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霹靂のレーヴァテイン
作:神宮寺飛鳥



業を、継ぎし者(2)


「レーヴァテインプロジェクト・・・全て順調と言うわけでもないけど、問題なく進められているようね」

ジェネシスの制服を身に纏ったリフィル・レンブラムは本社ビル内部にあるバーでグラスを傾けていた。
隣にはヴェクターの姿がある。 彼もまた同じようにグラスを傾けつつ、ジャズミュージックの生演奏を眺めながら微笑んでいた。

「全てとは行きませんが、ほぼ滞りなく。 イリアの一件はリイドにとっていい影響を齎したようですねぇ」

「そうね。 あの子、悲しい事とは無縁で育ってきたから」

「ウッフフ。 それは親である貴方が何もしてこなかったということでは?」

「・・・痛いところを突くわね」

眉を潜めながらグラスを傾けるリフィル。 脳裏に過ぎるのは自らが息子と呼ぶ少年の姿だった。

「駄目ね。 私、あの子の母親にはきっとなれないもの」

「何故ですか?」

「・・・先の事が判ってるからかも知れない。 けどやっぱり何より・・・あの子の事を傷つけるのが、怖くて仕方がないからね」

アルコール度数の高いウィスキーを一気に煽る。 酔っているはずなのに気分は常に嫌に成る程冷静だった。
そうした人生を歩んできたからかもしれない。 浮かれる事も、沈む事も、一瞬たりとも赦されてこなかった。

「出来れば本当に母親になってあげたいけれど、きっとそれは無理なのよね。 私はあの子の事を、一人の男として見てしまうから」

「それはちょっとした問題発言ではないでしょうか?」

「仕方ないでしょ? だって、似すぎているもの、あの子は・・・。 ううん、完全に同じ。 だから、彼と同じように見てしまう」

丸くカットされた氷の入ったグラスを額に当てながら目を閉じる。

「期待してしまうのよ。 この世界を、変えてくれるのは・・・私を救ってくれるのは、彼なんじゃないか、って」

救いを求める事を赦されなかった人間達の妄想。
願いは常に胸にあり、そして実現できぬ願いであればあるほど強く己を戒める。

「らしくないですね、リフィル。 子供たちの前で見せるあの緩い態度はどこへ行ってしまったんですか?」

「人は大人になるものよ、ヴェクター。 それに、大人はずるくて狡猾なの。 自らが幸せを得るために、自らをだましたりもするわ」

髪を掻き揚げ、自らの薬指に輝く銀色の指輪を眺める。
薄暗い店内を照らすオレンジ色の光は、その銀に跳ね返って小さく煌いている。

「それにもう・・・正直な人間だって胸を張って言える程、若くもないもの」

「そうですか? 私よりも年下ではありませんでしたか?」

「繰り返すことで磨耗するものなのよ。 人も、物も」

「左様ですか」

視線を逸らすリフィル。 その先には夜の街が広がっている。

「計画は続行するわ。 そろそろ、カイトに役立ってもらわなくちゃ」

それを望もうが望むまいが。

時は、止まないのだから。



⇒業を、継ぎし者(2)



「ふわあああああああぁぁぁ・・・」

思いっきり欠伸をしてしまった。
授業中の教室。 眠いのは多分仕方のないことだ。 昨日は夜遅くまでカイトの勉強を見させられたんだし。
しかも何故か場所はボクの家。 まったく、どいつもこいつもボクの家を集会場かなにかと勘違いしてないか? まあお陰で家に帰る手間は省けたんだけど。
それにしたってカイトの馬鹿具合には頭痛がしそうだった。 眩暈がするような頭の悪さである。 あれでよく学生だなんていえたものだ。
授業中に眠くて仕方がなくてろくに話を聞いていないボクもそうだけど。 まあ、普段から授業なんて聞いてないからいいんだけどね。
それにしても、ココ最近は本当に何も起きていない。 たった数日だけれども、何もないほうがなんだか違和感を覚える。
結局学園祭とかってどうなったんだろう。 そんな無駄な事を考えるボクの視線の先、空の狭間に見える雲が流れていく。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、そそくさと帰宅の用意。 今日もカイトに勉強を教えてやらなくちゃいけないわけだし。

