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付喪憑く者  作者: 九木圭人
第一章
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狂気の凱歌

【警告】本編に登場する武器等に関しては誇張表現が含まれます。実際に使用した場合、使用者及び他者の生命、健康、財産等に著しい損害をもたらす恐れがあります。

また、これらを製造、所有及び使用した場合、及び劇中の行為を実際に行った場合、刑法犯として処罰される可能性があります。絶対に真似しないでください。


以上の警告を無視した場合に発生するあらゆる損害については、その責任を負いかねますのでご了承ください。


 兵衛が去っていく。

 社長と呼ばれた男と甲冑の男が囃し立てる。

 「さよなら。兵衛」

 痛む胸から絞り出した私の声は、その嘲笑にかき消された。

 「……ありがとう」


 十年前、最初に出会った時は当然まだ子供だった。

 だから一昨日再会した時も、なんとなくその時のイメージが抜けなかった。小さくて、ビクビクしてて、心細げにお爺さんの後ろに隠れていた内気な子供。そんな兵衛しか見たことなかったから。

 だから一昨日も、どこかで歳の離れた弟の様に思っていた。

 守ってあげなきゃ、私がしっかりしなきゃって。


 でも違った。

 十年、人が成長するには十分な時間。

 兵衛はもう私の知っている弱い兵衛じゃない。強くて逞しくて勇敢で、必死に私を引っ張ってくれて。

 だから昨日の夜ぽろっと同い歳と兵衛が言った時、兵衛は気付いていなかったみたいだけど私はすごく驚いた。

 それぐらい頼もしかったから。


 でも、ここでお別れだ。


 もう見たくない。私と一緒にいたばかりに誰かが傷つくのは。

 あの人を、兵衛をこれ以上傷つけたくない。


 「あーあ、ひどい男だなあ」

 社長が何か言っている。まあ、何とでも言えばいい。

 相方のそれに反応する風もなく、荒覇吐を拾い上げた甲冑は得物を静かに突きつける。

 痛いのは嫌だ。けど、封印されても死ぬ訳じゃない。これで兵衛が救われるなら、多少の痛みなど耐えられる。


 「おい娘」

 声が落ちてくる。冷たく、人を見下したような声。

 「どうだ。改心する気はないか?」

 「改心?」

 意味が分からず聞き返したのを興味があると思ったのだろう、甲冑は滔々と語り出した。

 「そうだ。我々進歩派の役目は付喪が歩んできた誤った歴史、即ち人間を傷つけ、苦しめてきた歴史を反省し、共和の道を歩むための礎を築くことにある。お前が心を入れ替えてこれまでの過ちを認め、我々と理想を共にすると誓うのなら、共に旧悪を糺す同志として迎え入れてやろう」


 よくもまあ、ここまで自分の立場を美辞麗句で飾れるものだ。

 「結構です」

 きっぱりとお断り申し上げる。

 どんな綺麗ごとを並べたところで腹は減る。それはこいつらも同じ。綺麗ごとを並べるのは勝手だが、どんなに偉そうなことを言った所で結局飢え死にしないためには食べるしかなくて、生きている以上そこからは逃げられやしない。


 「そうか……救えんな」

 成程、彼らは私を救ってくれようとしたのか。それはそれは、ご親切痛みいる。思い上がりも大概にしろ。

 「私はあなた方の考えとは相容れません。付喪の戦いの習いに則り、封印を希望します」

 本当はこういう台詞を言う時には起き上がって背筋を正すべきなのだろうけど、起き上がろうとすると体中が痛み、軋む。

 相手がそうした張本人なのだから、まあその辺は許してくれるだろう。


 そっと目を閉じ、自分が捌かれるのを待つ。

 さよなら兵衛。ありがとう。元気でね。

 

 「封印?ハッハッハ!笑わせるなよ蛮人が」

 上から落ちてきた嘲った笑い声に思わず目を開く。

 甲冑の表情は見えないが、その声にはむき出しの侮蔑が込められている。

 「いいかね?我々進歩派は古い悪習に染まった付喪に正しい道を啓蒙することが使命だ。その為には貴様のような真理を理解せぬ愚か者は邪魔なんだよ。改心しないのなら殺すまでだ」


