ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第42話「近衛と聖」
2017年7月2日
午後2時49分



 潤の病室の入口で鉢合わせした2人の女性。
 母親と呼ぶには若すぎるし、姉にしては歳の離れた30代前半の大人の女。
 しかしながら、見かけは2人は全くの対称的だ。
 栗色に染めたショートカットにTシャツにショートパンツの聖に対して、近衛は背中まで伸ばした黒髪の三つ編み、そして今日は藍色の着物姿であった。
 もっとも近衛は楠木シェフの鉄板焼きの店で初めて会った時、Tシャツにジーンズのラフな格好だったので、普段から着物という訳ではないのだろう。



「柳本さん、これはこれは意外な場所で……」
 近衛が笑顔を浮かべてみせると、
「こんにちは、弓永さん、やはり潤君の事、そちらにも一報いってましたか」
 そう答える聖、潤からは聖は背中を向けているので表情は伺えないが、その口調はやはり島の実質的な権力者に対するものか、ただ単に近衛が少し年上なのだろうかはわからないが、丁寧に聞こえる。
「もちろん、潤君は琴乃の大切な婿候補の1番手だからね……婆さん方の寄り合いの茶の稽古をすっ飛ばしてきたのよ、こんにちわ! 怪我は平気?」
 聖の背中ごしに得意げに笑う近衛に、潤は、
「……こ、こんにちわ、怪我はたいした事ありません、それにしても……む、婿ですか?」
 頭をペコリと下げる。



「……なるほど、親子共々潤君にご執心って事ですか? 本土に御出張なさっている旦那様は複雑な気持ちでしょうね」
「仕方ない、潤君を気に入ったのは親子共通の好みに合致したって事で!」
 着物の袖をパタパタと振る近衛。
「あらぁ、そうすると潤君はお父様のお仕事が終わっても……」
 そこで一旦、聖は言葉を止めて潤に振り返った。
「……!」
 息を呑んでしまう潤。
 口調と会話の内容とは、あまりに掛け離れた顔を、聖は潤に見せたのである。
 その表情にはまるで遊びなどは存在しなかった。
 鋭い眼光は警告か牽制かは判断がつかない。
 そして聖は、
「本土には一生帰れなくなっちゃうね」
 と、続けた。



「一生とは大袈裟な」
 近衛が肩を竦めると、聖は再び踵を返し、近衛の横を通り過ぎる。
「まぁ、潤君争奪戦は激しいですよ、近衛さん」
 その横顔には何か意味ありげな笑み。
「……争奪戦ねぇ? まさかあんたも若い娘に混じってて訳でもあるまいに……そろそろつまらないネタ探しはやめて、本土で旦那を探しなよ」
 呆れた様に息を吐き笑う近衛。
 それは先程までの挨拶のような笑顔ではない、見ようによっては嘲笑の様にも見て取れる。
「わかりませんよ、最近は歳の離れた姉さん女房を頼るのも流行りとも聞きますし、誰を選ぶかは彼の裁量なんでね……では」
 聖は廊下を歩いていく。



 2人の大人の女性のやり取り。
 聖はあくまでも口調は丁寧だし、近衛も気さくに応じてはいた。
 しかし、潤には歳は近いが、この2人は相性が良くないように思えて仕方なかったのであった。



「もう……あの記者さんも事が起こると何でも参上なんだから」
 ドアを閉め、聖の座っていたパイプ椅子に腰掛けて、潤に向かって笑う近衛。
「アハハハ……まぁ、そうですね、誰から聞いたんでしょうかね?」
 潤が後ろ頭をかくと、
「困ったもんだよ、一体、誰が教えてんだが……」
 近衛は腕を組んで苦々しそうに呟く。
「何度か島に来ているらしいですからね、何かしら情報網があるのかも知れませんね」
「まぁ、いいさ……島にはオカルトネタなんかありゃしないんだ、それに面白おかしく島の事を書かれるのは愉快な事じゃない、正直早く本土に帰ってほしいくらい」
 ぶっきらぼうに言い放つ近衛。
 千島も同じように、聖を嫌っていた。