「面倒くさいことになったなあ・・・」

ぼやきながら鞄を肩に席を立つ。
顔を上げる視線の先、見知った顔が入り口でボクを待っていた。
長身の少年。 カイトほどではないけれど、こっちは大分あからさまに不良っぽい。
耳からぶら下がった銀色のピアスが揺れて、少年は背を向けてついて来いとボクを呼ぶ。
以前にもこんな事があった気がする。 というか、きっと授業を途中で抜け出して迎えにきたんだろう。 まだチャイムから数分だし。
彼の後についていくと、お約束と言うか・・・そこは屋上だった。

「久しぶりですね」

「・・・久しぶりだな」

少年はフェンスを背に煙草を口にくわえて火をつけた。
ボクは鞄を床に置いてポケットに片手を突っ込む。 どんな話かは大体想像がつく。 この間も、その前もそうだった。
かつてこの場所でボクの顔面を思い切りぶん殴ってくれた少年は、しかし以前とは少し違う、戸惑うような視線をボクに向けていた。

「・・・ベルグ・リヒターだ」

「は?」

「俺の名前だ・・・。 もう、名乗らないってのもおかしいだろ」

だからって突然名乗りだすのもどうかと思うけど。 何はともあれ、ベルグはそう言って火の付いた煙草を片手に溜息をついた。

「・・・話ってのは・・・、イリアの事だ」

「・・・・・・うん」

やっぱり、そうだろう。 イリアがもう目を覚まさないってことは、当然彼も知っているはずだ。
だからその覚悟は決めてきた。 いや、むしろ今までボクはそのことから逃げてきたんだ。 学園にも通わず、彼の前に身をさらさずに。
静かに目を閉じる。 風がボクらの間を吹き抜けて、前髪を揺らした。

「イリアは、もう目を覚まさないんだろ?」

「うん」

「それは・・・お前のせいなんだろ?」

「そう」

「・・・・・・・・・レンブラム、テメェ・・・」

ベルグはボクの胸倉を掴み上げ、それからボクを鋭い眼差しで睨みつける。

「俺を馬鹿にしてんのか・・・ッ!?」

「―――っは?」

意味が、わからない。

「話はアイリスに聞いた・・・! テメエが悪いってわけじゃねえってことも・・・! あいつが・・・自分のトラウマを乗り越えたんだってことも・・・!」

思わず息を呑む。
ベルグは手を離して僕を解放すると、音を立ててフェンスに倒れこみ、静かに項垂れる。

「テメエは気に入らねえさ・・・。 テメエはアイリスを傷つけた・・・だが、アイリスはもう、てめえを赦してる。 むしろ、感謝すらしてるそうだ」

「アイリスが・・・?」

「・・・お前のお陰なんだろ・・・? お前のお陰で、イリアは・・・乗り越えられたんだろ?」

「・・・ボクの・・・お陰?」

ベルグは顔を上げる。 その表情は悔しそうで、でもそれは怒りとは違う不思議な感情の色だった。

「イリアは・・・あいつは・・・、最後、笑ってたか・・・?」

燃え尽きる炎のように、彼女は赤く煌いていた。
最後の最後、死んでしまうっていうその瞬間まで、彼女は輝いていた。
そうして彼女の世界が焼けて落ちるまで、きっと笑っていたんだと思う。
苦痛と絶望の嵐のような猛々しい感情の中で、彼女はそれでも笑っていた。

明日を、見ていた。

「イリアは・・・最後まで、笑ってたよ」

「・・・そうか」

背中を向けたベルグは煙草の煙を吐き出しながら語る。

「本当はお前が悪いわけじゃねえって判ってんだ。 俺たちは所詮守られるだけの立場だ。 だから・・・アイリスは戦いたいって願ったんだろ?」

「・・・聞いたんだ。 アイリスがジェネシスに入るって」

「まぁな。 俺、あいつらの幼馴染だからよ。 カイトも・・・そうなんだ」

「・・・そう、だったんだ」

幼馴染だから、心配した。 本気で怒った。
そんな当たり前すぎる現実。 それをボクは、否定してしまっていた。

「でもよ、俺見ての通り、レーヴァテインに乗る才能はなかったんだ。 だから俺だけなーんもできねえ。 俺だけいっつも蚊帳の外で・・・気づいたら、こんなカンジだ」

煙草を掲げながらニヤリと笑うベルグ。 思わず釣られて笑ってしまった。 だって君は、それでも彼らの事を心配していたんだろう?

