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第47話「握る手の決意」
2017年7月2日
午後7時4分



「ちょっと出かけてくる、夕飯は冷蔵庫に入れておいて」
 子機を居間に置き潤は台所に立つ母親に告げる。
「どうしたのよ?」
 もちろん驚いた様子を見せる母親。
 朝早く家を出て、怪我をして帰って来た息子が夜に出かけてくると言えば、当然と言えば当然の反応なのだが、
「ちょっと外せない用事が出来たんだ」
 と、だけ告げると潤は何やら言っている母親を敢えて無視して、さっさと靴を履き玄関を出た。



 家を出て、玄関の脇を見て思わず舌打ちする。
 跨がって走り出すつもりだった自転車がない。
 思い出せば、自転車は海岸沿いの道路の雑木林の入口に置きっぱなしだ。
 まるで忘れていた。
「何でもかんでも忘れるのかよ!」
 感情をあらわにして、潤は夜の道路に走り出した、自転車を取りに行くような時間はない。
 太宰地区の潤の家から、酒勾地区の小春の住む家までは歩いて30〜40分はかかる行程である、走れば早いが山間である酒勾地区へは登りが続く。
 全力で駆け出すが、案の定、勢いよく走っていたのは始めの方だけでそのうち息が切れてしまう。
「……もう、酒勾には入ったのか……はぁ、はぁ」
 夢中で走って来た潤は周囲を見渡す。
 都会とは違う神洋島では、街灯も少ない。
 昼間ではすでに慣れ切った道が闇に彩られて、まるで違う道である。



「まだ……10分くらいはかかりそうだな」
 南洋の夏の夜だ、すでにTシャツは汗だくだ。
 再び走り出そうとした時である、酒勾の方向から懐中電灯のような明かりが見えてきた。
『駐在だったらマズイな……いくら近衛さんが大事にならないようにしてくれていても、今日の事だもんな、夜にうろついてたら止められるな』
 潤は近くの茂みに身を隠す。
 明かりの主は歩いている様でゆっくりと近づいてくる、潤は息を殺し、通り過ぎるのを待つつもりだったが、薄暗い月明かりにその人物の顔が照らされると、思わず茂みから飛び出していた。



「こ……小春!」
「うわああああっ!」
 夜道でいきなり名前を呼びながら男が飛び出して来れば、女の子ならば誰でも驚く、小春も例に漏れず大声を上げて、その場にしゃがみ込んだ。
「ああ……わる……」
 驚かせた事に気付いて謝ろうとするが、
「バカヤロウ!」
 と、先に鋭いボディーが潤の腹をえぐる。
「ゴホッ、いや……本当に悪かった……」
 手を合わせて謝る潤に小春は、
「……ったく!」
 頬を膨らませて腕を組む。



「ちゃんと謝らせてくれ! ホントにスマン! 今の事も、今日の約束を忘れていた事も!」
 腹を押さえながらも潤が頭を下げると、
「どうせ、そんな事だろうと思ったよ! 怪我をしたんだから仕方ないとは思うけどさ……お前、やっぱり、要の事好きな訳!?」
 小春は潤の襟を掴み、顔を近づけて懐中電灯を照らしてきた。
「え!?」
「え!? じゃないよ、お前は要の朝の漁を手伝おうとして海に墜ちたんだろ? 要は頼まれなくても手伝うんだもんな」
 小春の表情には鈍い潤にも解るような嫉妬が見える、おそらく潤の取り繕った嘘を老医師から聞いたのだろう。
 自分が朝市に付き合わせた時には頼んだのに、要には潤から進んで手伝おうとしたと見ているのだ。



「……小春」
 困ったような顔で小春を見つめる潤。
「な、何だよ!」
 むくれた小春に潤は肩をすくめ、
「小春……少し話をしていいかな? お前に聞いてほしいんだ」
 笑顔を浮かべて話す潤に、小春は怪訝そうな表情で顔を上げ、
「わかった……でも話は私の家でしよう」
 と、頷く。
 元々、小春の家に向かおうとしていた潤だ、特に異論は無かった。




2017年7月2日
午後8時1分


「血まみれの男……そして龍神のあぎと」
 少し型遅れのクーラーの冷気が効いた新田家の畳の居間で小春はちゃぶ台に手をかけて息を呑む。
「ああ……」
 畳の上に胡座をして、潤は頷いた。



 話すかどうか迷ったが、潤は小春に血まみれの男が潤に告げた言葉、そして海に遊びに行った時に偶然、龍神のあぎとを見つけたが千島に恫喝され、秘密の道を通り帰り着いた事を話した。
 千島を調べる事に少しでも足しになればと再び龍神のあぎとを調べに行って起こった事も打ち明けた。
「じゃあ、要を手伝おうとしたとかいうのは?」
「嘘だよ、要に海岸で発見されたのも偶然だ、お陰で助かったんだけどな」
 潤が頷き、肩を回して見せると、
「……そうなんだ」
 顎に手を当て考え込む小春。



「何かあるのか?」
 考えている様子の小春に声をかけるが、
「いや、それよりも調べるの……やるんだろ? その事でそっちに直接会いに行く途中だったんだ」
 と、低い声で返事が返ってくる。
「ああ……でも洞窟での事があって正直、迷ってるんだ、何だか凄く危険な事に小春を巻き込んでる気がしてならないし」
「じゃあ、止める?」
 潤の言葉が終わるか終わらないかのうちに小春が口を開いた。



 見つめ合う2人。



「迷っているけどさ……多分、止めない」
 返事をする潤に、
「よし! それならば早く行こうぜ」
 小春は強く頷いて立ち上がる。
「今からか? もう随分遅いけど」
 眉をしかめる潤。
「決めたなら立ち上がれ、早く調べたいんだろ? 私だってそうなんだよ、いつまでも千島に変な疑いを持つよりもハッキリさせたいんだろ?」
 小春は座ったままの潤に手を伸ばしてくる。
「……そうだな」
 口元に笑みを浮かべながら、潤は小春の手を握り返した。




     第48話に続く


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