「でも本人は取材費用もロクに出ないってぼやいてましたよ、それに上手く協力して島をアピール出来れば観光客とかが来て神洋島も潤うかも知れませんよ」
 必要以上に聖をかばうつもりは無い、しかし彼女が面白おかしく神洋島の嘘っぱちを書き立てるとは思えなかった。
 もし、嘘を書くくらいならば何度も神洋島に足を運ぶような丁寧な取材はしないだろう。
 取材費用の事も出版不況の煽りで、ロクに出ないというのを彼女自身が言っていたのだ。
 それを誤解されて島の有力者の近衛に苦々しく思われているのなら、少し彼女には気の毒だ。
 それに神洋島にとってはわずかかも知れないが、本が出れば観光宣伝効果も期待出来るのではないか?
 そんな気持ちから出た言葉で、深い意味は無かったのだが、近衛は何とも言えないような苦笑を浮かべ、
「潤いという名前の金ばっかり追いかけて……金儲けを成果と見た結果が今の本土の姿なんじゃないの? 私は神洋島をそうはしたくないねぇ」
 と、呟いた。



「あ、それは……」
 思わず言葉に詰まる。
 確か数日前にも似たような事を言って、要に注意された事を今になって思い出す。
 海に泳ぎに行った日、ガラガラの美しい南洋の海岸を見てリゾート開発をすれば人が集まると言った潤に要は言った。
 この島ではそういう事は言わない方がいい、良い目には会えないだろうから……と。
 もしかしたら、それは神洋島の実力者である弓永家がリゾート開発には消極的、いや反対の立場でそんな事を言う人間は目をつけられるという意味かも知れない。
 考えすぎかも知れないが、そんな事で自分が……そして間宮家まで弓永家に目をつけられたら……島での養殖事業を会社から命じられている父親の仕事にまで悪影響が……



「潤君……」
 自分の台詞を失言と決めつけ、俯く潤の頭の上に近衛は優しく手を置いた。
「近衛さん!?」
「あのね……豊かさだけを優先する大人には絶対にならないで、確かに豊かさは大切だけども、何もかしこも豊かさで覆い尽くせば良いわけじゃない」
 近衛は微笑んでいる。
「そ、そうですよね」
 頷く潤。
 経済力を持つ人間だけが優先される本土の常識を、神洋島に持ち込もうとした自分を恥じると同時に近衛の微笑みに安心感を覚えてしまう。
「琴乃はあんたに本気で惚れてるみたいなんだから……君には将来、琴乃と神洋島を護ってもらいたくもあるんだよね、皆が平等で助け合える神洋島を」
 近衛はウインクした。
 その言葉には潤は赤面して、答えは出せなかった。



「……さて、私は婆さん達の茶の稽古を途中で抜けて来てるからさ……」
 近衛は立ち上がり、
「今回の事はあたしから駐在さんに声をかけて大事にはしないようにするよ、だから安心しなよ」
 と、告げる。
「お見舞いまで来てもらって……そのうえ本当にすいませんでした」
 頭を下げる潤。
 おそらく大事にはしないと老医師が言っていたので、近衛はそれを頼まれたのかもしれない。
「良いって! まぁ、理由が要ちゃんを手伝おうとしてっていうのが気に入らないけどね……それじゃ」
 近衛は笑いながらドアに向かっていく。
「ハハハハ……」
 老医師に詳しい事情まで聞いている様だ、潤は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。



「ああ、そうだ! 言い忘れた!」
 ドアを開けて廊下に出る前に近衛は振り返る。
「!? 何か?」
 首を傾げた潤。
 近衛は目を細めながら言った。
「潤君……君はさっき、柳本さんからロクに取材費用も出てない、って聞いたと言ってたけどね、彼女は島に来る度に太宰で空き家になってる場所だけども家を借りて、足代わりのレンタカーまで持って来てるのよ……取材費用出てない様には思えないわね」
「えっ!?」
 予想外の事を聞かされ、驚く潤に、
「そう言った方が同情されて色々と楽なんだから……ダメよ潤君、女は男を味方にする為なら嘘もつけますからね」
 近衛は肩を竦めて鼻で笑いながら部屋を出ていき、ドアをゆっくり閉める。



 しばらく閉まったドアを見つめた後、
「嘘か……でも今日はよく頭を撫でられるな」
 潤は自分の頭に手を当て、ポツリと言った。




     第43話に続く


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。