「本当言うとな。 なんで俺じゃなくて、全然関係ないお前がレーヴァテインに乗れるんだ、っていう嫉妬もあったんだと思う。 無力な自分が嫌いで、何も言ってもらえない自分にムカついてた」

「・・・・・・そっか」

「ムカつかねえのか? 俺みたいなド素人が、しかも部外者が、判ったような口利いてたんだぜ?」

「部外者なんかじゃない」

顔を上げる。 彼の顔を真っ直ぐに見よう。 そこから逃げる事は、自己への冒涜に他ならない。

「君は、イリアとアイリスにとってかけがえのない人だ。 それは間違いない。 だから、部外者なんかじゃない」

「・・・・・・」

目を丸くし、それから照れくさそうに苦笑し、ボクの肩を叩いて笑う。

「クソ生意気な後輩だ」

「・・・よく言われます」

「なぁレンブラム。 アイリスを・・・カイトを、任せてもいいか?」

「え?」

「俺じゃ駄目だ。 俺にはあいつらを守れる力がない。 だから、頼む」

頭を下げるベルグ。 だからボクは、その手を振り解いた。

「お断りするよ」

「んだと・・・?」

「君は、君に出来る方法で、みんなを守ればいいじゃない。 ボクは君みたいに、彼らの悩みを聞く事も、彼らの本音を聞く事も出来ない」

自分の手の平を見つめる。 それはあまりに無力で、誰かとつながりたいと願うにはあまりに小さすぎる。

「ボクは力があるだけだ。 ボク自身はこれといって価値のある人間じゃない。 彼らと一緒に居られた時間も浅い。 ボクは君がうらやましい。 君みたいに、ボクも彼らとずっと昔から一緒にいられたらどんなによかっただろう」

そうしたら。 きっと未来は違った。
そう、きっと、ボクも。

「ないものねだりなのはみんな一緒だよ。 だからせめてボクは自分の力でこの世界を守る。 だから君も、自分の持つ力で守りたい物を守ってよ」

カイトと仲悪いんでしょ? と微笑むと、ベルグは視線を逸らして唸り声を上げた。

「ちっ・・・。 ほんと、クソ生意気な後輩だ」

「もうね、そういうの褒め言葉と受け取る事にしたよ」

「あいつとは、レーヴァテインが関わるようになってから面合わせるのは避けてたからな・・・」

「ちゃんと話し合ってみたら?」

「考えとく。 まぁ、何はともあれ・・・ぶん殴って悪かったな」

「いいよ、もう気にもしてない。 忘れてたくらいだ」

「ふん。 だがまあ、借りはキッチリ返す。 今に見とけよ」

ボクを指差し、ベルグは小さく笑って目を細め、それから踊るような軽快なステップでボクの横を通り過ぎると屋上を去っていった。
残されたボクは一人、鞄を拾い上げて溜息をつく。
何と言うか、彼もまあ、悪い人ではないのかもしれない。
屋上を後にする。 無傷の自分が少しだけおかしくて笑った。
カイトとの待ち合わせ場所である玄関前に向かっていると、物陰から腕が伸びてきてボクの肩を掴んだ。

「やあやあリイド君、これは奇遇だねえ」

「・・・明らかに待ち構えてた風だったけど・・・カグラ先輩」

いつもどおりの明るい笑顔でカグラはそこに立っていた。
腕を払いのけて曲がったネクタイを直すと、カグラはボクの手を引いてずんずん歩いていく。

「ちょ、ちょっと・・・どこに行くんだよ!?」

「生徒会室」

「生徒会室!? なんで!?」

カグラは答えない。 生徒会室はこの学園の最上部にある。 つまり屋上から降りる階段のすぐ近くだ。
というか、ボクがこの階段を降りて歩いているところを待ち伏せるということはさっきのやりとりも見られてたんじゃあ・・・。
とか考えている内にあっという間に生徒会室に到着し、ボクを中に押し込めるなり入り口の鍵を閉めた。

