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大変、お待たせしました!!すみません!
第2章8.予期せぬ人物
色々悩んだ結果、アポなしで行く事にした俺は美羽の部屋の前に立っている。事前に約束したら、お兄さんに美羽を連れ出されそうだとか待ち構えられそうだとか追い出されそうだとか、そんなのでは断じてない!……と、思う。…思いたい。
自分自身への言い訳に嫌気が差して軽くふっと息を吐くと、その行為に苦笑がこぼれた。

全く…美羽の存在は、俺をどんどん弱くするみたいだ。年の割にはそれなりに沢山の事を経験してきたけれど、『誰かに想われたい』という気持ちは初めてだった。その想いは、自然と『嫌われたくない』『喜ばせたい』と増えてきて、どんどん強くなる想いとは反比例して、どうにも動けなくなった。昔の俺がこの姿を見たら、鼻で笑う気がする。でも……本当に欲しいモノの前では、どんな人間だって臆病になるものだ。

「えーと。とりあえずお兄さんが居ませんように!」

ピンポーン。

すると、中からぱっと扉が開き、ほのかに甘い香りと共に美羽が顔を出した。

一気に、心臓がぎゅうっと縮んだような感覚が俺を襲う。ひとりでに緩む口元を、慌てて引き締めて厳しい表情を作った。

「美羽。先に誰か確認してから開けないと。危ないだろ」

「あっ。ごめんなさい。ちょっと慌ててて…あの。お兄ちゃんには内緒で!」

どうやら、お兄さんにもいつも注意されているらしい。美羽はイタズラが見つかった子供のように、少し小さくなった。

奥のリビングルームからは、カチャカチャと食器の音と、暖かい空気が感じられる。願いは叶わなかったか…でも、来客が俺だって可能性があるのに、お兄さんが飛んでこないなんて珍しいな…。

「なぁ。美羽…お兄さん、居るの?」

「え?居ませんよ。あっ!お兄ちゃんが帰って来ても本当に言っちゃダメですからね!」

「え?居ないの?でも…明らかに、誰か中に居るよな?」

啓介達…では、ないよな。啓介達だとしても、俺の声を聞いて出てこないわけないし…。

「お客様が来てるんです。ところで、あのぅ…香月さん?」

中の様子が気になるものの、美羽の問いかけに、意識が美羽に戻る。

「うん?何?」

「そ、その!手に持ってるピンクの箱は…もしかして、カップケーキですか!?」

「うん。手土産だよ。入れてくれる?」

「も、勿論です!ささ。どーぞ!」

なんか餌で釣ったようだけど、すんなり入れたし良しとしよう。こんなに目を輝かせてる美羽を見るのも久しぶりだしな。はちきれんばかりの笑顔を見せる美羽につられて、笑顔を返した俺は、次の瞬間固まる事になる。

「スティーブン!!良いお茶請けが手に入ったよぉ~!」

す、すてぃーぶん~~!?

ぴしーん。と固まる俺から箱を奪い取った美羽は、足取りも軽やかにリビングに向かって行く。

「ちょ、美羽!ちょっと待った!」

「え?何ですか?」

「ス、スティーブンって誰?」

「?お客様ですけど」

そうだけど!そうだろうけど!!でもそうじゃなくって!
あからさまに慌ててる様子の俺を、箱を取られるとでも思ったのだろうか。美羽は
両手でしっかりとカップケーキの箱を持ち直し、不思議そうに俺を見上げた。

答えは意外な場所からもたらされた。

「直接聞けばいいだろう」

奥から出てきたのは、日に焼けた肌に明るい茶色の髪の背の高い男……。
東洋人に見えるが、日本人ではない事は一目で分かる容姿の男だった。

「あんたは?ナニモン?」

すると、目の前の男は白い八重歯を覗かせて薄く微笑んだ。

「まず、座ったら?お茶の用意が出来たところだ。言っとくけど、この場の空気を
乱したのは君だ。君の方が乱入者だって事、忘れてないか?追い出してもいいけど、
お茶請けに免じて許してあげよう。美羽の好きなお菓子みたいだしね」

落ち着いた声色の流暢な日本語でそう言うと、さっさとソファに腰掛ける。
一気に言われたそれは、悔しいけれどその通りで俺は反論できず、かえって一気に
冷静になれた。

「美羽。お客様の分の茶器とお皿もご用意して」

「…あんたも『オキャクサマ』だろ」

「失礼。僕では茶器の場所が分からないし、なにより君の名を僕は知らないからね。仕方のない事だと思わないか?」

「……香月柊かづきしゅうだ」

「あぁ。サークルが一緒だった先輩だね」

なんでだ。美羽が俺のいない場所で俺の話をしていたのは嬉しいのに、相手がコイツなのは
嫌だ。そんな複雑な感情が一気に湧きあがった。

そこに、美羽が茶器と皿を持って戻ってきた。

「えぇっと…」

「彼が、例の先輩って事を、確認したところまでだよ。僕の自己紹介はこれから」

例のって!?なんだよソレ!

