霹靂のレーヴァテイン(42/67)縦書き表示RDF


霹靂のレーヴァテイン
作:神宮寺飛鳥



僕らは、ここにいた(2)



「よう。 生きてたか」

「―――お前か、カイト」

白い壁に覆われた病室のベッドでハロルドは鉄格子越しにポケットに手を突っ込み立っている息子を見据えていた。
格子で遮られた窓。 差し込む淡い光。 その光を背に息子は父を見つめ、真剣な眼差しで二人は見詰め合っていた。
そんなことは今まで一度だってなかった。 二人の視線は何年も前に逸らされて、それから一度として交わる事はなかった。

「お前が私の切り札を破壊したのだな」

「ああ。 ホルスは俺が止めた」

「そうか・・・。 つまり、私の計画を頓挫させたのは他の誰でもなくお前だったわけか・・・。 皮肉だな。 息子に情けをかけかくまった挙句クーデターに失敗するとは・・・フ、私にはお似合いの結末だがな」

「そうかい? でもよ、結局会社は大打撃だ。 ジェネシスって企業に与えられた影響を考えれば、ある意味成功なのかもな」

「・・・そうか」

二人の会話はそこで途切れてしまった。 最早かける言葉もなく、父は黙って目を伏せる。

「あのさ」

少年の声に顔を上げる。 少年は表情をうかがえない、俯いたままの姿で。

「親父が利用した女の子な―――俺の女なんだわ」

「・・・何?」

「親父、やっぱ知らないんだな。 俺がガキの時からあいつと一緒だったのも・・・なんもしらねーから、やっちまったんだな」

「・・・・・・弁解はせん・・・。 私のした事はすべて私に責任がある」

「かもな。 でもよ、俺が・・・あいつのこと大事だって言ってたら、あんたああしなかったろ?」

「・・・」

沈黙の答え。 少年は苦笑し、それから片手にぶら下げていた紙袋を鉄格子の中に落とす。

「あんたのしたこと、俺もまだ許せねえけど。 でもさ・・・、ようやくわかったよ。 親父の・・・愛する人を失った悲しみってやつをさ」

「・・・」

「また、来るよ。 俺さ、あんたにもっと話さなきゃいけないこと、たくさんあるんだ」

仲間のことや、自分のこれからのこと。 そして・・・今まで自分達の間を隔てていた時間を埋めたいから。

「あんたのケツは俺が拭っとくからよ。 さっさと怪我治して・・・責任取れや」

振り返り手を振ると去っていくカイト。 ベッドから起き上がり、残された紙袋を手に取り、父は笑った。

「いつの間にか、大きくなっているものなんだな・・・。 なぁ、ソラリス・・・」

顔を上げ、格子の影の差し込む光の向こうを眺める。
そんな父を背に、少年は歩きながら顔を上げ、強く目を見開き、片手をジャケットの内側に隠したホルスターに伸ばす。
そこには銀色の拳銃が隠されていて、少年はそれを手に取り歩く速度を速めた。
ハロルドが監禁されている病室よりもさらに奥。 レーヴァパイロットであることとハロルドの息子である地位を利用し、本来部外者が立ち入る事の出来ないはずの本社内牢獄病棟に侵入した理由は、ただ父親に会いに来たと言う理由だけではなかった。
何重にもロックされた扉を違法アクセスで開錠する。 そう、カイト・フラクトルという少年は、違法開錠を特技としているのだ。
扉を開いた先、さらに続く細長く肌寒い日の差し込まない廊下を歩いていき、突き当りの部屋の扉を開いて少年は口を開いた。

「―――元気そうで何よりだよ」

拳銃を向ける格子の向こう、両手足を手錠で拘束されたドレス姿の少女の姿があった。
殺意を明確に孕んだ凄まじい敵意の感情でカイトを睨みあげるその少女の名前は、エリザベス。
ラグナロクのトップに君臨する男、カロードの妹である。
もう数日間この場所に監禁されているせいか、最初は喚いていたエリザベスだったが既にカイトに喰らい着く元気はなさそうだった。
やつれた顔と隈を作った瞳で影の中、静かに顔を上げていた。

「この顔が元気に見えるなら、アンタの目はどうかしてるわ・・・」

「そうかい。 ま、元気だろうがなんだろうが関係ねえけどな」

すっと、普段のカイトからは想像も出来ないほど冷めた表情へと切り替わっていく。
叩きつける銃身。 手の届かぬ場所に居る存在に殺意を抱いているのは彼女だけではない。
格子を殴り、鳴り響く音の中、少年もまた殺意を込めた瞳で少女を見つめていた。