「え・・・?」

段々と日は傾いてきてブラインドの隙間からは紅い光が差し込んでいる。
二人でいるには広すぎる生徒会室。 中央に並んだ円状のテーブルの上に腰掛け、ボクは思わず首を傾げる。

「なんで鍵・・・?」

「だって・・・誰か入って来ちゃったら困るでしょ?」

何故か顔を赤らめるカグラ。 意味がわからない。
そして何故か上着を脱ぎ去り、ずんずんこちらにむかって歩いてくる。

「え? え? え?」

そしてテーブルの上に強引に押し倒され、片手と片手を重ね合わせる体制になる。

「これからとっても楽しい事をするって言うのに、部外者に邪魔されたら嫌でしょ?」

「はっ・・・ハアッ!?」

不敵に微笑みながら彼女はスカートをゆっくりと捲くっていく。
いや、ちょっとまて。 何がどうなってる。 誰かここに来てわかるやつ説明しろ!

「リイド・レンブラム」

「・・・・・・くそっ・・・」

「大人しくアタシの言う事聞いてくれるかな?」

突きつけられたのは、小型の拳銃だった。
スカートの下に隠されていたそれをボクの頭に突きつけて、カグラは見た事も無いような冷たい目で微笑んでいる。
本気でどうなってる。 誰か説明しろ。

「どういうことだよ先輩・・・ッ! なんであんた、そんなもん持ってる!?」

「アタシがアンタを監視している諜報員だから―――って言えば、納得する?」

「―――はあ?」

カグラがスパイ? いや、ちょっとまって。 なんで? なにが?
カグラと会ったのは二年前、ボクの記憶が始まった直後からだ。 その時からずっと彼女はボクのそばに居た。
それが全部スパイ行為のためってことか? いやそれなら確かに説明がつく。 無価値な、ボクなんかの傍にいてくれた理由に。
だが信じられない。 カグラがスパイ? ていうかどこの? なんで? なんのために? なんでボク?

馬鹿が。 落ち着け。

ボクはレーヴァテインのパイロットだ。 ジェネシスのリイド・レンブラムだ。 くそっ! そうだよ! ボクは重要人物だよっ!!
ボクがいなきゃレーヴァテインは動かないじゃないか! カイトがレーヴァに乗れない以上、ボクが押さえられたらレーヴァは封じたも同然!
つまり、こいつは・・・レーヴァテインを止めるために、ボクを押さえたってことか・・・!

「カグラ・・・!」

「そんなに怖い目で見ないでよ。 大人しくしてくれれば危害は加えないってば」

「何が目的だ・・・!」

「ついてきてもらいたい場所があるの。 そう、リイド・・・アンタにね」

艶やかな唇が笑顔に歪む。
なんてうかつだったんだろう。
スパイが居るかもしれないなんて話、事前に聞いてたじゃないか―――。
でも、カグラがそうだなんて思わなかった。 そんなはずはないと信じていた。 なのに・・・。

「はい、これでよしっと。 うん、中々似合ってるわよ?」

トランクから取り出した手錠でボクの両手を拘束し、鍵をかける。

「ちなみにこれ、アタシがスイッチ押すと爆発するから。 逃げたりしないようにね」

「・・・眩暈がしてきた」

「あはは、そりゃ仕方ないよ。 腕がいつ吹っ飛ぶかわからない状況でヘラヘラしてたらそりゃ気が触れてる」

「いつからだ・・・」

「うん?」

「いつから、そういうつもりでボクに近づいたんだ・・・?」

そこにはかすかな期待が込められていたのかもしれない。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。 そう、違う答えであってくれたらと。 少しは救われるのにと、ボクは思っていた。

