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第37話「断崖を降る」
2017年7月1日
午後9時20分



 夕食後、潤は両親がそれぞれ入浴を済ませるのを待ってから、自分が入浴をしていた。
 少し考えたい事があったからである。
 湯舟に身体を深く沈めて天井の明かりを見上げながら、
「ふぅ〜」
 と、少しわざとらしく大仰に息をつく。
 こうする事で何となく吐いた息と共に一日の疲れなども取れると笑っていた父の真似を最近する様になっているのである。



「明日、小春が千里眼について調べてくれるのか」
 潤は呟く。
 調べてくれると言っても何をどのように調べるのかは見当もつかない。
 小春が言うには千里眼を調べるには千里眼を使う自分が調べるのが良いだろうという事くらいだ。
 普段からオカルト方面にはあまり興味が無い潤であるが、もしかしたら小春が千里眼を使い、更に千島を監視し返す、とかいう超常能力マンガのような事を考えるが、
「……そんな訳ないよな、それにその事をここで考え込んでも意味がないな」
 と、考えるのを止めた。



『俺の方でも何か気になる事を調べておいた方がいいよな』
 小春にばかり何かを調べさせるのは何なので、自分の出来る範囲で千島の事を調べられないだろうか?
 千島の家を調べるのはどうだろうか?
 ダメだな……
 自問自答する。
 千島がいくら千里眼をどのような手段で使用していたとしても、女の子の一人暮らしの家を調べるなんて事まで確証の無いうちには出来ない。
 それに下手に千島の周りを調べて薮蛇になり、小春を邪魔する結果になるのも正直避けたかった。
「千島の事で……何か調べたい事は……」
 ここ数日の事を思い出しながら数秒、顔を湯舟に沈める。
 そして、ゆっくりと顔を上げて呟いた。
「……あった」



「じゃあお休み!」
 風呂場から廊下に出ると潤は居間のドアを開け、テレビを観ていた両親に声をかける。
 エアコンの冷たい空気がをほてった両頬に触れた。
「もう寝るのか?」
 母親と一緒に晩酌をしていた様子の父親が少し赤い顔を上げた。
「ああ……母さん、明日は少し早く起きるよ」
「そう、お弁当は?」
 潤が告げると母親はテレビを見たまま聞いてくる。
「えっと、適当にパンでも買うよ、じゃあお休み」
 そう答え、居間を出て二階の自分の部屋に入ると、エアコンの入れてから電気を消し自分の布団に潜り込む。
「そうだ、懐中電灯が要るかも知れないな」
 暗くなった部屋で動き出したエアコンの運転ランプを見つめながら潤はポツリと言った。




2017年7月2日
午前5時27分


 薄い明かりが照らす海岸沿いを自転車は走っていた、海岸沿いは車線はひかれていないが、比較的広い舗装道路である。
「このあたりだな」
 潤はブレーキをかけて止まり、海側に繁る雑木林を見つめた。
 数日前である、ある程度の記憶は残っている。
「このあたりを分け入ったような……」
 自転車を近くの木に寄りかける様に停めて、潤は雑木林に足を踏み入れた。
 波音だけが聞こえる、少しだけ雑木林に入ってから、舗装道路の方を振り返った、港や市場近くなら話は別だが、朝のこの時間に走る車は少ない。



「確かこの場所に出て来たもんな」
 記憶を辿りながら、数日前、先月の28日に千島の後について歩いた記憶を辿っていく。
 背の高い草を掻き分け数分程進むと、岸壁に波がぶつかる激しい音が聞こえ始める。
「……ここだ!」
 海沿いの岸壁を降りていけるような少し斜面の緩い部分を見つけ、安堵の表情を浮かべた。
 その地点以外からは斜面がきつく、岸壁を降ってはいけなそうだ。
「秘密の道って言ってたからな……他の道からじゃ降りれないって訳だ」
 呟くと潤は足元に気をつけながら傾斜を少しずつ降りていく、緩い傾斜だが、転びでもしたら下の岩場に真っ逆さまだ。
「ゆっくりでいいんだ」
 潤は斜面の土に根を張っている蔦などを掴み、自分に言い聞かせ、言葉通りゆっくり岸壁下の岩場に降り立った。



 波が足元の岩場に打ち付けている、飛沫が飛んでくるが足元を濡らす程では無い。
「……こっちだな」
 前回は千島の後をついて裸足で歩いた道を履き慣れたスニーカーで歩く。
 数分も歩いただろうか、潤は足を止める、波の打ちつける岩場に開いた洞窟がそこにはあった。
「……」
 一歩踏み出そうとして思わず振り返る。
 初めて千島に浴びせられた恫喝がよみがえってしまったのだ。
 誰もいない。
 潤は大きく息を吐くと再び前を向き直し、洞窟に向けて一歩踏み出しながら呟く。



「千島は聖さんにここまでの道を俺が話していないか凄く気にしていた、ならここには千島の秘密があるかもしれないんだ」




      第38に続く


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