第40話「面会者」
2017年7月2日
午前10時47分
「左肩の傷が少し深いな、何かを突き刺した様な感じだな」
診療所の老医師は神妙な顔つきで言った。
「はぁ……でも大きく動かさなければ、痛みはほとんど感じません」
上半身裸で診察室の椅子に座った潤が答えると、
「それは怪我をした場所がよかったせいじゃ、それに発見した要ちゃんの応急処置が極めて適切なのが一番のよかった、そのまま砂浜に寝そべっていたら何があったかわからんぞ!」
と、老医師は潤を睨みつける。
「要が応急手当をしてくれたんですか? 聞かなかったなぁ……」
潤が頭を掻くと、
「医師のわしから診ても完璧な止血じゃったぞ、応急セットを漁に出る時は何があるかわからないから持っていたんです、と言っていたよ、まさに君にとっては救いの女神だったという訳だな」
老医師は腕を組んでウンウンと頷き、
「要ちゃんは将来は美人になる、お前を凄く心配していたぞ、あれは気があるな、どうじゃ? 今から唾をつけとおいては? 決して損はしないと思うがな」
と、いやらしい笑いを浮かべてきた。
「な、何を言ってるんですか! 要が俺に気があるなんてある訳が……それに俺だって要の事は別になんとも」
真っ赤になって反論しようとする潤だが、
「悪い気はせん癖に……若いというのは意地っ張りじゃのう!」
老医師は病室に響くような高い笑いを上げた。
詳しい診断の結果、肩の傷は応急処置の適切さも手伝い、軽傷と診断され、父に連絡を終えて診療所に戻って来た母親を安心させた、当然聞かれるであろう怪我の理由については潤はある理由を診断中から用意していた。
先日、小春の朝のボランティアを手伝ったので、今度は要の朝の漁を手伝おうと思いたった、それも当日突然に現れて驚かしてやろうと考え、海辺の岩場に隠れていた所、足を滑らせて海に転落した、と話す。
確かに自分でも上手い嘘とは思わなかったが、母親と老医師は一応、納得してくれた。
肩の怪我については全く記憶がないと潤が告げると、とりあえずは潤も軽傷な事だし、事を大きくしても誰も得をしないので……という事に話は落ち着き、学校には母親が連絡する。
一応、事故なので駐在にも連絡は行った様子だが、そこは狭い島の事、上手く収まる様に頼んでみる、と老医師が約束をしてくれたのだった。
−同日 午後2時6分
母親は帰ったが、怪我の様子を見る為に潤は夕刻まで診療所に居る事になり、病室のベッドで安静にしていた。
肩の痛みは動かすと痛みが走るくらいで酷くは無いし、診療所の病室はクーラーが効いていて涼しく、先ほどまで快適な睡眠をとり、起きた今は暇を持て余すという状態だ。
「2時かぁ〜、みんなが来るといっても2時間はあるな」
潤は窓から見える海を見ながら、ため息をつく。
要がみんなを連れて夕方に来ると言っていたが、まだ学園は授業中だろう。
「また寝て待つか」
以前は何処に行くにも携帯電話を忘れず、もし家に忘れようものなら、何を差し置いても取りに帰っていたし、最新型の携帯ゲーム機も持っていて暇になれば、電車の中でもスイッチを入れていたのだが、神洋島に来てからは携帯電話はただの時計代わりに過ぎなくなっていたし、携帯ゲーム機などは最近はスイッチすら入れていない。
周りがそれらを持っていないせいもあったが、そんな物を持って外に出る必要が無かったのだ、グループのみんなと過ごし遊んでいるうちに携帯電話、携帯ゲーム機という本土の経済特区の子供の必需品から潤はすっかり離れてしまっていたのである。
再び睡魔を呼び起こそうと目をつぶった時である、病室のドアが開き、
「ハロー、潤君! 何だか災難にあったんだって?」
と、1人の女性が笑顔で姿を現したのだ。
「……聖さん!?」
驚きの声を上げる潤。
「はぁい」
栗色に染めたショートヘア、Tシャツにランニングパンツという軽装の出で立ちに、首からカメラを紐で架けた柳本聖がそこには立っていた。
「な、なんで!?」
「なんで? って程じゃないわよ、この狭い島、一応は情報を取り扱う私のアンテナを舐めないでよ!」
声が上擦る潤を笑いながら、聖はベッドの横のパイプ椅子に腰掛ける。
「マズイですよ! 多分だけど千島がここには来ますよ」
潤はベッドから身を起こした。
何せ聖に殴りかかる千島を見ているのである、また千島と聖を会わせるのは得策ではない、そして千島にも頻繁に聖と自分が接触しているとも見られたくはなかったのだ。
「……分かってるわ、でも神洋学園は3時25分まで授業よ、それから急いで来ても4時にはなるわよ、そんなに時間はかかんないよ、それに今はここ先生が居なかったから私が来た事は誰も知らない」
聖は答えた。
「そう言えば……」
潤は時計を見上げる、時刻はまだ2時15分。
まだみんなが来るには早過ぎる時間だ、さっき時間を確認したのだが、予想に無い聖の来訪に慌ててしまったのである。
おそらく、医師の先生は往診か何かに出ているのだろう、面会来訪者を記入する表もあるのかも知れないが、目の前の聖がそれを素直に書いているとは思えなかった。
「よく入れましたね?」
潤が聞くと聖は、
「それが田舎の良さ、入口に往診中につき面会の方は裏口から……なんて書いてあったのよ」
と、肩をすくめた。
「この島らしいですね」
微笑む潤。
「まぁね、でも今日はゆっくりは出来ないわね、怖い千島ちゃんが来るから……潤君に話を聞きたいの」
聖はベッドから身体を起こした状態の潤に乗り出し、ぐっと近づく。
「ひ、聖さん!?」
鼻に香る大人の芳香。
「カワイイわ、昨日千島ちゃんに邪魔された事の続きをしちゃおうかしら」
戸惑う潤に聖が薄笑いを浮かべ、舌なめずりする。
「な、何を言ってるんですか!」
「ウフフッ、冗談よ」
聖はウインクする。
「まったく、からかって……何ですか? 聞きたい話っていうのは」
苦笑して顔を上げる潤に聖は薄笑いを浮かべた。
「君さぁ、何かを調べようとしてない? 内容によっちゃあ、お姉さんにもしてあげられる事があるかも知れないよ」
自分を捉えた瞳にあからさまな鋭さが帯びたのを潤は気付く、いや、それはもしかしたらわざと見せられたのかも知れなかった。
第41話に続く
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