1.
「ほら、早く起きなさいってば! 学校遅れるって!」
前田武志の耳元でがなりたてる声。武志は声を追い払うように手を振って、そこから逃れるように寝返りをうった。もちろん逃れられるわけはない。
「朝だっつーの! 一生寝てるつもり!?」
武志の肩がむりやり引っ張られ、さっきの寝返りは無駄になった。それでもあきらめずに、今度は布団を頭からかぶった。当然それも無駄。
「ほらほらほら、武志くーん、無駄なテイコーはよしなさーい」
「はいひゃい、わかりましたよ。起きればいいんでしょ、女王陛下殿」
武志は目を開けて、ニヤニヤ笑いを浮かべている目の前の顔を憎々しげに睨んだ。里山理沙という見慣れた顔だ。一般的には可愛いほうに入るらしい。
「お目覚めですねー、武志くーん。お顔を洗ってシャキッとしましょうねー、それともまずは着替えを手伝ってあげよっかー」
「着替えるから出てけ出てけ」
「りょーかいりょーかい」
理沙はニヤニヤ笑いを顔に張り付けたまま、部屋から出て行った。武志は溜息をついて、6畳の部屋をぼんやりと見回した。ちゃぶ台の上に、アンパンと牛乳が置いてあった。武志は手早く着替えて、牛乳とアンパンを胃袋に流し込んだ。
「遅れるよー、急いで急いで」
食事中でも、ドアの向こうから、理沙は容赦なく急き立てる。うるさいと思いながらも、武志はつい従ってしまう。カバンを手にとって、勢いよく部屋を飛び出した。
「遅い遅い。もーちょっと早く起きらんないの?」
「俺にとっては早いんだよ」
「体内時計を調整した方がいーんじゃないの?」
「どこでだよ」
「時計屋」
「違うって」
武志は指で理沙の額を小突いた。間髪いれずに、理沙のコブシが武志の腹に決まった。
「暴力反対」
理沙はニヤリと笑った。
「あー痛い、わかりましたよ。さっさと行こうぜ」
「わかればよろしい」
2.
「あーあ、昼飯何にする?」
武志の前の席の荒川良助はあくび混じりに言った。
「いや、まだ朝だし」
武志はあきれてツッコミを入れた。
「いや、まあな、確かに今は朝といえる時間だよ、一般的には。しかし、なんだな、世界に目を向ければ、今まさに昼である場所があるわけだ。つまり、ここで は俺の言うことは変かもしれんけど、もう少し大きな視点で見れば、変でもなんでもない当たり前のことなのだよ。わかる?」
「わからんしわかりたくもない」
武志の冷たい反応に、良助はおおげさに溜息をついて天を仰いだ。
「何かね、女にうつつを抜かしてる奴にはこういった高尚かつ深遠なことは理解できないのかね。少しは精力をおつむにまわしたほうがいいのではないかな?」
「大きなお世話だよ」
「あー、君の彼女のお出ましだ」
良助は体の向きを変えて、何も見ていないようなふりをした。武志が教室の入口に目を向けると、理沙がスーパーの袋を持って教室を見回していた。
「行ってやんなさい前田君」
良助は窓の方を向いたまま、武志に暖かーい忠告を送った。武志は何かつぶやきながら、しぶしぶ手を振って合図をした。
「あーあ、そんなところにひそんでたんですか、おぼっちゃま」
理沙は必要以上に大きな声でしょーもないことを言う。耐えられなさそうなことだが、武志はもう慣れていたりする。
「お前の目が節穴なんだよ。で、何持ってきたんだよ?」
「それが生命の糧を持ってきた人に対する態度かね武志君、ん?」
武志は慌ててカバンを確認したが、食料は何もなし。ついでに財布のなかも空っぽ。
「現実が認識できたかね?」
「わかりました。それでご用件はなんでございましょうか?」
現実にうちひしがれた武志は、もはや抵抗する気力はない。
「昼よ昼。腹が減ってはなんとやらってね、感謝しなさいよあんた」
理沙はスーパーの袋を武志に放り投げた。中身は各種パン。
「礼は言わんぞ、どうせおごりじゃないんだから」
「よーくわかってらっしゃる。そんじゃまあ、そっちのほうはよろしく」
理沙は慌しく教室を出て行った。良助は体の向きを元に戻して、ニヤニヤしながら武志を眺めた。教室に居る他の連中も同じようにしている。その中の一人の女子生徒が武志の席まで歩いてきた。
「うらやましいかぎりよねー」
近づいてきた女子生徒、真中さおりが半ば本気でそう言った。
「あたしもあれくらい一途になれて、それに答えてくれるカレシがいたらいーと思うんだけどねー」
武志は軽く手を振った。
「傍から見るのと現実は違うんだよ」
「あー、倦怠期?」
忍び笑いやあからさまな笑いが教室に広がった。特に良助は不必要な大声でわざとらしく笑った。
「オールドカップルってのも色々大変だな武志君」
3.