「そりゃあ」

けれど彼女は当たり前のように笑ってボクの頬にキスをする。

「勿論、最初からよ?」

嫌気がした。

なんでこう、ボクってやつは、こう、馬鹿なんだろうと。

ただただ、嫌気がした―――。




「ん〜〜〜〜・・・リイドのやつちっともきやしねえ」

玄関でリイドを待っていたカイトは時計を眺めながら唸り声を上げていた。
既に約束の時間を20分は遅刻している。 流石に迎えに行ったほうがいいかと思い始めた頃、視界に見知った顔が現れた。

「よおエアリオ。 寝てたろ?」

「ん・・・よくわかったな」

「寝癖ついてんぞ。 それよりリイド見なかったか? ほら、昨日勉強見てくれるって約束したじゃねえか」

寝癖を直しながらエアリオは首を横に振る。 つい先ほどまで教室で寝ていたエアリオがそれを知るはずもないのだ。
しばらくそうして二人はその場に立ち尽くしていた。 そろそろリイドを迎えに行こうと思い始めた頃、二人の背後に黒服の男が近づく。
スーツ姿にサングラスをかけたいかにも怪しい男たちはがっちりとした体格で二人の行き先を遮ると、カイトに歩み寄る。

「カイト様。 お迎えに上がりました」

「・・・何だお前ら?」

「ハロルド様がお呼びです」

「・・・あのなあ、何度も言わせんな。 俺はあいつが何度呼んでも・・・おいっ!! 何してやがる!!」

男たちはエアリオを羽交い絞めにすると、その顔に白い布を巻いて視界を遮る。
すぐさま細いその腕に注射器を刺すと、得体の知れない液体を腕に流し込んだ。

「てめっ・・・!? エアリオォッ!!」

「落ち着いてくださいカイト様。 ただの麻酔です。 彼女は薬が効きにくいと伺っておりますので」

「離せッ!! どういうことだ!? 説明しろッ!!!」

力なくその場に倒れこむエアリオを担ぎ上げ、男たちは停車した高級車に歩いていく。
それを追いかけようとするが、男達に腕をつかまれ行方を阻まれる。

「クソッ!! エアリオオオオーーーーーッ!!」

「カイト様はすぐに本社に」

「ふざけんじゃねえぞ!? なんでそんな命令に従わなきゃならねえんだよ!? なんだあの対応は!? こんなの拉致じゃねえかッ!!」

「ですから、エアリオ・ウィリオに関しては多少荒っぽい手段で構わないという命令でして」

「知るか!! 俺のダチだぞ、手荒に扱うんじゃねえ!」

「・・・はっ。 とにかく一度本社へ・・・お父上の下へご同行願います」

「・・・・・・んの、クソ親父・・・」

思わず歯軋りする。 両手の拳を握り締めても、大の男に囲まれたカイトに出来る事は何もない。
自分の肩を掴み上げる男の腕を振り解き、自分の足で車に向かっていく。

「説明してもらうぞ・・・親父ハロルド・・・ッ!」

二人を乗せた車が走り去っていく。
それを見送り、眉を潜める少女の姿が一つ。

「・・・先輩?」

エアリオを追いかけて走ってきたアイリスの手から、彼女の髪に結ぶつもりだった猫のヘアバンドが、小さく音を立てて地面に落ちた。



「いててて・・・だ、大丈夫・・・!? 怪我は無い!?」

その時から、ボクの運命が動き出した―――。

「・・・あーっ! あ、あたしの朝食がっ!」

アスファルトに落ちたトースト。 翻った彼女のスカート。 そして、倒れた僕の手は彼女の胸を鷲づかみにしていた。
そんなことよりも朝食を優先していた彼女だったが、事実に気づくや否や、顔を真っ赤にしてボクの顔をはったおした。

「この、変態っ!!」

「ぐはっ!?」

そう、これがきっと、運命の動き出した瞬間―――。

なのだろうか。


⇒れーばてっ!(1)