「どっちみち生かしておくつもりはねえ。 さっさと吐く事吐いて、死んでもらおうか」

「・・・い、嫌よ・・・! 誰がアンタなんかに言うもんか!」

「言えよ。 ラグナロクの目的は何だ? どこに本拠地がある? あの、人間を神の生贄にする技術を提供したのはお前らか?」

「・・・もうその質問何度目? 何度聞かれたって絶対に答えないもん・・・。 あたしたちは訓練された・・・選ばれたエリートなんだから」

「ぐだぐだ言わずに答えろよ。 あのな・・・お前、ジェネシスを人権団体か何かと勘違いしてないか?」

「何よ・・・」

「ジェネシスは他人を救済するような存在ではないし、人権を保障するよなものでもない。 目の前で死にそうになっている人間が居たとしても平然と見捨てる・・・それがこの企業の本質だ。 人間を拷問して情報を吐き出させるどころか、お前の身体をいじくって勝手に情報を引き出す方法だっていくらでもあるんだぞ」

「・・・」

一瞬、血の気が引いた表情を浮かべ、しかし歯を食いしばり睨みかえるエリザベス。
彼女が流転の弓矢ユウフラテスで撃墜され、この場所に幽閉されてから四日。 まだカイト以外に彼女に会いに来た人間は一人も居なかった。
それは奇妙な空白の時間だ。 真っ先に取り調べるべき人間を放置しているという事実。 それは何か嫌な予感を少女に齎すには十分すぎるほど異様な状況で。

「・・・だとしても・・・言わないもん・・・っ・・・言えないもんんんっ」

恐怖のせいか、寂しさのせいか。 涙を零しながら自分を睨み返すその姿に溜息が零れる。
まるで、自分がいじめて泣かせているみたいだ・・・いや、事実そうなのだが。
拳銃をしまい、その場に膝を着いてエリザベスを見つめる。

「何でお前みたいなガキがヨルムンガルドに乗ってる・・・? なんであんな動きが出来る?」

「言わない!」

「言えよ!」

「言わないっ!! 言わない言わない、絶対言わない!」

「・・・あのなぁ・・・」

「すぐにお兄様が助けに来てくれるもん・・・。 あんたなんか・・・あんたなんか、死んじゃえばいいのよ・・・」

「・・・」

目の前で蹲り、泣いている少女が本当に悪なのかわからなくなる。
イリアを殺した・・・いや、殺すよりも酷い扱いをした原因がラグナロクにあるのだとしたら、それを許すわけにはいかない。
だから目の前の少女の事を殺してしまいたいはずなのに。 膝を抱えて泣いているのを見るのは、胸が痛かった。

「・・・・・・お前、飯とかどうしてんだ?」

「・・・・・・食べてない。 シャワーも浴びてないから、髪がべたべたしてきもちわるい・・・」

「食ってないってことは、もう完璧に放置されてんだな」

「あんた以外の顔は見てないもの」

「・・・そうかい」

自分が嫌になった。
その手は何故か父親に渡すつもりだった差し入れのお菓子とジュースを格子の中に入れ、自分もそれを一つ口に放り込んでその場に胡坐をかく。
菓子の匂いを感じ取ったのか、目の前に現れたそれを目撃し少女は顔を上げ、口元から涎を垂らしながらカイトの表情を伺った。

「・・・食えよ。 ハラへってんだろ?」

「毒・・・?」

「ふざけんな。 俺今食ってるだろ・・・」

「・・・・・・」

恐る恐るクッキーを手に取り、角を齧ってみる。 それがとても美味しいことに気づき、もう我慢できなくて次々に口に突っ込もうとするのだが、いかんせん口そのものが小さいので結局少しずつ食べる事になった。
その姿を見つめながらカイトは激しい自己嫌悪に陥っていた。 これは明らかな違反行為であり・・・何より仇に情けをかけるなんて。

「ん、んぐう!?」

「それ飲んでいいぞ。 外の自販機で買ったやつだけど」

スポーツドリンクを一気に飲み干し、一息ついてからエリザベスは首を傾げる。

「ねえ・・・? あんた、エリザベスのことが嫌いなんじゃなかったの?」

「嫌いだね。 お前らなんぞ全滅しろって今も思ってるよ」

「・・・じゃあなんで?」

「知るか! 俺が聞きたいよ、くそっ!!」

髪をわしわしと掻き乱し、カイトは溜息を着いた。
泣きじゃくり、膝を抱えるその姿が一瞬だけイリアとダブったなんてことは、口が裂けても言えないから。

「さっさと全部食えよ・・・俺ゴミ持ち帰るから・・・」

「・・・うん・・・・・・ありがとう」

「どういたしましてだ・・・」

鉄格子越しに二人は複雑そうな表情を浮かべる。
それが、今の二人の関係だった。



⇒僕らは、ここにいた(1)



