第56話「バケーションデイズ」
2017年7月2日
午後11時40分
「要の両親が殺されただって!?」
暗い夜道で声を上げてしまう潤。
「あくまでも噂だよ」
潤の反応の過剰さに小春は注釈を入れながらも、
「……でも当時はそう噂をする人間もいた程に……そのタイミングがね」
と、頷く。
「タイミング……ってどういう事」
「それはさ……潤のお父さんはここに何しにきたんだっけ?」
「何だよ? いきなり……東京の本社から左遷されたんだよ、ここに水産物の養殖場を作る計画の下準備にまわされたんだ……でも関係ないだろ?」
潤は僅かだが苛立った声で答える、ごまかすには唐突な話題の振り方だ。
「仕事は上手くいってるみたい?」
「ああ……結構、琴乃先輩の家に世話になってるらしい、よくしてくれるお陰でここの島の人達との交渉とかもスムーズで揉め事もないらしいぜ、でもそれがどうかしたのかよ?」
やはり話題を逸らしているとは思えないが、小春の質問の意味がわからなく首を傾げる潤。
「そう、潤のお父さんの仕事が上手く運んでいるのも弓永家の力が大きいよな……この島では大きな事をしようとすれば弓永家に話を通さない訳にはいかないんだよ」
確かにそうである。
弓永家は島内でのあらゆる経済活動に影響を及ぼしていると言っていい。
小春の言う通り、潤の父親の仕事が上手くいっているのは弓永家が好意的に地元住民とのあらゆる折衝等に動いてくれている為だ、もしこの好意的なベクトルが何らかの原因で逆方向に向かうような事があったとしたら潤の父親の仕事は非常に難航し、それが神洋島に住んでいる家族自体に悪影響を及ぼす事は想像に固くない。
それくらいに弓永家の力が神洋島内で絶大なのは、本土からやってきて三ヶ月で学生の身である潤であっても肌で感じる事なのである。
「……もしかして」
潤が息を呑むと、
「うん、要の両親が亡くなった時、要の家……岸川家は弓永家と対立状態の真っ最中にあったんだ」
と、答えながら小春は遠い目で明るく輝く月を見上げた。
「対立!? どういう事でだよ?」
眉をしかめる潤に、
「対立と言えば対立としか言いようがないな、昔の戦争前から神洋島でのあらゆる力を半ば独占して来たと弓永家と2000年を過ぎてから漁業仲間で中心的な立場になりつつあった岸川夫婦……いわゆる要の両親が何かと対立する事が多かったらしいよ」
と、答える小春。
「え!? 漁業仲間で中心的な立場って、要の家はそんなにすごかったのか」
小春の答えに潤は素直に驚く。
これといった産業を持たない神洋島では近海の荒らされていない豊かな漁場を持ちおこなわれる漁業は最重要と言っていい産業である、海産物の現地加工業者等を入れてしまえば神洋島の就労者のかなりの部分は漁業に生活を委ねている。
それを考えれば要の両親が神洋島の漁業関係者の中心だったならば、その発言力の大きさ等は容易に想像出来た。
「ああ、亡くなる直前には何隻も船を持って、家は海辺に大きな屋敷だったし、要は琴乃姉に次ぐ島のお嬢様だったんだ」
「要が……お嬢様か」
予想外の話に潤は思わず呟く。
今の要は一階が小さな舟を入れたかなり古く見えるガレージ兼住居の二階に住んでいる1人暮らしの少女である。
お世辞にも裕福とは見えない、自ら海女として海に潜りながら採った魚介類を店に仕入れて生計を何とか立てている様子だ。
「まぁ、何かとつんけんした性格はお嬢様時代の物かもな、そう思えば納得も出来てきた」
驚いてはいるが、冗談混じりで苦笑する潤、
「……昔の要はよく知らないんだ」
小春は俯く。
「あっ、そうだったな……でもさタイミングがどうのこうのあるのなら、要の両親が亡くなった時に琴乃先輩の家とは何か特別ないざこざがあったって事?」
「……あった」
問いに小春は俯いていた顔を潤に向ける。
「当時、神洋島に本土のある新興リゾート会社から一つの企画案が持ち込まれたんだ」
「企画!?」
「うん、その企画案に当時、島は大騒ぎになり、そして真っ二つに割れた!」
そう話した小春の視線が鋭くなる。
「真っ二つ……リゾート会社って事はもしかして神洋島を?」
容易に想像出来る内容である、そう呟く潤に小春はゆっくり首を縦に振りながら言った。
「島の人間なら誰でも知ってるけど、決してもう口には出そうとはしない……神洋島リゾート開発計画……あんまり関わりの無かった私でもリゾート会社が計画に付けた名前を覚えているくらいだもん……その計画のせいで島民が真っ二つに割れたんだ」
あまり思い出したくないのだろう、怒りすら覚えている様子の小春は絞り出す様に、
「要の両親が亡くなった時、影ではその計画がきっかけで……とみんなが噂したんだ」
と、歩く足を止めて潤を見つめる。
小春の家まで大分近くなってきた山道だ、足を止めた2人は手を握りあったまま見つめ合う。
「……小春、よかったら……いや、是非聞かせてくれないか? 神洋島の住民を今からは想像もつかないくらいに真っ二つにさせて、要の両親の命を奪うきっかけになったかも知れない、その計画の名前を」
「……いいの? 潤は神洋島好きでしょ? 抱え込んでいる嫌な部分を見ちゃうかも知れない」
そう聞いてくる小春、だが潤は首を振る。
「そう、俺は神洋島が好きだ! ……もちろん小春や要、琴乃先輩……そして千島……も大好きだ! だから知りたいんだよ、何があって何を抱え込んでいるのか、それを知ったからって嫌いになるつもりなんてないぜ」
正直に出た言葉だった、いきなり少し声が大きかったかも知れない。
小春はキョトンとした顔を浮かべてから、
「……ったく、どさくさに紛れて女の名前を四人も言いやがって」
と、頬を指で掻きながら赤面し顔を少し逸らす。
「ごめんな……でも素直に出た言葉だ」
小春にしてしまった行為を考えれば微妙どころか怒られても文句は言えないのは解る。
でも、現時点での素直な気持ちだ。
「……わかったよ、ありがとうな、他にライバルがいるのが気に入らないけど嬉しいよ」
肩を竦めて微笑みを浮かべる小春。
「……小春」
「……潤」
小春は足のつま先を立てて潤の首に両手を回してキスしてきた。
「こ、小春……ンッ、んんっ……ンッ」
「潤……好きぃ……んっ……んっ」
「お、俺もだ……ンッ、ンンンッ」
月明かりの照らす山道で長いキスを交わす。
自分の興奮はわかるが今度は暴走しないように自制する、小春はまだそこまでの関係を自分に赦していないのだ。
そして、キスが終わると小春はスッと潤から手は握ったままで少し離れる。
「話すよ、計画の事、そして起こった事……まずは計画の名前からかな」
「頼むよ」
潤が優しく笑うと小春は頷き口を開いた。
「バケーションデイズ」
第57話に続く
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