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霹靂のレーヴァテイン
作:神宮寺飛鳥



夢の、始まり(2)



「…先輩?」

顔を上げると、そこにリイドの姿はなかった。
ゆっくりと身体を起こし、周囲を眺める。 深夜の病室で、彼は確かに眠っていたはずなのに。
胸騒ぎがして立ち上がろうとすると肩から毛布が静かに床に落ちていった。

「…」

何故か、気持ちが揺れる。
このまま彼が消えてしまうのではないか、なんて…馬鹿馬鹿しいことを考えた。
けれどそれはあながち外れているとも思えなくて、あわてて病室を飛び出した。

「リイド先輩…!?」

どこにも見当たらない彼の姿を求め、廊下を駆ける。
そこは何度も歩きなれたはずの景色なのに、まるで異界の迷宮に迷い込んでしまったような錯覚さえ覚えた。
いつからかそんな不安が常にすぐ近くにあり、誰かにおいていかれてしまう事を恐れていた少女。
足取りは速く、縺れ、転びそうになりながらも少年の姿を探す。

「少し目を離すと、すぐこうなんですから…」

思わず笑ってしまう。 胸がずきずき痛むのに、それでも苦笑が浮かんでくる。
ゆっくりと歩こう。 いなくなったりするわけがない。 彼は急に居なくならない。 自分を守るといってくれたのだから。
歩みの先、少女の姿を見た。 白い少女は解けかかった包帯を揺らしながら、何も言わずアイリスとすれ違う。

「…え? エアリオ先輩…?」

ふらふらと歩くその姿は幽霊かはたまた幻覚のようですらあった。
確かに命を落とし、冷たい姿で発見されたエアリオ。 しかし彼女は現に目の前を歩き、とおりすぎていった。
それに続き、オリカとリイドが肩を並べて歩いてくる。 二人の姿を見てほっと胸をなでおろし、それから手を上げた。

「先輩!」

「アイリス? ごめん、起こしちゃったかな」

「いえ。 それより二人とも、こんな時間に出歩いてどうかしたんですか?」

ばつの悪そうな表情を浮かべ、オリカの顔色を伺うリイド。
首を傾げるアイリスの肩を叩き、それから歩き出す。

「なんでもないよ」

「なんでもないって…本当ですか?」

「ホントホント。 だよね、オリカ」

「うん、なんでもないよ〜」

「…何だか怪しいです。 二人そろって仲良くというのが実に怪しいです。 私の知っているお二人は、もうちょっとどつき漫才みたいな関係のはずです」

「どつき漫才って…」

「あははははは! 確かにそうかも〜…あいたーっ!? おこられたー…」

「何で肯定してんだよお前は…」

「うえええん…。 だって、リイドくんがそうやっていつもぶつからじゃないの…?」

並んで歩きながらそんなやり取りを続けているオリカとリイド。 その背中に少しだけ安心する。
よかった。 いつもどおりの二人だ…なんて。
だから立ち止まり、微笑みながら見つめるその二人の背中が、少しだけ今までと違ってしまってる事にアイリスは気づかなかった。
そうして取り戻した大切な日常が、これからもずっと永遠に続いていくのだと、信じてしまっていた。

「どうしたんだアイリス? 置いてくよ?」

「アイリスちゃ〜ん、はやくはやく〜」

「あっ…はいっ」

あわてて追いかける背中。
それがとても大切で、大好きだってこと、きっと少女はずっと忘れないだろう。



⇒夢の、始まり(2)



「それで…何故僕たちがお前と食卓を囲まねばならないのだ」

明け方の食堂に、ラグナロクの制服を着用した面々の姿があった。
黙々とパンを食べているミリアルド、その隣でちょこんと座ってカロードを見ているエリザベス。 そのまた隣に腰掛けたカロードはフォークを片手に首をかしげた。

「なんだこの状況は。 何故ジェネシスの連中と一緒に食事をしなければならないんだ」

「一発で撃墜されたから仕方なく回収してやったんだろうが。 ぶつぶつうるせえぞ」

「ふん。 貴様のほうがわずかにやられるのが早かっただろう。 両腕失って無様に飛んで帰ってくる姿は滑稽だったぞ」

「…」

「…」

テーブルをはさんで正面に座ったカロードとカイトはお互いに笑いながら、しかし目だけは敵意に満ちたままフォークを握り締めている。
そんな二人を他所にパンを食べ終えたミリアルドが口を開いた。

