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第4話「夕暮れの海辺」
2017年6月27日
午後4時19分



「……ったく、何を考えてるのよ!」
 強い口調の叱咤が、部屋の薄い磨りガラスを震わせた。
「あの……俺だけに怒ってないか?」
 不満そうに言う潤に、
「主にあなたに怒っているわ、うるさいわよ!」
 と、少女は怒鳴った。
「……相変わらず、潤君には厳しいね」
 千島が苦笑いをすると、
「いきなりあんな事されたら当たり前でしょ!」
 少女は腕を組みながら声を上げる。
「ご……ごめん、要」
 潤は手を合わせて、必死に謝った。



 潤に向かって細い目をしているのは岸川要きしかわかなめ
 高校一年生。
 髪型は白いリボンで、後頭部に結んだ短いツインテール。
 目つきは少しつり目、鼻は特に高くも低くもないが、綺麗に通っている。
 将来は相当な美人になるに違いなく、今は可愛いらしさが全体の印象でまさっていた。



「今日は休むって、私はきちんと校長先生に連絡したしわよ!」
 要は腕を組みながら、呆れ声を上げた。
 ……そう、結論を言えば、勇者千島パーティーが安否を心配した要姫は無事だった。
 彼女自身は朝早く、海女の一仕事をこなし、市場に採った物を持って行った後、学校に行くつもりだったが、今日は市場に行った辺りから、急に体調が優れなくなり、学校に休む旨を伝えて、家で休んでいたらしいのである。


 上の階の鍵を閉め忘れたのは、具合の悪さからのらしからぬポカだったのだが、そこに踏み込んだ勇者パーティー、特に昼間の出来事が影響していた盗賊役の潤は、それをただならぬ警報と感じ、たまたま暑さのあまりかけていたシーツをいつの間にか、どかして寝ていた要を慌てて抱き抱えて、大声で名前を叫んだ。
 要にしてみれば、いきなり抱き抱えられて、名前を叫ばれれば、寝ぼけ眼に乙女の貞操の危機を感じるのは有り得ない危惧ではなく、彼女はよく相手を見ずにだが、思わず平手打ちを放ってしまったのだった。


「とにかく……まぁ、無事でよかったよ」
 頬を押さえながら安堵する潤に、
「そりゃあ、こっちも心配させたのは悪かったわ」
 要が腕を組みながらそっぽを向く。
「さっすが、要ちゃんはツンデレだね!」
 ウインクする千島。
「もう……チーもまったく……先生に聞けば分かったでしょうに」
 要は眉をしかめる。
「でも、エスティン先生はそんな事言わなかったよ」
 千島が首を傾げると、
「……きっと、あの騒ぎで校長がエスティン先生に伝え忘れたんじゃないかしら、駐在さんも来たしね」
 琴乃が答えた。
「……駐在さんが来た? 一体、今度は誰が何をやらかしちゃったの?」
 要は潤、千島、小春、琴乃を見回して、またまた大きなため息を見せた。



2017年6月27日
午後5時12分


「……なるほど」
 要は腕を組みながら頷くと、
「嘘じゃないわよね?」
 ややつり目の瞳を細くして、潤に確認した。
「俺は駐在さんまで呼んでの嘘をつく程、度胸がありはしないよ」
 潤が答えると、
「それは言えるね、そこまでは潤君はしないね」
 千島も同調する。
「……わかったわ、だったら潤は体育倉庫の裏で血まみれの男の人を見た……という事をチーだけじゃなく、琴乃姉さんも、小春も信じるって事?」



 要は琴乃と小春に聞く。
「私は信じるわ、愛しい潤君の言葉だから……」
 琴乃はふざけているのか本気かどうかはわからないが、潤をぎゅ〜、っと抱きしめる。
「暑いですよ!」
 潤は対応に困り、赤面して声を上げた。
 確かに琴乃のような美人に抱きしめられれば、潤も男として素直に嬉しいが、南洋のすでに7月近い季節、決して裕福とは言えない倉庫兼住居の二階の部屋にクーラーなどは無く、古そうな扇風機が首を振っているだけだ。
 正直に暑い。


「ふざけないで! 真面目に聞いてるの! 何が愛しい人よっ!」
 目を細め、要は琴乃をおもいっきり睨む。
 要は、この手の冗談を嫌う、歳は琴乃や千島、潤よりも下だが、言う事はハッキリ言う。
 しかし、そこは琴乃も負けていない。
「私はいつでも本気よぉ〜、潤君LOVE、LOVE」
 と、潤を抱きしめ、おっとり流してしまう。
「……ったく、小春は?」
 要は眉をしかめ、小春に話を振る。
「あたしかぁ〜、まぁ信じても良いと思ってるよ」
 胡座をかいている小春は暑さに、案外、しっかりと膨らんだ胸元をぱたつかせ言った。