「わ〜〜〜い、退院できたよ〜〜〜っ!」

「はや!?」

廊下を歩いていたら背後から飛び掛ってきたオリカのセリフにそんなことはありえないと思いながらもボクは驚いてしまっていた。
オリカが撃たれてからまだ五日だ。 そんなあっさり傷がふさがるわけがない。 何しろ弾が貫通しているわけで。
でもしがみ付いてくるオリカの様子はもう全然いたそうでもなんでもなくて、思わず引っぺがしたあと彼女のシャツを捲ってみる。

「あれ・・・?」

白い脇腹。 たしかこのへその横辺りに思いっきり傷があったと思うんだけど、傷跡が存在してない。

「あ、あれ・・・? もしかして反対側だったか・・・?」

反対側も捲る。 というかもう、シャツとジャケットを脱がして何度も念入りに腹部を指先でなぞってみる。
しかし傷跡なんて全くない。 最初から怪我なんてしてませんでしたといわんばかりにつるつるすべすべである。
いくら何でもこれはおかしいだろう。 何がおきればこんなにあっさりと復活するわけがあるんだよ。

「・・・何してんだ、二人とも・・・」

「え?」

振り返るとカイトがなんとも言えない表情で立っていた。
最近見ていなかったけど、戻ってきたらしい。 いや、彼も本社から外出する事は禁止されているはずだからここに居たはずだけど。
何はともあれ久しぶりに見る仲間はボクとボクがおなかを触っているオリカとを見比べ、据わった目でボクの肩を叩く。

「廊下でやるのはどうかと思うぞ・・・?」

「何が?」

「いや・・・なあ?」

カイトが指差す視線の先、ボクの手はオリカのズボンを下ろそうとしていた。
うん。 あれだ。 もう少し下だったかな、とか・・・思ったりしたんだけどな・・・下だけに・・・。

「私は、リイドがしたいっていうならどこでもいつでもOKだけど・・・流石に見られながらは恥ずかしいよう〜」

頬を染めるなッ!!!

「何か邪魔したな・・・。 いや、俺も疲れてるのかもしれない・・・部屋で休んでくるわ・・・」

「かっ・・・カイトォ!?」

去っていくその後姿にかける言葉が見つからず、自分の血の気が引いていく音を聞いた気がした。

「・・・で・・・オリカ、本当に傷はどうしたの?」

「だから直ったんだよ?」

「なんで!?」

「これのおかげで」

彼女は両手でシャツとセーターの下部分を思いっきりたくし上げ、やったら細いウェストラインが完全に白昼にさらされた。

「うおわっ!? 何が人前じゃ恥ずかしいだよ!?」

「違う違う、胸の下に見えるでしょ? コレ」

微妙に見えている下着の下、体の中央部にはなにやら光る球体のようなものが直接埋め込まれていた。
それは静かに鼓動し、光を全身に送り込んでいるようにも見える。

「何だコレ・・・」

「んー、神の一部だよ?」

「ハ・・・?」

シャツを下ろし、オリカは当たり前のように笑う。

「だから、干渉者はみんな身体のどっかに仕込んでるじゃない、神の遺伝子を」

目を丸くする。 少し待って欲しい。 干渉者はみんな、身体のどこかに仕込んでる?」

「神の遺伝子って・・・何、それ?」

「うん? だからあ―――敵のコアの一部だよ」



適合者はそれぞれのアーティフェクタに存在する固有フォゾンに適合した人間だ。
干渉者に思考、感情を伝達し、干渉者はアーティフェクタにそれを伝える。
では、人間である適合者がアーティフェクタに直接感情を伝える事が出来ないのに、干渉者がそれを成す事が出来るのか。
干渉者は必ず『女性』でなくてはならない。 そしてその身にフォゾン生命体の一部を埋め込み、肉体の性質を変化させる必要がある。
それは、敵の存在を宿す事が出来るのは女性のみであり、男性はそれを受け入れる事が出来ない事に由来している。
そして多くの場合、干渉者は自らが干渉するアーティフェクタの因子を肉体に埋め込む。 アーティフェクタは全て女性型であり、女性のほうがそれを肉体に取り込み安いという理由があるらしい。
なんにせよ、それはオリカだけではなく、イリアも、エアリオも同じ。 エンリルも、ネフティスも、ルクレツィアもそうだ。
それは彼女たちの存在をアーティフェクタに縛り付ける業だ。 彼女たちは戦う神の兵を操るためだけのその身を捧げる事になる。
因子を埋め込まれた人間の肉体は、多少の負傷を受け付けなくなる。 人によってはフォゾンを操り障壁を発生させたりすることも可能だそうだが、そこまで行くともう人間ではない気もする。
アーティフェクタも神も周囲のフォゾンを取り込み、肉体を回復する能力を持つ。 その一部は彼女たちにも適用され、短期間で驚くべき速さで回復が可能なのだという。
ただしそれはメリットだけではない。 体内フォゾンの浄化作業を定期的に行う必要があること。 そして、過度な回復による寿命の低下。
彼女たちはどんなに長生きしたとしても、40歳ほどまでしか生きる事が出来ない。 速ければ二十代で死ぬ。
体内を循環するフォゾンは適合しているように見えて、彼女たちの神経と繋がり、肉体を侵しているのだ。
高速で生まれ変わり続ける細胞は彼女たちの肉体を死へと追いやり―――そのせいか、彼女たちの髪はとても伸びるのが速いらしい。
いつだったか、エアリオは『切っても無駄だからきらない』と言っていた。 その言葉はどうもそういう意味だったらしい。
その説明を受け、ボクはオリカと肩を並べたまま言葉を失っていた。