「ていうか、どっちみち俺がみんな回収してあげたんだけどね」

「「 ぐっ! 」」

二人が同時に引き下がる。
戦闘に参加していなかったミリアルドは大破し墜落しそうになった機体を回収し、ジェネシスまで運んでくれたのである。
隠れていていいとこどりだろう、何ていいがかりたかったものの、結局二人とも助けてもらっているのでなんともいえないのである。

「お兄様もカイトも少し静かにしたらぁ? せっかくの朝食なんだから…」

「す、すまん」

「でもなあエリザベス、お前の馬鹿兄貴がなあ…うおあ!?」

投擲されたナイフを回避し、冷や汗を流すカイト。

「お兄様を馬鹿にすると許さないわよ」

「…だからってナイフを投擲すんなよ…」

四人の食卓は奇妙だった。 本来ならば敵同士…いや、今現在も進行形で敵同士である物が、食事を共にするなどありえない状況だ。

「ジェネシスは何を考えている?」

「別に何も考えてねえよ。 俺は別に…争いたくて争ってるわけじゃねえ」

「甘いな。 それは偽善だ」

「何だと…!?」

「二人ともいい加減にしなさい!」

エリザベスの怒号で二人はばつの悪そうな表情を浮かべた。
カロードはサラダを口に運びながら、静かに呟くように言った。

「僕たちはもう後戻り出来る場所もない。 施しや同情なんて、されたところで嬉しくもないさ」

腕を組み、明後日の方向を眺める。
他に誰も居ない食堂の中、カイトは目を細めた。

「俺だって、わかってるよ…そんなの」



病室の前にオリカとアイリスの姿があった。
二人は壁に背を預け、静かに時を過ごしている。

「でも、驚きですよね…。 あの状態から、蘇生するなんて」

その部屋は今エアリオが使用している部屋であり、目を覚ましたエアリオとリイドが話したいとのことで、二人は席を外していた。
中からの声は聞こえなかった。 だから尚更二人がどんな会話をしているのかアイリスは気になって仕方がなかった。
一度好意を寄せていると自覚してしまうと歯止めが利かないもので。 もどかしい気持ちを抱えながら隣に立つオリカに視線を向ける。

「初めて見た時、死んでるんじゃないかって思いました…」

「んー、そうだね〜。 でも…生きてた。 それってすごく、幸せなことだよね」

「はい。 でも不思議な事です。 ちょっとだけ、理解しかねる状況です。 頭部を銃で撃ち抜かれた人間が蘇生するものなんでしょうか?」

「どうかな? でもだからこそ…エアリオちゃん、記憶を失っちゃったんじゃないかな」

「………」

エアリオは、過去の記憶全てを失っていた。
まっさらな状態で目を覚ました彼女は、リイドを見ても何も思い出す事はなかった。
それは、とても悲しい事だ。 目の前にいる人にようやく会えたというのに、そこに求めていた人は居ないという事実。
こつんと、壁に頭を当てる。 今、リイドの心はきっと揺れているだろう。 その背中を抱きしめてあげられない自分が、やっぱり少しもどかしかった。


「出来た。 ホラ、食べるでしょ?」

果物ナイフと、皮のむけたリンゴ。
片手ずつにそんなものを持って、リイドは優しく微笑んでいた。
顔中に包帯を巻いたエアリオは小さく頷き、食べやすいサイズにカットされたリンゴを口に含む。

「…おいしい」

「そっか」

白い陶器の皿の上に切り分けたリンゴを並べていく。
一枚にきれいにつながったリンゴの皮がゆらゆらと鮮やかに揺れて、エアリオはそれに目を奪われていた。
その視線に気づき、リイドは微笑む。 目を伏せ、リンゴを切り分け、うさぎをかたどったそれを片手に乗せて見せた。

「うさぎ…?」

「そう、うさぎ。 器用でしょ?」

「…」

黙って頷くエアリオ。 表情は一切無かった。 ただ美しい瞳にリイドを映し出している。
言葉も、思いも、記憶も、感情も、まるで全てをなくしてしまったかのようなエアリオの姿は…初めて出会ったその時に戻ってしまったかのようだった。
そうして改めて思う。 胸を突き刺すような痛みもまた、彼女を愛しく思っていた事の証拠なのだと。
時間がひどく穏やかに感じる。 全てが止まっているような速度で動き、世界は今もゆっくりと進んでいるのだと知る。
そうして、失ってしまった時間はもう二度と戻らないという事も。

