第8話「2人の秘密」
2017年6月28日
13時49分
「千島?」
思わず目を見開いたまま、潤は水着姿の千島を見つめた。
相変わらず千島の瞳は潤を見据えている。
冷たい視線。
「…………」
岸壁に波が当たる音が響く。
少し大きめの波が起こした水しぶきが、2人の数メートルの間を阻み、ほんの短い間、潤の視界から千島を隠した。
「みんな探したんだよ、駄目だよ! こんなところに来ちゃって!」
再び潤の視界に入ってきた千島はぷくーっと頬を膨らませている。
「……千島」
水しぶきが晴れた後の千島の顔には、先程の殺気立った表情はまったく見られない、潤は安堵に近い感情を覚えて息をつく。
「潤君……その洞窟は危ないんだよ、みんなは龍神様のあぎと、って呼んでいて鮫の巣になっているらしいから……それに戦争中に亡くなった方の霊を祭っていて、むやみに入ると凄く怒られると思う」
千島は困ったような表情をして見せ、告げてきた。
「ああ、そうなんだ? じゃあ帰ろうか、千島」
冗談混じりでも、中を見てみたいとは言い出せそうにはない、それくらいに先程までの千島の表情には何かの怖さがあった。
「うん、早く行こうね、もう少しすると陸づたいじゃみんなのいる浜に戻れなくなっちゃうよ」
「怖いなぁ……そうなると鮫のいるかも知れない場所を泳ぐのかぁ」
潤が頭を掻くと、
「そうなっちゃう、だから早く帰ろうね」
笑いながら千島は踵を返して、戻る道を歩き始めていく。
「そうだな、早く帰ろう、何だか喉が渇いたよ、ジュースが飲みたい」
潤も笑いながら、千島の後をついていく。
千島の後についていく潤は、帰り道の複雑さに少し驚いていた。
自分は呑気に寝ている間に潮に流され、下の海を通過していたのだろうが、陸路ならば、一見まるで道なんてないだろうと思う所を千島は帰っていく。
「ごめん、足が痛いかも知れないけど我慢してね、海は潮の流れが違って帰れないし……」
「防護ネットが無くて、鮫がいるんだろ? 平気だよ千島、俺こそ気を使わせてごめんな」
振り返って謝ってきた千島に潤は首を振る。
確かに足元は悪い、色々なゴミのような物が落ちているし、落ち木や岩で足を切るかも知れない。
そこを千島はサンダルを履いているが、潤は素足だ、でも自業自得で千島には感謝の気持ちしかない。
だいたい千島が来てくれなければ、この帰り道が分からずに潤は海に入っていたかも知れない。
「もうすぐ、道に出るからね〜、ここは少しだけ傾斜あるから這った方がいいと思うよ、地面に生えてる蔦とかを念のために掴んだ方がいいかも」
潤にそうアドバイスして、少し傾斜のある坂を這う様に昇っていく千島。
「……わかった」
実際には蔦を掴まないといけない程の急傾斜ではないが、地元の人間である千島の言う事は聞いておくべき、と考えた潤は素直に言う通りにする。
「千島はやっぱり、この島育ちだな、こんな道にも詳しいんだからな」
潤が見上げながら言うと、千島は振り返った。
「まぁね……でも、潤君」
「なに?」
「この道の事は多分、誰も知らないから潤君と千島だけの秘密ね……そして、今日、龍神様のあぎとに行った事も2人だけの秘密……いいね、わかったね? 潤君」
その言葉は一応、確認の呈を成していたが、拒否はまるで許さない表情であった……
迫力とか、そういう物では片付けられず、抗しがたい圧倒的な何かが潤に向けられていたのだ。
「ああ……わかったよ、悪いな千島」
潤が頷きながら、答えると千島の声のトーンがいきなり軽くなり、
「あ〜潤君、この体勢から下からチーを見ちゃダメだよ〜!」
と、顔を赤くした。
「えっ?」
言われてみれば、見上げれると斜面を這い登る水着姿の千島がいるのだ。
少し日焼けした肌、所々に見える日焼けしていない白い部分。
思春期の少年に、このアングルの水着姿は刺激的だった。
千島は可愛いと潤は普段から感じているだけに意識すると、自分も赤面してしまう。
「ご、ごめん!」
潤は顔を伏せながらも、千島の強い表情を忘れる事が出来なかった。
6月28日
午後2時21分
「お前は馬鹿か?」
小春が潤に怒鳴ると、
「本当に悪い」
潤は両手を合わせて小春に謝ったが、
「許すか!」
すかさず小春は潤のボディを右アッパーでえぐる。
「グエッ」
苦悶の表情を浮かべながら、膝をつく潤。
「自業自得よ!」
要も両手を組んで怒っている。
先程の砂浜。
千島に連れられて岸壁から海沿いの森を抜けて、舗装道路に出た潤と千島は揃って砂浜に戻り、潤を探し回っていた琴乃達には、みんなの気付かない間に、海から上がって少し周りを散歩していた、と説明した。
もちろん、海に流されたと思っていた琴乃、要、小春は慌てて探していた様で、琴乃などは弓永家に連絡して、手が空いていた若い人間や漁船などを動員する寸前だったのである。
「もう、いつの間に海から上がっていたの? 散歩行くなら声をかけてほしかったなぁ、それにしても、いきなり散歩なんて……」
琴乃は不思議がるが、
「まぁ、普段から潤君は海沿いを歩くのが好きだって言っていたから、もしかしらチーもそうじゃないかな? と、思ったんだ」
千島がフォローを入れる。
「じゃあ、琴乃さん! 間宮さんが見つかったなら、自分達は失礼しますよ、漁船の連中にも見つかったって伝えておきます」
浜沿いに止めた軽トラックに数人の中年達が頭を下げ戻っていく。
弓永家が島で営む様々な事業の従業者達である、神洋島の大きな事業は殆ど弓永家に関係していると言っても過言ではない。
潤の父親が東京の本社の命令で企画から従事している神洋島養殖場建設についても、主に現段階では弓永家との調整が主な仕事と言ってもよいらしい。
「ハイ、仕事中にお騒がせしました」
琴乃が頭を下げると、男達は、
「いえいえ」
と、軽トラックに乗り込んで、走り去っていく。
「琴乃先輩も本当にすいませんでした、仕事中の家の人まで呼んで探してもらっちゃって……」
潤が申し訳なさそうに琴乃に言うと、
「い〜え、潤君が無事なら何よりです」
琴乃はギュウと潤を胸に抱きしめた。
水着なので、琴乃の肌が直接頬に当たる、柔らかく大きな胸の感触……
しかしながら、潤がそれを長く味わう事はなかった、残る3人のそれぞれのツッコミが彼を襲ったからである。
第9話に続く
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