「香月さん。彼は、スティーブン・チョウさん。お兄ちゃんが事故にあった時のお宅の
息子さんで、私と一番年が近かったから、すごくお世話になったの」

「よろしく。僕は、君より三歳程上かな?」

穏やかな微笑みで握手を求められるが、暗に年上に対しての礼儀がなってないと言われてるように感じた。

「どうも…その節は、美羽がお世話になりました」

軽く握手して応戦したつもりだったけれど、相手は軽く肩をすくませるだけたった。

「別に?僕が好きでした事だから、サークルの先輩が気にかける事でもないさ」

この反応…やっぱりそうなのか?俺の嫌な予感は…不安は当たってたりするワケ!?
おまけに、俺の前に小さな茶器を置いた美羽は、そのまま俺の向かい側のソファ…つまりはスティーブンの隣にちょこんと座った。
美羽が座れるように、少し横にずれたのに!!

「なんでそっち座るの」

「え?だって今日はお茶の淹れ方を教わるんだもの」

「ちゃんと淹れられるだろ?」

「あれは見よう見まねで…せっかくだから教えてもらおうと思って約束したんです」

「あー。そ」

「美羽。いいかい?茶葉には直接触れたらいけないから気をつけて。うん、量は
この位で大丈夫だ」

スティーブンはまるで俺なんか居ないかのようにさっさ講義を始めた。
美羽の目が、真剣なものに変わって、優雅な動きで手際よくお茶を淹れるスティーブンの
動きを追う。

「さぁ。真似してやってごらん」

小さな丸い急須を渡された美羽は、ややぎこちない動きでとぽとぽ。とお湯を注いだ。
途端に、スティーブンの目が優しい色を帯びた。

ものすごく…なんだかものすごく居心地が悪いんですけど!

でも、美羽の真剣な表情を見てると、とてもじゃないけど邪魔なんて出来ずに、結局
カップケーキを取り分けたりと裏方に徹するしかなかった。

「なかなか上手になった。授業料も1回で済みそうだね」

「土曜日の夜でしょう?分かってるよー。奮発するから!先生!」

ぴたり。と動きが止まる。

「土曜?用事…あるのか?」

「えっと、バイト終わってからスティーブンにご飯をご馳走するんです。お茶の
特別授業のお礼ですよ」

「そっか…。俺…土曜日ちょっと誘いたかったんだけど…無理か?」

美羽は、一瞬迷うように瞳を揺らしたが、ふるり。と首を振った。

「スティーブンの誕生日で、お店も予約しちゃったんです。ごめんなさい」

「…いや。いいよ…また、今度な」

なんだか一気に疲れた気がした。正直、今まで予定を聞いてから行動するなんて事もなかった。
女達はいつだって、俺の都合に合わせて動いてくれてた。当然、断られるのだって今回が初めてだ。
だから?だからこんなにショックが大きいのか?
いや…相手が美羽だからだ……。
その美羽は、元気に「はい!また今度、斎賀さん達とご飯行きましょうね!」と
返事をして、今は大きな口を開けてカップケーキを頬張っているところだった。

はぁ~~~。ほんとにコイツ、俺にこんだけダメージ与えてるって分かってんのかな?

「…そうだな。じゃあ、今日は帰るよ。お兄さん、遅くなるのか?戸締りはちゃんと…」

「大丈夫だよ。僕が確認する」

ケーキを頬張ってちゃんと話せない美羽の代わりに、なぜかスティーブンが応えたのがカチンときた。

「…アンタもそろそろ帰ったら?こんな夜に2人きりなんてお兄さんが知ったら…」

「大丈夫だよ。宇海も僕が居る事は知ってる。でも…そうだね。今日は僕も退散しよう。
意外な人物が現れたおかげで、計画の変更が必要なようだし」

口をモゴモゴさせながら、会話が理解できないとでもいうように首をかしげる美羽の頭に
ぽふん。と一度手を置くとスティーブンが立ち上がった。

「あのう…カップケーキ…」

「全部やるよ」
「僕の分もお食べ」

「あ、ありがとう…?」

「じゃあ…また連絡するから」
「土曜日楽しみにしてるよ」

「う、うん?」

慌しく帰る俺たちを、美羽はずっと不思議そうに眺めていた。


カチャリ。


「さて、と」
「つまり、そーゆーコト?」

ドアが閉じられると同時に話し出す。

「そのようだね。まぁライバルとしては申し分ないけど?」

「こっちのセリフだっつーの」

苛立ちを前面に出す俺とは違い、スティーブンは穏やかな微笑みを崩さずにライバル宣言した。もっとも、目は笑ってなかったけど。

「わりーけど、渡す気なんかさらさらないから」

「それは僕もだけどね。ま、お互い頑張ろう。じゃあね」

「おい!どこ行くんだよ!」

「どこって…部屋だけど?あぁ。美羽のお隣さんになったんだよ。これって一歩リードかな?じゃあね」

ヤツはにっこりとムカつく笑顔を見せると、美羽の部屋の隣へと消えて行ったのだった……。


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