「よくきみの為に料理を作らされた。 毎日毎日ね…。 でも、君はすごく嬉しそうな顔で食べてくれるから、ボクはそれが楽しみだった」

「…」

「きみと暮らした日々はくだらない事も多かったけど、楽しくてね…。 今思うと色々あったなあ…。 きみはいつも勝手にボクの昼食を決めちゃうんだ。 ハンバーガーばっかりでさ。 あれ、結局きみがすきだったのかな? それとも、何でもいいと思ってたのかな…」

「…」

「皆で、一緒にご飯を食べたよね。 イリアときみは仲が悪くて…でも、本当は仲が良かったよね…」

「…」

「………なんてね。 なんだかご飯の話ばっかりだ。 ごめん、ボクばっかり喋ってて。 あ、それ食べていいんだよ?」

リンゴで出来たウサギを片手に乗せてエアリオはそれをじっと見つめていた。
リイドの言葉に反応は無く、ため息を残しリイドは立ち上がる。

「もう、行くよ。 きみもまだ、完調じゃなさそうだしね」

「…待って」

扉に向かって歩くその背中に無機質な言葉が投げかけられる。
振り返る瞳。 悲しそうに笑うリイドを見て、エアリオは静かに問いかける。

「あなたにとって…わたしは、何だったの?」

「―――」

言葉を失う。
ポケットに突っ込んだままの手を握りしめ、それから俯いて歯を食いしばる。
泣いてしまってはいけないと思った。 もう涙を流したくなかった。
悲しいことも、つらいことも、今まで乗り越えてきた。 彼女が抱えていた様々な心の闇や矛盾した空白を消し去ってしまえたのならば、今のほうがまだましじゃないかと必死に自分に言い聞かせる。
それでも駄目だった。 彼女が自分の名前を読んでくれないことが悲しく、酷く孤独に思う。
再び向ける背中。 頭の中でエアリオとの思い出がぐるぐるめぐっていて、それが止められそうに無かった。
あんなにも無邪気な笑顔を向けてくれていた彼女はもう、笑わない。 人形のように静かに、そこにただいるだけの命。
全てが台無しになってしまった。 今思えばそれで全て良かったのかもしれない。 これ以上、彼女の心が傷ついてしまわないように。

「…きみには、嫌われっぱなしだったよ。 ボクはきみにとって、きっと迷惑な存在だったんだと思う」

「…あなたにとっては?」

「…ボクにとっても…きみはもう…二度と、会いたくないような人だったね」

嘘をついた。
事実、もう二度と彼女の前に顔を出すつもりはなかった。
これで最後。 自分やスヴィアのそばにいる限り、エアリオは傷つき続けねばならない。
だったらいっそのこと。 そう、そのために彼女は真っ白になったのだと考えよう。
もうこれ以上彼女を傷つけてしまわないように―――その場所を去ろう。
大丈夫。 エアリオの周りには、もう自分だけではない。
カイトやアイリス、オリカ―――たくさんの仲間が彼女を守ってくれるだろう。
傷だらけの、空白だらけの少女を、守っていい資格は―――自分にはないのだから。
部屋から出ようと扉に手を伸ばす。 しかしエアリオは何も映さないない空虚な…けれど全てを見透かすきれいな瞳で問いかける。

「あなたは…泣いているのに?」

ぼろぼろと、頬を伝う涙に気づく。
耐え切れなかった事を悔やみ、しかしそれも仕方のないことだったと納得する。
それほどまでに大事だったのだ。 今からではもう遅く、間に合わないとしても。
自分の事が好きだといってくれた彼女をもう、守っていけないとしても。
それでも…構わない。 そう、想い、願い、誓ったはずなのに。
涙を拭い、それから深呼吸する。

「…じゃあね」

開く扉の向こう、アイリスの視線とぶつかって、そこから目をそらした。

「先輩…」

背中を向ける。 泣き顔を見られるのが情けなくて、恥ずかしかったから。

「ごめん、少し…ほっといてくれるかな」

それだけ言い残してその場を去った。
背後の二人の視線から逃れるように、広い、長い通路を駆け、それから行き当たりで息を切らして壁にもたれかかる。

「はあ…はあ…」

ずるずると、落ちるように。
静かに、座り込む。

「…エアリオ…。 生きてて、良かった…」

冷たくなっていく彼女の感触をまだ両手が覚えている。

「本当に…っ」

自分の無力さに絶望したほの暗い冷たさを覚えている。

「ボクは…っ」

両手で頭を抱え、それから顔に手を当て、惜しげもなく涙を流した。

「えありお…っ…! うあっ…うあああああっ!!」

嬉しく、悲しく。
矛盾する二つの感情の中、少年は笑いながら泣いていた。
自分自身の心がぐしゃぐしゃになってしまうほど笑って泣いて、そうしていずれは諦めもつくのだろうか。
もう一度彼女の笑顔を見たいと、その姿を見たいと、その姿を守りたいと、思ってしまうこの愚かな心に。