 どうして?理解できない。

 私は負けた。得物を奪われ、もう刃向う意思も力もない。殺すことに何の意味もない。

 進歩派だって付喪だ。同じ付喪としての習いや考えは共通している。

 そう思っていた。


 喉元に突きつけられていたハルバードが僅かに引き上げられる。

 「蛮人は死ね」

 「まあ待てよ」

 意外にも私の一命を救ってくれたのは、相方の社長だった。

 粘っこい声で甲冑を止めると、彼と私の間に入る。

 その目が私を捉えると、甲冑を下がらせて自身も武器を置き、そのまま馬乗りになるようにして急接近してくる。


 「これが邪魔だな」

 鞘を奪い、後ろの相方の方に投げる。

 甲冑は荒覇吐の切先でそれを掬い上げ、器用に納刀するとぞんざいに放り捨てる。

 「まだ楽しませてもらってない。なあ?」

 そう顔に吹きかけて、私を撫でる。ざらざらした湿った手だ。

 楽しむ?何を言っているんだ?

 意図が読めないでいる私の様子を察すると、さも意外そうに、そしてとても嬉しそうににんまりと笑みを浮かべた。

 「何のこっちゃわからないって面だ。ウフッ!いいねえ、いいよぉ、素晴らしい。じゃあ教えてあげよう」

 社長の顔が視界外に消え、耳元で粘っこい声が囁く。


 囁きの意味を理解する。理解したくない、信じられない。顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかる。恥知らずで汚らしい最低最悪の発想。この後私に何をするのか、私に何をさせるのか。

 私に――嫌だ。

 絶対に嫌だ。


 囁きは続く、聞くに堪えない。反射的に痛めていない右腕で突き放していた。

 「……痛いなぁ」

 「そんな、そんな真似をっ、恥知らず!」

 思わず叫ぶ。

 直後、突き飛ばした腕を掴まれた。


 「自分の立場が分かってないのかな?あり得ないよ君」

 掴んだ手に力が入る。

 口調は丁寧だが、明らかに怒気をはらんだ声だ。

 あり得ない?自分の言葉がどういう風に受け取られるか考える能力がないのか?自分でも意味が分からないで言っている訳でもないだろう。

 そんな、そんな破廉恥な……そういう真似を。


 「おい、使いを。あいつを追おう」

 「そんなっ!約束が違う!」

 社長が甲冑の方に振り返りながら早口に叫ぶ。

 甲冑の方は既にこの展開を予想していたのか、呼び出した鳥を左腕に載せ、いつでも放てる姿勢で待機していた。

 何故だ。兵衛は逃がしてくれるんじゃなかったのか?その為に私はこいつらに降ったんじゃないのか?

そんな私の抗議を気味の悪い笑みで返す社長。そう来ると思ったと言いたげな、にやついた表情。自分の勝利を確信した目。

 「約束だぁ?君は約束と言うものがよく分かっていないね」

 先程の怒気を隠そうとする気味の悪い猫なで声。だが隠しきれていない。


 「良いかい?約束というものはね、対等な立場で結んで初めて意味のあるものだ。僕たちと君は対等じゃあない。僕らは勝者で、君は敗者だ。僕はなぁなぁな馴れ合いって嫌いなんだよね。敗者にとって、勝者は絶対だ」

 勝者と敗者、そこだけ明らかに強調して語る。自分が屑であることの証言。

 「約束が違う?当たり前だ。敗者との約束を破った所で何のペナルティーもない。負け犬は負け犬らしく跪けばいいだけの事。勝者である僕が温情で利用してやると言っているのに……本当にあり得ないよ?君」

