第9話「千島との賭け」
2017年6月28日
午後4時7分
結局は潤の失踪騒動の後は海を泳ぐ事はなく、琴乃の提案で弓永家が経営する店で、少し早い食事をとる事となった。
海岸を出る前にそばの駄菓子屋の脇にある公衆電話から店に電話をする琴乃、潤達は駄菓子屋を覗いて待っている。
「アイスでも食べながら行くか? さっきガリゴリ君を食べなかったし……」
夏の主力商品として、店先にある冷凍庫に沢山敷き詰められたアイスを覗き込む小春を、
「これからご飯に連れていって貰うのに、アイス食べてどうするの!」
と、要が呆れ顔をしながら注意している。
「いや、でも歩いていくなら途中で食べながらさ」
「……勝手にすればいいでしょ!」
「奢って、要」
「脈絡の無い事言わないでくれる? 馬鹿みたい」
「いいじゃん、可愛いカノジョ〜、俺にアイス奢ってくれよぉ」
「バカ! 貴女ね、少しは女の子らしくなさい!」
そんなやり取りをしている要と小春。
小春の性格もあって、まるで要との会話は真面目な委員長と少し悪い生徒の幼なじみだ。
実際には小春は口調こそ男勝りだが、柄が悪い訳では無いし、下級生には頼れるお姉さんみたいに思われている様子である。
「要ちゃんには絡むんだから……」
一緒に駄菓子を見ていた千島が、それを見て微笑む。
店内は店番をしているおばあさんが隅の椅子でまるで人形の様に座っている、寝ているのかと疑いたくなるが、入った時には、
「いらっしゃ〜い」
と、挨拶をしてきたので、起きてはいるのだろう。
「今日は要もガードが硬そうだぞ、62円のガリゴリ君は堕ちないだろ?」
潤は店内の駄菓子を自分も選びながら、店先には聞こえない様に千島にニヤついて見せると、
「わからないよ、要ちゃんは生粋のツンデレさん、いきなりガードが甘くなるから……小春ちゃんはこの間、21円のクリスの駄菓子クジを二回も奢らせてる実績を持ってるよ」
千島も首を振る。
「……よし千島、ならば俺達も賭けにいく? 要が小春のおねだりを跳ね返せなかったら、千島の好物のこれを奢るよ」
潤はそう言いながら、並んでいる駄菓子の一つを指差す。
「……それは……千島の大好物のすもも!」
表情が変わる千島、そして大きく頷く。
「わかったよ、千島が負けたら、潤君には好物のアンズボーを進呈するよ」
「よし、なら俺は要、千島は小春」
そして、2人は要と小春に視線を移す。
そんな代理闘争のダシにされているとも知らない要と小春は、店先で漫才のようなやり取りを依然として繰り広げていた。
6月28日
午後4時19分
「タダだと思うと余計に美味しいよな!」
歩きながらアンズボーを吸う潤。
「ウウッ、千島の読みが甘すぎたよ」
横を歩く千島はうなだれて、ガリゴリ君アイスをかじる小春を恨めしそうに見つめた。
「ごめんね、チー」
申し訳なさそうに琴乃が千島に謝ると、
「いいんだよ、この展開はある意味読めないといけなかったんだよ」
情けない声を上げ、千島は首を振る。
潤と千島の代理戦争。
要に対する小春のおねだりの成否は意外な形で決着を見せた。
小春の粘りに要に仕方ないか……という雰囲気が漂い始め、千島がすももに目線が行き始めた時である、食事をする予定だった店に電話を終えた琴乃が見かねて、小春にガリゴリ君を買い与えてしまったのだ。
結果、小春はガリゴリ君を手に入れたが、要が奢った訳ではないので賭けは潤の勝ちで終わる。
そして、今は太宰地区にある食事をする予定を入れた店まで歩いて向かう途中だ。
「食前のアンズボー、旨かったなぁ! ご馳走様でした」
わざと千島に聞こえる様に言う潤。
「ウウッ……酷い、酷すぎる仕打ちだよ」
オーバーに反応した千島がガックリ肩を落とし、皆が笑った。
数ヶ月前までは潤は駄菓子屋で駄菓子などは食べた事が無かった、経済的に裕福な者だけが住める街である経済特別区には高級品を扱う高級スーパーはあるが、駄菓子屋などは無く、ネット等で買い求める事は可能だったのであろうが、興味など沸かなかった。
経済の混乱から浮浪者がうろつき、治安が悪くなった一般区には親に行く事を止められていたので、本土一般区には今も駄菓子屋があるのかも知れないが、隔たりのない2010年の前、小さな頃に行った朧げな記憶があるだけで今はわからない。
高校生にもなって駄菓子屋で駄菓子を食べるとは潤も思ってはいなかった、しかし娯楽の少ない島では高校生までは駄菓子屋オーケーの様だ。
確かに本土にいた時は潤は普段の菓子から、この島の駄菓子屋とはあきらかに質の違う物を食べていた筈である。
だが、今はこの島で手に入る駄菓子を皆と歩きながら食べるのが、無性に美味しかった。
第10話に続く
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