第79話「迷い」
2017年7月3日
午後10時18分
「潤……いいわね? 林間学校が中止になって家に居るようになったら、戸締まりはきちんとするのよ」
風呂から上がった潤を母親が呼び止めてくる。
「わかってるよ」
潤はタオルで濡れた頭を擦りながら頷く。
「今日だって遅く帰ってきて……」
母親は目を細める、聖の家を捜すのが意外に手間取ったせいで、聖との話を済ませて潤が帰ったのは午後9時を軽く回っていた。
「いや、それは明日の林間学校のレクレーションで少しの手間のかかる準備があってさ……遅くなって上に要や小春を家に送っていたんだよ、さっきも説明しただろ?」
と、潤は眉をしかめて見せる。
「それはわかったけど……いっそのこと要ちゃんや小春ちゃんもウチに連れてきて今夜、泊めちゃえば良かったのよ」
「んな、訳いくかよ!」
大胆な事を言い出す母親に潤は思わず怒鳴る。
「あら? 別に母さんは良いわよ、2人は女の子の独り暮らしで、今はもしかしたら鉄砲を持った殺人犯が島に居るかも知れないんだからね」
あっけらかんに母親は答える。
「……そりゃそうだが、ウチはマズいだろ?」
「そんな事ないわよ、ただ単に潤が分別を持ってさえくれたら良いのよ」
「当たり前だろ!」
苦笑する潤に、
「母さんは要ちゃんが好きね〜、小春ちゃんも良いけど、要ちゃんの方がここだけの話を言えば女の子らしい……いや、小春ちゃんもイメージチェンジしているらしいから……わからないわねぇ」
薄笑いを浮かべて母親は言った。
「バカかよ、まったく」
これ以上、母親の茶化しに取り合わない事にした潤は踵を返し居間を出ようとしたが、ふと足を止めて母親に振り返った。
「母さん、なんで小春のイメチェン知ってんの?」
「何って……お母さんの情報網舐めちゃダメよ、可愛くアップにしてきたんでしょ?」
笑いながら告げる母親。「ああ、そうなんだ……そうなんだけど、母さんは誰にそれを聞いたんだよ? 小春がイメチェンしたのは今日なんだぜ」
「聞いたのは千島ちゃんから、夕方に太宰スーパーに行こうとしたら道で会ったのよ」
「……そうか」
おそらく今日の夕方に太宰スーパーで別れた後に千島と母親はバッタリ出会ったのだろう。
別段、おかしな事ではない、しかし敏感に反応してしまう自分がそこにはいた。
二階の自分の部屋に上がってベッドに寝転んで布団に包まる。
『千島は母親を使って着実に俺の情報を集めてるんじゃないのか?』
頭に浮かぶ疑念。
何気ない母親との接触だって、立派な情報収集に繋がる、潤がいつも食事をとるのは何時ごろか、何時に風呂に入り、何時に寝るのか、別段、隠す事ではないだろうが、それを集めていけば……いつか重要な情報に繋がるだろう。
二日前の昼休み、千島は母親から得た情報で潤の弁当のミートボールを冷凍食品と見抜いている。
たったそれだけの事、それはそうだろうが千島が母親から情報を得ていたのは確かなのだ。
そして、勿論それだけではない、ここ数日の千島にはまるで千里眼があるかの様な行動が目立つ。
一番近いのは今朝に、琴乃に車に乗せられて弓永家の資材置場に連れていかれそうになった時、車の行く手に現れた事だ。
資材置場は太宰地区の外れで普段は滅多に人は訪れない、そこに奥宮のような人間を従えて、自分を連れ込もうとした琴乃の真意も解らないが、千島が現れた意味も潤には不明だ。
『……やっぱり、この島で起こっている様々な事と千島は繋がっている』
疑いたくはない、疑いたくはないが全く否定できない気持ちが何度も波の様に押し寄せてくる。
『今もこの家にある盗聴器、当然親が明日の朝から本土に出かける事は知っている筈だ』
日曜日まで林間学校に行っているにしても、日曜日の夜から火曜日までは家では1人である。
盗聴の相手は1人で家にいる潤に何かしらのアクションを起こすだろうか?
解らない。
『もしかしたら……盗聴器を調べる様な行為は相手を刺激するかも知れない』
潤は布団の中で息を呑んだ。
ここまで潤が盗聴器に気付いているとは相手もわかっていないだろう、しかし小春が盗聴器を捜し出し調べれば……確かに何か相手の手がかりを掴めるかもしれないが、相手から見れば潤は盗聴器の存在を知る油断ならない存在になるに違いないのだ。
協力を約束してくれた聖の活動に期待して、藪蛇になる事はせず、待機して聖の行動の結果を待つか?
それほど愚かな選択とも思えない。
要も小春も説明をきちんとすれば納得してくれるだろう。
「……」
布団の中で目を開ける。 暗い、当然だ。
この暗がりを抜けるには朝になり、誰かが布団をとって起こしてくれるか、自分で起きるしかないのだ。
「起こった事にオロオロばかりしてられない……」
潤は呟く。
危険は承知だし、小春や要を巻き込む可能性がある事も分かっている。
だが、もう起こった状況に震え上がり、オロオロするのは終わりだ。
一体、何がこの島で起こり、誰がそれを引き起こしているのかをハッキリさせてやる。
潤はそう思いながら眠りに落ちていった。
……眠りに落ちてから数時間が経っただろうか?
何か遠くで鐘を早く鳴らす様な音で潤は薄く目を開けた。
何の音だ!?
何処かで聞いた覚えのある音である。
『火事だ! 火事の時になる鐘の音だ!』
潤は背筋を走る悪寒を感じて布団から飛び起きた。
第80話に続く
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