 言い終わると同時に思い切り頬を殴られた。ビンタと言うよりも掌打。顔の左側にジンジンと痛みが広がっていく。

 胸ぐらを掴んで引き起こされながら、最早隠すつもりのない社長の激昂を浴びる。

 「ふざけんなっ!ふざけんなよお前!」


 こっちの台詞だ、と喉まで出かかって止まった。

 その手には折りたたみナイフが光っている。

 「舐めやがって、この!」

 首に突っ込んできた刃に思わず目を閉じるが、斬られたのは私の首ではなかった。

 「えっ?」

 切られたのは胴を体に固定している両肩にかけていた胴の紐。上の支えがなくなり、腰の結び目と本体の底辺が下腹部を挟んで止まっている。

 社長はそれも乱暴に引っ張ると、遊びがなくなった腰の紐をナイフでこれまた乱暴に切り裂いて剥ぎ取った。

 

 戸惑う私の頬に更に一撃が加えられる。

 「ぐうっ!」

 今度は掌打ではなくナイフの柄頭が叩きつけられた。

 口の中に鉄の臭いが広がる。鼻の奥がチリチリと妙な感覚を覚える。

 「少しは身に染みたか?」

 社長の右手は私の頬と胸ぐらをまた往復した。

 突っ込んできた相手に思わず首をすくめたが、額が当たるぐらいの所で急停止した。鼻の毛穴が見えるぐらいまで急接近した顔。三白眼が目の前にある。余裕を見せようと口角を上げているが口元をひきつらせているようにしか見えない。


