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終末世界とセーラー服  作者: 四宮 式
栄光のマエストロ
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序章

「カノンちゃんたち…大丈夫かな…?」


 頭にきれいに結わえられたお団子を揺らしながら、少女が呟いた。小さく華奢な身体が抱えているのは、少女が持つには似つかわしくない長身のスナイパーライフルだ。少女はスコープで目標を覗こうとしているが、撃つべき対象は土煙にまみれてみることができない。唇を思わず噛み、前線で戦う仲間を想う。


「……何もないといいけど」


 目標も仲間の場所も分からない。距離を保っているはずのドルチェの周りの草木が、土煙を劈いて飛び込んでくる地響きでがさがさ、と揺れる。武器を持っていなければとても抵抗することのできないことを察した本能が、ドルチェの理性に早く逃げろと語り掛ける。それでも少女は、あくまで気丈に振舞う。その程度はもう慣れた。それに、彼女には抱えている素晴らしい武器と仲間がいる。


 狙撃地点から500メートルほど先の前線は混乱を極めていた。


「コルトは一旦後方に下がって!アタシとフィーネで前線を立て直すから、その間に援護の準備を!」

「オッケー、カノン!足元に気を付けてね!」


 カノンと呼ばれた小柄な少女が叫ぶと、コルトと呼ばれた長身の少女が答えた。

身長150センチ少しくらいしかない小さな身体はどう見てもまだ10代といった風貌で、その手に握られている重火器や腰に握られている手榴弾は相変わらず不釣り合いだ。


「後ろに下がったら今日持ってきたの、全部吐き出すつもりでいいからね!全力でやっちゃって!」

「はいよ~!」


 コルトがそう叫びながら指示に応じた。土煙の向こうにその姿が消えてゆく。


「さて、と……。フィーネ、あと10分私たちで時間を稼ぐよ!」

「……分かった」


 カノンの呼び声に応じて、長い髪の少女が駆け寄ってきた。おそらくカノンと同年代くらいだろうか。まだ幼さが残りつつも整った顔立ちは、街中においておけば男が何人も寄ってきそうな印象を受ける。ただ、やはりこの少女の手には角ばったアサルトライフルが握られており、見た目との差異を感じさせる。


「じゃあ、いくよ!」

「うん」


二人が同時に飛び出した。敵は人間ではない。駆ける二人を迎え撃つかのように大きな鞭のような物体がうなりをあげて飛んでくる。


「うわ!危ないなぁ~、もう~」


 口調とは裏腹に少女の顔は余裕の表情だ。振り向いた彼女が避けるには間に合わないような速度だったが、それを目にもとまらぬ速さで避けてしまう。


「く~っ…まさかここでコイツに出くわすとはね…。」


 そう独り言ちた彼女はやはり敵をもてあそぶような動きをしている。


「かなり大型よ。おそらく地上型の中でも危険な部類だから、かなり危ない方かも」


 フィーネが釘を刺した。落ち着いた口調と論理的な口ぶりから、彼女がカノンとは性格が違い用心深いことをうかがわせる。


「フィーネ。弱点は?」

「このタイプは胴体上部。あの目玉みたいなのを全部破壊すれば大体の機能は止まるらしいよ。」

「なるほど。じゃ、私とフィーネで前線維持が余裕でできているんだから、あとは簡単かな。この煙でドルチェは打てないけど、コルトが後ろで準備をしている。三人だけで何とかなる敵ってことだよね、要するに」


 銃弾をバラまきながらカノンがそう叫ぶ。まあそうだけど気を付けてねとフィーネが返事をした。カノンの言うことが的を射ていると判断したらしい。


 風向きが変わって煙が晴れ、化け物が巨大な全貌を表す。おそらく高さは5メートルほど。軟体生物を植物にしたらこうなるのではないだろうかという見た目をしている。形状はたくさんの弦が伸びたホヤという印象だ。しかし、その見た目は軟体生物とは裏腹に固そうな樹皮に覆われている。その弦をぶおん、ぶおんと振り回しながらあたりにある草木を破壊していく。