「おーい、昼飯食いに行こうぜ」
クラスメイトA、B、Cあたりが武志に声をかけた。武志が答える前に、良助がすぐに割って入った。
「こいつは愛妻弁当があるから行かないってよ」
「弁当じゃねーよ。しけたパンだよ」
「羨ましいねー、愛情イッパイ。そんじゃ、我々は学食にでも行きますか」
A、B、Cは去っていった。良助は自分の弁当を広げながら、ため息をついた。
「青春というのは残酷だ」
「誰に対してだよ?」
「主に彼女及び彼がいないさえない野郎だな」良助は遠い目をして続けた。「もちろん、そういものがいたってアレな奴だっているさ。しかしな、それでもそう いう奴はまだましだね。さっきの連中をよく見てみろ、お前みたいな奴を心底羨ましがってるんだぞ。これを虚しい、残酷だと言わずして、なんと言えばいいの か。ああ、知らないというのはまさに悲劇だ」
「知らないで、想像だけしてるほうが幸せだったりしてな」
「それはありえないな。おっと、君の恋女房だ」
理沙は武志の背後に仁王立ちして、良助と武志を交互に見た。
「あんたら、本当によくつるんでんねー」
それに対して、良助は珍しい虫でも見るような目で理沙を見た。
「君らのように絡まりあっちゃいないし、こうして学校に居る時だけだ。そもそも、偶然そういうところに君が来てるだけだぜ、理沙ちゃん」
「それじゃあ、この三人でつるんでるってことにならない?」
良助は弁当を持って立ち上がった。
「ならないな、俺は学食で食ってくるから。それじゃあ、お二人さん」
そう言って良助は教室から出て行った。理沙はその背中を見ながら焼きそばパンを一口かじって、武志の顔を見た。
「相変わらず可愛げが無い奴だこと。まあ、気をつかってるのかも知れないけどね。このパン半分食べる?」
良助は黙って焼きそばパンを受け取って、二口で口の中に押し込んだ。理沙がパックの牛乳を差し出して、良助はそれでパンを胃袋の中に流し込んだ。
「そんなにがっつかなくたって、誰も取りやしないし、あたしの気も変わったりしないっての。もっと落ち着いて食べらんないの?」
「俺はな、昼休みを飯を食うだけの時間にしたくないんだよ」
「食べることは有意義なことなのだよ、君」
「そうよー、前田君」突然さおりが横から口を出してきた。「特に彼女との食事は大事にしなくちゃ」
「そうそう、その通り」
理沙も力強く頷いた。二人の強い視線に、武志は大きく溜息をついた。
「わかりましたよ」
「それじゃあ。はい、アーンしてぼくちゃん」
理沙は満面の笑みを浮かべながら、アンパンを一口サイズにちぎって、それを武志の鼻面につきつけた。武志は仕方なく、それを口で受け取った。
「おー、うらやましー」
さおりは心の底から羨ましそうな表情で、軽く拍手をした。そんな調子で、昼食は一人を除いて明るい雰囲気で進行した。
4.