「知らなかったんだね、リイド君」

「・・・知らなかったよ・・・」

知っていたらどうしたのか。 いや、どちらにせよ戦っていたはずだ。
後悔するつもりはない。 それに寿命が短いといわれても、ボクらの未来は容易には想像できなくて、いつになればそんな時が訪れるのかよくわからない。

「でもね、普通に死ぬ時は死ぬよ? この間も死ぬところだったけど。 だってフォゾン取り込む方法なんて人間はないからね。 医務室にはそういう機械があって、たまに干渉者はそれで肉体の損失を修復してるからいいんだけど」

「じゃあ、死ぬところだったんじゃないか」

「化物でもね、結構頭とか撃てば殺せるんだよ―――」

「馬鹿言うな!」

目を丸くするオリカの手を取り、きつく握り締める。

「自分の事をそういう風に言うなよ・・・」

「・・・うん、ごめんね」

ニット帽の影から覗く瞳が一瞬だけ驚きの色を宿し、それから朗らかに微笑む。
握り締めていた手を離す。 少しきつく握りすぎたかもしれない。 痛かったかもしれない・・・なんて考える。
そんな風にしたいわけじゃないのに。 彼女のこと傷つけたいわけじゃないのに、上手く行かないのは何故なんだろう。
ボクが握り締めてしまった手首にそっと触れながら彼女は明るく微笑んで前に躍り出る。

「もーちょっとだから、急いで!」

「・・・」

冬の風が吹き込んでくる。
ボクらはルールを破り、本社の外に抜け出していた。
目指す場所はオリカの家だ。 理由は簡単・・・先ほどの干渉者の話も含め、彼女に色々と尋ねるときが来たからだ。
いや、これ以上ボクが何もしらないでいたくないというだけで、オリカはきっとボクの知らない事を沢山知っているだろうと思ったから。
その質問に答える条件として彼女が提示したのが、実家での会話だった。
人目につかない場所で落ち着いて話したかったのもあり、ボクはその条件を呑む事にする。 本社内じゃ本当にどこに監視カメラがあってもおかしくないし。
普通に考えれば抜け出す事も出来ないはずなのに、オリカに言われるがまま見ず知らずの道を歩いていたら外に出られてしまったのだから不思議なものだ。
彼女の家は78番プレートにあった。 坂道を登った先、視界に飛び込んできたのは立派な武家屋敷。 その前でオリカは手を振っていた。

「・・・何これ?」

「私の、おうちだよ?」

「いや・・・一人暮らしって話じゃなかったっけ?」

「ここで一人暮らししてるんだよ?」

こんな屋敷で、ですか?
純和風の門を潜るとやはり純和風の日本庭園が出迎えてくれた。 玄関を潜ると、この家の作法らしく靴を脱いで家に上がる。
こうした和風建築ははっきり言ってヴァルハラでは珍しい。 知識としては知っていたけれど、靴を脱いで家に上がるなんてのは初めてだ。
でも学園では外履きと上履きが違うし・・・似たようなものなのだろうか? お陰でそれほど抵抗もなく上がる事ができた。
畳の敷き詰められた部屋に通され、座布団の上に腰掛ける。 オリカはちょっとまってて〜とか緩い声で言いながら奥へ引っ込んでいった。

「・・・」

とんでもなく広い。
ボクの家より間違いなく広いだろう。 こんなところに一人で暮らしてきたのか。
それはちょっと、少し寂しいと思う。 確かに落ち着くんだけど、がらんどうとしたこの広さはちょっと堪えるはずだ。
しかし落ち着かない。 座布団の上で息を呑む。 そういえば女の子の家に上がるのって初めてじゃないか、ボクは?
まあこれだけ広いともうそんな感覚はあんまりないからいいんだけどね・・・。

