いつきもしなかった。


「いいですね。どれも作ってみたいです。やっぱりお酒は手作りのものが美味しいような気がします」


 そんなことを呟けば、義父がある提案をしてくれる。


「リツハルド君、こっちで何種類かお酒を作って後で送るようにしようか?」


 配送料など気にするなと肩を叩きながら言ってくれた。


「だったら、こんどジークと市場に行って材料探しに行ってみます」


 主に酒を飲むのはジークだ。彼女の好きなものがあれば、それをお酒にしようかと考える。


 ◇◇◇


 このようにしておっさん達の宴は終始大盛り上がりの中で幕を閉じた。


 初めて食べる穴熊ダックスは美味しかったし、いろいろと勉強になったので、ありがたいと思うような酒盛りだった。


日本の童話などに出て来るたぬき汁はアナグマの肉を使って作ったものらしいです。(たぬき肉はとても臭いとか)

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