「お、大分お疲れのようですな武志君」
良助は武志の肩を叩きながらわざとらしい明るさで声をかけた。武志は少々疲れた様子でそれに答えた。
「いつの間にか、飯を食わせてもらわなくちゃならなくなったもんでね」
「それは大変だ。口移しか」
「似たようなもんだな」
「いやいや、それはご苦労様」良助は自分の席に腰を下ろした。「真面目な話な、お前ら本当に変わってるよ」
「それはどうも」
「なんで結婚してないのか不思議だね、いや全く。それとも事実婚で満足してんのかい?」
「知らんなあ」
「そうか、考えたことがないほど幸せで満足してるのか。実に素晴らしいことだよ、それは。しかしな、ちゃんと考えといたほうがいいぞ、いつ理由が必要になるかはわからないからな、いや本当に」
武志は黙って教科書とノートを取り出して、机の上に並べた。良助はそんなことにはかまわない。
「大体な、お前らはちょっと自覚が足りない。周囲の人間にどれだけの影響を与えているのかまるでわかってない」
「どんな影響だよ」
「一言で言えば、絶望だ。付け加えるとすると、希望だな」良助はそこで足を組んだ。「相反する? 確かにそうだよ、しかしそれは表裏一体ということでもあ る。毎日毎日あれだけ見せつけられて、自分の現状と比べての絶望。お前のような奴でも、ああいったアツアツの彼女がいるわけだから、自分でも可能かもしれ ないという希望。片一方であるよりも性質が悪いなこれは」
「で、どうしろと?」
「どうもこうもあるか、お前にはどうしようもないことなんだよ、もちろん周りの連中にもな。まあ、せいぜい夢を壊さないようにするんだな、それが思いやりのある態度ってもんだ」
「ああ、了解したよ」
「本当にわかってるか怪しいもんだな。ま、わかる時もそのうち来るだろ」
良助は言いたいだけ言うと、さっさと前を向いて居眠り用の枕を取り出して、次の授業に備えた。
5.
「それでは武志君、そろそろ帰りましょうか」
帰りのホームルームが終わると、早速理沙が教室に飛び込んできた。
「お前、部活は?」
「今日は休みなのだよ武志君。君と同じくね」
「文化系は休みが多くていいねえ」
良助は特に何の感情もなく、そう言った。
「そういうお前は帰宅部だろう」
「帰宅部というのはな、帰宅するのが部活動なんだ。つまり、休みは無いんだよ」
理沙は武志の腕をつかんで立ち上がらせた。
「アホはほっといて行きましょうか。買物もいかなくっちゃいけないしねー」
「おお、明るい家族計画か、実に結構なことだ」
良助は笑いながらそう言うと、自分のカバンをつかんで、席を立った。
「それじゃ、お先に失礼するよ、お二人さん」
理沙は良助が教室を出て行くのを待ってから、武志の腕に自分の腕をむりやりからませた。
「あたし達も行きますか」
「はいはい」
腕を組んだ状態で、二人は教室を出て行った。さおりは、その後姿をみながら大きな溜息をついた。
「ほんと、うらやましー」
しばらくしてから、良助が周囲をうかがいながら教室に戻ってきた。良助はまだ居残っているさおりを見つけると、近づいて声をかけた。
「あいつら帰ったのか?」
「うん、仲良く帰ったけど」
良助はにやりと笑って、カバンから一枚の紙を取り出した。
「ちょっとあいつらに仕込んでやりたいことがあるんだけどな、協力してくれないか?」
さおりは紙を受け取って、しげしげとそれを眺めた。途中まで読むと、満面の笑みを浮かべて何度もうなずいた。最後まで読んだころには、すぐにも走りだしそうな様子だった。
「おもしろそうねー、これ」
「だろ。協力者が多ければ多いほどいいんだよ。お前さんも人数集めてくれや」
「なるほどなるほど。盛大にやりたいねー」
良助とさおりは顔を見合わせて、声を出さずに大いに笑った。
6.
