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第89話「捕獲」
2017年7月4日
午後1時32分



「皆さん、揃いましたね」 神洋学園の校庭で校長が生徒達を確認する、全校生徒が揃っていた、とはいえ20名少しだ。
「……嫌な雲だね、凄く風が強いし」
 中学生の女子が空を見上げて呟く。
 空は薄暗く風が強かった、雨は振ってはいないがいつ降り出してもおかしくはないだろう。
「明日には天候は回復するってテレビで言っていたみたいだよ……やっぱり風が強いよねぇ!」
 風にスカートと髪の毛を押さえながら、別の中学生の女子も空を見上げた。



「振るかな?」
 そんな女子2人をぼんやり眺めて呟いた潤。
 だが、傍らの千島からの返事は無い。
 白い半袖セーラー服姿にスポーツバッグを肩にかけた千島は集合時間ちょうどに校庭にやってきてから特に誰とも挨拶も交わさず、いつもの様子と明らかに違う態度を見せていた。
 近寄りがたい。
 知らない人間が今日の千島を見ればそう思ってしまうかもしれない。
 何がいつもと違うのかを上手くは説明できないが、普段は人懐っこい第一印象を与える様な渡会千島はそこにはいなかった。
 大人しく集合の列に並んではいるがその周囲を見つめる瞳は冷めきった様にも見えたのである。



『……やはりさっきの事なんだろうな』
 そう思い潤は顔を伏せながらも時折、千島の様子を伺う。
 小春の家への放火を問い詰め、投げられて気絶させられたのは数時間前の事だ、半袖のセーラー服から見える千島の右手首にはリストバンド程の長さで巻かれた包帯が見える。
『やっぱり包帯だな、火傷なのか? その怪我と昨夜の小春の家の放火は関係があるのか?』
 疑問には思う、しかし、それを今から訊くような気にはとてもなれなかったのであった。
「では……キャンプ場所まで歩きますよ〜」
 引率教師のエスティンはそう号令し歩きだした。




 目指すのは酒匂地区にある緑に囲まれた渓谷の間を流れる川である、南酒匂川と名付けられた川は渓谷を通るだけあり、流れは急であるが深さはあまりない。 その川の川岸で幾つかのテントを張り林間学校は行われる予定である。
 道中も千島は無言だ。
 学年が同じ潤とは集合こそ並んでいたが、歩きながらみんなの列がばらけると彼女はいつの間にか列の最後方を歩いていた。
「……千島」
 振り返る潤の視線にも千島は顔を上げない。
 腕の包帯に過剰に問い詰めてしまった事がそのような態度にさせてしまっていると思い複雑な気持ちになる。
『……あの状況であれを見たら……俺だって千島を……疑いたくはないのに』
 千島から目を逸らすと同級生と話しながら歩く琴乃とふと目が合う。



「……」
 聞かなかった事にした筈だが、数時間前の脅迫じみた琴乃の言葉や自分が強引にしてしまった行為を思い出し、どんな態度をとっていいのか迷い顔をそちらからも逸らしてしまう潤。
「……」
 足早に近くを歩いていた小春に近づく。
 潤の話を聞いていた小春や要も千島と琴乃に普段通りには話しにくいらしく、まだ喋っている様子は無かった。
「どうしたの!?」
 大きめのスポーツバッグを肩から架けながら小春は潤に振り返った。
 神洋島の陽気だ、小春の頬には汗が光る。




「千島の様子が……」
「そうだね」
 潤の言葉が終わらないうちに相づちを打ち、
「話してた包帯もしてるみたいだしな、あたし達の事を観ている気もする」
 と、最後方を歩く千島に一瞬視線を向けた。
「……気づいてた?」
「当たり前だよ、明らかに普段とは違う自分を隠そうとしてないよ、むしろアピールしてる様にも見えるくらいだよ」
 正面を向き直り、小春は目を細めて呟く。
「アピールって……」
 周りに聞かれたくない会話だ、潜めていた声を更に小さくして訊くと小春はため息をつきながら、
「……余計な事をするな、今までの私と違うぞ、って感じかもな……少なくとも大好きな彼に放火魔に疑われて傷ついた女の子には見えないよ」
 と、答えた後で、
「……あんな千島見ていたくない」
 そう言って俯いた。



「はい、それじゃあ! 皆さん、班を作って! 班で基本的には行動してください、班長を決めて2時間に1回点呼を取り、私に報告すること」
 藍色に白のストライプのジャージ姿のエスティンが川原につくなり生徒達に告げてくる。
 いつもなら栗色の首筋から長く三つ編みにして背中から腿の辺りまで垂らしているのだが、今日はそれを後頭部で巻いていた。
 神洋島の暑さだ、ジャージは前のチャックを開いており、ほどよく隆起した白いシャツが見える。
「班でか……どうするか」 ポツリと潤が言うと、
「潤君! いつものグループで班を作るのは先生は止めませんが寝るのは男子は男子、女子は女子ですからね、そういう事は先生がゆるしませんからね」
 と、エスティンが笑顔を見せてくる。




「そんなの当たり前です、先生は俺を何だと思ってるんですか?」
 潤が口を尖らせると、
「いえ、信じてますよ……きちんと分別のついた学生らしい行動をしてくれると思ってます……あ、早速集まったみたいですね、じゃあ潤君の班は後は班長を決めてくださいね」
 エスティンは笑って潤の背後を指さした。
「え!?」
 早速、決まった!?
 声を上げ振り返る。




 そこには笑顔の千島が要と小春と手を繋いで立っていた。
 いや、正確にはそうではない、千島が要と小春の手首を握っている。
 手を繋いではいない、手首をとられ捉まえられているのだ。
 小春と要は緊張した面持ちで揃って潤を見つめてきていた。
「……千島」
 息を呑む潤に千島は明らかに作った笑顔のまま、首をかしげ、言った。
「いつものグループで楽しくやろうよ……琴乃ちゃんも呼んできてくれる? ……早くして」
 その言葉の最後はまるで命令するような響きがあったのである。




     第90話に続く


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