「おまたせ〜」

「オリカ・・・ん?」

振り返ったその先、オリカは赤と白の巫女装束に着替えていた。
ボクの正面に腰掛けるその姿は凛とした様子で、おちゃらけた普段の彼女の印象が強い分、強烈な違和感を覚えた。

「どうしたのその服・・・?」

「エ? 私服だよ?」

「私服かよ!?」

「うん。 オリカ・スティングレイってのとは別に日本名があってね。 燈柚凪とうゆなぎ 鶫 っていうんだけど」

「とうゆなぎ・・・つぐみ?」

なんだそりゃ。 確かにオリカの顔立ちは日本系が強く混じっているけれど、そんな名前があったのか。

「でもこの名前はお仕事用っていうか・・・本当は人には言っちゃいけない名前だからみんなには内緒だよ?」

「ボクには言ってもいいの?」

「うんっ!」

満面の笑み。 一体その根拠や保障はどこにあるのか・・・という事はもう考えない。 無駄だから。
脱力しつつ顔を上げると普段とは違う姿のオリカが微笑んでいて、ちょっとなんだか照れくさかった。

「あ、そうだ。 とりあえずこれお茶とお茶菓子ね」

「・・・」

今どこから出したのかわからなかった。
湯呑みを傾け一息。 そろそろ真剣な話に入らなくてはならない。

「それで・・・オリカは・・・」

「うん。 私の本当の名前は燈柚凪鶫。 五十二代目燈柚凪家当主で、退魔を請け負う一族なのね」

はい。 突然わけのわからないことを言い出した。

「これがその証で、ついでに私の愛刀ね? 銘は『紫檻シオリ』っていうんだけど」

またどこからだしたのかわからないが、いつのまにか彼女は一振りの刀を手にしていた。
全く目に自信のないボクが見ても明らかなくらいにそれは美しく、独特の迫力を有していた。

「退魔の一族っていうのは・・・えーと、目には見えない悪いもの・・・悪魔みたいなのをやっつけるお仕事なんだけど〜」

「・・・あ、悪魔?」

「うん。 あ、実在はしないよ? でもそういうのを倒せるくらいの実力を持って、魔に取り付かれた人間を処罰する・・・暗殺者みたいな一族なのね?」

「・・・は、はあ・・・」

わけわからないがとりあえず頷いておこう・・・。

「とは言え、ヴァルハラに流れてきてからはそういうお仕事はあんまりしなくなったの。 でも、私のおじいちゃんがジェネシスの関係者でもあって、重要人物の護衛を引き受けてたのね。 あ、ちなみにおじいちゃんは私の十倍くらい強かったよ」

どんだけ〜。

「私の両親もね、そういうお仕事してたんだけど―――二年前に両方死んじゃってね。 おじいちゃんもその時死んじゃって、私は一人になったわけ」

「・・・」

それって中々ヘビーな話なんじゃないか? なんでこんなユルく感じるんだ・・・?

「それで私もジェネシスの重要人物の護衛に着くことになったの。 それがきみ―――リイド・レンブラムだったってわけね」

「・・・そうだったのか」

それを依頼したのはカグラかその父親・・・先代の社長なのだろうけれど。 何はともあれオリカが妙に強い理由は理解できた。
いくら走っても息切れしないし気配を消して迫ってくるのもそのせいか・・・ってそれなんか間違った力の使い方してないか。

「でもなんか・・・悪かったな・・・そんな話聞いちゃって」

「うん? いいよいいよ、人間いずれ必ず死ぬもんだから! 私も死ぬし、他の誰だってそうだよ〜♪」

「でも・・・そうじゃなくてさ。 人が居なくなったら悲しいだろ?」

「うんっ?」

「えっ?」

首を傾げるオリカ。 なんだろう、このなんだか妙にかみ合わないような空気は。

「あははっ! リイド君ってたまに面白いこと言うよね」

「え・・・? あ、何が?」

「あ〜、もしかして・・・私が居なくなっても悲しい?」

「何馬鹿なこと言ってるんだお前・・・? そんなの当たり前だろ・・・」

「――――――えっ?」

何がおきているのかよくわからなかった。 オリカは目を丸くして、信じられない言葉を聴いたように呆然としている。
ボクはそこに来てようやく理解し始める。 なんだかかみ合わないボクらの会話の正体を。

「・・・・・・あは、あれっ? なんかそれ、喜ぶところなのかな・・・? ええと・・・ごめんね、なんかよくわかんなくって・・・」

いつになく申し訳なさそうに項垂れるオリカ。 苦笑して見せてはいるものの、相当な衝撃を受けているのは明らかだった。
会話がかみ合わない理由。 それは・・・そんなことってあるんだろうか?