 模範解答、少なくともこいつにとってのそれはなんとなく思いついた。


 「……下種が」

 だから、それから一番遠い答え。

 目の前の顔がみるみる赤黒くなっていく。


 「ああそう、ああそう!」

 大声で喚きながら引き倒された。

 胴を奪われた腹にスニーカーが突き刺さる。胃に穴を開けられたような激痛。

 「人がっ、折角っ、優しくっ、してやりゃ、調子に乗りやがって!」

 「あぐっ!かは……っ、うぐっ!」

 句読点の度に蹴られ、踏みつけられ、転がされる。痛い、苦しい。

 蹴られた腹をたまらず手で覆うと、今度はその手ごと踏みつけられる。


 「や、やめ……うあっ!」

 最後の一撃は振り子のように一際大きく動き、腹を守ろうと横向きになった私の臍の上に深々と突き刺さった。

 激痛のあまり息が止まる。蹴られた部位が体の内側に向かってぐちゃぐちゃに潰されていくような感覚。

 「うぁ……、ぁぁ……」

 全身から冷や汗が噴き出て、魚の様にパクパクと動かすだけの口からは血と胃液と唾液の混合物が流れ出る。


 「舐めやがって……、もういい」

 肩で息をしながら社長がぶつぶつと何か言っている。どうか癇癪が収まってますように。流石にこれ以上痛めつけられるのは御免だ。

 「おい、やっぱりあの男探そう。目の前でバラバラにしてやりゃあ少しは懲りるだろう」

 「そんなっ!止めろ――がっ!?」

 必死にすがりつくのも虚しく、先程踏みつけられた胸を今度は蹴りはがされた。

 「あっ……ぐ……」

 胸を押し潰されたような感覚。苦しい。折れてはいない様だが息が出来ない。

 また無理矢理引き起こされる。再度の急接近。相変わらず赤黒い顔。だが今度は目があった瞬間に張り倒された。

 「止めろだ?負け犬が利く口かそれがよぉ!」

 頬がひりひり痛む。

 自分に敗北した私が口答えする事がどうやら余程腹に据えかねているようだ。これ以上刺激するのはまずい。とにかく今はこいつに従うしかない。


 ふらつきながら痛む体を起こし、両手をついて頭を下げる。ただ、歯を食いしばったのは痛いからだけじゃない。

 「分かった、分かりました……。どうか兵衛だけは許してください」

 爪とコンクリートの床がカリッと音を立てた。

 「そうじゃないだろ?」

 「えっ――ぐっ!?」

 顔を上げようとした瞬間、後頭部を踏みつけられた。

 「土下座は頭をつけるんだよ。その上君をどうしていいのかも言えてない。やり直し」

 そう言って泥を落とすようにぐりぐりと足を動かし、その度に額が擦れて痛む。


 「やり直し」

 「……私は、私はどうなっても構いません。ですからどうか兵衛は、兵衛だけはご容赦ください」

 視界が滲む。痛くて悔しくて苦しくて辛くて。

 でも兵衛のためだ。兵衛を失ったら、目の前でひどい目に遭わされていたら、多分もっと辛いから。

 「ふうん。やればできるじゃないか。なんで最初からそうしないのかなあ」

 やっとこさ溜飲が下がったか、勿体ぶった粘っこい猫なで声に戻る。

 ぶつぶつ何か言いながら一度私から離れると、やはりぶつぶつ言いながら血に染まった棚に向かい何かを物色し始めた。


 「良かったねぇ君。僕は紳士だからね」

 紳士という言葉の意味は、私の知らない間に大きく変わったようだ。

 「だから、これまでも皆が懇願するまで待つ様にしてきた」

 私の前に『皆』が並べられる。


 背筋が凍った。

 並べられたのはまずは手鏡、これは鏡面が割れて半分ぐらいなくなっている。

 次に懐中時計、これはチェーンがちぎられ、盤面も破壊されて針が捻じ曲がっている。

 最後に煙草を吸うパイプ、これは吸い口がへし折られてなくなっている。

 どれもこの通り壊れている。この部屋と同様に乾いた血で染まっている。どれも古い、とても古そうに見える。


 それこそ、付喪が憑代にしそうな位古い。


 「最初はさっき話したようなことをする。そうすると皆してよがるんだ。最初は嫌がっていてもね。で、その後からが僕の番。そうすると今度は皆泣き叫ぶ、それでねぇ、遂に言うんだ『殺してください』って」

 喉が音を立てる。

 口の中がねばねばする程乾いている。

 産毛の一本一本までが、こいつはいかれていると警報を出している。

 「じゃあまずは、立場を弁えない暴言を吐いた罰を与えよう。口を開けて」

 いかれた微笑み。昨日兵衛の見せたそれとは別のギラついた笑顔。荒い息遣いは先程までのそれとは明らかに異なった性質のもの。


 「大丈夫だよ。ただ舌を二股にするだけだ。ヒヒッ、死にはね、死にはしない」

 脂ぎった顔、引き裂いたようににんまりと笑う口。覆いかぶさられることでそこから漏れる生温かい息を顔に浴びる。


 「ほら、口開けて。ほら早く」

 耐える。耐えなければならない。『殺してください』なんて、死んでも言うもんか。

 痛い思いも苦しい思いもこれから文字通り死ぬほど味わう。きっと悲鳴も上げるだろう。情けない声も出すだろう。そうして散々嬲られて最後は『皆』の仲間入りだ。それでも絶対にそれだけは言わない。

 こいつの言っていることが本当ならば、意地でも私にそう言わせる筈だ。私が言うまで殺さない筈だ。

 なら私は生きる。生きなければならない。私が一分一秒でも長く耐えられれば、その分兵衛の安全が確保される。


 本当は死にたくなんてない。もっともっと生きていたい。痛い思いも苦しい思いもしたくなんてない。

兵衛と一緒にいたい。この十年間で何をしていたのか聞いてみたい。二人でいろんな所に行って、いろんな事をして、からかったり、からかわれたり、軽口を叩いたり、ふざけ合ったりしたい。


 でも、もうできない。


 ならせめて、兵衛を失わずに終わりたい。

 その為なら、痛いのも苦しいのも、少しだけなら耐えられる。

 その覚悟で口を少しだけ開くと、顎を掴まれて固定された。強い力で押さえつけられ、顎の骨が軋みを上げる。


 「怖がらなくてもいいんだよ、ウフッ、罰を受けたら、楽しませてあげるから、ウフフッ」

 ナイフの刃がゆっくりと近づいてくる。

 耐えろ、兵衛を助けるためだ。

 そう、兵衛の無事のため。

 兵衛のため。


 兵衛。

 兵衛――

 ――――助けて。

(つづく)


ス ー パ ー 猟 奇 展 開 タ イ ム

次話は9/1(木)までに投稿予定です。

尚、次回は2話(分量的には1.5話?)同時に投稿いたします。

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