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第35話「暗転」
2017年7月1日
午後12時44分



 外の水飲み場の水道口を上向きにして、蛇口を捻ると水が噴き出す。
 始めはこの暑さで温められて温い水だが、すぐに冷たい水に変わる、それを潤は口を近づけて二、三口飲むと顔を上げる。
「お前、千島の様子をどう思う?」
 その視線の先には小春が腕を組んでいる。
「様子って言ったって普段からあんな感じだろ? 特に変わった様子はなかったよ、授業中はどうだったんだよ? そっちの方が長い時間一緒にいたろ?」
「う〜ん、特にないな、確かに朝はちょっと聖さんの事で興奮したって謝られたけど、それ以降はちょっとした忠告というか……注意をされた」
 小春の質問返しに潤は頬を掻きながら答える。



「忠告!? どういう内容だよ?」
 目を細める小春。
「いや……たいしたことないって」
「あ〜ん!? あたしに隠し事か!」
 ごまかそうと苦笑すると、低い声を上げながら小春は口を尖んがらせて、睨みつけてくる。
「いや……隠すってほどじゃないさ、千島に聖さんが俺の事を欲しがっているから気をつけろ、って言われただけだよ」
 迫力に押された潤が答えると、
「欲しがるって……」
 頬を赤らめる小春。
「な? だから言ったろ! たいしたことないって、だいたい俺は16歳なんだぞ、聖さんは30過ぎてるだろう」
 潤は大袈裟に手を振る。



「でも……」
 小春は聞かなきゃ良かった様な顔をして、
「何でそういう話になったんだよ? いきなりチーがそう言ってきた訳じゃないんだろ?」
 と、コホンと咳ばらいをしながら尋ねて来た。
「いや……それは」
 いかにも話したくなさそうな顔をした潤だが、小春は意に介さず、
「それは? 隠すと為になんねぇぞ!」
 と、両手の指をポキポキと鳴らしながら恫喝してくる。
 ほんの数時間前に押し倒してしまった少女と同一人物とは思えない。
 もしかしたら小春は影武者でもいるのだろうか、とかいう意味の無い冗談を考えてしまう程だ。



「わかったよ、朝に聖さんの行動にも問題があったけど、千島が怒った、って話しただろ?」
「ああ……殴りかかった、っていう話な」
「その問題のあるっていう行動だよ」
「で? 結局は何をしたんだよ」
 もちろん、小春は先を聞こうとする。
 指を鳴らすポーズも変わらない。
「ん〜、多分ふざけてだと思うけどな、聖さんが千島の前で俺にキスをしようとしたんだよ」
 ごまかしが効かないのは分かったので、潤は小さめの声で白状した。
「……え!?」
 さっきの欲しがった、という台詞にも驚いた小春だが、今度は今のポーズのまま固まってしまった。



「なぁにぃぃぃぃっ!」
 朝のイメージを完全に掻き消す漢らしい小春が両手の指をパキパキ鳴らす。
 身体からは青白いオーラが出ている様に見える。
「チーの目の前で潤にキスだとぉぉぉ!」
 腹の底から響くような声を上げ、目を鋭くする。
「お、おいっ! 落ち着けよ小春……結局は千島が止めたからしてないし、聖さんも冗談で本気でなかったかも知れなかった、だいたい脈絡がない」
「……でも、そんな事をすれば千島だって怒るに決まってらぁ!」
「落ち着けって! 怒るのはわかるけど千島は本気で殴りかかったんだぞ!」
 潤は小春の目の前に歩み出て、顔を近づけた。
「アッパーカットだった、聖さんが避けたから助かったけど、まるで顎を割るような勢いだ、普段お前が俺に突っ込みを入れるのとは訳が違ったんだ、いくら怒ってもそこまでやるか? 千島が?」
「……それは……」
 言葉に詰まる小春。
「俺は何で、千島が最近少しおかしくなっているかを知りたいんだ……今日は平気でも何かの拍子でまた千島は例のおかしな顔を出すかも知れないんだ」



 潤の言葉に小春は数秒間、自分を落ち着かせるように目をつぶった。
「分かった、元々は私が協力を申し出た訳だし、じゃあ……千里眼の事は明日調べよう、すぐには無理なんだ、少し用意する物がいるからさ」
「悪いな小春、お前の思い出したくない事を掘り返して……更に千島を調べるなんて」
 俯く潤。
「いいよ、私だって千島は気になるし……潤だって千島が大切だから心配してるんだろ? 千島も果報者だぜ」
 そう言って、小春は潤の顔を抱える様に抱きしめる。
「こ、小春っ!?」
 潤は思わず声を上げた。
 身長が低い割には、ふくよかな小春の胸の感触を両方の頬に感じた。



 だが、ここは脇とはいっても学校の校庭だ、こんなところを見られたら、きっとただでは済まない。
「こ、こんな所を誰かに見られたら……」
「平気だよ、ここは教室からも校庭からも少し隠れているから」
 慌てる潤に対して、小春は優しく言った。
「潤……」
 続けて、小春が何かを言おうとした時である。
 いきなり腹部に鋭い痛みが走り、潤は苦悶の表情と共に声にならない声を上げていた。



 今の今まで自分を抱きしめていた小春が鋭い膝蹴りを潤の腹部に放ってきたのである。
 視界が暗転し、何が起こったのか潤にはさっぱり理解出来なかった。



     第36話に続く


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