恋。それは甘くて苦いもの。
降りはじめた雪は、とうぶんやみそうもなかった。
黙々と灰と白でまだらになった世界を歩く。学校前のバス停を通りすぎ、坂道をくだる。立ち止まりたくなかった。少なくとも雪の中を歩いているうちは、頬に当たる雪に、悪態をついていられる。
冷たい、痛い、濡れて気持ち悪い、足元がすべる、前がよく見えない、ああ、もう、雪なんて、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ……。
この雪じゃ、矢取りの道もべちゃべちゃだろう。雪かきは、指示しなくてもやってくれているだろうか。男子たちは、すぐに雪遊びをはじめるから……。
そこまで考えて、足が止まった。部活を休むことを、だれにも連絡していない。ごそごそとスクールバックの中をさがす。白いスマホを探り当て、誰に連絡を入れようかとリストを送っているうちに、指がとまった。
なんて言い訳するの。
彼氏にフラれたから、部活に行けませんって言うの……。
頭の中に浮かんだものに、思わず息をとめた。ドロドロしたものが体の奥底からあふれてくる。これに全部満たされてしまったら、自分はどうなってしまうんだろうって怖くなるような真っ黒い何か。
けれど、そうなってしまいたいともすごく感じる。恨んで、憎んで、嫌って、呪わしい思いにひたってしまえば、……悲劇のヒロインになってしまえれば。
……そんな馬鹿馬鹿しいまね、絶対するもんかって、思っていても。
だって、だってさあっ!!
雪の中、唐突に目の前に浮かんでくる奴の幻影に、持っているもの全部投げつけて、めちゃめちゃにしてやりたい衝動がつきあげてくる。
ほかに好きな子ができたって、なにさっ。
彼女はいつもたいへんな時に一緒にいて、励ましてくれて、だから試合でも頑張れたって、相手はマネージャーなんだからあたりまえじゃんっ。
おたがい副部長頑張ろうぜって、おまえが弓引いてるところいいなって思う、あらためて惚れなおしたって、照れくさそうに言ってたくせに!!
嘘つき、嘘つき、嘘つきっ!! ちょっと話が合って優しくされれば好きになる、そのていどで好きとか言うなあっ!!
さっき言いたかった言葉が、今さらすらすら浮かんできた。
頭の中真っ白で、ふうん、そう、なんてなんでもない顔で、さらっと流したけど。わかった、別れよ、なんて笑ってみせて。
……本当は、すっごくみじめだった。好きって言われて、その気になって、つきあったのに、興味なくされて、ほかの子に心をうつされて、それで、フラれた。
それって、どう意地張ってみたって、私よりあの子のほうが魅力的だったってことじゃん。
マネージャーだっていう彼女のことは、ずっと気になっていた。一つ年下の、可愛くもなければ地味でもない、普通の子。
告白にOKしてから、通りがかりに部活をしている彼の姿をさがすようになって、そのうち、彼女が誰を目で追っているのかに気付いた。
そんな彼女に対して、でも、彼は私とつきあってるんだよって、ちょっと意地悪な優越感にひたってた。……彼が彼女と自然に楽しそうに笑っているのを見るまでは。
あれって、思った。
だって、私たちは二人きりだとなんだか息がつまって、そらぞらしく笑ってまぎらわせていることが多かったから。つきあうって、面倒くさいことなんだなって思ってた。
……いつ、ドラマや漫画みたいに、すごく好きになれるのかなって、思ってた……。
「あーあ。ばっかみたい!」
きゅうに、自分でもびっくりするような大きな声が口から飛びだした。
頭に積もる雪が、いいかげん我慢できないくらい冷たく感じてきて、ばさばさって払い落す。顔からしたたる水滴も、びしょびしょになってしまった手袋で拭きとった。
ヴウウウウウウとバス独特のエンジン音が背後から追いついてくる。もう寒いのはたくさんだった。いそいで五メートル先にあるバス停に向かって走りだす。
バスと一緒にバス停に辿り着いて、息をきらせて乗りこむ。
あんまり濡れているから席に座らず、手すりにつかまった。手袋をはずして、握りっぱなしだったスマホにメッセージを打ちこむ。
『転んでびしょ濡れになってしまったから帰るね。部活、後よろしく』
部活のラインに流し、電源を落とした。
顔を上げると、窓の上、ピンク色をしたバレンタインの広告に目を引かれた。ハート形のチョコレートがいくつか転がっていて、その横に。
『恋。それは甘くて苦いもの。』
……いつかそんな恋をしてみたい、と思った。今度ははじめから本気で。
思いついて電源を入れなおし、カシャリと撮る。恋の真似事が終わった記念。綺麗に写っているのを確かめてから、スマホをバッグに放りこんだ。