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第51話「走り出す」
2017年7月2日
午後10時12分



「要……一体、どうしたんだよ?」
 ドアを開けると、俯き加減だった要はゆっくりと顔を上げた。
 短いツインテール、僅かにつり目がちな強気そうな瞳。
 潤の母親いわく、グループで一番美人になるという見解は個人的好みはあると思うが、あながち間違っていないと潤も思う。
 しかし、今はその表情は曇っている。



「こんな時間に悪いわね、少しいい? 玄関で話は済ますわ」
「あ、ああ……」
 潤は頷いて、要を玄関まで通す。
 声のトーンも僅かに沈んでいる、元々から要は明るいトーンで話す娘ではないが、今のトーンは要の何か心情を表わしている様子であった。
「顔が赤いわよ?」
「えっ!? そ、そうか? 風呂に入ったからじゃないかな?」
 目を合わした要の第一声に、ドキリとしながら頭を掻く。
「そう……」
 そこで要の視線が下に移った瞬間、潤は自分がいかに動揺していたのかを悟らざる得なくなる。
 要の視線の先には、明らかに潤の物とは思えないサイズのスニーカーが揃えられていたのだ。
 小春の物だ。
 登下校にも履いているし、要もきっと見た事があるに違いない。



「……誰かいるの?」
 要が目を細める。
「いや、その……」
 用件が用件だけに小春の事を悟られまいと、絶望的抵抗を見せようとする潤、ひょっとしたら小春にしてしまった行為の後ろめたさもあり、要に何とか小春の存在を隠し通そうとしたのかも知れない。
「なに……慌てているのよ? この時間に誰かいるのかしら」
 追究する瞳が更に鋭さを増そうとした時である、
「よう、要! この夜に潤に用事とはなかなかやるじゃんか!」
 と、ツナギ姿の小春が姿を現したのである。



「小春!?」
 潤と要は声を合わせて名前を呼ぶ、もっとも両者が小春の名前を呼んだ意味は違うだろう。
 潤の方は何故隠れていなかった、という意味合いであり、要は靴を見て解っていたが、小春がこの時間に何故、ここにいるのか? と言いたげである。
「こんばんは、要、意外な時間に意外な場所で会っちゃったな」
 小春は廊下の壁に背をかけて腕を組み、玄関に立つ要に向かい、不敵に笑う。
「……な、何なの小春、何だって、こんな時間に潤の家に小春がいるのよ?」
「どうしてかって?」
「……!?」
 潤は眉をひそめた、小春の態度があからさまに攻撃的だ。



 グループの仲間は皆が皆、非常に仲が良い。
 中でも小春が孤立してしまった千里眼騒動の後、初めて手を差し延べ、家族のいない境遇を慰めあったであろう要と小春とは特に強い絆のような物があると、潤は感じていたのである。
 しかし、小春は鋭い視線を要に向けながら、
「私が此処にいるのは……そうだな……とりあえず親の出かけた家で年頃の男女がする標準的な行為をしていたとでも言うか」
 と、いきなりに切り出したのだ。



「…………!!」
 要は絶句した後、鋭い視線を潤に向けてきた。
「あ……いや……」
 突然の小春の言葉に動揺を隠せない潤。
 いつものような冗談や嘘ならば、笑い飛ばすか、こちらも冗談で返すところだが、つい数分前に小春にしてしまった行為を思い出してしまうと、そうは出来ない。
「……本当なのね」
 この場合の沈黙は黙認を意味するのだろう、要はポツリと呟くと、
「邪魔したわね!」
 クルリと背中を翻す。
「お……」
 呼び止めようとする潤だが、やはり小春への気後れから、自分にはその資格がないと足を止めてしまう、要は振り返りもせずに、勢いよくドアを閉め玄関を出ていく。




「……」
 廊下を振り返る。
「アイツ、潤の事を好きなんだぜ、でもいつかはハッキリさせなきゃいけないだろ? 私にあんな事までしてまだ要に未練があんのかよ」
 肩を竦める小春。
「え!?」
 予想もしない小春の言葉に潤は耳を疑う。
 小春は要をそういう意味で、この場所から追い出す為にあんな事をいったのだろうか?
「ほら、潤……早く」
「……えっ!?」
 小春は潤の首元に抱き着いてくる。
「早く戻って続きをしようよ」
 耳元で小春に言われると、潤は先程までの欲情が沸いてきそうになってしまう……が。
 低く小さいながらも、語気を強めた小春の次の言葉に潤はそんな劣情を吹き飛ばされてしまった。
『潤……早く要を追いかけよう! ここは聞かれてる可能性がある……アイツが何の用事も無しにこんな時間に来る訳が無い、きっと大切な事だ、盗聴器の無い場所で話をするんだ』




「……あっ!」
 そうだった。
 理解した。
 小春は要がやってきたのをただ事では無いと感じ、隠していた自分の存在を晒しながらも、要を無理なく、盗聴器が何処にあるか解らない家から追い出す形を取ったのである。
 要の前に姿を現してからの小春は、全て盗聴器で聞かれている事を前提の演技だった。
 そんな機転を察する事の出来なかった自分に恥じながら、
「ああ……そうだな、要なんて気にしないで、2人で風呂に入ろうぜ……本当に察しが悪くて、小春には苦労をかけるぜ」
 軽く小春を抱きしめる。
 もちろん劣情にかられての行動ではない。
「悪かったな、さぁ行こうぜ……誰にも邪魔されない場所にな」
 小春を離して強く頷いてみせると、
「……うん」
 赤面しながらも小春は頷き返してくる。
 そして、音を立てない様にドアを開け、潤と小春は夜の外に向かって全速力で駆け出して行った。





     第52話に続く


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