「さて……一丁やりますか!」


 カノンが気合を入れる。同時に、不可思議なことが起こった。カノンの瞳の周り、光彩の部分に紅いリング状の光が宿った。隣のフィーネも青色のリングをまとわせている。そして二人は迫りくる弦を常人とは思えないスピードで避け始めた。


「皮が固くて私のじゃどうにもならないよ~。フィーネは?」

「私も。これは後ろに任せた方が良さそうね」


 自身が高速で走り回れること自体は慣れている、という様子だ。しかしカノンもフィーネも、手持ちの武器だけでは怪物を食い止めることはできても傷を負わせることはできないらしい。その間にも怪物は自分の何分の一もないちょこまか動く物体をはねのけるため、本能で弦を振りかざす。


「じゃあ、後ろに任せよっか!そろそろじゃないかな?」


 カノンがそういった直後、ひと際太い弦がカノンの脇を通りかかった。ひゃ~、あぶないね~、と少し冷えたような声を出す。


「ほら言ったじゃないの、気を付けないと足を救われるよ、って」


 対してフィーネは次々と、確実な動作で鞭を避けている。空いた時間で牽制のための手榴弾を投げる。どかん、という音がして少しだけ化け物の動きが鈍る。


「あはは~、ごめんごめん~。でも、そろそろじゃないかな~?」


 瞬間、化け物の胴体部分に大砲でも着弾したかのような音が聞こえた。一瞬の静寂の後、化け物が大きくのけぞり、動きが止まる。そして着弾した箇所に今まで振り回していた弦を集め、かばうように胴体に絡みついていく。


「流石はドルチェ、どれだけ離れていても絶対に外さない~。後でたくさん頭を撫でてあげないとね♪」


 自分たちからは姿が見えないドルチェの姿を思い起こしながらカノンがそう話した。おそらく後方ではドルチェがせっせと次弾の装填をしているころだろう。


 ひと呼吸おいて先ほど着弾したところと全く同じ場所に弾丸が当たる。本来であれば装甲を持った車を貫くために作られたスナイパーライフルを振り回しているのである。化け物とて生物だ。それを受けて負傷しないはずがない。

 数発の弾丸を受けた化け物は、ついに周囲への攻撃をやめて防御に転じた。


「よし!チャンスだね!コルト~!そろそろできたんじゃないの~?」


カノンが叫ぶと、すぐに先ほど前線から下がっていった少女がもう一度戻ってきた。


「は~い!早く帰ってゆっくりしたいし、そろそろ片付けちゃうわよ!」


 巨大な肩打ち式の対戦車ロケット弾を抱えている。


「あんたはドルチェみたいにはいかないんだからしっかり狙いなよ~!そして早くしないと再生が終わちゃうからね~!」

「うるさいわね!大丈夫よ!これだけ大きいんだから外しようがないわ!」


 軽口を叩くフィーネにコルトが言い返す。化け物はいまだに動きを止めたままだ。


「さあてそろそろいっちゃいますか!ぱっぱと片付けて家に帰りたいわね!」


 そしてあっさりと引き金を引いた。コルトの肩から発射された対戦車徹甲弾がものすごい轟音と共に化け物へと飛び、着弾する。

 ほかのすべての音が吹き飛ぶほどの大音響と閃光。化け物の身体が大きく割れ、倒れていくのが分かる。

 イントレア。ある日突如として地球に誕生し、その勢力を大幅に拡大した新たな生物の総称。植物から進化したこともあって彼らの侵食は尋常ではなく、毒性があることも相まって人類の生息圏は大幅に狭まった。


 もはや暦の概念もなくなった、年代もよく分からない遥か未来。

 

 人類は、今日も窮地に立たされている。

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