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第46話「葛藤」
2017年7月2日
午後6時40分



『クソッ、いくらあんな事があったからって、小春との約束をスッカリ忘れているなんて』
 二階の自分の部屋に入るなり、潤は痛恨の面持ちでベッドに座り込んだ。
 今日、学校にまともに行っていれば、放課後に小春と千島の千里眼について調べる筈だった。
 小春にしてもようやく協力を承知して、思い出したくも無いであろう事に身を乗り出してきてくれたというのに……それをサポートするつもりだった龍神のあぎとの探索で怪我をして、小春に心配をかけた上、その約束を忘れてしまっていたのである。



 いきなり怪我をしたんだから、という理由も付けられるが、中止するなり、決行するなりをさりげなくでも病院に来た小春に解るように伝えるべきだった。
 小春にしても準備はしただろうし、千島を疑い千里眼に関わるかもしれないという決心のいる行為に違いないのに。
 きっと小春はそんな潤に呆れて怒ってしまったに違いない、あそこで小春を追いかけて行こうとも思ったが、千島の前ではそうもいかなかったのである。
「……どうする!?」
 とにかく小春に謝って、勝手な行動をとって怪我をした事と今日の約束を忘れていた事を謝って、決行の意志のある事を伝えなければならない。
 潤は机の上の時計に視線を移し、
「まだ早いな」
 と、呟く。
 小春の家は太宰地区から山間部に入る酒勾地区にある、まだ徒歩では家には帰り着いていないだろう。
 小春が潤のど忘れというチョンボを許してくれるかは電話をして謝るしかないという結論に達し、待つ事にしたのである。



 一階に降りて居間の電話から子機を取る。
 話の内容を母親に聞かれたく無い為だ。
「潤、お帰りなさい、今日は心配したけど、無事でよかったわ」
 テーブルに座っていた母親が声をかけてくる。
 正直な所、みんなに心配をかけた説教を受けるかも知れないと覚悟していただけに案外穏やかな表情をしている母親が潤には意外だった。
「ああ、母さんにも心配かけたけど身体はもう平気、明日からは学校にいくよ、あと学校のみんなにも心配かけたから、ちょっと電話を借りるよ」
 子機を持つ潤。
「ええ……」
 母親は頷き、
「そう、でもこんな事言うのも何だけど、母さんは少し安心してるの」
 と、笑顔を見せてくる。



「何が!?」
 潤は首を傾げた。
「……だって、あなたは要ちゃんを手伝う為に早起きしたんでしょ? 結局はこんな事になっちゃったけれども、それは女の子1人で朝早くから漁をしている要ちゃんを助けてあげたいと思った事で親としては褒めてあげたいしね、前には小春ちゃんも朝早く手伝ったんでしょ? 本土にいた時にはそういう友達の為に……って所が母さんからは見えなかったからね、前は潤の友達の名前も知らなかったし、島で親しい友人が出来たみたいでよかったわ」
「そんなものかな? 俺はあまり変わったつもりはないけどね」
 笑顔のままで語る母親に頭を掻きながら、素っ気ない返事をして潤は居間を出ていく。
 しかし、階段を上がりながら、
「……そうだよな、前は親が名前を知ってる友達なんていなかったもんな、でも今……俺はその友達をうたぐってるんだよな」
 と、ポツリ呟いた。




 子機を部屋に持ってはきたが、まだ小春に電話をかけるには早いので、ベッドの上に置いて少し考えをまとめてみる。
「……あの洞窟か」
 始めて前に立った時はいつの間にか現れた千島に恫喝され、中を覗く事すら出来なかった場所。
 そして、中に潜入した今回は全く想像もしていなかった妨害と言うより攻撃を受けたのである。
 やはりあの洞窟には何かの秘密があるのだろうか、しかし、それを調べるには命を賭けないといけないかもしれない。



「もしかしたら俺は凄く危険な事に足を突っ込んでいるのか……でも、なんで千島がそんな事に?」
 洞窟と千島が無関係というのは有り得ないと潤は考えかけるが、
「イヤ、まだ千島が関係あるなんて決まった訳じゃない!」
 と、強く首を振る。
『その為に小春に千島の千里眼があるかを調べてもらうんじゃないか! だって千島は俺が怪我をしたのを心配して見舞いに来てくれて……あんなに楽しい事もしてくれたじゃないか』
 千島が突然、言い出して始まった妄想ゲームを思い出す。
 小学生がやるようなごっこ遊びの延長だと言えばそれまでたが、不思議と楽しかった。



 仲間達がいるから。
 彼女達が一緒だから。



 自分は小春との約束をうっかり忘れた訳ではなくて……あんな風に遊んでいるうちに無意識のうちに忘れたかったんじゃないだろうか。
 もしかしたら、もう何も起こらずに済んでいくかもしれない。
 ここで小春に電話してしまったら引き返しがつかなくなる。
 しかし……
「何が今更になって引き返しだ!」
 潤は声を上げ、子機を握りしめ手早く番号を押した。
 勿論、相手は小春だ。
 少し早いかも知れないがもう待っていられなかった、一刻も早く小春に謝り、千里眼が真実か嘘か調べるのだ。



 呼び出し音がなる。
 まるで普段は意識してない自分の心音がその音に同調しているような錯覚を覚えた。



 呼び出し音がなって十数秒……早すぎたか?
 そう瞳を細めた時、ガチャリと受話器を取る音が聞こえて、
「……はい」
 と、低く押さえた声が聞こえて来た。
 ……小春だ!
 心臓が高鳴り緊張するのがわかる。
「こ、小春! さっきは済まなかった! 俺だよ、潤だよ! 今から……」
 吃りながら、早口でまくし立てる様に喋り出した潤。



 だが、受話器の向こうから聞こえてきたのは突然に幕を降ろす様な受話器を切る音だけであった。





     第47話に続く


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