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第65話「星空と千島」
2017年7月3日
午前3時31分



「お見通し……」
 指で作った輪から覗き込む千島の笑みに潤は思わず息を呑む。
 不敵とも不気味にもとれる笑みを照らすのは月明かりのみ。
『ほんの少し前に微笑んでくれた女の子と本当に同一人物なのか……』
 そんな答えのわかり切っている疑問すら頭をよぎってしまう。
「……何が……な、何がお見通しなんだよ?」
 声が震えているかも知れないが、潤は千島を睨む。「言っていいの?」
「……」
 千島の返して来た言葉には冷たさがあった。
 一旦は口をつぐみかけた潤、だがそこで引いてしまう訳にもいかない。



「言ってみなよ」
 千島の眼を見ながら告げた。
「へぇ〜」
 ダラリと手を降ろしてゆっくり潤に歩み寄りはじめる千島。
 口元は馬鹿にしたかのような笑みのままだが、瞳は潤を刺すような視線。
 そして足どりはまるで一昔前のホラー映画のゾンビの様だ。
「……」
 近づいてくる冷たい視線に背筋が凍り付く感覚すら覚えてしまう潤。
 そして、千島は立ち止まり……潤の顔の目と鼻の先まで顔を近づけてくる。
 まるで口づけの距離。
 緊張を隠せない潤に千島は囁いた。
「チーともキスする?」



「ち、千島ッ!」
 声を上げる潤。
 チーとも、と確かに言った。
「……しちゃおうか? チーとキス」
 千島の声には普段聞き慣れない誘うような妖艶さがある。
『千島……い、いったいどういう……』
 突然の展開に疑問を呈しながらも唾を飲み込んでしまう。
「……する? しない? 潤君が決めていいよ」
 その言葉に潤は数秒の沈黙の後で、
「……するよ、俺は千島が好きだから」
 と、千島の身体を少し強引に抱き寄せる。



 抱き寄せた千島の身体は想像した通り線が細く、軽かった。
 中学生の小春とまではいかないが、年下の要よりも身体の線は細いだろう。
 いわゆるスレンダーな身体つきだ。



「じ……潤君?」
 驚いた声を上げる千島。 その表情には先程までの余裕とも不気味ともとれる笑みは消えている。
「……千島」
 千島の細い腰に手を回して、
「千島が言い出したんだからね」
 潤は呟く。
 正直を言えば、千島とはゆっくりと話をしたかった、何故、聖に強い態度で当たるのか? 何故、自分の行動を見ているのか? そして何故態度が豹変する様になったのか?
 落ち着いて話をすれば、きっと自分の中にある千島に対する疑惑はつまらない理由に過ぎなく、たちまち氷解するのではないかという期待が少なからずあったのである。
 しかし、それには千島の普段見せない態度の豹変に慌てふためいてばかりではいけないと瞬時に判断し、少しは千島の出鼻をくじく必要を感じての対応だ。







「……潤君……がそんな事を言うなんて意外だな」  目と鼻の先まで近づけた距離で千島が頬を赤らめ、僅かに顔を逸らす。
「かもね……でも俺は千島の色んな事を知りたいからね」
 なるべく平静を装い、千島の腰に回した手に力を込める。
「大胆だね」
 呟く千島。
 確かに昨日までの自分ならば、ここまで異性に大胆にはなれなかっただろう、今夜小春や要との事が影響しているのは自分でも分かっている。
「……千島」
 潤は逸らした千島の顔に自分から顔を近づけ、唇を合わせた。
「んっ……ダメッ」
 かすかに唇が触れると千島は恥ずかしがる様に一度離すが、
「離しちゃ駄目」
 そう言いながら潤は空いた手で千島の手を強く握った。








「調子に乗んな」






 冷たい声。
 世界が回転した。
 背中に走る強い衝撃。
 肺の中の空気が一気に抜けていく感覚に思わず咳込んだ後、見えたのは南洋の星空。
「ウグッ……グゥゥ……ち、ち……千島!? ゲホッ、ゲホッ!」
 仰向けに倒れている自分の身体を起こす事が出来ない。
 一瞬、身体が一回転してから地面に叩きつけられた様な気もするが、痛みが先行してそれどころではなかった。



「潤君……」



 倒れている自分を満天の星空と明るい月明かりを背景に見下ろしている少女が視界に入る。
「……要ちゃんとちょっとラブシーンした位で調子に乗っちゃダメだよ……少しお仕置きだよ」
 やけに無表情だった。
「ちが……俺は……千島とちゃんと……話を」
「必要無いね」
 やっとで絞り出す潤の声に、千島は目を細めて答え、倒れている潤を中腰になり覗き込んで呟く。



「もう余計な事はしないで……大丈夫、潤君はチーが守るから……だから……もう少ししたら立てるから黙って家に帰って……明日から何も気にしないで今までの暮らしに戻るんだよ」



 そう言って千島は視界から姿を消す。
 気のせいか、姿を消す寸前、それまで無表情だった千島が優しく笑ったような気が潤にはした。





     第66話に続く


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