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第99話「騙し」
2017年7月5日
午後4時3分


「しっかし……釣れないな、この釣りキチ潤くんのお手製の竿と仕掛けに乗ってこないとは神洋島の魚は頭がいいな」
 潤は眉をしかめた、ポイントをテントの近くから昨日、要と水を汲んだあたりの上流に変えたのが悪いのか、お手製の竿が悪いのか、何が原因かは解らないが何も釣れないのである。
「マズイな……夕飯が本当にご飯だけになるぞ」
 そう言いながら頭を掻いていると、
「潤くん!」
 明るい声を上げながら水着にTシャツをきた琴乃が隣に座ってきた。



「あっ……先輩」
「釣れた? 神洋島でもこの辺りは真水だからタイは釣れないね、もう少し下がると汽水とかいって真水と海水の混じった場所になってたまにタイが川で釣れたとか聞くけど」
「タイどころか小魚一匹釣れません、いわゆるボウズって奴です」
 笑顔の琴乃に潤は罰が悪そうに笑った。
「そうかぁ……釣りはむずかしいもんね」
 大きめの石の上にあぐらをかいている潤の横で膝を抱えて座る琴乃。
 綺麗な長い黒髪、後頭部につけた赤いリボン、おっとりとした雰囲気を感じさせる少し垂れた瞳に通った鼻筋、Tシャツを着てはいるが、その体型は俗に言ってしまえば下手な巨乳系グラビアアイドル顔負けのプロポーションである。



「そうですね、やっぱり俺も山菜とか探した方が無難かなぁ? 調理の開始時間まで一時間きってるし」
「そうかも」
 潤が竿を石のうえに置くと琴乃は頷いた。
「そうですよね」
 迷った様子を見せながらも琴乃との会話に何かのぎこちなさを感じる。
 当然だ、千島の提案でみんなで何かを忘れた様に遊んだのだが、それは所詮は忘れただけだ。
「潤くん……テントの方に戻ろうか? 小春ちゃんや要ちゃんが山菜やお魚を採ってくれてるかもしれないよ」
 立ち上がる琴乃に、
「行きましょう」
 何かを話そうとしたが、何から切り出して良いか分からずに潤は頷いて立ち上がるしか出来なかった。



「チー、まだ寝てるの?」 琴乃と二人でテントまで戻るとまだ要の膝枕で千島は寝息を起てていたので、琴乃は声を上げた。
「そうなのよ……何だか疲れてるみたい」
 要は苦笑しながらウチワで千島を扇いでいる、天気は相変わらずの曇りなので直射日光は無いが蒸し暑さがあり、寝ている千島も要も水着にパーカーという格好だが汗をかいている。



「じゃあ、要はもう少し待っててくれ、俺と先輩で何かを探してから火を起こすからさ」
 要と千島を覗き込む様に中腰になり潤は言った。
 小春の不在を一番気にしそうな千島がぐっすり眠っているのは好都合だ、いくら聖の場所の特定が出来なかったからと言っても安心は出来ない、起きだしたら小春の居場所をすぐにでも察知できそうな不気味さがこの数日の千島にはあるのである。
「平気よ、この辺りでそういう事をするなら超ベテランがいるから食材にはこまらないわよ……今に色々と抱えて現われるわよ」
 そう言いながら要は微笑んでくる。



「……え!?」
 要の口から出た意外な言葉に潤は思わず答えに詰まってしまう。
「どうしたのよ?」
 潤の様子に要は眉をしかめている。
「い……いや」
 潤は見上げてくる要から目を逸らして中腰の状態から立ち上がった。
『……要の奴、何を言ってるんだ!? 小春は今、レクリエーションを抜け出して、俺の家に盗聴器を調べにいってるんじゃないか! ……それとも琴乃先輩が傍にいるからわざとそう言って小春がレクリエーションに参加している事を強調しているのか?』
 潤は思わずそう口に出しそうになってしまう。



「そう言えば小春ちゃんが見えないな」
 首を傾げる琴乃。
「あいつの事だから山に分け入って酒匂の養鶏場から逃げ出した鶏でも追いかけてるんですよ、獲物を獲るなら山がいいなぁ、とか言ってましたから」
 せめて五時までは怪しまれる訳にはいかないと必死に言い繕うと、
「らしいよね……じゃあ、私達は火を起こしましょうか」
 琴乃はそう言って特に何も気にしていない様に笑ったので、潤はホッと胸を撫で下ろした。
 だが……



「チー、起きて!」



 要の声に潤は自分の耳を疑ってしまう。
「か……かなめっ!」
 なんで千島を起こしちゃうんだよ! と、続きの言葉が喉の途中まで思わず出かかった。
「なによ?」
 怪訝な表情を浮かべる要、千島は要に呼ばれたのとそのやり取りでウウン、と唸り始める。
 先程の言動といい、要にはまるで小春の行動をカモフラージュしようという気が感じられない。
「……」
 黙り込む潤に要は口を尖らせる。
「……だっていつまでも寝かせておけないでしょ? それにチーにも食材なり火起こしなり手伝ってもらったって良いじゃない」
 要の潤の意図を計りかねている表情。
 岸川要という少女は単純とまでは言わないが、ある意味分かりやすい部分が多い少女だ。
 その表情を見ているうちに数時間前にここにいない少女に言われた言葉が潤の頭を反芻した。




「そうなら早く鍵を渡せよ、実は要には私から昨日の夜に話してあるから……ここからは互いにその話題は避けよう」




『……!? 小春の奴、まさか要には話してない?』 要がとぼけているのか、話された事を忘れているのかでなければ当然に行き着く結論。
『思えば俺は要には話してあるから、って一言で小春がレクリエーション中に抜け出して俺の家に一人で盗聴器を調べに行く事を反対もせずに承諾して鍵を渡してしまったんだ』
『そして、互いにその話題は避けようという言葉は琴乃先輩や千島に偶然でも聴かれてそれがばれてしまう事を怖れての対応だとばかり思っていた』
『……違う、それは俺の方から小春が一人で盗聴器を調べに行く事を話されていない要に確認してしまわない様に言った、いわば口止めだった!?』
 様々な考察が頭を瞬時に駆け巡り……そして、行き着いた答えは一つだったのである。




『まさか俺は小春に騙された!?』



 蒸し暑いにも関わらず全身にはしる身震いを潤は覚えた。




    第100話に続く


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