第60話「大粒の涙」
2017年7月3日
午前2時2分
少し前まで小春と握っていた手を要に握られるという状況、潤は多少ながら戸惑いを覚えた。
しかし、考えてみれば昨日の病院で要に手を握られている、千島が提案した妄想遊びの際だ。
「あ、あのな……要」
赤面した事を悟られたくない潤は少し俯き、
「要のご両親の事を小春から聞いたよ……かなり詳しく」
と、告げる。
数秒の沈黙。
「……そう」
要はボソッと答えた。
「……ああ、正直に驚いたよ、ほら琴乃先輩の店から送ってもらった時に運転手さんが間違えたろ? あれが少し気になってたんだよ、まさか要が……」
「昔の話よ」
潤の言葉を遮る要。
ギュッと潤の手を握る要の力が強くなる。
これ以上は話す必要がないという要の意志表示であろう、しかし要の拒否反応はある程度は予想がついている、
「待ってくれ要、昔の話で済ませるのか? ご両親の亡くなり方に当時は疑問が出ていたのを知らないんじゃないだろ?」
潤は要を見据える。
普段は短いツインテールにしている髪はストレートに降ろされセミロングになっていて普段より大人っぽい要。
見慣れないパジャマ姿もまた魅力的だったが、それに見入ってしまうのは何とか抑制する。
「な、何よ……いきなり、私は両親の事故は不幸だとは思うけど、それを特に疑ったりはしてないわよ」
要は顔を背けるが、
「本当か?」
即座に言い放った潤の言葉に要はクッと僅かに気圧される。
「お前、琴乃先輩の家に気遣いをしてないか?」
要の両肩を掴む。
「な、潤!」
顔を赤らめながら声を上げる要、だが潤は、
「要、お前のご両親が弓永家に逆らって島に争いが起きた事は知ってるし、ご両親が亡くなった後、弓永家に何かと世話になっている事も知ってるさ……お前、前にあの鉄板焼きの店で近衛さんに会った後で赦してもらえているのかしら、って言ったよな? あれは島の最有力者である弓永家からみれば裏切り者である岸川家の娘の自分が赦されているのかどうか、って意味じゃないのか?」
そう少々、早口で緊張したが一気に喋った。
「……」
要の返答は無い。
「海に遊びに行った時もリゾート開発の話をした俺をたしなめた事があったろ? いい目には会えないって言ったよな?」
「……言ったわ、だから何なのよ」
目を細める要。
「俺はあの時は海女のお前が綺麗な自然の島や海を汚す可能性がある開発やリゾート客達を嫌っての発言とばかり思っていたんだけど、あれは俺に対しての警告ともうひとつ意味を含んでいるんじゃないかと今では思ってるんだ」
「何よ」
要は呟くような声で聞いてくる、普段の彼女ならば今のような言い回しを嫌い、怒鳴り返してきてもおかしくないが、そうではなかった。
「要は誰にも言えなかった恐怖のような物を引きずって今までこの島で暮らしてきたんじゃないか?」
「バカバカしい!」
即答である、そうして潤が両方の肩に置いた手を振り払う。
「要!」
「違うわよ! 私が何に怯えて暮らしているって言うのよ」
潤が名前を呼ぶと要は自分の身体を抱くようにして潤に背中を向けた。
その背中は小刻みに震えている。
「……わからないよ、だからこそ恐怖が増しているんだと思う、でもわからなくても確実にそれはある、俺もそれを感じ始めているんだ」
そう言いながら潤はそっと僅かに震える少女の肩に右手を置く。
「……潤」
振り返る要。
「要のご両親が行方不明になった事、小春の父親の失踪……千島も事故に遭い両親を本土で失っている、そして今、島で起こり始めている事……校庭での血まみれの男や龍神のあぎと、俺が海岸で倒れている事を要に電話で知らせて来た男、さっき要の家の前にいた奴……そして千島の変貌、俺の家に仕掛けられているという盗聴器」
そこまで話すと潤は意を決して、
「要……俺はこの島には何かがあるに違いないと確信してるんだ」
と、要を見つめた。
「どうするっていうの?」 要の瞳も潤の瞳を捉えてくる。
少しだけつり目がちな勝ち気を思わせる瞳。
いつもどこか強がりで必要以上の他人の介入を許さない事がある少女だ。
「……俺と小春は明日からこの島に一体何が起こっているかを調べる事にしたんだ……だから、お前にも協力してもらいたい、さっき別れ際に小春とは話し合っている、要なら信じられるからって賛成してくれた」 潤は告げた。
本当の事である。
小春との別れ際に要にも協力を仰げないだろうか、と相談をした所、
「要だったらいいよ、今の私がいるのも要が差し延べてくれた手があったからだこそだからね」
そう小春は笑いながら家に入って行ったのである。
要を説得するなら小春にもついて来て欲しかったが、それだとようやく家に帰った小春にまた海岸沿いまで深夜に歩かせる事になるから頼まなかったし、要が起きているかも怪しかったので1人で来たのだ。
「あなたねぇ……」
要は頭に手を当てため息をつく。
「あてが全くない訳じゃないんだよ、頼む要、俺は島や仲間の周りで起こっている真実を知りたい、ただの好奇心じゃない……俺は島やみんなが大好きなんだ、だから……」
要に握られていた手を離し、潤は頭を下げる。
「でも、とても起こっている事に俺だけじゃ、要の力も借りたい……だから」
「待ちなさい、いきなりそんな重大な事をここで決められる訳ないでしょ?」
要は潤の言葉を遮る。
「わ、私だって……色々と迷ったり、悩んだりはしてるのよ!」
「……要」
何かを吐露するような声に潤が驚く、すると要はいきなり潤の顔を両手で掴み顔を近づけ呟く。
「……それとも潤は私の迷ったり悩んだりを受け止めてくれるとでも言うの? 一緒に悩んでくれる? どうなのよ?」
「……い」
10cmにも満たない目の前で1人の少女が今にも泣き出しそうな不安な顔を見せている。
潤は普段見せない表情に一瞬たじろく。
しかし、決断を促す頼みをしたのは自分だ、曖昧な態度は見せられない。
意を決すると潤は強く頷いた。
「わかった……要はもう1人で悩まないでくれ、これからは一緒に悩んだり迷ったりしようぜ、俺なんかで良かったらな、だからそんな顔しないでくれ」
「潤!」
その言葉に要は声を上げて涙を流し始めた。
「……おい、要!?」
要の頬をボロボロと流れる涙。
泣いた顔なんて普段の彼女からは想像出来なかった、例え無理に想像したとしても目の前の少女が見せている様な大粒の涙を流す姿ではなかった筈だ。
「いや、要……そ、その……んぐっ!」
何か声をかけようと迷った時、不意に要が顔を強く引き寄せて唇を重ねてきたのである。
第61話に続く
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