何やら陰謀が企てられているとは知らない理沙と武志は、のんきに帰りの道のりを満喫していた。
「このまんま帰んのもなんだから、どっか寄ってかない?」
「どこだよ。俺はおごらんぞ」
「まーまー、そうけちくさいことは言わないで」
理沙は武志の手を力強く引いて、ファミレスに引きずり込んだ。理沙は店員とは顔なじみらしく、目で合図をすると、窓際の席に一直線に進んだ。二人は向か い合って座った。さっきの顔なじみの店員は、理沙に何か耳打ちすると、にやりと笑って水とおしぼりとメニューを置いていった。
「さて、間食といきましょうか」
理沙はおしぼりで手を拭きながら、喜び勇んでメニューを開いた。
「カロリー計算は大丈夫ですかね、お嬢さん」
「あんたの財布の中身の方が心配ねぇ」
武志の皮肉にも理沙は全く動じない。店員を手で呼び寄せて、パフェとコーヒーを二つ頼んだ。
「いやいや、楽しみですねぇ。今はマンゴーパフェですよお兄さん」
「それはよかった」
「おやおや、そういう態度をしていると、おこぼれにありつけませんよ武志君」
「パフェなんかいらねーよ」
コーヒーが運ばれてきたので、二人は会話を中断した。武志はクリームと砂糖をたっぷりと入れた。
「いつも思うんだけどさ、そんなにドバドバ入れちゃっておいしいの?」
「俺はこれくらいが好きなんだよ。苦いのを味わいたいわけじゃないんだからな」
「わかってないねー、君は。苦味がわかってこそのコーヒーでしょうが。一口くらいはストレートで飲めってーの」
理沙はそう言って、コーヒーをグイッと飲んだ。武志はそれを見ながら、コーヒーをよくかき混ぜた。
「ストレートは胃に悪いぞ」
「あたしの内臓はジョーブなのよ、おわかり? 大体ねぇ、一口くらいなら別に大丈夫だっての」
「その一口が命取りってやつだよ」
武志はそう言って、コーヒーをすすった。そうしているうちに、お楽しみのマンゴーパフェが到着した。パフェには二つのスプーンがついてきた。
「なんでスプーンが二つくるんだよ。俺は食うつもりはないんだけど」
「まーまー、カップル仕様ってやつよ。ほら、両端から同時にアレするためのポッキーもついてるでしょ」
武志の頭が、がっくりと前方に垂れた。理沙はそれを見て、にやりと笑った。
「ありえなーい、ってところでしょうか? 武志君」
「ありえないというより、あってはいけない」
理沙はおもむろにポッキーをパフェから抜き取って、それを口にくわえた。武志はそれをしばし見つめてから口を開いた。
「それはどういうことだ?」
理沙は何も言わずに、口にくわえたポッキーを武志に突き出した。武志がくわえなければ、日が暮れても引っ込めそうにはなかった。武志は仕方なく、ポッキーの反対側をくわえた。
7.