「オリカ」

「なあに?」

「お前・・・ボクが死んだら悲しいか?」

「悲しいよ・・・変なこと訊かないでよ」

「じゃあカイトが死んだら?」

「別に?」


衝撃が走った。
何と言うか、信じたくなかったのかもしれない。


「・・・エアリオは? アイリスは?」

「何か今日のリイド君変だね? 人間はいつか死ぬんだよ? 別にどうでもいいじゃない」

「・・・お前自身は?」

「私もそのうち死ぬんだしいつ死んでも別にしょうがないんじゃないかな?」

「―――っ」

ああ、そうなんだ。
『軽すぎる』んだ、こいつの中で・・・人間の『死』が―――。
どこかズレているような存在。 彼女はボクの事を中心に回っていて・・・自分自身の命や存在さえ、『どうでもいいこと』に過ぎないのか。
なんだろうそれは。 人間死んだら悲しくて当然じゃないか。 それって・・・判らないとかそういう風に思えるものなのか?
何かが決定的に違いすぎる気がした。 オリカは不安そうにボクの顔を覗き込んでいる。

「あの・・・・・・私、何か変な事言っちゃったかな・・・?」

「なあ・・・お前にとって悲しい事って何だ?」

「えっ? 考えた事もないなあ・・・うーん・・・」

腕を組んで首を傾げる。 その動作は酷くコミカルで、まるで・・・。

「リイド君に嫌われること・・・リイド君がいなくなっちゃうこと・・・それくらいかな〜」

まるで、『悲しみ』という感情を知らないように見えた。

「・・・そっか」

だからってなんだ? ボクが何か言ってそれは変わるのか?
いや、違うだろ。 気になってるのはそんなことじゃない。 何でそんな狂った事になっているのかってことだろ。
なんなんだよこいつ。 なんでそんな、そんな無価値にしか思えない命の中で、ボクのことだけ本気なんだ・・・。

「変なリイド君・・・? ねえ、それよりそろそろ本題に入るんじゃないの?」

「あ、ああ・・・そうだな」

いや、それより今はこの貴重な時間の中で引き出せるだけこいつから情報を引き出さなくてはならないんだ。
気分を切り替えるように自分に言い聞かせる。 必死でそうしようとしているのに、心が落ち着かないのは何故なんだろう。
嫌な予感がする。 何かボクが知らないほうがいい様々な情報が彼女を覆っているような気が・・・する。

「・・・あの、夢の事なんだけど・・・」

「ああ、あれね? うん、夢はね〜私も見るんだけど・・・正直それがなんなのかはさっぱりなんだー」

「お前にもわからないのか?」

「うんさっぱり。 でも夢の中で会うのはいつもきみだったから、きみの事が気づいたら好きになってたの」

「・・・そ、それだけ?」

「そだよ? 勿論、私はきみの護衛として君の情報は知っていた。 それと同時期にきみの夢を見るようになったの」

それって結局何にも解決していないんじゃないのか?
いや、夢のことはもういい。 とにかく他にも訊ける事を何でも良いから訪ねなくては。

世界樹ユグドラシルって知ってるか・・・?」

「知ってるよ〜? 夢にも出てきたじゃない」

「そう! そうなんだよ! あれって何でかわかるか?」

「ううんさっぱり。 あ、でも・・・干渉者になる時に、ユグドラシルの一部を埋め込むんで見に行ったよ。 コレのことだけど〜」

「見せんでいい!! 他に色々見えちゃいけないものまで見えるだろ!」

「そう? とにかくこれのことを『ユグドラ因子』って言うらしいよ。 他にユグドラシルについて知ってる事は何もないかな」

オリカに限ってボクに嘘をつくなんて事はまずありえない。 情報を隠すこともないだろう。
故にオリカが何も知らないというのは真実のようだ。 つまり、振り出しに戻ったというだけのことで。

「そっか・・・・・って、もう一ついい?」

「なぁに〜」

「お前干渉者なのに適合者でもあるってどういうことだ? 干渉者は女性のみ・・・適合者は女性でもいいのか?」

「ううん。 本来女性は適合者にはなれないものなの。 レーヴァテインが拒絶しちゃうからね」

それは矛盾した回答だった。 つまり、そこには『彼女だけは特別』とさせているなんらかの理由が存在しているということでもある。

「私はね〜、二年前にリイドの『刃』になるって決めた時から干渉者の儀式を受けたの。 でも、適合者になったのはなんていうかついでっていうか・・・気づけばなってたっていうか」

