ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第33話「教室の二人」
2017年7月1日
午前9時52分



「間宮君、何をやっていたんですか?」
 神洋学園の高校生クラスの授業を一手にしている教師エスティンが、二限目から教室に姿を現した潤を見てため息をつき、目線をきつくして見せる。
 短い銀髪をした三十代半ば、高い鼻に切れ長の美しい碧い瞳の美人だ。
 性格はいたって真面目で生徒の人気も高い。
「ス、スイマセン、何だか、急に腹の調子が悪くなっちゃって……」
 頭を掻きながら苦笑する潤。
「……そうですか、まぁ休まなかっただけ許して上げましょう、でも一限目は渡会さんだけだったのですから謝っておきなさい」
 エスティンは席に座る千島を見た。



「アハハハ……悪いな、千島」
 自分の席に座り、鞄を置いて千島に笑いかける。
「潤君、急にお腹が痛くなるなんて、昨日何か食べ過ぎちゃった?」
 優しい笑顔を浮かべる千島。
 ほんの一時間程前とは全く比べようのない可愛いらしい笑顔。
「どうだろうな? 腹を出して寝たからかもな」
 潤は肩を竦めた。
「かもね! チーなんか暑いから寝る時は……は・だ・かだよ!」
 千島がウインクする。
「オイ、オイ! 本当かよ、今度みんなで遊びにいくぞ!」
「一人で……き・て!」
「止めとく、何だか罠が沢山ありそうだ」
 笑い合う千島と潤。
 そんな受け答えに、エスティンは、
「やれやれ、全く仲良しさんですが、二人っきりのお泊りは止めてくださいね、不純異性交遊は教師として認めませんよ」
 と、笑みを浮かべながら注意した。



 実の所、潤は二限目の開始を見計らった訳ではなく、各学年を50分の授業時間内でランダムに回るエスティンが二年教室にいるのを外から確認して入ったに過ぎなかった。
 理由は意気地のない話だが、千島が一人で待つ教室に入るのが躊躇われたからだ。
 どにしろエスティンは10分もすれば別の教室にいってしまうのだが、教室に入る時ぐらいは誰かに居てほしかったのである。
 もちろん、一度はショックから家に帰ろうとしていた小春も同じような時間の遅刻だが、教室に行っていた。
 しかし、千島の今の態度はまるでいつもと変わらない様子だ。
 すでに冗談を交わし合い、ピッタリ付けた隣同士の机に座っている。



「じゃあ、教科書の48ページを開いて下さい、そこにある問題を解いていて下さいね」
 エスティンはそう告げると廊下に出ていく。



 足音からすると、三年生の琴乃のいる教室に向かった様である。
「三年の教室だね、やっぱり東京に出て受験したい人もいるからこっちは少し短かったね」
 千島が教科書を開きながら呟く。
「うん、まぁな」
 潤も相槌をうち、教科書や文房具を準備しながら千島を見てみる。
 いつもの千島だ。
 朝に潤に対して嘲笑を向けた少女は全く同じ顔をした別人ではないか、と思えてしまう。
「潤君……」
 千島が潤の方を見つめて来た。
「な……何?」
 思わず声がどもってしまいそうになる。



「さっきは酷い事を言ったよね? 私、あまり聖さんが好きじゃないの」
 顔をふせる千島。
「そんな感じ……だな」
 潤は頷く。
「うん、私が好きな神洋島を面白おかしくミステリースポットとか言ってみたり、噂によれば雑誌には有りもしない伝説をでっち上げて本の宣伝をしたりしたって……」
「でっちあげ?」
 潤は眉をしかめた、聖は雑誌のライターであり、書いた本は売れなくてはならないのである。
 出版不況のさなか、売れる本を書くのが苦しいのは聖も認めていた。



「酷いでっち上げらしいよ、なんでも神洋島には古代人から受け継いだ超兵器があるから太平洋戦争で米軍を撃破したとか、島の鎮守地区には宇宙人の秘密の基地があるとか……もう、神洋島を出しにしてお金をもらっているような物だよ」
「そうなのか?」
「そうなのか? じゃないよ! 神洋島はそんな不気味な島じゃないよ!」
 潤の返答に千島は頬を膨らませた。
「いや、でもそこまで突拍子もないと、ただのネタだぜ、信じる人がかえって少ないよ」
 笑顔を見せる潤。
「それはそうなんだけどね、でも神洋島をお金儲けのネタにするなんて……少し許せないよ」
 千島は複雑な表情を見せて再び顔をふせる。



「気持ちはわかるけどさ、千島……殴りかかるなんて千島らしくないよ、よっぽど神洋島の事が好きなんだな、千島は?」
「……潤君」
 その言葉に千島は顔を上げた。
「殴りかかるまでいっちゃったのは、あの人が潤君に酷い事をしようとしたからだよ、忘れちゃった?」
「えっ? ああ……あれの事か」
 ジッと見つめてくる瞳に潤は視線を合わせ赤面してしまう。
 温厚そうな丸い瞳。
 特別にどこがとは言いにくいが、全体的に柔らかい印象で可愛いらしくまとまった顔立ち。
 ショートボブカットの黒髪。
 そして、160cm前後のバランスの取れた身体を包む白いセーラー服。
 そんな少女が二人っきりの教室で瞳を交差させてくるのである、意識すれば潤のような少年には何も感じるなと言う方が酷である。



「いや、あれは冗談に違いないさ、聖さんは大人の女性だぞ? 俺みたいな子供に白昼堂々とそんな事をするもんかよ」
 苦笑して見せる潤。
 しかし、千島は顔をわずかに傾けて潤を上目づかいで見直して言った。
「そうかな? 私にはあの人が潤君を手に入れようとした様に見えたよ、大人の女に夜だろうが昼だろうが関係無いね……潤君もせいぜい気をつける事だね」



 その目つきはほんの数秒前とは全く異なっていた。



     第34話に続く


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。