すっかり疲れきった様子の武志は、理沙に引きずられながら自宅のボロアパートの前まで帰ってきた。
「ほらほら、お家に着きましたよ武志君」
理沙はやっと組んでいた腕を離した。武志はふらふらと郵便受けに近づいて、とりあえず中に入っているものをつかんで、カバンに押し込んだ。
「なにか見られるとヤバイもんでも入ってたん?」
「むしろ入っていて欲しいくらいだ」
「またまたー」
武志は理沙に小突かれながら、ドアの鍵を開けた。理沙は当然のような顔をして、武志と一緒に部屋に入った。武志はカバンを置いてから、理沙の顔を見た。
「これから着替えるとこなんだけどな」
「じゃ、お手伝いしましょうか」
理沙は含み笑いをして、武志のズボンに片手をかけた。もう片方の手は首にまわして、ちょうど武志を抱くような格好になった。武志は天井を見上げて溜息をつくと、理沙を押しのけた。
「あとで買物付き合ってくれよ」
「はいはい、りょーかいしました。連絡よろしくね」
理沙は案外おとなしく出て行った。武志は手早く制服を脱いで、私服に着替えた。米を計って炊飯器をセットしてから、冷蔵庫の中を確認した。冷蔵庫にはろくなものがないことだけはわかった。仕方なく、理沙からもらったチラシでスーパーのセール情報を確認した。
武志は買うものをメモしてから、パソコンの電源を入れた。メールの確認やらなんやらをして時間をつぶした。
そうこうしているうちに日が沈んだ。武志は約束通りに理沙に電話をかけた。
「もしもし、俺だけど」
「遅いって。ぐずぐずしてると店しまるっての」
「24時間営業の店だってあるじゃないか」
「基本的に高いんだって、そういう店は。そこんとこ学習しないと、あんたいつまでもビンボー抜け出せないよ」
「収入増やせばいいんだろ」
「あー、だめだめ。確実に収入と支出が比例して増えていくだろーね」
「はいはい、わかりましたよ。それなら、早いとこ24時間営業じゃない店に行こうぜ」
「わかってないわかってない。全然わかってない。まあ、迎えにいってあげますよ、ぼっちゃん」
理沙は電話を切った。
8.
「玉ネギ安いけど買わないの?」
「まとめ買いしてっからいらないよ」
「じゃ、ニラは? 二束くらい買っとけば」
「一束で十分だ」
「なすも安いから買っといたら」
武志と理沙は夫婦と言ってもいいくらいの雰囲気で買物をしていた。こんなところをクラスメートに見られたら大変だなと、武志はぼんやりと考えていた。
「あ、いいねー二人で買物。夫婦みたーい」
武志の後向きな考えが当たったらしく、さおりが現れた。
「ねえねえ、どっちが料理作ってんの? 毎日愛妻料理? それとも二人で仲良く?」
「もちろん自」そこで理沙が割って入った。「もちろん、二人で仲良くよー」
「やっぱりー! いいねーうらやましー」
さおりは武志の言ったことはなかったことのように、おおげさと言えるくらいの反応をした。理沙もおおげさに反応した。具体的には武志の腕に自分の腕を絡めて、顔を武志の肩に乗せた。
「本当、幸せすぎて困っちゃうわ」
「あー、僕もとっても幸せです」
武志はできるかぎり情熱を込めずに同意した。さおりはわかってるのかわかってないのか満面の笑顔で大きくうなずいた。
「それじゃ、じゃまものは消えまーす」
「一緒に買物しようよ」
「いやいやいや、そんなに見せつけられたらたまりませーん」
さおりは笑いながら退散した。理沙は絡めていた腕をはずして、武志の肩に手をまわした。
「思いやりのある友達を持って幸せですねぇ。ん? 武志君」
「ああ、とっても幸せだよ」
武志はじゃがいもを選びながら、口の端を使って答えた。
「幸せなら態度でしめそうよ、と言いますね」
理沙の言葉と視線に、武志は多少の間耐えていた。もちろん長続きしるはずはなく、しかたなく理沙の肩に手をまわすことになった。3分くらいそのままで、やっと理沙は納得した。
「うむ、君の幸せな気持ちが大変良く伝わってきましたよ」
理沙は武志の頬を軽く叩いて、体を離した。武志は周囲を一度見まわして、いくつかの視線を確認すると、理沙の手をとって足早にその場を離れた。
9.