「……じゃあ、みんなが信じているのね……でも、血まみれの人間が倒れていたなら、体育倉庫の裏に血溜まりぐらいあっても良いんじゃない?」
 要は腕を組む。
「それは無かったんだ、だから幻かもと……」
 自信なげに答える潤、すると千島が、
「そういう思い込みは良くないと思うよ」
 と、口を挟んでくる。
「……千島?」
 視線が千島に集中した。
「あのね、血は案外すぐに固まるんだ、どこかで血まみれの怪我を負って来たのなら、すでに固まっていた可能性もあるよ、潤君は血まみれの人の血までは気が回らなかったよね?」
「なるほど、身体についた血が固まっていたら、その場に血は残らない、もしくは少量……ね」
 千島の意見に、要が頷いて同意した。


「あの時は血まみれで、倒れていると思って……血がどうかまでは正直、覚えてないな」
 潤が申し訳なさそうに言うが誰も責めない、仕方が無い。
「……実際は血は出たけど、あまり重傷じゃなく、血も止まっていて、潤が教室に戻った隙に森の方に逃げていったとか?」
 小春がそう言うが、その場の全員は思わず押し黙ってしまった。



 結局……その場で結論は出ず、皆が帰宅する事になったのである。



「もちろん、潤君は乗っていくでしょ?」
 琴乃が要の自宅の電話を借りて、呼んだ黒塗りの外車が走ってくるのを見ながら聞いてくる。
 今時、島で一番の有力者の娘が携帯電話も持っていないのは、神洋島には電波塔が無く、全域で携帯電話が繋がらない為だ。
「……いや、歩いていきますよ」
 潤は答える。
「暑いよ、車にはクーラー効いてるだろうし……」
 千島が言ってくるが、潤は、
「港の方に来るのは久しぶりだからね、浜辺を散歩して少し頭を冷やすよ」
 と、やんわり断った。


「そう、じゃあね、また明日学校で……」
 千島は車の広そうな後部座席に乗り込む。
 車はいかにもと思わせる黒塗りの車だが、運転手は柔和そうな老人だ。
「気にすんなよ、忘れちまえ!」
 小春も彼女なりの気遣いを見せ、車に乗り、
「……じゃあね」
 と、手を振る琴乃達を乗せて車は走り出す。


「……さてと」
 潤は海岸に歩き出す。
 暑かったので、クーラーの効いた車で家まで送って貰えるのは魅力的だったが、海辺で今日の出来事を頭を冷やして考えてみたかったのだ。
 西の空に沈んでいく夕日を見ながら、海辺をしばらく歩いていく。
 砂浜に座り込み、遠くを行く船を見ながら、慎重に今日のあの時の事だけを何度も思い出す。
「……いや、駄目だ、どうしてもあれは幻なんかじゃない、本当に人が倒れていたんだ……」
 思い出せば、思い出す程、実際にあった事と確信してしまう。


 でも、何であんな所に息も絶え絶えの男が倒れていたのか?
 何で、あんな傷を負っているのか?
 誰にやられたのか? それとも事故か?
 どうやって、あの場から消えたのか?
 ……そして、あの男は何者で、潤に向かって言ったあの言葉の意味は一体、何の意味があったのか?



「……ひじりだけに……お前は正しかった」



 確かそういう事を男は言っていた……
「……どういう意味なんだろう……」
 様々な疑問を頭に思い浮かべながらも、一つの結論に達しようとしていた。
 忘れた方が良い事なのだろう、きっとそうだ。
 潤はそう自分を無理矢理押さえ込んだ、琴乃や千島も心配している。
 ……血まみれの男も案外、たいしたことない傷で自分で歩いて帰ったんだ。
「よし! 忘れよう!」
 潤は立ち上がり、振り返ると……



 そこには、潤の現実逃避に近い感情を見透かしたような笑みを浮かべ、栗色に染めたショートカットの女性が立っていた。
 年齢は30歳前後だろうか、Tシャツにショートパンツ、肩に担いだ大きめのショルダーバッグ。
 いかにも島の外から来た風貌だ。



「……あ……」
 声を上げる潤に、その女性は夕日に照らされ笑いながら、
「こんにちは、あなたが間宮潤君ね、私は柳本聖やなぎもと ひじり、よろしくね」
 と、告げてきた。



      第5話に続く


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