第52話「畦道、夜の三人」
2017年7月2日
午後10時31分
神洋島内は都会とは違い道は単純である、比較的開けた太宰地区でさえ潤の住んでいた経済特別区に比べたら田舎そのものの道であり、要が家に帰るまでのルートを追いかけるのは容易だ。
ただ街灯が少ない上、舗装されていない部分が多いので走るには気を付けなければいけない。
その中を息を切らして走る影が二つ月明かりに照らされている。
「はぁ、はぁ、くそっ! 走っているんじゃないだろうな? まったく姿が見えないじゃないか?」
「……有り得る!」
息を切らしながら走る潤と小春だ。
要が出ていってからそう時間は経っていないうちに追いかけた筈なのだがなかなか追い付かない。
「ハァハァ……あいつもしかしたら自転車?」
「そういえば……そうかもしんないな!……ハァーッハァハァ、あ、あいつは配達とかでもよく自転車乗ってるからな」
思いつく様に言った潤に小春は答える。
確かに要は魚の配達等に後ろに発泡スチロールを括り付け自転車を走らせている事が多い。
要が自転車に乗っていたら体力的に自信のある小春や男子の潤の脚でも追い付く事は敵わないだろう。
しかし、脚を止める様子は2人には無い、そうならば要の帰る家まで行ってしまえば良いのだ。
小春と潤はとにかく全力で駆け続けた。
そうして走り続ける事数分、遂に潤と小春は自転車を押しながら歩く要の後ろ姿を見つけたのである。
「要っ!」
潤が背中に声をかけるとかなりバタバタしながら2人が後方から来たのにもかかわらず要は気付いていなかったらしく、
「潤……小春っ!」
と、驚きの声を上げた。
「要、話を聞いてほしいんだ! さっきの……」
「嫌よ! 中学生の小春と夜に2人でそんな事してるなんて!」
要はそう言い放ち、曳いていた自転車に跨がろうとする。
「待てって!」
自転車の後ろの荷台をつかんで停める小春。
「何するのよ!」
怒鳴る要に、
「さっきのは嘘だよ! 私の格好見ればわかるだろ? いくら私でもデートならこんな格好しないよ!」
小春は怒鳴り返して自分の服の襟元を引っ張って見せた。
紺色のツナギ。
工事関係者の作業服に見えるのが一般的だろう、少なくとも年頃の女の子が気になる異性の家に秘密の逢い引きをする時に着て行く服には見えない。
「……その服は?」
要には何かの覚えがあるのだろうか、小春の服を見つめたまま急にトーンダウンする。
「そう……覚えてる? 昔、私が悪さをしていた時の仕込みに行っていた時の格好だよ、昔は随分とブカブカだったんだけどさ……今は胸がキツイや」
頷き苦笑する小春。
「あなた……まさか! また始めようと?」
「違う、違う、違う! 話をきちんと聞け!」
ダウンした筈の口調にいきなりギアを入れた要に小春も早い口調で言い返して首を振る。
「実は潤の家に盗聴器が仕掛けられているみたいなんだよ……それで調べていたんだ」
「……盗聴器が!?」
要が目を細めると、小春は潤の方に向き直り、
「私は要には話してもいいって思うんだけど」
と、聞いてくる。
「そうだな」
潤は頷く。
異論は無かった。
要の嘘をつけない生真面目過ぎる性格はこういう時に信頼出来るし、口もグループの中でも堅い。
だが……潤には一つだけ要に確認したい事が走って追いかけている時に浮かんでいた、それを確認しないと要に小春にしたような全てを話すのは躊躇われたのである。
「……俺の周りで起こっている事だからね、俺から話すよ」
潤は要を見つめて、
「まずは……さっきは悪かったな、玄関では盗聴器がある可能性があるから何も話せなかったんだ、本当は小春がいた事もばれたくはなかったんだけど……俺が要が来た事で動揺しちゃってさ……上手く話せるような場所に連れ出せなかったから小春が出てこざる得なくしちゃったんだ」
と、頭を下げた。
「まぁ、いいわよ」
要は自転車を道端に駐輪させて腕を組む。
周りは高くなり始めた稲穂が茂る水田だ、こんな所で立ち話はなんだが、この場所ならば盗聴の危険性はないだろう。
小春もここで話すのが妥当だと考えた様子だ。
「……でも話す前に要に確認したい事があるんだ」
潤がそう切り出すと、
「潤?」
小春は怪訝な表情を見せる。
「確認!?」
眉をしかめる要。
「ああ……お前さぁ、確か俺の家の玄関で俺が慌てた時に、こんな時間に誰かいるのか? って聞いてきたよな?」
「……ええ」
潤の言葉に要は頷く。
「普通だったら夜の10時なら家には両親がいるのが普通じゃないか? それにウチは玄関で話をすると居間には聞こえちゃうのに話をするのは玄関でいい、って……要、お前はもしかしてウチの家には両親が居ないのを知ってきたんじゃないのか?」
潤の質問に傍らの小春が声にならないような驚きの声を上げて、要の方を向き直った。
しかし、要は何も動じる事なく、
「ええ、知っていたわ……実は少し前にマドリードに食材の配達に行っていたの、そこで酔った近衛おばさまと潤のお父さんに会ってね、これからお母さんも呼ぶんだって近衛おばさまが上機嫌で言っていたから、今なら潤の家には誰もいないと思ったのよ」
と、頷く。
「マドリード!?」
首を傾げる小春。
「ああ……あの鉄板焼きの店の名前よ、昨日決まったらしいわ、看板も今朝かけたみたいだし」
要がそう答えると、
「えっ!? マドリードだって?」
その会話に潤は思わず声を上げていた。
「そうだけど……」
怪訝な表情を浮かべながら潤を見る要。
「マドリードって、あのスペインのマドリードだよな? ヨーロッパの……」
「だろうね……でもだからどうしたんだよ?」
わずかに震える潤を小春は覗き込む。
ゆっくりと顔を上げた潤は要と小春を見た。
「千島は昨日の朝に店の名前は確かヨーロッパの都市の名前だって言っていたんだよ……朝にどうやってそれを知ったんだ?」
「……」
要は少し黙り込むと、
「何かチーにあるの? それは盗聴器とも関係がありそうね……私に……話したければでいいけど話してもらえる?」
と、目を細める。
小春と視線を合わせ潤は強く頷いた。
第53話に続く
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