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第58話「運命の輪」
2017年7月3日
午前0時18分



「要の両親が亡くなった時の状況を知っていたら詳しく話せるかな?」
「うん」
 小春は頷く。
「4年前の事だよ、夏のある日に要の両親が2人で海に出たまま、行方知れずになったって大騒ぎになったんだ、発見されたのは今でも要が1人で使っているエンジン付きのボートとウェットスーツの切れ端だけ……海女の漁の最中に鮫にやられたんだと結局は片付けられた」
「4年前か……でも要の両親は船を何隻か持ってる漁師なのに海女の仕事もするんだ?」
 潤が疑問を口にすると、「要のお母さんが海女さんで2人とも海に潜るのが好きだったらしいからね、たまに2人で仲良く海に出て仕事とはまた別に物を採っていたみたい、私はその頃は要の家はただのお金持ちってしか知らなかったけど夫婦の仲は良かったんだろうね」
 小春は答える。
「そういう事か、で?! 不幸な事故として片付けられた……って訳か?」
「そう簡単でもない、そんなタイミングの事故だけにいろんな憶測は島中に流れた」
「……だろうね」
 潤は息を吐く。
 島の命運を決めかねない重要事項で揉めている時に一方の意見を代表する人間が夫婦揃って行方不明になれば、何かの憶測が飛び交うのは当然の流れだ。



「2人が揃って海に出かけたのは確かで、そこに疑いのかかる余地はない、問題はベテランの海女と漁師の2人が揃って遺体も見つからず行方不明になってしまったという事だよ、色々な噂は当時、山間の酒勾地区まで広がっていたよ」
「例えば?」
「言いたくない、根拠の無い内容の物が殆どだったし、潤にも想像は十分につくでしょ?」
 俯く小春。
「まぁ……弓永家の名前が出てくるんだろ?」
「……」
 小春は俯いたまま静かに首を縦に振る。
 噂が立てば弓永家の名前が出るのは当然の帰結であろう。



 噂の内容を小春が言いたがらないのも想像がつく、新田家と弓永家の関係を考えてしまえば、当時まだ小春と一緒に暮らしていた小春の父親は弓永家を支持していたに違いなく、そういう噂を快くは思ってなかったろう。
 別に小春に悪い気分をさせてまで聞くつもりもなかった。
「その事件の後は?」
 続いての潤の問いに小春は潤に並んで木に寄り掛かり、
「ご覧の通り」
 と、星空を見上げた。
「賛成派は中心人物を失いバラバラ、龍神様を怒らせたから要の両親は海に呑まれたとかいう噂は立つわで反対派にくら替えをする人間も出た……そんな人間を弓永家は今までの反対派と殆ど分け隔て無く受け入れたから、賛成派からは更にくら替えする人間が続出して賛成派は消滅し……」
「……で、激しい反対派運動が展開されて?」
 潤が口を挟むと、
「うん、すぐにリゾート会社は計画を諦め、何人か島にいた社員も本土に引き揚げた……そのせいですぐに倒産したらしいけど」
 小春は頷く。



 おそらく神洋島リゾート開発計画の頓挫が痛手になったのだろう、気の毒に思えるが四年前にその計画が実行されていたら、潤がここにやってくる事は無かったのかもしれない。
 そんな事を考えていると要の両親が亡くなっていなければ……と、まで思考を発展させてしまいブンブンと首を振る。
「どうした?」
 小春に不思議がられてしまうが、
「いや……」
 と、苦笑する。
「……小春、弓永家からすれば要は神洋島開発に賛成した一家の娘なんだろう? 両親が亡くなって要の生活は苦しくなったみたいだけど、あの鉄板焼きの店とか要の採ってきた物を仕入れたりと色々と要を扶けている様子だよな?」
 要の両親の事を聞くと浮かび上がる率直な疑問である、両親が亡くなり要の現在の生活は島で琴乃に次ぐお嬢様だったとは思えない質素な物だ。
 しかしながら、要の学生と両立させ、限定的な海女としての仕事を弓永家は出来る限り支援している様に今まで潤には見えた。
「ああ、まぁね……そりゃ、要の両親が亡くなって暫くは要は1人で苦労したさ、家なんかも何隻も扱っていた船や雇っていた漁師を整理する際に手放したし、残ったのは僅かな貯金と両親がよく使っていた小さなボート、あとは使ってもいなかった海辺のガレージ付きの小屋だよ」
 と、ため息をつき、
「島の人間の中にはそれは要の事を神洋島を売ろうとした夫婦の娘、と呼んで蔑みの目で見る奴もいた、お嬢様からの転落、でも要は細々と頑張っていた……やっぱり両親が慕われていたから要を扶けてやりたいって人間は多かったし……それから、少しした後だったな……私と要が知り合ったのは、要から私に話しかけてくれたんだ」
 小春は少し嬉しそうな顔を浮かべる。
 潤の聞いた話では要の両親の事故の一年後に小春の父親が失踪し、千里眼事件を起こし孤立した小春に要から手を差し延べて友人になったという。



「要から話しかけてきたのか? なかなか珍しい事もあるもんだな?」
 小春が千里眼事件から孤立したのは知っている、なるべくそこには触れない様にする。
「要は優しいよ、潤だってわかってんだろ? ……そして何かと話す事が多くなった私達に琴乃姉が加わって来たんだ……なにせ弓永家のお嬢様だよ、始めは要も打ち解けなかったけど、琴乃姉の包容力が優ったって感じだね」
 肩を竦める小春。
「多分……それからだよ、弓永家が要を少しずつ扶け出し、それにつれて要をあからさまに蔑んでいた奴らも鳴りを潜めたんだよ、琴乃姉が口添えしたのは間違いないね」
「そうだな……琴乃先輩の優しさだな」
 潤は微笑んだ。



 要が自らが苦しい中で小春に差し延べた手が孤立から彼女を救い出し、それを更に琴乃が優しく包み込み過去の軋轢を和らげる、そして三人が本土で両親を失い、身体にも痛手を負って神洋島に帰って来た千島を暖かく迎え、千島が神洋島に何の希望も無くやってきた潤を仲間の輪に入れてくれたのだ。



「小春……仲間って良いよな?」
 そんな潤の言葉に小春は膝を抱えて、
「うん」
 と、答えてから、
「千島の事だけどさ……今は何だか変な事になってるけど、それは何かの思い違いだと思いたいんだ」
 そう切り出すと、
「私もだよ」
 と、すぐに返事をしてくる。
「……明日、もう一度手伝ってくれるか? 真実を知らないと……千島に持っている疑念みたいな物を俺は無くしたい、千島も俺達と繋がる仲間だと信じたいから」
 潤はそう言って立ち上がり、座って見上げてくる小春に笑う。
「もう、世話のやける仲間達だよね……いいよ、明日も付き合うよ、ったく潤は気が多いよなぁ」
 対して少しだけ困ったような嬉しいような複雑な表情を見せた少女は潤の手を取り立ち上がりながら微笑み返した。




     第59話に続く


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