「気づけばなってた!?」

「うん。 そういう扱いになってたの。 でもイザナギの使い方とか全部知ってたんだよね〜・・・夢で見たからかな?」

「そんなんで・・・適合者になれるものなのか・・・?」

「じゃないの? よくわかんないけど」

結局よくわかんないんじゃないかよ!!!
だめだ、進展なし・・・。 思わず脱力してちゃぶ台に突っ伏す。 オリカは申し訳なさそうに苦笑しながらお茶を飲んでいた。

「あ、でもね・・・」

「あぁ?」

「レーヴァテインは、私の事知ってたみたいだよ? それに、リイドの事も」

それは、あの時・・・初めてボクらが一緒にレーヴァに乗り込み、イザナギに変化した時の事だ。
ボクはまったくそんなのはわからなかったのだが、イザナギは確かにオリカに語りかけていたらしい。

「声が聴こえるわけじゃないんだけどね。 『懐かしい』・・・って、そんな感じに笑ってたと思う」

初対面の人間相手に懐かしいとは言わないだろう。 ボクら二人がそろってレーヴァテインに乗るのが始めてだったはずなのに、懐かしいってどういうことだろう。
ボクと彼女とが二年以上前に出会ってレーヴァに乗っていたとか・・・? いや、それこそありえない。 オリカが役目に着いたのは二年前だ。 それ以上前の事は・・・。

「って、待て待て・・・待てよ」

二年前って・・・ボクの記憶がある最初・・・つまり、ボクが今の記憶になった時期じゃないか?
何だ? 何だこの違和感? その二年前という時期をボクは今まで何度も耳にしている気がする。
二年前・・・そうだ。 先代の社長が死んだのも二年前。 オリカの両親が死んだのも二年前。
二年前二年前って、なんだそれ。 これは何かの偶然なのか? それとも・・・。

「どうかしたの?」

「・・・なあ、オリカがボクのこと知ったのは二年前だよな?」

「うん」

「両親は・・・なんで死んだんだ?」

「護衛対象を守りきれず死んだってことだけは聞いてるけど。 理由まではよくわからないなあ」

「そっか・・・」

引っかかりはする。 二年前。 ユグドラシル。 ボクらの夢と記憶。 レーヴァテイン。 異質な干渉者。
何か、これらが示す真実に繋がる道しるべがあるはずなんだ。 そこに何か決定的な事実があるはず・・・。
でもわからない。 どれも断片的すぎて、重要なピースが抜けている。 そこで何がおきたのか、何があって今があるのかわからない。
スヴィアなら或いは・・・知っているのだろうか。
いやいやまてまてまて。 カイトだ。 カイトがいるじゃないか。 身近で過去を知る人物は彼以外にいない。
エアリオもそうだけど、でもエアリオは過去の事もエンリルのことも口にしたがらなかった。 だったらカイトに聞いたほうが早い・・・。

「って、ああもう・・・本当に面倒くさいことになったなあ」

「リイド君、リイド君」

振り返る。 いつ移動したのかわからないがもう気配がないのはいつものことだ。 オリカは正座したまま膝をぽんぽん叩いて笑っていた。
意味がわからない。 何をしてほしいのか良く分からず振り返ると、ボクの手を取り強引に引き倒すと、結果・・・ボクは彼女に膝枕されていた。

「お、オリカ・・・?」

「リイド君疲れてるんでしょ? 癒しの膝枕、十時間コースだよ」

「なげえ! いや、そうじゃなくて・・・」

オリカの白く細い指先が髪を撫でている。
それがまた気持ちよくて恥ずかしいのだが・・・あとここからだと巨大な胸がモロに目の前にあってコメントに困る。

「リイドくんかわいいなあ〜」

「・・・あのな・・・それはボクを馬鹿にしてるのか?」

「違うよお〜。 かわいいものはかわいいから仕方ないと思う」

「・・・いや、何が!?」

何を普通に気持ちよくなってるんだボクは!? 普通に考えておかしいだろこの状況!?

「ん〜・・・」

「・・・なんだよ・・・」

顔を覗き込んでくるオリカ。 近くで見ると・・・確かにかなりかわいいんだけど・・・。
そういえばボクはオリカの事を何も知らない。 彼女はきっと年上で、ボクより過酷な人生を歩んでいて、やったら強くて。
悲しみを知らなくて、涙を流す事を知らなくて、唯一の悲しみに繋がるボクを守ろうと必死になっている。
暗い感情を知らないからこそ、彼女はずれている。 敵を殺す事に躊躇をせず、時々見せる暴走したような敵意はきっと殺しに対する箍が存在しないせいなのだろう。
それでもボクの言う事を聞いてくれるのはきっと本当にボクを大事だと思ってくれているからで。 だから少しくらいは感謝してやってもいいのかもしれない。