ボクの名前はリイド・レンブラム。 中学二年生のどこにでも居る普通の男の子だ。 ちょっと普通じゃないところがあるとしたら、父親がいなくてしかも二年より前の記憶が全くないってことくらいかな☆
そんな普通のボクの人生は毎日が退屈で何をやっても面白くない。 機械いじりが趣味なくらいで、友達作りも下手なボクはいわゆるいじめられっこだ。
今朝も幼馴染のエアリオ・ウィリオに朝食を作らされ、教室まで送らされた。 エアリオを毎朝起こしに行くのはボクのライフワークだ。
しかし、朝あったとんでもない事件のお陰でエアリオは何故かへそを曲げてしまい、さっさと学校に行ってしまった。
そう、それは遅刻ギリギリまで起きないエアリオに引っ張られて通学路を急いでいる時だった。
正面の曲がり角から飛び出してきたのは紅い髪の女の子だった。 正面衝突してしまったボクは、その後・・・。

「はあ・・・。 朝から大変な目にあったなあ」

「ようリイド! なんだ、朝から溜息なんかついちゃってよ」

彼の名前はカイト・フラクトル。 明るいイケメンだけど変態な性格が災いして女の子にはモテないどこにでもいる中学生だ。

「溜息も吹っ飛ぶような話題を仕入れてきたぜ。 なんと、今日我がクラスに転校生がやってくるらしい!」

「転校生・・・?」

「しかも女子だぜ! この時期の転校生と来れば、美少女だって相場は決まってる!」

「ははは・・・そうだったらいいね」

「ま、お前には関係のない話か。 俺的美少女ランキング上位に食い込むエアリオと幼馴染なんだもんな」

「え、エアリオとは何にもないよー・・・。 ただの幼馴染だもん・・・」

むしろ毎日酷使されてるっていうか・・・。

「とにかくお前は手を出すなよ? 美少女は今度こそ俺がゲットだぜ!」

一人盛り上がっているカイト。 何はともあれホームルームが始まり、先生が教室に入ってくる。
胡散臭い顔をしたスーツ姿の担任教師、名前はヴェクター。 奇妙な笑い方が特徴の人気の無い先生だ。

「は〜い、それではみなさん。 今日は発表があります」

「おーーー!!」

「知っている人は知っていると思いますが、今日から我がクラスに転入生がやって来ました。 では、中に入ってください」

先生が奥に引っ込み、変わりに壇上に紅い髪の少女が上がってくる・・・って、紅い髪!?

「今日からこのクラスでお世話になることになった、イリア・アークライトです」

黒板に自分の名前を書き記し、明るい笑顔で振り返る少女。
その顔は紛れも無く、朝遭遇した女の子で。

「あーーーーっ!!」 「あ〜〜〜っ!?」

ボクらは互いを指差して立ち上がっていた。 教室が静まり返り、女の子はボクに駆け寄ってきて、それからジト目で言った。

「あんた、今朝の変態じゃない!」

「そ、そんな!? あれは事故だよ! ボクは何もしてないよ!!」

「何が事故よ! しっかりあたしの胸をもんだくせに!」

「「ええーーーっ!?」」

どよめくクラスメイトたち。 慌てて弁解するも、誰も話を聞いてくれそうにない。
駆け寄ってきたカイトがボクの顔をぶん殴り、胸倉を掴み上げた。

「リイド・・・手を出すなと言うのが少し遅すぎたようだな・・・」

「うう・・・ち、違うのに〜・・・」

涙が出てくる。 こんな状況なのに、先生は空気をよむ気配がない。

「知り合いなんですか? だったら丁度いいですねえ。 リイド君の隣の席が空いてますから、イリアさんはそこに座ってください」

「ええーーーっ!?」

こうして、ボクの新しい日常が幕を開けたのだった。

「・・・ま、最低限の部分でよろしくね」

散々ひどいことにしておいて、彼女・・・イリアは笑ってボクに手を差し伸べた。
その手を取って握手しながら、内心泣き出したい気持ちを堪えてボクは半笑いを浮かべていた・・・。


ハートフル学園ラブコメディ『れーばてっ!』
次回、謎の転入生と幼馴染の美少女によるバトルが発生! さらには転入生の妹が乱入し、学園を巻き込む大騒動に・・・!





カイト「こっちのほうが売れたんじゃねえか?」

エアリオ「・・・という、おまけコーナーでした」


オチなし。












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