放課後の教室に、武志を除くクラスの人間が勢揃いしていた。仕切っているのは良助らしかった。
「さて、それでは我が学園が誇るバカップルを力いっぱい祝福してやる件についてのミーティングを始めようと思う」良助はもったいぶって咳払いをした。「遠慮せずに意見を述べてもらいたい」
早速さおりが手をあげた。
「とりあえず、武志君を教室につなぎとめておく方法を考えないといけないねー」
「前田よ、お前がからめばいいんじゃないか?」
「いや、サプライズのためには、奴を一度教室から出す必要がある。まあ、30分は必要だろうな」
「その30分をどうやって稼ぐんだ?」
「そこんとこはまかせておけ」
「彼女のほうは大丈夫なのか?」
「それは全く心配ない」
良助の自身満々の一言に、しばらく教室は騒然となった。
「それはわかったんだけど、サプライズの中身って具体的になんなの?」
良助はにやりと笑った。
「披露宴だな」
いっせいに笑いが起こった。
「じゃ、ケーキは必須だな」
「それだけじゃ駄目でしょ、ご馳走も用意しないと」
「飾りつけだって重要だろ
「御成婚おめでとう、とかそういうやつ?」
「それだ、それはいいアイデアだな」良助は大きく頷いた。「できれば衣装も用意したいところだな」
「レンタルで借りればいいんじゃないの?」
「まあ、まさか常備している奴はいないだろうしな。それは俺が手配しよう」
「ご馳走は? せめてケーキは?」
「作るより出来合いの物を買ってきたほうがいいだろ。30分の間に」
「確かにねー、朝から持ってくるわけにもいかないし」
「予約しておけばいいんだろうね」
「あー、それあたしがやるー」
さおりは喜んで手をあげた。
「お前だけが食うんじゃないんだ、ボリュームがあって見た目が豪華なやつだぞ」良助はしかめっ面をした。「予算はあんまりないからな」
「心配ごむよう。ケーキならまかせて」
良助はなんとなく心配そうな顔をしたが、すぐにその表情は引っ込めた。自分のカバンを机の上に乗せると、何やら色々と書かれた紙を数十枚取り出した。
「それじゃあ、予定の日までに、この紙に書いてある準備を済ませるようにしよう。各自分担をしっかりこなしてくれよ」良助は咳払いをして、にやりと笑った。「ことの成否は君たちの働きにかかっている」
10.
武志はいつも通りに帰宅しようとしていた。良助がなれなれしく、肩に手をまわした。
「武志君、ちょっと話があるんだがな」
武志はうるさそうに手を払いのけて、立ち上がった。
「俺のほうにはないんだけどな」
「まあまあ、そうつれない態度をとるなよ。30分、30分だけの大事な話なんだよ」
手を合わせて頼み込む良助に、武志は態度を軟化させた。
「わかったよ。で、なんなんだ?」
「いや、ちょっとな、ここじゃ話づらいことなんだよ。場所変えようぜ、場所。あ、カバンははそのままにしとけって」
「わかったよ」
武志は溜息をついて、立ち上がった。良助は武志の背中を押すようにして、教室から出て行った。二人が出て行くと、教室は突然活気を帯びた。
「さあみんな、飾りつけを始めましょー」
さおりははりきって宣言すると、自分はケーキを受け取りに、そそくさと教室をあとにした。
「ほんとお気楽ね、あの娘は」
「まあ、いいんじゃないの? あれはあれで。それよりほら、準備準備」
妙な団結力で準備は順調に進んだ。20分くらい経ったころに、さおりがでかい箱を持って教室に戻ってきた。
「おまたせー。ねえねえ、これちょっとすごいんだけどさ」
さおりは箱を教壇の上に置いて、教室中の注目を集めた。
「それではちゅーもくー」
箱が開けられると、普通にはお目にかかれないような、豪華なケーキが姿を現した。特にケーキの上に乗っている、飴細工の人形が目を引いた。
「すっごーい、これってあの二人? 似てるー」
「本当だ、よくこのサイズでここまで作りこんであるな。ウエディングドレスにブーケ、タキシードもばっちりだ」
「どーですかどーですか。さらにおまけとして」さおりはポケットから何かを取り出して、天にかざした。「じゃじゃーん」
「・・・いや、それはいらないんじゃないか?」
「え、そうかな? せっかく作ったんだけどなー」
さおりは残念そうに溜息をついて、フィルムがかけられた手の中の飴細工を見つめた。
「司会者はいらないってさ、師匠。人間国宝なのにねー」
人間国宝の某噺家の飴細工にそう語りかけると、残念そうにポケットに戻した。
11.