「・・・えへへ〜。 リイドくん、大好きだよ〜」

「・・・・・・・・・・・・」

「えええええ!? なんでそんないやそうな顔するの!?」

「いや・・・」

「ううう・・・もしかして引く・・・?」

「何が・・・」

「好きすぎて引いちゃった・・・?」

顔を真っ赤にしてそんな事を本気で聞いてくるから。

「そりゃ引くわ」

「びえええええんっ!! あーーーん、許してーーー! ごめんってばああ!!」

思わず笑ってしまう。
手を伸ばし、彼女の黒い髪に触れながら目を閉じる。

確かにここ最近、疲れていたのかもしれないな。


生きている限り上手く行かないことは沢山ある。 でも、こいつは全然気兼ねなく付き合えるから楽だ。
ちょっと逃げているような気がして申し訳ないけれど・・・でも、こいつは笑って許してくれるだろう。

「このまま寝てもいい?」

「うん、どうぞ。 子守唄でも歌おうか?」

「激しく遠慮しておくよ。 それじゃ、おやすみ」

目を閉じる。 彼女はそれに答えず、静かに微笑を浮かべていた。

そんな今の関係も、悪くはないと・・・そう思っていたんだ。



用語解説コーナー

*久しぶりです。ラグナロクとかもそろそろ*

『エリザベス』

年齢:12 性別:女 髪:銀 目:赤/青 身長:130弱
ラグナロクの実働部隊、『蒼の旋風ブルーストーム』の三番手。
常にゴシックロリータ調のドレスを着用している少女。 気は強く、他人に対しては残酷で兄のカロードに対してのみ笑顔を見せる。
卓越した戦闘技術を持つ訓練された軍人であり、様々な戦闘技術に長けているだけではなくヨルムンガルドの操作も一流。
子供扱いされる事を嫌い、常に一人で立派に戦って居るという事を証明したがる。
極端なブラコンは彼女の生い立ちに関係している。 ちなみにカロードとは血は繋がっていないし戸籍上もつながりは存在しない。
エリザベスというのは蒼の旋風内部でつけられているコードネームのようなもので彼女自身は名前を持たない。
なんだかんだ言っても作中最年少であり心はあまりに未熟。 世界を知らず、兄に従うだけの彼女が辿る未来はそう明るくはない。


『ヨルムンガルドカスタム テイルヴァイト』

ラグナロク用に改造を施されたヨルムンガルドカスタムタイプのうちの一機。
搭乗者のエリザベスの趣向に合わせ、巨大な尻尾のようなユニットを持ち、これは取り外す事でチェーンソーとして使用出来る。
主武装はアサルトライフルだが、肩部には二対のフォゾンライフルを所持し、装備状態のままでも、取り外しても使う事が出来る。
ヨルムンガルドカスタムは龍を意識したデザインが施されている事が多く、特に長い尻尾を持つこのテイルヴァイトは白兵戦闘、射撃戦闘両方に特化し、その性能はアーティフェクタにも引けをとらない。
ヘイムダル同様リンクシステムを流用している数少ない代物であり、搭乗者にかける負担は非常に大きいため、通常時は全力で戦う事はない。
リミッターを解除した強制戦闘状態になればその戦闘力は跳ね上がるものの、パイロットの命を危険にさらす事になる。
尚、強制戦闘状態には搭乗者の意思とは無関係に命令によって変化する仕組みであり、エリザベス本人は使いたくても使えない。
また、ジェネシスには存在しないフォゾンスラスター技術を持ち、長時間の飛行が可能である。


『ホルス=イカロス』

第一神話級ホルスのコアにイリア・アークライトを使用した模擬神。
その外見は殆どレーヴァテイン=イカロスに近いと言える。 これは装甲を形成するのがイリアであることから。
戦闘能力はホルスを上回り、正直言うとヘイムダルはおろかレーヴァテインでも倒すのに苦労する代物。
その力をアピールし、新しい力と可能性として市民に示す切り札になる予定だったが、暴走後あえなく機能停止した。
イリアを再登場させたりしてみたものの、やられてしまっては意味がないですよね。


『ヘイムダルカスタム カイト機』

復活したカイト専用ヘイムダル。 白兵、格闘戦闘に特化した性能を持つ。
主武装は両腕のブレイクナックル・・・対ホルス戦時は実装されておらず・・・で、つまるところロケットパンチ。
腕をワイヤーで伸ばし、引き寄せる事が出来る。 これだけでも十分な破壊力を持つのは、カイト機の腕パーツは攻撃的な爪のような形状をしていることと、両腕にパイルバンカーを装備していることを理由としている。
その他腰にマウントされたダガーが存在するが、基本的に射撃をカイトが不得手としているため、遠距離攻撃系武装は取り払われている。
識別カラーは蒼であり、これはカイトのイメージカラーとしてデザインしたものだが、カイト自身は赤がよかった様子。
デザイン担当のルドルフは蒼がいいということともう赤はアイリスが使っているとのことで泣く泣く蒼に決定した。











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