「ああああぁぁぁぁぁ…っ!!」

悲しいことも、辛いことも、もう彼女に降りかからなければいい。
全てを忘れて、幸せに生きていてくれたならそれだけで構わない。
自分自身の幸せのために誰かを犠牲にするくらいなら、余程いい。 そう思うはずなのに。
心は、矛盾して。
目を見開いて笑いながら泣き続ける自分自身が滑稽だった。
天井を見上げて流す涙はぼろぼろと零れ落ちて、床を濡らしていく。
まるで、零れ落ちていく雫は、彼女との思い出の一つ一つであるかのように―――。



「司令。 コーヒーはいかがですか?」

「…えっ? ああ、もらうわね〜」

司令部で椅子にかけていたリフィルに声をかけたのはユカリだった。
インスタントではなく、わざわざユカリが食堂で淹れてきたコーヒーを口にし、リフィルは額に手をやる。

「司令、寝てないんですか?」

「ええ、まあね…。 少し、疲れたわ」

「お疲れ様です」

髪をかきあげ、黒い液体に映りこむ自分の姿に目を細める。
いつだったか、もう思い出せない遥か彼方の時のように感じるあの日。 若かった自分はどんな心の色をしていたのだろう。
たった数年で、変わってしまうものか。 思いを貫き通す事はそれほどまでに難しいのか。

「そうは、思っていなかったのにね…」

昔は情熱があればそれ以外は何も考えられなかった。
スヴィアのことが好きだったからそれが全てで、それ以外のものは瑣末な事に過ぎなかった。
人の命もその行く先さえ、リフィルにとっては興味の対象外だった。 しかしいつしかその自分の狭い世界に絶望し、飛び立って行く彼の背中に追いつくことを諦めたとき、彼女は大人になった。
無邪気に微笑んでいられるのは子供の間だけ。 成長し、痛みを感じ、傷を負えば思いはくすんでいく。
そう、ずっとずっと貫きとおせると思っていた願いさえ、少しずつ、ゆっくりと。 零れ落ちる砂のように、消えていくものなのだ。
口にするコーヒーの味がただの苦味ではなく、そこに薫りや味を覚えるようになったのはいつからだったか。
もう思い出せないそんな微かな変化たちが、気づけば自分をそんな場所に追いやっている。

「どうなされたんですか? 何だかいつもに増して疲れてる様子ですけど」

「そうね…いつもに増して疲れてるかもしれないわね。 リイドが戻ってきたのはいいんだけど…問題は山積みだもの」

「そうですね。 でも、リイド君が無事で本当によかったです」

「無事…と、いえるのかどうかは難しいところだけどね…」

「レーヴァテインも、大破してしまいましたしね…」

「そうね。 もうレーヴァテインがない以上、私たちに出来る事は限られているわ」

腕を組む。 レーヴァテインは計画に絶対に必要になる、最重要素であったはず。
それを破壊したのが立案者であるスヴィアであるという矛盾。 そこから導き出される答えはシンプルで、当たり前のようだった。
戦って欲しくない。 そんな意図を感じずにはいられない。 スヴィアは、リイドが戦う事を好ましく思っていないのだ。
彼もまた、そうしてリイドを育て力とすることを良しとしていたはずなのに。 気づけば彼はそんなリイドに肩入れし、彼の身を案じた。
それは想いを磨耗させ気づけば大人の理屈で感情を押し殺していた自分とは違う、スヴィアなりの答え。 その相違がまたリフィルの胸を締め付ける。
もう、昔のようには行かないのかもしれない。 ガルヴァテイン…レーヴァテインに乗っていた間は、何も言わずとも心が触れ合っていたのに。
距離は人の心を少しずつ色褪せさせていく。 気づけばどんな色だったのかもわからなくなって、もう分かり合えない。
それを悲しいと感じながらも、まだ自分なりに歩いていくだけの余力がしっかりと残されているのは、傷つく事に慣れたからなのかもしれない。

「それでも抗い続けるわ…。 それが私に与えられた役目…今までついてきてくれたみんなに報いる事だもの」

「そうですね…私も最後までお供しますよ」

「そうね…。 最後まで―――」

飲み干すコーヒー。
苦味が口の中に広がっていた。












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