「そろそろいいだろ」
武志を引きずりまわしていた良助は、壁の時計を見上げてつぶやいた。武志は怪訝そうに良助の顔を見た。
「何がいいんだよ」
「いやいや、こっちの話だよ武志君。それではごきげんよう」
良助は笑いながら去っていった。武志はその後姿を見ながら、何か、非常に嫌な予感がしてきた。とりあえず教室に戻ろうと、まわれ右をした。嫌な予感は現実になったらしかった。
「やあやあ武志君。ずいぶん道草をくってたらしいじゃないの、ん?」
表面上はにこやかな理沙だったが、武志には多少顔が引きつってるように見えた。
「しょうがないだろ。それより、早く帰ろうぜ」
「はいはい、事情は後でたっぷり聞かせてもらいますよ。とりあえず、カバンを取りにいきましょうか。武志君」
「了解しました」
武志は溜息をついて、理沙の後について歩き出した。
「そうそう、あんたのクラス何かやるの?」
「知らないな」
「ふーん、何かごちゃごちゃやってたみたいだけどね。さっきは入るの断られちゃったし」
「俺は何も聞いてないぞ」
「あーあ、一人だけのけ者」
「さあね」
武志はまた嫌な予感がした。
そうこうしているうちに、教室の前に到着した。特に変わった様子もなく、静かだった。
「別に、何にもないみたいだぞ」
「もう終わったのかな、なんかの準備にしては中途半端だけど」
武志がドアを開けて、教室の中に足を踏み入れると、クラッカーの集中砲火が待ち構えていた。
「おめでとー」
12.
武志は晒し者のような気分だった。教壇の前に作られた特等席に座らされて、目の前には立派なケーキがある。理沙は衣装が準備されているとかで、今は別室 で着替えの真っ最中らしかった。理沙が戻ってきたら、それはそれで違う意味での晒し者になりそうだったが、状況が変わるかもしれないというだけで、今の武 志には十分だった。
「えー、諸君! 静粛に、静粛に。これより、前田武志君と里山理沙君の披露宴リハーサルのようなものを始めます」
良助は大げさな身振りで教室の後のドアに向かって手をあげた。
「それでは里山君の入場です」
万雷の拍手と共に、なんとなくチープなドレスを着た理沙が教室に入ってきた。良助は武志の肩を小突いた。
「おい、手を引いてここまで連れてくるんだよ」
武志は軽く溜息をついて立ち上がると、理沙のそばに足早に近づいて腕を差し出した。
「お嬢様、お手をどうぞ」
しかし、理沙は首を横に振って、武志に体をすっと寄せた。それから、武志の首に左手をまわして、小さな声でささやいた。
「わかってるでしょ」
「本気かよ」
武志は理沙の目を覗き込むと、答えを聞かずに理沙を抱きあげた。教室は一瞬の沈黙の後、大喝采に包まれた。その喝采の中で、理沙は再び小さな声でささやいた。
「ねえ、幸せ? それとも、迷惑なだけ?」
「そんなこと聞くなよ」
「口で言うのが嫌なら態度で示すべきじゃない?」
武志は理沙の顔にぐっと近づいて、笑った。
「後でな」
傍から見ると、幸せいっぱいにしか見えない2人だった。
終わり |